戦士 vs プロレスラー
「プロレスラー?」
初めて聞く職業名に、セレーナは首を傾げる。
武闘家、格闘家、地球からの転生者に空手家というのも聞いたことがある。
だが、プロレスラーという存在は聞いたことがなかった。
どんな職かと尋ねるセレーナに、茂三はキセルで中央を指して言った。
「口で説明するのは難しいが……まあ、見ておればわかるじゃろ。質問はその後に受けようかの」
茂三は余裕の笑みを浮かべる。
その表情は『妻が絶対に勝つ』という確信に満ちたモノ。
セレーナもつられて口元をあげて微笑んだ。
茂三に言われるままに中央へと視線を戻し、虎子たちを観察する。
向かい合う男女。その身長差はおよそ五十センチ。
ゲラウトは全身が重装備、顔も兜と口当てで覆われており、確認できるのは目だけでる。
その右手には大きな斧、左手には大盾。
パワー重視の戦闘スタイルが容易に見て取れた。
それに対し、虎子は何も持っていない。
強いて挙げるなら、両手の薬指に銀色の指輪が光っているくらいのものだ。
フェネルが中央に立ち、イリアスの方を見る。
王の頷きと共にフェネルの右腕が高く上がる。
「試合開始!」
ゲラウトは開始と同時に大盾を構える。
いくら老いぼれであろうと、正体不明の相手にいきなり飛び込むのは危険という判断。
そして試合前のエロンの身体強化に加え、自ら『攻撃力上昇・速度上昇・物理耐久力上昇』などのバフをかけていく。
右腕に握りしめた斧にも魔力を流し込み、『必殺の一撃』を備える。
(得体のしれないババアだ。油断はできない)
ゲラウトは虎子を見据えたまま、静かに力を溜めていった。
一方の虎子は、開始の合図と同時に肩幅より大きなスタンス、手を大きく広げたファイティングポーズを取った。
プロレスラーの『四つ』に似ている。
試合前の挑発合戦も含め、このような闘いを虎子は望んでいた。
『武器ありの異種格闘技戦』。
地球でも霊界でも、数えられない程、このような闘いを繰り返してきた。
だが、何度経験しても、どんな相手であっても、血が沸き立つ感覚は変わらない。
特に、自分よりもはるかに巨大な相手の一撃。
それが非常に
虎子の構えにザムは疑問を覚える。
「茂三殿? 私の思い違いでなければ……虎子殿は躱す気がないのでは?」
「ほっほっほっ。正解じゃ」
茂三がそう言うと同時に、ゲラウトが動いた。
限界までの身体強化と攻撃力強化。
悲鳴を上げる肉体を抑え込み、虎子の首筋に渾身の一振りを叩き込んだ。
「ダイナミック・アックス‼」
渾身の叫びと共に
その瞬間ヘイト達は勝利を確信した。
「おばあちゃんっ!」
ミリアの叫びが響き、兵士たちも立ち上がる。
だが、最も驚いていたのはゲラウトだった。
(バカな・・・・・・ッ!)
斧は虎子の首筋に触れると、握る柄の部分を残して砕けてしまっていた。
まるで、己より遙かに硬いものを全力で叩いたときの氷のように。
虎子は首をコキコキと鳴らすと、殴られた辺りを摩って言った。
「ふん。アタシを斬りたきゃ、もっと武器の手入れをするんだね。そんなナマクラじゃ、散髪もできないよ」
ゲラウトは砕けた斧の柄を見て震えた。
視界には砕けた斧の破片が転がっている。
(このババアの体は金属で出来ているのか!? それとも強力な防御魔法!?)
「どうしたんだい? 迷ったって倒せないよ。さあ来な、小僧」
片手を前に出し、虎子は挑発する。
「ふざけるなっ!」
ゲラウトは大盾を振りかぶり、虎子の頭上に落とす。
ドゴン! と鈍く重い音が響き、大盾が虎子の頭部にめり込んだ。
否、
(やったか!?)
ゲラウトがそう考えた次の瞬間、背中に悪寒が走り抜けた。
(……ッ!?)
危険を察したゲラウトは盾を手放し、慌てて距離を取る。
「良い勘してるじゃないか」
虎子は自らの頭が刺さっている大楯を掴み、頭をひっこ抜く。
それは異様な光景だった。
(な、なんだと……‼ 頭の形に盾が変形しているッ!?)
