潜伏スキル

「ザム。私とお前の仲だから言うが……解ってるんだろうな?」

 イリアスはミリアに視線を向けたまま、隣に立つザムへ言葉を投げかけた。

「あ? 何がだ」

 ザムは面白くなさそうに腕を組み、イリアスに言葉を返す。

 その口調はぶっきらぼうで、王と同じくミリアに注目している。


 「決まっているだろう。奴ら風雲の刃は犯罪者だ。お前は公然と犯罪が判っているのに、その場で裁かず、強引なギルドマスター権限でこんな無茶苦茶な決闘に持ち込んだ。万が一、風雲の刃が勝利するようなことでもあれば、お前の責任は免れない。犯罪者を無罪放免、さらに賞金など――絶対にあってはならん事だ」

 イリアス王の言葉にはどこか怒気が感じられた。

「……」

 ザムはミリアを見つめたまま、微動だにしない。


 王は静かに横目でザムを流し見ると、言葉を続ける。

「もしそんなことでも起ころうものなら、お前のギルドマスターとしての権限は剥奪することになる。過去の栄光も地の底だ」

「ああ、解ってる」

「解ってないだろう。ならばなぜ、あの娘ミリアを行かせた? 彼女はまだⅮランクと聞く。Bランクのパーティにぶつければ無事では済まないのではないか? のことがあれば、たとえ鬼龍院一家が勝っても、それはお前の責任になるぞ」

 イリアスの話はもっともである。

 犯罪者に無罪放免のチャンスを与え、更に賞金1億ゴールド。

 間違いなくバカげてる。

 そして、そんなことは誰より一番解っている。

 しかし……。

 

「うるせぇな。俺はあの家族にんだ。黙って見てろ」

 ザムは茂三と虎子と握手を交わした時の戦慄を忘れなかった。

 あの二人ならまず間違いない。

 

 だが、目の前の状況を見れば、イリアスの言い分も分かる。

 先鋒はまさかのミリアだった。

 この決闘に魔導具などの安全装置はない。

 もしもミリアが殺されでもしたら、確かに責任は免れないだろう。

 

 しかし、ザムにはミリアを信じる気持ちがあった。

 だから、賭けたのだ。

 自分の人生を。

 

 イリアスはミリアに視線を戻す前に静かにため息をつく。

 そして心の中で呟いた。

(お前が『賭けた』から不安なんだろうが。『負け試合しか知らぬ男ミスター・ルーザー』よ)



 シーフであるスティールは、眼前の少女を見据えて心の中で笑っていた。

(もらったわ、この勝負……‼)

 

 スキル『潜伏』。

 発動すると、姿が他人から見えなくなるスキルである。


 鼻の利かない魔物、目でターゲットを追う魔物などから身を隠すほか、建物へ潜入する際に用いるスキルである。

 他に暗殺者『アサシン』も同じ潜伏スキルを使えるが、性質が若干異なる。

 

 さて、スティールはこの『潜伏』に自信を持っており、過去このスキルを発動して見つかったことも、魔物から逃げられなかった事もなかった。

 彼女の潜伏スキルは本人の体臭すらも隠すため、魔物が匂いによって追跡してくることも無い。

 このスキルは他人にもかけることが可能であり、『魔力』と『集中力』が続く限り姿を消すことができる。

 ヘルメイズにミリアを置き去りに出来たのは、ひとえに彼女の『潜伏』があったからに他ならない。


 だが、シーフはその職業柄、戦士のような屈強な体もなければ、魔法使いのような強力な魔法も使えない。

 そのため、成り手も少ない。

 しかし、スピードに関しては武闘家と互角に渡り合い、ダンジョンのトラップ解除に関しては比肩する職はない。

 そのためパーティーの多くにこのシーフを入れることも多い。


 力は弱いが、引っ張りだこの人気職。それがシーフだ。



 スティールは開始の合図と同時に口元を歪めると、スキル『潜伏』を発動。

 一瞬のうちに姿を消した。


「む、『潜伏』か」

 イリアスはスティールの見事なスキルに感心した。


「素早く、見えない相手に、お孫さんはどう戦われると思いますか?」

 イリアスの横に座っていた王妃セレーナは、虎子に微笑みかけた。

 虎子はセレーナに笑いかける。

「あの子はスナイパーさね。『一撃必殺』が身上ですよ」

「一撃・・・・・・必殺」


 ファウンテンの馬車の上でミリアが狙撃する間、虎子は『一撃必殺』を繰り返し言ってきた。

 強力な魔物相手に、ミスによる二発目は命取り。

 ボス級の魔物ではそうもいかないだろうが、群れになって襲い来る魔物であれば、同じ標的に何発も撃ち込む作業は、他の者を接近させてしまう。

 スナイパーは標的から距離を詰められる前に、それらを一撃で仕留めることが求められるのだ。


「でも、あの子は優しいからねぇ……」

 そう言って虎子は視線をミリアに移す。


 ミリアは未だに微動だにしない。

 視線はまっすぐ前を向き、スティールが元居た場所を見据えている。


 開始から十秒。両手は銃の傍で構えたまま、指一本動かしてすらいない。

 肩幅に足を開いての自然体に近い構え。

 静かに呼吸を繰り返し、を待つ。


 スティールは、音もなく軽快にミリアの周りを跳び続ける。

 (――フン。あたしの姿が見えなくなって、緊張で動けなくなったか。それとも動かない方が良しと判断したのか……。まあ、どちらでもいいさ。このまま背後から心臓を貫いてやるよ!)

