ジジイの挑発

「勝負ありだ!」

 イリアスが決着の声をあげ、そこで初めて観衆が沸いた。

 歓声と拍手が虎子に送られる。

 虎子は右拳を突き上げ、ゆっくりと退場した。

 

 ライアルや武闘家のローレンス、そしてザム達は、虎子から発せられる『気』に身震いし、こみあげる感情を必死に抑え込んでいた。

 

 その一方で、この戦いを冷めた目で見ている者もいた。

 それは『近衛隊・エメラルド部隊』の魔導師たち。

 

 彼らには虎子の戦いが理解できなかった。

 魔導師・賢者の価値観として、は非常に非効率的としか見られなかったのである。

 サファイア部隊やホワイトナイトの面々が拍手を送る中、エメラルドの面々で拍手するものは数名だった。

 

 

 観客席に戻った虎子のもとに、ミリアが駆け寄ってハグをした。

 虎子も目を細めて嬉しそうにハグを返す。

「おばあちゃん、怪我しなかった?」

 ミリアは心配そうに虎子の体を見回す。


「大丈夫だよ。あの斧が『聖剣』とかいうもっといい武器だったら、面白いことになってただろうけどね」

「知りたくないよ、どんなことかは」

 虎子の言葉にミリアは首を振り、もう一度ハグをした。


 驚いたことに、風魔法の直撃を受けた虎子の服は、微塵も破れてはいなかった。

 土埃が多少付着していたものの、ほころび一つない。

 霊界で支給された『天使の服』は、衝撃吸収などの特殊能力もなく、守備力こそ通常の洋服と大差ないものの、で作られたそれは『恐ろしく頑丈』にできていた。

 


 虎子がミリアと喜び合ったのを見計らって、セレーナは虎子の下に歩み寄る。

「虎子様、とても素晴らしい闘いでした。後でお話を伺っても?」

「もちろんさね。アタシもお妃さまには『聞きたいこと』があるんでね」

「光栄ですわ」

 虎子の言葉にセレーナは微笑み返す。

 過去に自身も騎士として戦ったことがあるだけに、虎子の戦い方には興味が尽きなかった。

 

 ――なぜ、あのような戦いが可能なのか?

 その話をあとでゆっくり聴きたい。

 でも試合はまだ続く。

 今は、この約束を取り付けただけで満足しよう。

 セレーナは軽くお辞儀するとイリアスの横に戻って行った。


「さて、爺様の出番さね!」

 テンション高めの虎子の言葉に、茂三は「あ~……」ととぼけたフリをすると、十手杖を突きながらイリアス王の下へ行く。


 イリアスは近づいてきた茂三の方を見て言った。

「どうされましたかな?」

「うむ……。婆様が戦ったのを見て思ったんじゃが。あの小僧共は思ったよりも弱いんで、まとめて三人相手でええかの?」

 

 ピクリ、とイリアスの口元が反応する。

 弱い、と言い切った茂三。一見してとぼけたような口調だが、その言葉に迷いは感じられない。

 

 イリアスは冷静に言った。

「もちろん、ご老公がそれでよいのでしたら。ですが、もしあなたが敗れた場合には、ミリア殿や虎子殿もで戦うことになると思いますが、よろしいですかな?」


「もちろんじゃよ。なあに、


 そう言うと茂三は結界の中に足を踏み入れた。

 戦地に赴く男の背中には、どこか怒りを感じさせるものがあった。

 

 その気配に、イリアスはこの戦いを注視する必要性を直感していた。



 一方、残り三人となったヘイト、ビッティ、エロンは、自分たちの呼びかけに反応しない仲間の姿を見て言葉を失っていた。

 

 ゲラウトには白い布が掛けられ、担架で運ばれていく。

 回復魔法が掛けられていたことから、命だけは無事だったようだ。

 しかし、安否はともかくとして、僧侶のエロンは真っ青な顔で震えていた。


 ――もし自分があの『投げ』を喰らったら?

 そんな恐怖のイメージが、脳裏から離れない。

 ゲラウトでさえ死にかけた、顔面から落とされる投げ。

 どう考えても『絶命』は免れない。

 次にあの怪物の前に立つのが『自分だったら』と考えると、全身に冷たい血が流れるのを感じた。

 

 『風雲の刃』リーダー・ヘイトの頭の中は混乱し、誰が行くべきかについて答えが出なかった。

 魔法使いのビッティが、ヘイトの腕を掴む。

「どうするのよ! 誰が次に出るの⁉ アイツらバケモンじゃん!」

「うるせえ! 俺だって知らなかったんだ!」

 女の手を振り払い、怒鳴るヘイト。

 極度の焦りから、すでに感情が抑えきれなくなっていた。


 視線の先、闘技場の中央には、杖を突きながらプルプルと震えているジジイが一人。

 だが、先程のババアが怪物級の耐久力と腕力を持っていたことを考えると、絶対に油断はできない。

 せめて、ビッティと二人がかりなら……‼


 ヘイトは歯をギュッと食いしばる。

 仲間を倒された憎さと怒りがこみ上げ、体の芯が震えた。

 その背中から、女の声がヘイトにかけられる。

「アタシが行くのはどうでしょうか? 少しでもあのお爺さんの戦力を分析できるかもしれません」

 そう言って僧侶エロンが杖を握りしめる。

 だが、これをヘイトはすぐに止めた。


「ダメだ! おまえはウチのパーティー唯一の、他人にかけられる強化魔法バフ使いなんだ! おまえが先に倒れたら、俺達の戦力がガタ落ちになる!」


 エロンの肩を抑えた男の手が震える。

 すでに『最速の女』と、『最強の盾』が居なくなった。

 

 だが、自分がいる。

 耐久力では敵わなくても、攻撃力なら魔法、剣ともにゲラウトに並び、スピードでもスティールと互角レベル。

 自分なら、あの三人を勝ち抜ける。

 必死にそう自分に言い聞かせた。


「――俺が行く!」

 ヘイトがそう言ってエロンに付与を願い出た時、背後から彼らを呼ぶ声がした。


 ※ ※ ※


「なんだって? 三対一?」


 ヘイトは自分の耳を疑った。聞けばこの提案を申し出たのは茂三自身。

 しかも、茂三に勝てればそのまま三人で戦い続けても良いという。

 明らかにだと思われた『挑発行為』。

 

 ――どこまでもいる。

 ヘイトの心に殺意と怒りが満ちたが、頭は逆に冴えていく。


(チャンスだ。あいつらが自分達を甘くみている今こそが好機! あのジジイを秒殺して、一気に三連勝をいただく!)


 ヘイトは気持ちを切り替え、エロンにあらゆるバフを最大で掛けるよう指示する。

 更にエロンはビッティにも『魔法攻撃力』に特化して、バフをかけまくる。


 ヘイトとビッティの肉体は、溢れんばかりの力と魔力に満たされた。


「たっぷり後悔させてやる・・・・・・!」


 血走ったヘイトの目には、自らの剣で血の中に倒れる茂三の姿が、強く描かれていた。

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