わかっちゃいねぇ
「目隠しをして、馬車の上から撃ち続けなさい」
茂三の指示に従って、ミリアは馬車の屋根から撃ち続けた。
魔物が現れれば昼夜を問わず魔法銃で撃ち続け、魔物がいなくなればイメージを脳内で撃つ。
魔力が無くなれば、茂三が回復魔法をかけて、再び撃った。
疲労が蓄積すると、サファイア部隊のスナイパー『マルク』と交代した。
マルクは青い髪と瞳を持つ青年。痩せ型だが上半身の筋肉は特に発達しており、スナイパー独特の肉付きを持つ。
武器として銀の弓を使い、風魔法を矢に纏わせた。
彼もまた一流のスナイパーだったが、今回魔導師の一斉攻撃を最初に浴び、早々に戦線離脱してしまった。
マルクは茂三の蘇生魔法により生き返った後、数人の敵を撃破したが、今回自分の未熟さを痛感していた。
ミリアの休憩中、マルクは風魔法を矢に乗せて放つ。
魔力を纏った銀の弓は、路上を塞ぐ魔物の急所を的確に貫いた。
ミリアは自身も矢を使えるものの、マルク程の腕は持っていないため、高度な魔法弓を操るマルクを尊敬した。
ミリアは魔法銃の訓練の過程で、いくつかの事を理解した。
・魔法銃は魔力のチャージ(貯め)が可能であり(貯めれば貯めるほど一定量まで威力と飛距離が上昇)、代わりに魔力の消耗が激しくなる。
・魔力が尽きると弾丸がチャージできなくなる。
・銃を握ると自動で魔力を銃に奪われる。
・ミリア以外の人間には、魔法銃は反応しない。
・茂三は石を銃弾と同じ速度で投げられる。
などである。
魔力総量は『魔素』の多い食事を摂ることや、魔力を使い切り、回復する過程で増えていく。
そして『オーラ』は筋力と精神力に応じて強くなる。
ミリアはもらった実弾銃を撃った時、射出時の反動で肩を痛めそうになった。
その時から、ミリアは自身の筋力強化の必要性を感じていた。
――全てはこの銃を使いこなすために。
ところで、茂三は何故か実弾銃を『ジェイ』、魔法銃を『キャシー』という名前で呼んでいた。
『物に名前を付けるのが好きでのう』と茂三は笑ったが、腹巻きの十手にも名前があり、『シルヴィ』というらしい。
「もしよかったら、ミリアちゃんもその銃をそう呼んでやってくれ」
と茂三が言うと、ミリアは快諾した。
ミリアが銃に「よろしくね、ジェイ、キャシー」と話しかけるのを見て、茂三はこっそり泣いた。
ファウンテン一行がヘルメイズで襲撃を受けてから、約二日が過ぎた。
虎子は皆に合わせて休憩はするが、まるで眠らない。
フェネルが体調を気遣ったが、虎子は「あと五日は余裕さね」と笑う。この底抜けの体力と頑丈さにフェネルは舌を巻いた。
そして、クルスト王国まであと半日というところで、屋根の上で見張っていたミリアは、これまでに感じた事の無い気配を察知した。
「おばあちゃん! 前方から何かが来ます! その数約30! 速い!」
ミリアの言葉に虎子はフェネルに叫ぶ。
「隊長! 今度はヘマするんじゃないよ!」
フェネルは虎子の言葉に反応。直ぐに指示を出す。
部隊は虎子を中心に前衛7、後衛が3に別れ、屋根の上で伏せたミリアが銃を構える。
馬車の中から前方を見ていたファウンテンは、近寄ってくる者達を見るなり、大きく目を見開いた。
「虎子殿! あれは敵ではありません!」
ファウンテンの叫びに虎子が反応する。
「なんだって?」
その声にミリアも銃を降ろした。
赤備えの騎士たちは、馬車を引く虎子から二十メートルほど先で馬を止めた。
まるで赤鬼たちが道を塞ぐような圧迫感。サファイア部隊とは違う迫力にミリアも息をのんだ。
「ほっほっほっ。こりゃあまた見事な騎馬隊じゃのぅ」
ミリアの横で精悍な若者たちの登場を楽しむ茂三。
「フェネル! 無事だったか!」
馬上から飛んでくる大きな声。
この一団を率いてきたレイクは、サファイア部隊全員が無事であることを確認する。
続けて虎子と茂三、そしてミリアを見た。
「む。この三人は何だ? 今回の首謀者をお前が捕らえたのか?」
捕らえた賊の腰に鎖を巻きつけ、逃げた馬の代わりに馬車を引かせている――。
脳筋レイクはそう考えた。
「違う! この方々は……!」
フェネルが慌てて虎子のことを擁護しようとするが、レイクはその言葉をさえぎって虎子を馬上から見落ろす。
「皆まで言うなフェネル。分かっている。そこの屋根の上の女とジジイは捉えた賊で、このババアと交代で馬車を引かせていた訳だな?」
