ギャンブル狂
「先程は取り乱してしまいまして、申し訳ありませんでした」
冒険者ギルドの三階の一角、『ギルド長室』で、エリイは茂三たちに頭を下げた。
エリイがミリアに抱き着いて泣き出したのち、まるで見ていたかのようにギルドマスターから茂三たちに呼び出しがあった。
ギルドマスターはまだ来ていないが、三人はソファに着席し、到着を待つ。
「本当に生きていて・・・・・・よかった・・・・・・」
再び泣き出すエリイ。
聞くところによると、エリイはミリアの姉のような存在で、ミリアが冒険者デビューする前から、ずっと面倒を見てきたという。
二日前、『風雲の刃』がミリアの死亡届を出してきた時も、『嘘よ!信じない!』と泣いて取り乱し、フロアが騒然となったという。
今も虎子の向かいに座ったまま、ぽろぽろと涙をこぼし、肩を震わせている。
そしてその手を隣に座ったミリアが握っていた。
「いい姉さんじゃないか。あんたの生還を信じてくれていた人が居たんだ。嬉しいねえ」
虎子は二人の仲睦まじさを喜んだ。
茂三もうんうんと頷いて、笑顔の二人を見守る。
「……はい」
答えたミリアの目にも光るものが溢れていた。
そして待つこと数分。
虎子と茂三の表情が急に楽し気な
「ほう、これは中々……!」
「面白いねぇ。地球では滅多にお目にかかれないレベルだ」
ミリアも急に強いオーラを感じ、バッとドアの方に視線を向ける。
全員の視線がドアに集中した。
ゆっくりとドアノブが回り、一人の男性が入室してきた。
年の頃は四十歳前後。
2メートル近い身長に、スキンヘッドとチョビ髭。全身は仁王像のような筋肉に覆われ、歴戦の傷痕があちこちに刻まれている。
服装は冒険者のそれと変わらず、貴族のようなスーツは着ていなかった。
いつでも戦闘に赴けそうな革靴を履き、腰には次元収納袋。
両手の中指には魔道具の指輪がはめられている。
「お待たせしました。クルスト王国ギルドのマスター、ザム・ゴールドヴォルグです」
ザムは茂三と虎子に近寄り、握手を求める。
茂三が握手に応じ、虎子も続けて手を握った。
「これはこれは・・・・・・世界は広い。とんでもない方々が居られたものだ」
「あんたも強いねぇ」
「ははっ。光栄ですな」
虎子がニコッと笑うとザムも笑顔で応じた。
ザムはミリアに茂三の横へ移動してもらい、自身はエリイと並んでソファに座った。
「エリイ君、『音声遮断魔法』を」
「はい」
エリイはドアに歩み寄ると、鍵をかけた。
その瞬間、部屋の中に魔力が拡がり、特別な結界が部屋を囲った。
「これで、外部の者はここからの会話を聞けません。シゲゾウ・キリュウイン様と、トラコ・キリュウイン様でしたな。王宮からは連絡を受けております。この度はファウンテン殿をお救いいただき、本当にありがとうございました」
ザムは立ち上がると、深々と頭を下げた。
(ほう……)
茂三と虎子はザムの謙虚な姿勢に感心する。
人は権威や権力を持つと、往々にして横柄になり、高慢な態度が出やすいものである。
しかしこの男からは、そのような態度が微塵も感じられなかった。
むしろ、茂三と虎子という人生の先輩に対する謙遜さすら感じられる。
「なんのなんの。ちょうど通りかかった所に出くわしましてな。無事で何よりですわい」
強さだけでなく、この男の持つ『気』を、茂三は気に入っていた。
「そしてミリア君も・・・・・・本当にありがとう」
ザムはミリアにも頭を下げた。そして顔を上げると優しく微笑む。
ザムから急に優しい視線を向けられ、ミリアは思わず「はっ、はい!」と声が裏返った。
伝説の英雄、『ザム・ゴールドヴォルグ』。
約十五年前の大戦では、斧を主武器とし、魔王軍の強豪たちを叩き伏せてきた。
世界で五人だけといわれる『SSランク』の一人。
