明かされる真実と予想外の展開

「はぁ!? どういうことだよ! 保険金が出ないって!」


 『風雲の刃』のリーダーである魔法剣士『ヘイト』は、タンクの『ゲラウト』、魔法使いの『ビッティ』、僧侶の『エロン』、シーフの『スティール』と共に冒険者ギルドに呼び出され、『死亡届受付』窓口で怒声をあげていた。


 先程まで彼らの対応をしていた受付嬢は、ザムの指示でエリイと交代し、エリイは冷めた目で淡々と同じセリフを繰り返す。

「ですから、この死亡届自体が受理できなくなりました。そのため保険金は出ないのです」


「受理できなくなったってどういうことだよ! あの女はヘルメイズで魔物に襲われて死んだ! キラーアナコンダに襲われてな! 俺たちも戦ったが逃げるしかなかったんだ!」

 

 キラーアナコンダというフレーズに周囲の冒険者の視線が集まる。

 「それなら仕方ないよな」と同情を示す者、訝しむ者、聞き耳だけ立てて様子をうかがう者。

 様々な意識がそこに向けられるがエリイは動じることなく言葉を繋ぐ。

 

「なるほど。Sランクのキラーアナコンダに。ではお伺いいたしますが、そんな中であなた方が彼女の拳銃や冒険者証を持って帰れたのは何故ですか?」


「決まってるだろう! 遺留品が無ければ捜索隊が出る。ヘルメイズに捜索隊が行けば、余計な犠牲が出かねない。だから俺たちは襲われた地点までもう一度戻って回収したんだよ! 命懸けだったんだぜ!」


 なるほど。いかにもそれっぽい理屈をごねてくる。

 エリイは反省のかけらも見えぬ男に対し、烈火の如き怒りを感じたが、机の下で拳を強く握って堪えた。


「なるほど。ではあなた方の言うとおりですと、襲われたミリア嬢はキラーアナコンダに殺されており、遺品だけ持ち帰った……と」

「そうだ」

「では、殺されていたのならなぜ、遺体を次元収納袋に入れて持って帰らなかったのですか? 遺体回収は基本的に可能であれば義務のはずですが」

「あの女は喰われちまって遺体も残っていなかった。現場に残っていたのが銃と袋、冒険者証だけだったんだ。そういえば『弓』はなかった。もしかしたら、一緒に食われちまったのかもな」

「弓……? そうですか。死体が発見されなかったので、やむを得ず捜索願と死亡届を出した……と」

「ああ、そうだよ。義務だからな」

 あっさりと言い切るヘイト。

 止まらぬムカつきを抑えつつ、エリイはカウンターの下から弓を取り出す。

「その弓というのはこれですか?」

 古ぼけた木の弓と矢。弓にはべっとりと血糊のおまけつきだ。

 これこそ風雲の刃がミリアに持たせ、森に置き去りにするために使った弓だった。


 「あ、それよ! あの子が持ってた弓だわ」

 女シーフのスティールがわざとらしく声をあげた。

 短パン姿で腰にナイフ。典型的な軽装備スタイル。

 

 エリイはスティールに視線を移し、確認する。

「この弓はミリア嬢の物で間違いありませんか?」

「そうよ。間違いないわ」

「ミリア嬢の他に、この弓に触った人は?」

「いないと思うわ。私たちは基本的にあの子の武器には触らなかった。冒険者は自分の武器を人に触らせる事を嫌うのは当然。遺品を持って帰っただけよ」

「なるほど」

 そう言ってエリイは表にチェックを入れると、弓をカウンターの奥にしまう。

「なんだよ、弓がもう発見されてるじゃねぇか。やっぱり俺達が言ったとおりだったろ?」

「ええ。あなたがたの仰る通り、これはヘルメイズから持ち帰った物です」

 

 ガチャッ……。

 横のカウンター前に立っていたローブの人影が動き、ヘイトの頭に銃が付きつけられる。


「本人の手によってね」

「……は?」

 ヘイトが間抜けな声を出した瞬間、銃口が火を噴いた。


 ドォン!という重く激しいマグナム弾の音が響く。

 

