死亡届
「ほう。こりゃあ立派な建物じゃのぉ」
「ちょっとした体育館程のサイズがあるねぇ」
「タイクカン?」
国の中央『クルスト城』からわずか百メートルほどの大通り沿いに、その建物はあった。
石造りの7階建て。体育館のように奥行きも長い。
7階建てといってもワンフロアごとの天井がとても高く、地球のマンション二階分以上の空間がある。
ここは『クルスト王国冒険者ギルド』。
この入り口の扉は二十四時間解放。受付も交代制で常時在中する。
建物には絶えず冒険者や一般人が出入りし、中には王宮騎士のような者も入って行く。
冒険者ギルドは王国直轄のため、国を守る騎士団と連携・協力することも多いのだという。
7階建てだが、上層の階は基本的に一般冒険者は入ることができない『ギルド管轄区域』である。
一階のフロアでは新人冒険者の登録、依頼の受付や受注、魔物素材の買取、解体受付(有料)、報酬支払、死亡届受付など、冒険者に必要な手続きが一通り行えるようになっている。
二階には各種専門店、三階には冒険者情報管理室、魔物素材査定課、鑑識課、魔物分析室、ギルド直営鍛冶課、行方不明冒険者捜索課、資料室、秘書室、そしてギルド長室等がある。
「ミリアちゃんはこれを被りなさい」
茂三がミリアに渡したのは頭からすっぽりと被り、口元を覆うローブである。
サファイア部隊から貰ったもので、冒険者が顔を隠すのによく使う。
「ありがとう、おじいちゃん」
ミリアはローブを被り、口元を隠した。魔法銃は次元収納袋に収めてある。
「それじゃ・・・・・・行こっか」
少しだけ震える体を抑え込み、ミリアはギルド入り口を見る。
茂三はミリアの尻をポンと叩き、「ワシらが付いとる。心配するな」と笑った。
ミリアは頷き、先頭を切ってギルドのドアをくぐった。
中に足を踏み入れると、外から見るよりはるかに広い空間が広がっていた。
「へぇ。たいしたもんだねぇ。デパートみたいだよ」
虎子は目を細めて感心する。
ギルド内には、ギルドの手続き窓口の他にも、武器屋、道具屋、鍛冶屋、薬屋、酒場兼食堂まで揃っており、いずれも冒険者であれば格安で利用できる。
茂三は入り口周辺で人々の行き交う周囲を見渡すと、意地悪そうに笑った。
「ほっほっほっ。ここが冒険者ギルドか。ちょっと遊んでみるかのお・・・・・・ほりゃ」
茂三は一瞬だけ周囲に『殺気』を放つ。
次の瞬間、虎子は
キラーアナコンダに睨まれた時以上の恐怖。
虎子たちに会う前だったら失禁確定だ。
茂三は周囲の気配に集中する。
場内の一部の者が、一瞬で茂三の方を振り向いた。他数名があたりを見回している。
「何だ今のは・・・・・・⁉」
「心臓を剣で貫かれたような殺気だったぜ」
「全身から汗が噴き出やがった」
「あのジジイか? まさかな・・・・・・」
茂三は満足そうにうんうんと頷くと、老人よろしく十手を杖代わりに突きながら静かに歩きだした。
(ほっほっほっ。なかなか優秀ではないか。力は弱くともこちらを見た者もおったしのぉ)
冒険者たちの反応は様々だった。
老人の姿を見て気のせいだと思った者、達人だと分かって見続ける者、自身の気配を抑える者、瞬間的に武器に手をかけた者、殺気に喜び悶えている者(?)・・・・・・。
そして若干数名は、青い顔をしてギルドを飛び出して行った。
直感的に危機を回避し、逃げる力も生き抜くためには必要。
そう言った意味で、彼らはある意味優秀な部類といえる。
感心したのは、フロアに居た王宮騎士が全員振り向いた事だった。
(ふむ。よく訓練されておる)
茂三は騎士たちを見るとニコニコと笑いかけながら歩いた。
殺気だけで騎士達のこの反応。
サファイア部隊やガーネット部隊も含め、実戦での訓練を良く行っていることが伺えた。
場が落ち着きを取り戻すと、一行は総合案内へ向かった。
受付嬢が満面の笑みで三人を出迎える。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。今日はどの様なご用件ですか?」
胸に『エリイ』と書かれた名札を付けた女性は、身長は百六十センチ前後、年の頃は二十歳ぐらい。