女は更に、腕力で大楯を団子のように丸めていく。
メキッ……メリメリと車をスクラップにする時のような、異様な金属音が会場に響き渡る。
初めて見る光景に脳の処理が追いつかないのか、観客席からは歓声ひとつない。
逆に息を呑む音すらも聞こえるような、異様な静寂が拡がった。
ゴトン。
丸く変形した大楯は圧縮され、ボウリングの玉のように地面に転がされた。
「どうしたんだい? 無駄な鉄の塊を片付けてやったんだ。ここからが楽しいんだろう?」
そう言って両手でゲラウトを呷る。
(化け物めッ……!)
ゲラウトは握っていた斧の柄を捨て、両の拳に力を込める。
(斧が効かぬなら、『魔法拳』で倒す!)
「ハリケーン・ナックル!」
風魔法により生み出された小さな竜巻が、ゲラウトの籠手を包み込む。
身体強化により俊敏さを増したゲラウトは、重装備とは思えぬほどのスピードで突進する。
「喰らえっ!」
重く鈍い音とともに、拳が顔面に炸裂した。
(まだまだっ! このババアはこの程度では死なん!)
「オオオオッ‼」
ボディ、フック、アッパー、チョップと次々に魔法拳が虎子に叩き込まれる。
ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴッ!・・・・・・。
止まらないラッシュ。標的に迷わず叩き込まれる拳。
しかし虎子は腕を拡げたまま、ゲラウトの攻撃を受け続ける。
遂には打撃を加えているゲラウトの方が、その異様な空間を恐れて距離を取った。
「貴様……何故避けん‼」
「知らないのかい……? プロレスラーは、相手の攻撃から逃げないことが『仕事』なんだよ!」
「知らぬわっ!」
再び踏み込んだゲラウトの『左ストレート』。
巨大な拳が顔面に叩き込まれる直前、虎子が踏み込み
グシャァッ!と激しく音をたてたのは、虎子の顔面ではなかった。
キラーアナコンダの頭蓋を破壊した頭突きは、間合いを外されたゲラウトの左拳を鎧ごと粉砕する。
「ぐあああっ!」
予想外の展開に脳が一瞬遅れて反応し、激痛による油汗がゲラウトの全身に噴き出した。
苦悶の表情を浮かべながら砕けた拳を抑え、思わず体を丸める。
(……ッ‼)
兜の中でゲラウトの目に汗が流れ込み、反射的に一瞬目を閉じた瞬間を、虎子は見逃さなかった。
トッ……!
虎子が両足で軽く跳ねる。
揃えられた両足はそのままゲラウトの胸の高さに照準を定め、心臓部を蹴り込んだ。
「グッ……!?」
重い呻き声が漏れ、トラックが重いものを跳ねた様な重低音と、未曽有の衝撃が体中に響く。
高速で飛ばされたゲラウトは、そのまま壁に激突してめり込んだ。
男はゆっくりと壁から剥がれ落ちると、そのままうつ伏せに倒れる。
虎子はイリアスの方をチラ見したあと、ゲラウトに近づいていく。
それはもう散歩のような無防備さで。
「な、何ですの今のは・・・・・・!? 虎子様は鋼鉄でできてらっしゃるの?」
セレーナは身を乗り出し、虎子を見る。
首を確実に捉えたのに砕けた斧、頭に叩き込んで逆に形を変えた盾。
これは身体強化がどうという問題ではない。
驚かないほうが不思議というものだ。
「それにあんな蹴り技……初めてみました。なんという威力でしょう」
セレーナが驚きの声を上げる隣で、イリアスは腕を組んだまま眉ひとつ動かさない。
沈黙のうちに虎子を見つめている。
王の横に座っていたライアルは茂三に言った。
「あの耐久力は『闘気の鎧』・・・・・・でしょうか。それも見えない程に硬く薄く圧縮された」
茂三はライアルの方を見ると言った。
「ライアル王子……じゃったかの? いい線行っとるよ。こっちでは『おらあま?』じゃったか?」
「『オーラアーマー』だよ。おじいちゃん」
ミリアが苦笑いしながら言った。
「そうじゃ。その『おらあーまー』ちゅうのも婆様は使えるが……今回の場合はもっとシンプルじゃ」
ザムは顎に手を当てて考えていたが、何かに気付いてポンと左手に右手を置いた。
「なるほど。彼女が私と似ているといった理由が分かりました。虎子殿の技とは『呼吸による気の操作』……でしょうか」
