開戦

 『風雲の刃』の面々は、極度の緊張状態にあった。

 

 つい数時間前までは、このあと入ってくる予定の大金に心躍らせ、武器を新調し、酒場で食事を楽しんでいたはずなのに。

 今は無数の騎士に囲まれ、王宮で跪き、縮み上がっている。


 眼前には国王、伝説の英雄イリアス・クルスト十二世。

 魔王を倒した『英雄中の英雄』。

 その横にはギルドマスター・ザム、フォレスト宰相、エスクード将軍など錚々そうそうたる面々。

 

 全身冷や汗が止まらず、下着までびっしょりになり、体が重く感じる。

 正直生きた心地がしない。

 それなのに、だ。


 目の前にいる新人冒険者の老人たちは、同じ一般人でありながら、王を相手に動じる素振りすら無い。

 それどころか、玉座の間に入るやいなや、王やファウンテン侯爵がわざわざ出迎え、歓迎し、自ら握手を求めたのである。


(いったい何者なんだ、コイツらは……⁉)

 眼前で繰り広げられる『信じられない光景』を前に、この後の顛末を考えれば考えるほど、嫌な汗が噴き出る。


 この時、ザムがヘイト達に冷たい目で呟いた。

『喧嘩を売る相手を間違えたな』と。


 茂三たちに対する熱烈な歓迎は、王、宰相、将軍だけではなかった。

 

 冒険者は滅多にお目にかかることのない、ファウンテン侯爵家騎士団『蒼騎士』こと『サファイア部隊』、クルスト王家『赤騎士』こと『最速の騎馬・ガーネット部隊』、緑騎士『賢者軍団・エメラルド部隊』、そして最強の白騎士『王家親衛隊・ホワイトナイト』の面々が、興味津々に茂三たちを見ている。


 対して、茂三たちに続いて入ってきた『風雲の刃』への視線はひどく冷たいものだった。


 玉座の間ではさらに異常事態と思える状況が続いた。

 歓迎のために降りてきたイリアス王、王妃、そして王子が、握手の後も一切玉座に着かないのである。


 大臣達も当然のように王たちの後ろにおり、高い位置には立っていない。

 壁には白、赤、蒼、翠の鎧を纏った騎士たちが取り囲み、王の横には将軍が立っている。

 王自身も腰に剣を差し、王子の腰にも刀が差してあった。


 そして、ヘイト達の目に、驚くべき光景が飛び込んできた。


「茂三殿、虎子殿、ミリア殿。この度はファウンテン侯爵をお救い下さり、感謝いたします」

 イリアス王が茂三と虎子、そしてミリアに深々と頭を下げたのだ。

 

 そして、それに続くように、王妃、王子、そして家臣までもが虎子たちに頭を下げた。

 兵士たちは敬礼し、姿勢を崩さなかった。


(あのイリアス王が……頭を下げた⁉ に⁉)

 

「ほっほっほっ。イリアス王様、皆様、頭をあげて下され。王たるものがそんなに簡単に頭を下げるものではなかろう」

 促され、頭をあげた一同。

 イリアスは一転の曇りも無い眼差しで言った。

「ファウンテン侯爵は、我が国にとっては大黒柱とも言うべき存在なのです。あなた方は彼を救ってくださった。そして聞くところによれば、茂三殿は絶命していたはずのサファイア部隊の命をも救ってくださったとか。本当に何とお礼を申したらよいか。彼らのためなら、こんな頭いくらでも下げましょう」

 その言葉には偽りも無く、全く陰りも感じなかった。

(見上げた男じゃ。これがこの世界の王たるものの『器』というものか。加えて王妃も王子も、王と共に頭を下げることに迷いがなかった)

 茂三は感心してうんうんと頷いた。

 

「――して、後ろに控えるこの者たちは、『何者』ですかな?」

 イリアス王は茂三の後ろに跪く『風雲の刃』の五人を見下ろす。


 もちろん、『事情』は知っている。だが、敢えて言ったのである。

 ごくり、と、風雲の刃の五人のうち、誰かの喉が鳴った。


「その件に関しましては、私が報告させていただきます。よろしいでしょうか」

 そう申し出たのはフェネルである。

「よい。申してみよ」

「はっ!」

 敬礼の後、フェネルは淡々と告げる。

 ・ヘルメイズ周辺で奇襲を受け、ファウンテン侯爵を護衛するサファイア部隊が壊滅寸前になっていたところ、鬼龍院一家が助けてくれたこと。

 ・三人はガディ一家の一団を撃退し、傷ついた仲間を癒し、救ってくれたこと。

 ・ミリアは襲撃現場のガディ一家を大勢倒し、道中もファウンテン侯爵を守った恩人の一人であること。

 ・『風雲の刃』はミリアの武器と道具を奪い、ヘルメイズへ置き去りにした可能性がある者達で、ザムと茂三の恩赦により、決闘に勝てば罪を免除。負ければ即刻死罪確定。その決闘をこの王宮の訓練場で行う運びになったこと。