(わかっちゃいねぇ……‼)
人の話を聞かぬレイクに、頭を抱えるフェネル。
サファイア部隊の面々も、呆れてものが言えない状態である。
「我が父の馬車を襲ったこと、後悔させてやる。フェネルは殺さなかったようだが、この俺は違う。『賊には死を!』。それが俺のやり方だ!」
殺気と剣を虎子に向けるレイク。
虎子はその剣を見てニヤリと笑う。
一触即発……‼
誰もがそう感じた次の瞬間、馬車のドアが勢いよく開き、ファウンテンが馬車を飛び出してきた。
「父上! よくぞご無事で!」
一瞬だけレイクの顔が喜びを纏う。しかし、父の顔は鬼の形相だ。
「この……愚か者がぁ!」
ファウンテンの叱責に、一瞬で周囲が静まり返った。
「ち……父上!?」
自分は父の無事を喜んだのに、父から愚か者と怒鳴られたことに、理解が追い付かない。
ファウンテンは馬上のレイクを見上げ、指差して言った。
「この馬鹿者が! 命の恩人に向かって賊だと決めつけるとは何事だ!」
「何ですって!? この老人たちが命の恩人!?」
レイクに動揺が走る。
「鎖を巻かせて、馬車を引かせていたのにですか!?」
「引かせていたのではない! 引いてくださっていたのだ!」
(なっ……⁉)
もし本当に命の恩人であるならば、自分は取り返しのつかないミスをしたことになる。
元宰相のファウンテン侯爵の命を救った恩人ともなれば、クルスト王家の恩人とほぼ同義になるためだ。
レイクを始め、ガーネットの騎士たちは慌てて馬を降り、ファウンテンに、そして虎子に敬礼する。
一瞥して、虎子はファウンテンに言った。
「まあ、アタシゃ気にしちゃいないよ。若者はこのぐらい血の気があった方が良いさ。腰に鎖巻いて馬車を引いてたんだ。そうも見えるだろうさ」
「かたじけない虎子殿。そう言っていただけると助かります」
「いいじゃないか。誰も死なずに済んだんだからね」
虎子は腰の鎖を外すと、地に落とした。
ズシャッという重量感のある音が響き、鎖が地にめり込んだ。
「こんだけ馬が来たんだ。続きはあんたたちが引いてくれるんだろう?」
虎子はガーネット部隊を見て言った。
「それはもちろん……」
「お待ちください父上!」
ファウンテンが了承しようとしたその時、脳筋レイクが口をはさむ。
「我々は父上と妹アリアの無事、およびサファイア部隊の安否を調査・確認するために派遣されました。『命の恩人』ということですが、我々王宮騎士団が平民であろうその女に命令されて、勝手な行動をとることはできません」
「レイク……」
なぜ、この方の力が分からないのか。なぜ、私がこの方に敬語を使っているのか。
よりにもよって今回は、騎士として、貴族として平民に指図されることへの抵抗感が態度に出たカタチだ。
「私の言葉でもきけぬか、レイク」
ファウンテンの鋭い視線がレイクを射抜く。
「ぐっ・・・・・・!」
侯爵である父からの圧。
だが、『部隊員の見ている前で弱気な姿を見せられない』と、レイクは考えてしまった。
「父上の命令であれば聞きましょう。ですが、我々はその者のことを何も知りませんし、彼らに命令される筋合いもない。まして、そのご老体で命の恩人といわれても、信じることができましょうか」
そう言って虎子と茂三を睨みつける。
「それとも、彼らは特別な薬師で、ヘルメイズの魔物の毒に侵された時に助けられでもしたのですか」
これは満更外れてはいない。
回復魔法で助けられた者も、自分で舐めた毒に侵され、助けられた隊員もいる。
「ほっほっほっ。ファウンテン殿。こやつはお主の息子かの? 妙なところで勘が良いのと、血の気があるのはええことじゃが、少し見る目が養われておらんのう」
茂三は笑いながら屋根の上で茶をすする。
「お恥ずかしい限りでございます」
ファウンテンは少し申し訳なさそうに目を閉じた。
「騎士としてはまだまだ二流。先程婆様に剣を向けた時、ファウンテン殿が止めなければ、死んでいたのが
そう言って茂三はキセルに何かを詰めると、マッチで火を入れた。
今度は口から何やら赤い煙が出ている。
「何だと!?」
茂三の売り言葉にレイクが逆上した。
「貴様は何者だ! 降りてこい!」
「ワシか? ワシは魔物素材卸問屋のジジイじゃよ」
茂三はキセルを咥えて再び深く吸った。
(先日は『チリメン問屋』と名乗られたような・・・・・・?)