 姿を消したまま、腰のダガーを抜く。

 ミリアからなるべく離れ、音もなく背後に回る。


 ミリアの視線は未だに前を向いたまま。

 スティールは両手でダガーを構えると、心の中で「死ねぇっ!」と叫びながらミリアの背中目掛けて高速で飛び込んだ。


 だが。

 銃声が響き、直後、スティールが数メートル後方まで吹き飛んだ。


「ほう……‼」

「まあ……‼」

 思わず声をあげたのはクルスト夫妻だった。

 ミリアは自らの右脇の下に銃を通して発射。

 一歩も動かずに勝利を掴んだのである。

 

 弾丸はスティールの頭部と心臓部を直撃し、後方に

 ダガーも宙高く弾かれている。


 ゴロリ、と地に転がったスティールはスキルが解け、姿を現した。

 額と胸に何かが強く強打した痕があり、意識を失ったスティールは白目をむいていた。


 ダガーは空中で回転すると、カラン、と地に落ちてその動きを止める。

 同時にイリアス王が立ち上がり、「勝負あり!」と宣言した。


 騎士たちの間からミリアを称える拍手、そして歓声が上がる。

 クルスト王国騎士団には銃使いはいない。

 世界中のほとんどのスナイパーは魔法弓使いであり、同職の彼らからも拍手と歓声が上がった。


「お見事でしたわね」

 王妃セレーナは虎子に笑顔を向け、虎子も笑顔で答えた。

「あの子は馬車の上で魔物の気配を探る訓練をずっとしていたからねぇ。姿が見えなくても匂いがなくても、そこに『気配』や『魔力』の動きがあれば、スナイパーには『撃ってください』と言ってるようなもんさ」

「なるほど。確かに潜伏スキルは魔力を使用しますしね。おまけにこの闘技場は、結界を通る時にその魔力を身に纏いますから」

 セレーナは改めてミリアの戦いを高く評価する。

「だが、その気配を探るには相当の修練が必要だ。一朝一夕でできる事ではない。あの娘、相当な訓練を積んできている」

 イリアスもミリアのスナイパーとしての素質に満足そうな笑みを浮かべる。

 自分の管理する国に、優秀な冒険者・狙撃手がいる。

 イリアスにとって、それは本当に心強かった。

 

「その通りだよ。あの子は幼いころから、スナイパーに必要な修練を積んできたんだ」

 虎子はミリアを誇りに思った。

 努力を怠らず、研鑽を惜しまなかった『孫』の姿に感動した。

 そして、の4インチ銃を抜いた事を、心の中で喜んだ。


「ほっほっほっ。やっぱり優しいのお。ウチの孫は」

 うんうん、と頷いて茂三も好々爺の笑みになる。


「スティール!」

 『風雲の刃』が結界の外から仲間の名を叫ぶ。

 敗北したメンバーは、もうチームの所には戻らない。

 スティールは担架に載せられ、医療チームの下へ運ばれていった。


 スティールを見送ったフェネルは足元に転がったものを踏み、それを王の下へ運んできた。

 イリアスはそれを静かに受け取る。

「これは・・・・・・模擬弾か」

 通常の弾丸の代わりに、断頭が強化ゴムでできた特製模擬弾。

 ミリアはヘイトを撃った時と同種の弾丸を、そのままスティールにも使用したのだ。


 この弾丸なら、骨折することはあっても死ぬ事はない。

 ミリアはあの瞬間、後ろを見ることなくスティールの頭部、心臓部、そしてダガーを一瞬で撃ち抜いたのである。


 退場するミリアに、騎士たちから拍手が贈られる。

 戻って来たミリアは複雑な表情で、少しだけおどけながら言った。


「えへへ。弾を『実弾』に戻すの忘れちゃったよ」

「ほっほっほっ。それでええんじゃよ、それで」

「よく頑張ったねぇ」


 茂三が頭を撫で、虎子がミリアを抱きしめた。

 ミリアも目を細めて笑いながら、虎子の背中に腕を回した。

 伝わってくる家族の温かさ。

 ミリアは虎子のハグが大好きだった。


「さて……と。次は誰が行こうかの?」

 茂三がそう言って虎子の方を見ると、既に虎子はリングイン。

 天使時代からの白いワンピースの下に、白いかぼちゃパンツ。それに革の靴という、普通のおばあちゃんの格好で中央に向かって歩いて行く。

「ありゃりゃ。婆様、マンマンじゃの」

「『見てな。軽くひねってくる』ってお婆ちゃん言ってたよ」

 ミリアをハグした時、虎子はミリアの耳元で囁いていた。

 優しい言葉の中に、虎子の明確な意思を感じさせる。

 虎子はミリアに手をかけた風雲の刃の行いを、許す気はなかった。

 