 以上のことを報告し、フェネルは再度敬礼した。

 王は頷くと、冷めた目で五人を見る。


「私もかつては冒険者として働き、色々な者達を見てきた。真面目に働く若者、年を経て前線を引退し、国のために薬草を採取したり若者を育ててくれる者、前線で命を懸けて戦う戦士たち。皆、我が国の、いや世界中の誇りである。だが、中には仲間を裏切り、罠にかけ、命を奪う輩もいた。だからこそ、わが国ではそのような者達を厳罰に処すことを決めていたのだが……‼」


 イリアスの目が細く、怒りを帯びる。

「未だにこのような者たちがいたとはな」


 王から放たれる威圧感。

 それはまさに圧巻の一言であり、『風雲の刃』の五人は心臓を剣で刺しぬかれるような恐怖に震えあがった。

 そこには茂三たちを迎えた時の優しく温和な雰囲気は無く、悪魔に向けるような怒りがあった。

 

「ひぃっ……‼」

 『風雲の刃』の五人は恐怖から動けなくなっていた。

 これまで遭遇したどんな魔物にも感じることのなかった、絶対的な『死』の予感。

 王の放つそのプレッシャーの前では、口を開く事すらできなかった。


 イリアスは言った。

「本来ならば、調査が済むまで牢に叩き込んで、判決次第、即刻処刑とするところだが……決闘決着となった成り行きは?」


 フェネルは茂三の方をチラッと見て言った。

「茂三様と、虎子様の一存によると伺っております」

「ザム。それは本当か」

「ああ。俺もその五人を即処刑と行きたかったんだが、そちらのご老公が「決闘にしよう」と言い出されてな」

 ザムはチラッと茂三と虎子に視線を送る。

 

「ほっほっほっ。その方が面白いじゃろ?」

「アタシはまどろっこしいのは大嫌いなんだ。『All or Nothing.』強さで全部決める。そういう世界で生きてきたんでね」

 茂三と虎子の話を聴いたイリアスは一瞬キョトンとしたあと、笑いだした。


「はっはっはっ! それは面白いですな。では早速、お手並み拝見といきましょう」

 イリアスが右手をあげると、フォレスト宰相が前に出た。


「決闘の舞台は整っております。こちらへどうぞ」

 そう言って手を『ある扉』の方に向けた。


 宰相に続いてイリアス王、セレーナ王妃、ライアル皇子、ザム、エスクード将軍、ファウンテン侯爵、そして茂三たちが続く。


 『風雲の刃』は、前後左右を騎士団に囲まれて歩を進めた。

 無論、武器や道具は取り上げられており、防具以外は丸腰である。

 五人を囲む騎士団からは武器を突きつけられ、いつでも殺す準備はできていると言わんばかりの圧を感じている。

 それはまるで、死刑執行の台に上がるかのような心持ちで、無理矢理にでも足を進めるしかなかった。


 ※ ※ ※


 フォレスト宰相に続いて階段を下る事、約五分。ちょっとした球場並みの広さを持った場所に出た。

 ここは『クルスト王国騎士訓練場』。

 王宮騎士が対魔物・魔族戦に備え研鑽を重ねる場所である。

 

 壁や天井には特製の魔導具による結界が張ってあり、基本的にいかなる魔法も結界の外には通さない。

 訓練中負傷しても回復部隊が常時待機しており、治癒が可能である。

 親衛隊のなかには、大賢者が一人おり、彼がいる時は蘇生も可能だという。

 しかし、死後一時間を過ぎると、霊が肉体から離れてしまい、蘇生は不可能になると宰相は説明した。


 闘技場に到着するまでの間、風雲の刃のリーダー・ヘイトは、頭の中の情報を必死に整理しようとしていた。

(あのミリアたちがファウンテン侯爵の恩人? 騎士団の先生? なんだそりゃ! 聞いてねぇぞ! 孤児で安っぽい銃しか持っていなかったDランク女が、なぜそんな事に? それに魔物卸問屋と名乗る高齢者ジジイども。一体何者だ?)

