見えぬ一撃

 サファイア部隊、そしてレイク・ファウンテン率いるガーネット部隊は、茂三がリングインしたと同時に立ち上がった。

 騎士としてはあまり関心できることではないが、我を忘れて歓声をあげて茂三の名を呼ぶ者までいる。


「どうした? 何をそんなに興奮している?」

 エメラルド『賢者』部隊隊長の『エリヤ』は、サファイア・ガーネットの両部隊が立ち上がったのを不思議に思い、声をかける。

 

 武闘家・ローレンスは歓喜に震えながら言った。

「エリヤ、おまえはまだ知らないからだろうが、の闘いをよく見ておいた方が良い。彼らを絶対に、敵に回してはいけないことを学ぶだろう」

「何を言っている? ちょっと言っている意味が分からないな」

 杖を突き、ぷるぷると体が震えているような老人相手に……とエリヤは一瞬考えた。

 しかし、ローレンスの目が真剣であることを察し、考えを少し改める。

 

「お前ほどの漢がそれほどまでに言うとはな。興味深い」

 そう言ってエリヤは視線を中央に戻す。

 すると、『風雲の刃』からは三名が中央に向かって歩みを進めていた。


「ん? 三人?」

 エリヤがつぶやくと同時に、近衛隊の一人が王からの伝令を告げた。


「王からの伝令です「この闘いは、鬼龍院茂三氏の申し出により、三対一で行われる。総員、改めて目を離すことのないように」とのことです」

 そう言って去って行った。

 ローレンスは「ほらな」と言わんばかりの表情でエリヤを見ると、静かに頷いた。

(まさか……イリアス王がわざわざのために連絡を? それほどの存在なのか?)

 エリヤはこれまでの自分の認識の甘さを悔いる。


 あの震える老人がこれから見せる闘い。

 そのパフォーマンスに対し、疑問と興味で胸が高鳴った。

(見せてもらおう。イリアス王推薦の実力とやらを!)

 

 

 一方、舞台中央では、戦闘前のメンチの切り合いが既に行われていた。


「ジジイ、どういうつもりか知らないが、後悔しても遅いぜ。二人の仇は俺が取る」

 ヘイトはゲラウトとスティールが倒されたことに憤り、茂三を間近で見下す。

 

 茂三はヘイトを見上げると言った。

「ほっほっほっ。若者は威勢があってええの。じゃが、後悔するのはどっちかのぉ。姑息な手を使い、ワシの可愛い孫娘にした仕打ち、とくと後悔させてやるでの。『フンのやり場』よ」

 

 茂三の言葉に、ヘイトのコメカミでブチッと音がした。

「……上等だよ。俺達三人がBランク格上だということを、Fランクの新人に教えてやる」

「ランクなんぞに縛られておる時点で、お主の器は知れとるよ」

「ぶっ殺す……‼」

「やってみせい。楽しみにしとるぞい」


 ヘイトの目は血走り、茂三は視線を静かにミリアに向けた。

 ミリアは祈るように胸の前で手を組み、茂三を見つめている。

 茂三はミリアに安心させるように優しく微笑んだ。


「両者、離れて」

 フェネルに間をとりしきられ、いったん離れる二組。


 ヘイトは静かに振り返り、茂三を見る。その距離、およそ二十メートル。

 ビッティがヘイトの後ろから声をかける。

「ヘイト、アタシがまず先制で『フレアウォール』を撃ち込むわ」

「OK。そしたら俺がすぐに斬り込むぜ」

 続けてエロンも二人に向けて魔法を展開した。

「お二人のバフ完了しました!」

「おしっ!」

 ヘイトは剣を握りしめ、自身の状態を確認する。

 刹那、体が軽くなり、力がみなぎってきた。

 この状態で負けることなど考えられない。

 

 『風雲の刃』の最終攻撃ラストアタック

 ヘイトは茂三に視線を向けたまま、フェネルの『開始!』の声を待つ。

 そして『試合開始!』の声が上がった瞬間、全員の緊張感が最高潮に達した。

 

「行けっ! ビッティ!」

 ヘイトが後方で構える二人に指示を出す。視界の茂三はまだ動かない。


 ……ドサッ。

「……えっ?」

 魔法が炸裂する事はなく、男の後方で何かが倒れる音がした。

 ヘイトが振り向くと、二人は数メートル後方で仰向けに倒れている。


「何が……!?」

「ほれ、よそ見なんかしとってええんかの?」

 ヘイトが振り返った瞬間、耳元から声がした。


 ヘイトの全身に悪寒と戦慄が走った。

 慌てて剣を構え、声のする方を斬る。


 だが、そこには既に姿はなく、トコトコと男の横を茂三が歩いて抜けていく。


「やっぱり『質』もクソじゃったのう」

 そう言い放った茂三が、一歩前に踏み出し、持ち上げられた十手杖の先が地面に着いた瞬間、それは起こった。


 ヘイトの鎧、服、剣、盾、下着が切り裂かれて弾け飛び、ヘイトは全身から血を噴出させて地に倒れた。


 フェネルが駆け寄り、「まだ息がある! 回復部隊!」と叫ぶと同時に、イリアスが立って声を上げる。

「勝負ありだ!」

 観客席から今日イチの大歓声が上がった。


 サファイア部隊とガーネット部隊、とりわけローレンスは大興奮である。

 