冒険者であるミリアにとっては雲の上の存在。
そんな人物に突然感謝され、ミリアは顔を真っ赤にしていた。
ザムはソファに腰かけると、小さく見えるカップでハーブティーをすすって言った。
「しかし驚きました。といっても2つ驚かされたのですが・・・・・・。なんでも、お二人は地球からの転移者で、元・天使なんだとか?」
「て、天使⁉」
ザムの言葉にエリイが思わず驚きの声を上げる。
虎子と茂三は、ファウンテンに自分たちが何者であるかを早々に明かしていた。
そして、その報告が王宮へ、さらにザムの下に届いていた。
「エリイ君、このことは『極秘事項』だ」
「は、はい。ザム様」
ザムはエリイに優しく、そして威厳をもって伝える。
エリイもまた驚きの気持ちを抑え、真剣な顔つきに戻る。
「失礼ながら、お二人が天使であるという情報はファウンテン殿から伺いました。あくまでも『トップシークレット』としてですがね。それにお二人の戦闘力や、お二人が冒険者になりたいと望まれていることも」
「できるかい?」
虎子が嬉しそうに食らいつく。
ザムは少し困ったように笑いながら、「もちろんです」と言ったあと、「ですが・・・・・・」と言葉を紡ぐ。
「そこが悩みどころでしてね」
「何がじゃ?」
「聞くところによると、どうやらお二人はこの国に……いえ、この星に初めてお越しになったとか。ですと、どうしても新人冒険者のFランクになってしまうんですよ」
そう言ってザムは顔を指で掻く。
「何か問題でも?」
「あ、いえ。ファウンテン私兵騎士団は冒険者で言うところのAランク相当の実力者を揃えた部隊でして……。そんな部隊以上の実力をお持ちのお二人にFランクというのも……」
「ほっほっほっ。そんなことか。ワシらはランクなんぞ気にせんよ。人の技量をランク付けなんぞしても、所詮測りきれぬものよ」
「アタシたちはこの世界に来たばっかりなんだ。どんな世界でも新人は『ふんどし担ぎ』から始める。そうだろう?」
『ふんどし担ぎ』という言葉は聞いたことがないが、ザムは何となくその言葉の意味を理解していた。
「確かに。では、今後のご活躍を期待するとして。もう一つの驚きは……」
そう言って真剣な表情で傷ついた少女を見た。
「ミリア君は死んだ、とBランクの『風雲の刃』から報告があったばかりでしてね……本当に生きていてよかった」
本当に安堵したという表情を見せるザム。
その優しいまなざしは、ミリアにとって涙が出るほど嬉しいものだった。
「そのことはエリイちゃんから聞いとるよ。で、その『糞(ふん)のやり場』は今どこにおるんかの?」
「はい、あの『便所』共は今、『保険金支払いの件で話がある』と呼び出しておるところです。間もなく姿を現すでしょう」
茂三の『糞のやり場』というワザとらしい聞き間違いに合わせ、彼らを『便所』と言い切るザム。
二人は目を合わせ、ニカッと笑った。
「おぬしとは気が合いそうじゃのぉ」
「いやいや、ご老公様もなかなか」
この会話だけ聞くと、伝説の英雄どころか悪役の会話だが、周囲は敢えて口を開かなかった。
ザムは「それと・・・・・・」と前置し、自身の腰に付けていた次元収納袋から白い袋を取り出した。
「これは君に返しておこう」
袋の中身――テーブルに静かに置かれたのは『ミリアの銃』だった。
その他にも証拠品として預かっていたものが一式並べられた。
ミリアは愛銃を受け取ると、静かにぎゅっと胸で抱きしめた。
マグナム式の4インチ銃。
使い込まれており、且つ、よく手入れが行き届いている。
ミリアの次元収納袋は固有契約魔法を掛けていたため、中に入っていた財布や道具は、全て無事だった。
「良かったです……」
安堵の息を漏らすミリア。
それを見た虎子が口を開いた。
「良くない」