 ヘイトは数メートルほど弾かれたように横へ飛ばされ、白目で仰向けに倒れた。


「ヘイトッ!」

 仲間たちが駆け寄り、ローブのガンマンを見る。


「何すんのよ!」

 スティールが叫ぶが、ガンマンはそちらに見向きもせず、ローブ下の真新しいホルスターに銃を収める。

 その視線はローブで隠され見えない。


「銃の使用許可は出ております」

 エリイがそう言うと、スティールは尚噛み付いた。

「ふざけんじゃないわよ! そもそもギルドの中での武器の使用は御法度でしょう! 実弾で頭撃つなんてどうかしてんじゃないの⁉」

「繰り返しますがザム様からの許可は出ておりますので」

「はあっ?!」

 怒りを声に現すスティール。

 エロンがヘイトの頭部に回復魔法を掛け始める。

 

「ほっほっほっ。安心せい。模擬弾(ゴム弾)じゃよ。脳震盪起こしとるだけじゃ。……にしてもだらしないのう。こんな至近距離で殺気をあれほど当てられながら、全く気付かんとは。お主ら、本当に冒険者なのかな? 実はただの素人じゃろ?」

「爺様、こいつらが『冒険者』な訳ないさね。だってザム様のお話では、冒険者は困っている民のために戦う職業だそうじゃないか。こいつらは『人殺しの詐欺師集団』、ただの『クズ』さ。股間に撃ち込まれなかったことを感謝するんだね!」

 ガンマンの向こうから茂三と虎子が現れ、あしざまに罵る。

 

「何ぃ!?」

 ゲラウトは額に青筋を浮かべ、虎子の前に詰め寄る。そして鬼の形相で上から見下ろした。


「俺達『風雲の刃』をなめるなよ。どこの馬の骨かは知らねぇが、ぶっ殺されたくなかったら、今の言葉を取り消しな。俺は老人相手でも容赦しねぇぞ!」


 さらに魔法使いのビッティがゲラウトの横で杖を構える。

「私たちこう見えてもBランクパーティなんだからね。丸焦げにされたくなかったら土下座して謝りな!」

 二人の後ろでスティールもナイフに手をかけて構えている。

 

「ほう。ワシらをぶっ殺す……」

「面白いじゃないか……」

 茂三と虎子の表情が嬉しそうにニヤリと笑う。


はちゃんと録音したんだろうね、エリイ?」


 虎子がエリイの方を流し見ると、エリイは冷静に頷く。

「はい、虎子様」

 

 虎子はエリイの反応を確認するとゲラウトを見上げて言った。

「まったく。ケツの青い若造が偉そうな口きくんじゃないよ。この子の顔見て、もう一度その台詞言ってみな」


 呆れたように虎子はゲラウトに吐き捨てると、ローブの人物をクイッと指差した。

 合図を受け、ガンマンがバサッとローブを脱ぎ捨てる。

 そしてそこには、死んだはずの『ミリア』が姿を現した。


「あっ!」

 ゲラウトたちの顔が青ざめる。

「なっ、なんでお前がここに! 生きていたのか!?」

「嘘! 何で!?」

「お、お前……!」

 後方でエロンに回復魔法をかけられ、目を覚ましたヘイトは真っ青な顔でミリアを指さす。


「この娘はワシらの命の恩人なんじゃ。ヘルメイズで窮地に立っておったワシらを助けて、ここまで連れて来てくれたんじゃ」

「それを何だい? お前たちはこの子を保険金目当てで勧誘し、パーティーに入れた後、眠らせて持ち物を奪って、ヘルメイズに置き去りにしたそうじゃないか」

 虎子の鋭い視線が風雲の刃を貫く。


(ぐっ……なんだこの圧はっ‼)

 虎子の圧に押された五人は、蛇ににらまれたカエルのように顔をゆがめた。


 その場に居合わせた冒険者達が、虎子たちの言葉を聞いて騒ぎ始める。

「マジか。アイツらそんなひでぇことを・・・・・・」

「冒険者の風上にも置けねぇ!」

 一気に自分達に逆風が吹き始めたのを感じ、ヘイトは立ちあがって大声で言った。


「何をでたらめ言ってるんだ! 俺たちはこいつと一緒にヘルメイズで戦った! そして死んだのを見た! こいつこそミリアに偽装した何者かじゃないのか!?」

「そうよ! それに私たちが人殺しを計ったなんて、どこに証拠があるのよ!」

 どこまでも悪あがきを続ける五人。

 だがそれも致し方がない事。

 もしここで認めれば、自分達にどのような『刑罰』が下されるかはよく理解しているのだ。


「どうなんだい? ザム様?」

 虎子の言葉に応えるように、ザムがカウンターの奥から姿を現した。

「ギ、ギルドマスター!」

「何でここに!?」

 慌てふためく五人。

 