ザムはチョビ髭の下から白い歯を出して笑う。日焼けした肌に白い歯の組み合わせは最高に眩しい。
「ほっほっほっ。そういうのも使うのぉ。婆様はこっちで言う『ぱふぱふ』みたいなことを呼吸でやるんじゃ」
「ぱっ……!?」
セレーナが茂三の言葉に顔を赤らめる。
「おじいちゃん、それを言うなら『バフ』だよ! 強化付与!」
「ん? パフ?」
「バ・フ」
茂三とミリアのやりとりは、本当の祖父と孫の様で、周囲からは自然と温かい眼差しが贈られていた。
ライアルは茂三から視線を外さず言った。
「ということは、虎子殿は呼吸だけで鋼鉄並みの耐久力をその体に宿らせたのですか? 魔法も使わず?」
茂三は「んー」と唸ると虎子に視線を移す。
「婆様の得意技は地球の武術で『鋼気功』といっての。呼吸の操作で体を鋼鉄のようにする『
「地球の……技術……‼」
ライアルは腰の刀に目を落とし、そして虎子に視線を戻した。
地球から伝来した『刀』。その原点を、虎子に重ねて見つめる。
茂三の言葉を聞いた誰もが、虎子の呼吸法に関心を寄せていたが、茂三はそれを打ち消すように手を振った。
「あー、すまん。勘違いしとるかもしれんから言うが、今の婆様は『ぱふぱふ』も『おらあま』も、鋼気功も使っとらんぞい」
「え?」
ライアルは言葉の意味が理解できず、思わず聞き返してしまった。
「言うたじゃろ、もっとシンプルじゃと」
「と、言いいますと?」
「アレはただの筋肉よ」
「……は?」
その時、茂三が言ったことを素直に理解できるものは居なかった。
虎子はうつ伏せに倒れたゲラウトの頭の先、1メートルのところまで来ると言った。
「そんなに
次の瞬間、ゲラウトは勢いよく飛び起きると、右拳に風魔法を宿らせる。
「吹き飛べ! くそババア!」
(
ゲラウトの手に圧縮された空気の塊が現れる。
「来な!」
虎子は再びファイティングポーズを取ると、両手を大きく広げて体で受け止める。
「虎子様!」
「何故避けん!」
セレーナとイリアスが声をあげる。
ゲラウトの魔法は直撃し、炸裂。
激しい爆風が巻き起こり、爆ぜた。
虎子の背後、十数メートルが衝撃でえぐれ、土煙が舞い上がる。
自身最後の『渾身の一撃』。
ゲラウトは確かな直撃の手ごたえを感じていた。
これまでこの『ブラストウインド』で並みいる魔物を粉砕してきた。
その中には大型の魔獣も含まれる。
これまで虎子が何をしたのかは知らないが、魔法防御なしに、Fランクがこの魔法の直撃に耐えられるはずがない。
土煙の中、ゲラウトの視界が開ける。
ゲラウトは視界の直線方向を確認。
粉砕した手応えこそ無いものの、標的が遥か後方まで飛ばされていると考えていた。
しかし、思惑は完全に外れる。
(い、居ない……ッ?)
次の瞬間、顔の真下から、声がした。
「ハグは好きかい?」
そう言って虎子が鎧の上から抱きつく。
ゲラウトの全身に音なき警報が鳴り響くが、時すでに遅し。
「……ッ‼」
そして、女は腕に力を込めた。
グシャッ……!
鎧ごと胴体が抱き潰される。
プロレスで言うところの『ベアハッグ』。
決め技にはなりにくいこの技も、虎子がやれば肋骨、脊椎、内臓まで押しつぶす『万力』と化す。
「――――――ガッッ‼‼‼」
ゲラウトの体は激痛と苦しさでエビ反り、目は大きく見開き、手は伸展して指まで開かれる。
「さぁ……覚悟はいいかい?」
「……⁉」
刹那、虎子はゲラウトを持ち上げ、後方に投げ落とした。
通常は投げる相手を『背中』から落とすスープレックス。
しかし、虎子の『投げ』は違う。
超高速で
鎧に内臓を潰され、激痛で伸展した腕は、受身に使えない。
ドゴンッ!
兜ごと顔面から石畳に叩きつけられ、首辺りから砕ける音が聞こえる。
地面に突き刺さった男は、痙攣して固まる。
そしてしばらくすると、ズルリと力なく崩れ落ちた。
虎子がゆっくり立ち上がると、ゲラウトを見下ろして言った。
「いい戦いだったよ。霊界での再戦が楽しみだねぇ」
そして、女は拳を天高く突き上げた。
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