「え?でも……」
「良くないよ!」
ミリアの言葉をかぶせ気味に否定する虎子。
やれやれ、と茂三はキセルを口に咥える。
そして何かを詰めると、マッチで火を点けながら言った。
「その袋からミリアちゃんとは違う気と魔力の残滓を感じるのぉ。おそらく自身の魔力で中身を漁ろうとしたんじゃろ」
ミリアは袋をギュッと握って固まった。
「ご明察、恐れ入ります」
ザムは上体を前のめりに乗り出すと、茂三たちに言った。
「あの者どもは前々からきな臭い噂がありましてな。この度、それが明確になったという訳です」
「きな臭いと言うと?」
「今回、ミリア君が生きて帰ったという報告を受けたので、先程調べましたら、奴らには以前にもあったんですよ。……同様の『事例』が」
その言葉に虎子と茂三の目が鋭さを増した。
「ほぅ。つまり、冒険者保険詐欺・・・・・・かのう」
「ええ。その時は奴らはCランクに上がりたての時でして。かつ保険使用が初回で、亡くなった冒険者の遺品も見つかっておりましたし、本人たちも負傷しておりましたので、当時の担当者が疑わずに通してしまったようなのです。が……」
「その冒険者も『孤児』だったと?」
「はい。遺品は孤児院に行きましたが、被害者が独立してソロで働いていた為、冒険者保険はパーティーを組んでいた彼らに渡されたようです」
「やれやれ……味をしめたか」
茂三は深いため息をついた。
「でも、面白くなってきたじゃないか」
虎子が突然口を挟む。
「何がじゃ?」
茂三は少し嫌な予感を感じながら聞き返す。
「冒険者の保険金詐欺はバレるとどうなるんだい?」
虎子はまっすぐザムに質問を投げる。
ザムもしっかりとそれを受け止めて言った。
「保険金の強制全額返納、冒険者資格の剥奪、投獄は確実です。まして、今回のように殺人未遂……いえ、『殺人事件』となりますと、全員
細めたザムの目に冷たさが宿った。
強者が怒りを秘めながら冷静に語る。纏う気は、エリイとミリアを震えさせるには十分だった。
「だったら、アタシらが
「と、おっしゃいますと?」
虎子の真意をうっすらと察しながら、ザムは食い気味に耳を傾ける。
虎子はその場で『ある提案』を行った。
聞き終わったザムの額に汗が流れる。
「それ・・・・・・失敗すると私の立場、相当ヤバいんですが?」
「問題ないさね。駆け出し新人のババアとジジイに、あんたの命運、賭けてみないかい?」
ソファから立ち上がり、自信たっぷりに言い切る虎子を見つめ、ザムはニカッと歯を出して立ち上がる。
「私は根っからのギャンブル狂でしてね……こういうのが大好きなんですよ。やりましょう!」
男は手を強く差し出し、そして言った。
「信じてますよ! 虎子殿!」
「まかせときな。とびきりのショーを見せてやるさ。舞台づくりは頼んだよ!」
「お任せを!」
固く交わされる握手。そこにはある種の絆すら感じられた。
熱く燃え上がるその絆の熱を冷ますかのように、エリイが冷ややかに言った。
「『人生ギャンブル』に燃えるのも結構ですが、ギルドの資金から給料前借りしてスッた分、早く返却してくださいね」
「……」
ザムが少し遠い目をする。
虎子は呆れながら言った。
「アンタ、本当にギャンブル狂かい。奥さんは大変だねぇ」
虎子の言葉にザムはニカッと笑って応える。
「大丈夫! 自分は独身ですから!」
エリイは間髪入れずツッコむ。
「昔、借金が原因で恋人に逃げられて、それ以来独り身ですよ。ギャンブル弱いくせに
ザムは悲し気な目をエリイに向ける。
「エリイくーん……」
茂三と虎子は目を細めてザムを見た。
「こりゃ、賭ける相手を間違えたかのう?」
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