「ありゃりゃ……対戦相手が可哀想じゃのぉ」

 茂三の表情は対戦相手への憐れみに満たされていた。

 それはもう、これ以上ないぐらいに。



「嘘……あのスティールが……‼」

 エロンは秒殺されたスティールが運ばれていくのを見て青ざめる。

 こちらは残り四人。

 しかし、僧侶である自身には戦闘力はないため、実質3人だ。

 

「心配するな。俺達が片付ければ問題ない!」

 ヘイトは気持ちがざわつくのを堪えつつ、虎子が中央に立ったのを見て言った。

「あのババアだ! 誰が行く!?」

 

 心配するなと言いはしたが、予想外の敗北は『風雲の刃』に焦りを感じさせていた。

 絶対に勝てるはずの戦いでの黒星。

 Ⅾランクの予想外の強さ。

 銃を手にしたミリアが、まさかこれ程だったとは。

 

 もしあの時ヘルメイズに置き去りになどせず、本当にダンジョンで一緒に戦っていたなら、今頃は魔物とお宝を売り捌き、大金を手にしていたかもしれない。

 そんな思いがヘイトの頭によぎった。


 だが、もうそんな『もしも』は存在しない。

 あの女ミリアは敵。しかもかなりの強敵だ。


 そして今、闘技場の中央で、仁王立ちの姿で待ちうけるのは、正体不明のババアである。


 自分が行くか、それとも……?

 言葉を詰まらせたヘイトを見て、ゲラウトが槍を持って立ち上がった。

「俺が行こう。あのババアにはさっきバカにされた『借り』がある」

「――頼むぜ!」

 おう! とゲラウトは振り返ること無く結界を通り、中央へ。


 虎子の眼前に立った男は、見下ろして言った。

「俺達をクズ呼ばわりしたこと、謝りに来たのかい? バアさん」

「フン。クズ相手に下げる頭は持っちゃいないよ」


 身長二メートル近い巨漢のゲラウトを、見上げる虎子。

 大人と子供ほどある身長差は、ゲラウトの存在感をより高めていた。


 

 ザムは茂三の横に来ると、白い歯を見せて笑う。

「お隣で拝見してもよろしいですか?」

「もちろんじゃよ。聞きたいこともあるんじゃろ?」

「ははっ。お見通しで」

 ザムは、「すまないね」と言いながら茂三とミリアの間に座った。


 ミリアは憧れの英雄の一人、魔王討伐メンバー・ザムが至近距離にいることに、試合以上の胸の高鳴りを感じていた。

 ザムのことをちらりと見ては、また顔を伏せる。

 緊張からそんなことを繰り返していた。


 ザムは茂三の方を見ることなく、リング状の虎子へ視線を向けたまま話しかける。

「虎子殿は、『武闘家』ですかな?」

「左様。やはり分かるか」

「ええ。親友に『リュウガ』という格闘バカが一人いましてね。虎子殿と握手した時、そいつと似た『気』の感じがしたんですよ」

「婆様と……? ほっほっほっ。そりゃあ凄い」

 茂三はザムの言葉を聞き、目を大きく開いて感心すると、俄然この世界に興味がわいた。


「じゃが、ワシはお前さんの方が、気がするがの」

「え? 私ですか」

 ザムは思わず茂三の方を振り向き、自分を指さして少し驚いた。

 

 そんな二人の会話に興味を示した王妃セレーナが、虎子を見ながら言った。

「ところで茂三様、虎子様は長袖の服とあのかぼちゃパンツのようなズボンという上下のお召し物ですが、あんなにゆったりとした服で戦われるのですか? それに……失礼ですが、あんなにふくよかな胸をお持ちですので、動きづらそうで……」

 

 ん? と一瞬茂三が不思議そうな顔をする。

 数秒ほど考えて固まったあと、虎子を見てポン、と軽く手を叩いた。

「ほっほっほっ。そうか、婆様の体を見たことが無ければに見えるのじゃな」

「え?」

「もし機会があったら婆様と風呂に入ってみるといい。あの服の理由も分かるじゃろ」

「お風呂……ですか?」

 茂三の言ったことが理解できなかったセレーナは、少しだけ首を傾げる。


「まあ、見ておればわかるさ。婆様のことが」

 茂三はもんぺの中から扇子を取り出すと、涼しい顔で扇ぎながら言った。


「そうそう、1つ伝えておかねば。婆様は、正しくは武闘家ではなく『プロレスラー』じゃ」

 

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