 ザムは冷めた目で五人を見る。

「あ? 俺のギルドで俺がうろついてて何が悪い」

 ザムの言葉に、ヘイトとゲラウトは言葉を失う。

「あ、いえ……」

「くっ……!」

 まさかのギルドマスターの登場に五人の先程の勢いは影を潜めた。

 それほどまでにギルドマスターとは権威のある職なのである。

 

「ったく、めんどくさいマネしやがって。話は聞かせてもらった。とりあえず、そこのミリアちゃんは本物だ。魔導具での鑑定も済ませた。間違いねぇ」

 ザムは耳をほじりながらも冷静な口調で言い放つ。

 ザムの宣言。これは冒険者にとって絶対だが、思わず気性で歯向かってしまう男がいた。


 「魔導具がイカレてんじゃないのか!?」

 食らいつくヘイト。この言葉にザムが怒りをあらわにする。


「ほう、それはこれを作った魔導具師に対する暴言だな。『リイナ』に言いつけるぞコラ……!」

「うぐっ! 申し訳ありません……っ!」

 一瞬で青ざめるヘイト。

 『リイナ』というのはそれほど恐ろしい人物らしい。


「けどな。俺は正直、ミリアがヘルメイズで死んだという証言も、お前等が一緒に戦ったとかいう証言もどうでもいいんだよ。ミリアは無事に帰ってきた。とりあえず大事なのはそこだ。違うか」

「いや、そうですが……」

「ミリアは生きている。だからこの子に関する保険金は下りねえよ。死亡届も取り下げだ」

「ちっ……」

 小さく舌打ちするヘイト。


 その舌打ちに苛立ちを露わにするようにザムは言葉を続ける。

「だが問題はここからだ。テメエ等の証言は完全に無効だが、ミリアはお前等に何かされて気を失い、武器も道具も奪われて、一人で超危険区域のヘルメイズに置き去りにされたという。もしこれが本当なら、お前たちはどうなるか分かってるだろうな」


「うっ……!」

 言葉を詰まらせる五人。実に分かりやすい。

 堂々としていればバレないかもしれないが、まさかのギルマスの登場からずっと動揺が隠せない。

 

 これだけでも証拠になりそうなものだが、ザムは五人を見ながら更に言葉を繋ぐ。

「……だが、これに関しても証拠が取れねぇ。だれも魔導記録器を持っていなかったんでな」


 これも五人による計画的なものである。ミリアの持ち物は全て奪われていたのだから。

 五人の表情に緊張と安堵が僅かに交錯する。


「『風雲の刃』はミリアと一緒に戦い、自分たちは生き延びたという。一方、ミリアは自分だけがヘルメイズに置き去りにされ、殺されかけたという。証言は食い違い、どちらが正しいのかハッキリさせなきゃならねえ」


 ザムはエリイに目配せする。

 エリイは立ち上がると、魔導具をザムの前に持ってくる。


「こいつは裁判用の『ウソ発見器』だ。これでお前等の真実を見抜く」

 ザムは目を細め、風雲の刃を見定めた。

 すでにその様子だけで明らかに黒。

 だが、状況はこれで終わらない。

 とことんまで追い詰めてやる。男が風雲の刃に歩み寄ろうとしたその時だった。

 

 ザムと魔道具の前に、茂三と虎子が立った。


「茂三殿? 虎子殿?」

「ほっほっほっ。ザム様。我々は孫娘が帰ってきただけで十分でしての。そんな大それた道具なんぞ使わんでもよろしい」

 茂三はザムの前に置かれたウソ発見器を見て微笑む。


「それよりも……もし、ミリアが本当に死んでおったら保険金はいくら下りたんじゃ?」

「え? 突然何を……? まぁ彼女はDランクの冒険者ですから、およそ四千万ゴールドかと」

「ほっほっほっ。それはなかなか。ではこういうのはどうかの?」

「何か案でも?」

「彼奴(きゃつ)らはヘルメイズにて生き延びたのは自分たちだけ、死んだのは孫・ミリアだけだという。つまり『ミリアの方が自分たちより弱いから先に死んだ』と言ったわけじゃ」