「おじいちゃーん!」

 可愛い孫の歓声が聞こえ、茂三はミリアを見ると、軽く手を振る。

 ミリアは応えるように跳ねながら、笑顔で両手をブンブンと振り返した。

 

「ほっほっほっ。孫娘の悲しむ顔が見たくないが故、に情けをかけるとは……ワシも甘いのう」

 茂三は地に倒れた『風雲の刃』を振り返ることなく、静かに観客席へと戻って行った。


 

(いま……何がおこった!?)

 エメラルド部隊のエリヤは、自分の目が信じられないといったように、思わず席を立ち上がっていた。

 他の隊員も立ち上がり、声を失っている。

 体中に震えが起こり、止まらない。

 イリアス王から集中するよう言われていたのに、いや、集中していたのに『見えなかった』。

 

 エリヤは噴き出る汗を拭くこともせず、息を飲んだ。

 エメラルド部隊は魔法に特化した部隊だ。

 魔法の『高速詠唱』は当然のこと、全ての魔法で基本的に『無詠唱』ができなければならない。

 基本的にどんな相手であろうが、戦闘で後れを取る事はそうそうないと思っていた。

 だが、目の前で三人を屠った老人の『技』は、エリヤの想像の遙か斜め上を行った。


 開始直後、エロンとビッティが仰向けに弾き飛ばされた。

 それすらも意味不明だったが、問題はヘイトが倒された技。

 エリヤは一瞬『風魔法の類か?』と考えたが、魔法陣も、魔力も、魔法の発動の余波も全く感じられなかった。

 ――だとすると物理攻撃? だが、茂三氏の手は動かなかった。

 ――では、罠? 最初から仕掛けられていた? そんなはずはない。先程まで自分たちはあそこで訓練していたのだ。

 ましてやここは、世界最大のクルスト王国の兵士訓練場。そんなことは絶対に不可能だ。


 ここで「目を離すな!」というイリアスの言葉の意味が、男の心に重くのしかかった。


 もしこの老人が、『悪魔族』だったら……?

 もし茂三氏が、自分たちと敵対したならば……?


 エリヤの脳に『全滅』の二文字が浮かび上がる。

 目の前の現実に、己の未熟さを嫌でも痛感させられた。


 ――近衛部隊の隊長に抜擢され、良い気になっていた。

 イリアス王から勧告された時も、心底までは警戒はしていなかった。

 この『甘さ』と『緩さ』が、国に迫った緊急時だと理解する遅れの原因となっていたら……。

 

 歯を食いしばり、無言で下を向くエリヤの背中に、嫌な汗が流れ続けた。



 一方ライアルには、僅かにだが『見えて』いた。


 抜く手も見せぬ『抜刀術』。

 否、あの十手杖は刀ではないから『棒術』なのか?

 とにかく、問題は其処ではない。

 もしあの十手を仮に剣と例えるなら、剣先を地に着けた状態からの居合術。

 杖に少なからず体重ものった状態からで……だ。

 つまり、最も速度が出ない姿勢からの『超速剣技』。

 もしそうなら、アレはどんな姿勢からでも放つことが可能な、居合術の究極系だ。

 

 見えたと言ってもハッキリではない。

 杖を持つ腕がわずかにブレたのを確認した、その程度なのだ。

 普段から抜刀と居合の訓練を重ねる自分にとって、ある意味目指すべき姿が其処にはあった。


 腰に差した刀を握る手に力がこもる。

 今、あの老人と戦ったなら、勝てるだろうか……?

 ライアルは、心の中で自問自答を繰り返した。

 

 息子の表情から、その心境を察したイリアスは、ライアルの隣に静かに立つと、担架で運ばれていく三人を見送りながら言った。


「『あの方』のようになりたいか」

 ライアルは喉元まででかけた父への言葉を、黙って飲み込む。

 数秒考えたのちに、重い口を開いた。

「いいえ……私は私の『剣の道』を行きます。ですが、と思ったのは事実です」

 イリアスは優しく口元をあげて笑うと、正直な息子を喜ぶ。


「そうか……この後、できればあの方々と食事会を行うつもりだ。お前も参加して色々とお話を伺うといい」

「はい、父上」

 ライアルはこの時、父・イリアスの横顔を見て、少し笑った。


 この会場で、誰よりも茂三と闘いたいとしているのが、目の前にいる本人イリアスであることが、その表情から簡単に読み取れたからだった。



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