新緑のような美しいロングヘアーに美人系の整った顔だち、それにモデルのようなナイスバディだった。
「こんにちはお嬢さん、この後ワシとお茶でもどうかの?」
「は?」
気が付くと茂三はミリアたちより早くエリイに近づき、その手を両手で握っていた。
茂三の突然のナンパに、エリイは思わず拍子抜けした声を出した。
次の瞬間、ローブ越しで茂三の背中に硬いものが押し付けられ、撃鉄を起こす音がした。
またしても背後を取られた茂三は、ジト汗を流しながら言った。
「ほっほっほっ。冗談じゃよ。ミリアという冒険者のことについて伺いたいんじゃが、どこに行ったらええかの?」
ピクリ、とエリイの体が一瞬反応した。
「ミリア……姓はなんとおっしゃいますか?」
おそらくこの世界では似た名前が多いのだろう。
「おお、すまん。ミリア・クリスティアじゃ。ここの孤児院出身の娘で、スナイパーのはずじゃ」
茂三の言葉にエリイの表情が一瞬強張った。
「私も……よく存じております。少々お待ちくださいね。確認いたしますので」
エリイは魔道具に手を載せ、光の板に文字を打ち込んでいく。
その表情は笑顔を作りつつも、少し寂しげに見えた。
(エリイさん……!)
ミリアはその表情を見て、胸が絞めつけられる思いがした。
エリイとミリアは旧知の仲で、同じ孤児院出身だったのである。
「ミリア・クリスティアさん……Dランクの冒険者、二日前にBランクパーティ『風雲の刃』から死亡届が出されています。現在調査員による調査中ですが……まだ確定はしていないようです。ですが、遺品として提出されたものがあらかた揃っているのと、届けのあった場所がヘルメイズということもあって、おそらくこのまま……数日以内に確定となる可能性がありますね」
その声は冷静を装いつつも、声に力は無かった。
「ほう、良かったわい。まだ保険金は支払われとらんのじゃな?」
「はい。場所がヘルメイズですので、調査に行くか判断が難航しておりまして。遺品が1つ以上現場で発見されなければ確定にはならないんですが、ヘルメイズでの捜索は捜索者が死にかねないので……。一週間以内に本人が出頭すれば良いのですが、捜索に行って遺品が見つかる、もしくは医療施設やその他ギルドで本人確認ができなければ、死亡が確定します」
なるほど、と茂三は頷く。
ミリアは下を向いたままローブの奥で目を強く閉じた。
「遺品はどうやって探すんじゃ?」
「派遣された調査員が、このギルドで登録された本人のオーラや魔力を、魔道具によって探します。武器や道具が残っていれば、魔力の残滓から分かりますので」
警察犬のようなシステムである。
だが、それらはおそらく見つからない。
同等の方法を使って、ミリアが使った矢の一本、破けた衣類一枚に至るまで、茂三がかき集めてきたからだ。
「ほう。なるほどのぅ。その提出された『遺品』はここで管理しとるのかい?」
「はい。鑑識課にございますね。血の付いた冒険者証、拳銃、次元収納袋などが届いております。こちらに関しては本人の血液が付着していたことが確認されております。その他の物も、そのままギルド職員が次元収納袋に入れて管理しています。確定され次第、遺品として孤児院に全て寄付されます」
「良かったわい。ちなみにその『死亡届』、取り下げた方がええよ。保険金はまだ出とらんのじゃろ?」
「どういうことでしょう?」
「それから、その『糞(ふん)のやり場』っちゅうクソ共は、まだこの国におるんじゃろ? 奴らはすぐに捕らえた方がええよ。詐欺師じゃし」
「あの……?」
「ミリアちゃんはワシらの恩人なんじゃ」
エリイは茂三の言葉に困惑してしまった。
その時、茂三の後ろでミリアがフードを外した。
「こういうことですよ。エリイさん」
ミリアが顔を見せると、エリイは無言のまま目に涙をため、カウンターを飛び出した。
そして、人目をはばかることもせず、ミリアを抱きしめて声をあげて泣いた。
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