「まあ、言うなればそうですね」

 突然の茂三の不可解な発言に周囲がざわめき始める。

 茂三はミリアと風雲の刃を見比べる。

「では戦わせればよい。ミリアちゃんとあの五人。もし彼奴らが勝てば、四千万ゴールドはワシらが払おう」

 この発言に周囲がざわめき始める。


「おじいちゃん!?」

 これに慌てたのはミリアである。


「では、もしミリアちゃんが勝ったら?」

「その時は、彼奴らが偽証をたてた時の裁きを受ければよい」


 静かに頷く茂三とミリア。

「待てジジイ! 何で俺達がそんな闘いを受けなきゃならねえ‼」

「負けたら死刑? 冗談じゃないわ!」

「証拠もないのに受けるわけないでしょう!」


 次々と反抗する風雲の刃の面々。

 どこまでも犯人の心理行動から抜け出せない者達。

 

「あるんじゃよ。それが」

 茂三の言葉にヘイトたちの動きが止まる。


「な、何を言って……」

「おぬしら、気付かんのか? あの弓がカウンターの中にあるんじゃぞ? とっくに鑑識で指紋鑑定から、魔力やオーラの残滓まで確認が済んどるわい」


「ま、まさか!」

 ヘイト達はエリイの方を振り向く。

 茂三はエリイの近くに近寄ると、カウンターに置いてある魔導具をキセルでコンコンと軽くノックした。

 

「冒険者証を作る際、魔力やオーラを血と共にこの魔導具に登録する。よくできた機械じゃ。さて、そんなお主らのオーラや魔力が、あの弓から検知されたとしたらどうする?」


(――しまった!)


 スティールは先程の自分の証言を録音されていることに気付く。

 弓に自分たちが触っていないなら、自分たちの魔力やオーラが残るはずはない。

 指紋は消せても魔力や気の残滓は消せないのだ。それらが消えるには、特別な条件や長い年月が必要になる。


「その結果は出ておるが……。のう、小童こわっぱども。ワシらはお主らにチャンスをやろうと言うとるんじゃ。お主らが正々堂々とりおうて、勝てば無罪放免、おまけに賞金付き。負ければこの魔導具で出す結果と同じ事を受けるだけ……悪い話じゃあるまい?」


「ぐっ……」

 ヘイトたちは言葉に詰まる。

 受けても反論しても、周囲からは自己弁護の行動を取っていると思われ、拒否しても魔導具と鑑識結果で罪が白昼の下に曝されるだけなのだ。


 そこでザムが割って入る。

「て、訳だ。お前等には戦う以外の選択肢はねぇ。潔白になりたいなら、勝って証明しろ」

「ちっ、解ったよ。ギルマスの命令ならやってやる」


 さりげなく責任をザムに転嫁するヘイト。ザムもこのことに気付いたが、敢えてスルーする。

「他の奴らもいいな」

「……」

 ヘイト以外の四人は黙ったまま視線を逸らす。

 リーダーが受けると言った以上は受けるが、本心は逃げ出したいという表情である。


「ですがご老公。流石に5対1はハンデがあり過ぎますな」

 ザムは茂三の方を見てわざとらしく口元をあげる。


 茂三はそれに乗るように言った。

「当然じゃろう。ミリアはDランク。奴らはBランクで、しかも五人じゃからの。そこでどうじゃ? ワシら老いぼれ二人が、ミリアのチームに入って戦ってもええかの?」

「無論です。Dランク一人にBランク五人は勝負としてあり得ませんからね。DランクとCランクでもかなりの差がありますし、Bランクともなればさらに実力に差がありますからね。むしろランクだけで言えばそれでも不平等なほどです」


 ザムは茂三たちに了承すると、ヘイト達に目を向けて言った。

「お前たちもそれでいいな」

「ああ。けどそこのジジイとババア、何ランクだよ。二人がSランクだったりしたら、それこそ不平等だぜ」

 ヘイトの変に鋭い勘がここで生きる。


「おお、それなら……」

 茂三と虎子はエリイのカウンターに行き、言った。

「エリイちゃん、ワシらの冒険者証はできたかの?」

「この年で冒険者っていうのも、ワクワクするねぇ」


 この会話にはザムも(?)な文字が頭に浮かんでいる。

 エリイは二枚のカードをカウンターから出して言った。


「お待たせいたしました。茂三様と虎子様、お二人の『新人Fランク冒険者証でございます』」



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