 考えれば考えるほど頭が混乱して、ストレスで吐きそうだった。

 だが、やはり辿り着いた結果には変わりはない。

『……勝つしかねぇ‼』

 ヘイトは魔法『念話』で仲間を鼓舞し、到着するころには五人の意志は固まっていた。


 

「良き部隊じゃの」

 茂三は訓練中の王宮騎士団を見て感心していた。


「恐れ入ります。彼らは私の誇りです」

 イリアスは観客席に立ち、スッと右手を挙げる。

 と同時に、騎士団は一斉に訓練を中止し、王に向かって敬礼した。


 イリアスは言った。

「騎士は全員観客席に上がれ! これより特別訓練を行う!」

 イリアスが声をあげると、騎士は「ハッ!」と声を上げ、すぐに舞台を空けた。


「これから行うのはBランク冒険者五人と、新人冒険者を含む家族の決闘である。そなた達の学びとなろう。絶対に一瞬たりとも目を反らすな!」

「ハッ!」

 数百に及ぶ兵士の声に、その場の空気が震えた。

 王の声に騎士が一斉に返事する様は圧巻である。


 だが、『風雲の刃』の五人にはもうそんな世界は目に入っていなかった。

 狙うは三人の命のみ。

 奪わなければ、自分達が奪われるのだ。


「それで、対戦方法ですが・・・・・・」

 イリアスが茂三に声をかける。

 茂三が声を出す前に、虎子が言った。

「タイマン(一対一)の総当たりしかないだろうさ。互いに一人ずつ出し合って、全滅するまで闘り合う。どうだい?」


 イリアスにとって、これは意外だった。

 このご夫婦が破格の強さを持っているのは感じていた。だが、ミリアはどうだろうか?

 Dランクと言っていたが、正直その強さは読めない。

 本当にDランクのレベルなら、Bランクのメンバーと戦えば十分に負ける可能性はある。

 イリアスは目を細めて再度確認する。

「それでよろしいので?」

「アタシらが三人でかかったら、五秒ももたないだろ?」

 イリアスの問いに虎子はそう言って笑う。

 ミリアも笑顔で『うん』と頷いた。

 実は震えがくるほどに、緊張感が体を支配していたのだが。


 イリアスは頷くと言った。

「決闘の方式は1対1、互いが全滅するまでの総当たり戦とする! 決着の判断は私が行う! 一戦ごとに出場者を代えてもよい。最初の者、出ろ!」

 

 王の声に最初に反応したのはミリアだった。

「私が行くよ」

 ミリアは誰に相談することもなく立ち上がる。

 左腰のホルスターには取り戻した4インチのマグナム、右腰には茂三に貰った6インチの実弾銃が収まっている。

 表情に少々の緊張はあるものの、良き決意が感じられた。


「ほっほっほっ。行ってきんさい」

「しっかりね。女は度胸だよ!」

 茂三と虎子の声援を受け、ミリアは闘技場に降り立った。

 足元は巨大な石畳のフロア。

 もし叩きつけられでもしたら、無事では済まないだろう。

 

 闘技場を覆う結界をすり抜ける時、ミリアは光に包まれ、結界が自らに作用するのを感じた。

 

 自分が、王宮へ来ることになるとは。

 そしてまさか、王に直接お会いする日が来ようとは。


 ヘルメイズで死を覚悟したあの日、茂三と虎子に出会ってから、自分の運命は間違いなく変わった。

 そして今、あの森から生還し……『リベンジ復讐』の時。



「あっちは『ミリア』か……なら、アタシが行くね」

 そう言って舞台に降り立ったのはシーフのスティール。

 ダガーや投げナイフを武器とし、素早い動きで相手をかく乱することもできる。

 何より、対スナイパーには絶対の自信がある『スキル』をスティールは持っている。

 

 彼女が闘技場に出る前に、エロンは魔法で身体強化、速度強化を付与する。

 闘技場内に入ると結界で手出しできないが、闘技場に入る前の強化は禁止されていない。


 闘技場に入ると、スティールは空中で体を回転させ軽やかに中央に向かった。

(エロンの身体強化バフ、最高じゃん。めっちゃ体軽いし!)

 

 すでに中央で立って待つミリアは、両腰の銃を確認する。

 左右の銃は六発ずつ。

 ホルスターにはさらに、それぞれ6発の弾丸が差してある。

 それらを静かに指でなぞり、小さく頷く。

 

 高鳴る鼓動を抑えるように、ミリアは深呼吸を静かに繰り返した。


 スティールに続き、開始の合図を任されたフェネルが闘技場に入る。

 スティールは中央に着くとミリアと少し距離を開けた場所に立ち、言った。


「アンタ、随分うまいことやったみたいじゃないか。どうやってヘルメイズから帰ったのかは知らないけど、今度こそ地獄に送ってやるよ」


 醜悪な態度が顔ににじみ出る。

 ミリアは何も言い返さず、目を細めてスティールを見ていた。


「フン、言い返す言葉も無いのかい? まあ、残された時間をせいぜい楽しみな。ゆっくりいたぶってやるから。アハハッ!」


 中央にフェネルが到着すると、二人を見て言った。

「この闘いにギブアップはない。決闘につき辞退も許されない。勝敗の決着は王に一任される。王が止めるまで戦い続けるように」

 

 ミリアとスティールは軽くうなずく。



 かくして、1億ゴールドと命を懸けた、運命の一戦が始まった。


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