ファウンテンは不思議に思ったが、話がややこしくなりそうだったので、この場では口に出すのを控えることにした。
「ほっほっほっ。血気盛んでええのう。じゃが・・・・・・降りる必要はない」
茂三はレイクの馬を鋭く睨む。
次の瞬間、馬がいななき、高く首と前足を持ち上げ、首を強く振った。
突然のことに手綱を握っていたレイクは体勢を崩し、手を離してしまう。
「どうした! アルファード!」
愛馬が急に言う事をきかなくなり、慌てるレイク。
だが、更に事態は悪化する。
次の瞬間レイクの馬はパッと身を翻し、レイクを思い切り後方に蹴り飛ばしたのである。
「ぐはっ!」
巨大な白馬に思い切り蹴り飛ばされたレイクは、十数メートル先の岩壁に背中から叩きつけられる。
「隊長!」
ガーネット隊員たちから動揺の声が上がるなか、サファイア部隊は当然のことのように静観する。
「な……何が……」
よろめきながら立ち上がったレイクの視界に、驚くべき光景が映る。
レイクの愛馬は馬車の前に進み、虎子の前で伏せると、自ら鎖を銜えたのである。
「おぬしの馬の方が賢いようじゃのぅ」
その様子を上から見ていた茂三のカッカッカッという高笑いが、辺り一面にこだました。
※ ※ ※
その後、レイクは父にこっぴどく説教され、ガディ一家の盗賊たちの亡骸を見せられ絶句した。
Aランク冒険者数十名の襲撃と、超回復魔法によって救われた隊員たちの経緯。
そして、極めつけにキラーアナコンダの亡骸を見せられ、それを虎子が『素手で殺した』と聞かされた時には、流石に顔面蒼白で肝を冷やしていた。
後にガーネット部隊の馬四頭が馬車を引き、ファウンテン侯爵と娘のアリアは、サファイア部隊、ガーネット部隊に守られてクルスト王国に到着した。
入国する際、検問所で発行する身分証明の手続きも、ファウンテンの一声で問題なく終わった。
「こちらは仮証明になります。ギルドへ行かれましたら、本証明を発行してください」
そう言って渡された、初めての身分証明書には『トラコ キリュウイン』という名前が、この世界の文字で刻まれていた。
虎子は満足気にそのカードを眺めると、自らの次元収納袋に放り込んだ。
※ ※ ※
「それじゃ、アタシらはここでいいさね」
「そうじゃのう。これ以上は『平民』のワシらには分不相応じゃて」
王宮正門手前で、虎子と茂三、そしてミリアは馬車を降りる。
「何をおっしゃいますか虎子様、茂三様。あなた方は私たちの恩人です。一緒に王宮まで参りましょう!」
アリアは必死になって三人を留めようとするが、ファウンテンが肩に手を置くと寂しそうに諦めた。
「良い子だアリア。ご本人たちが「行かない」と仰る以上、我々が強制してはいけないよ」
「はい、父上」
寂しげに下を向くアリア。
その様子を見た虎子は、ふと茂三の方を見る。
「そういえば、ウチの爺様がアリアちゃんのことを気に入ってねぇ。今度自分の作った眼鏡をプレゼントしたいって言ってたんだが、受け取ってもらえるかい?」
「えっ?」
俯いていたアリアの顔が、パアッと花が咲くように明るくなる。
「本当ですか? 茂三様!」
「え? あ、もちろんじゃよ。アリアちゃんのためにステキな眼鏡をプレゼントするぞい」
いきなり振られた茂三は、慌てて話を合わせる。
「ありがとうございます! 茂三様大好きです!」
アリアが嬉しさのあまり抱きつく。
「え? うひょひょひょ」
弾力のあるものが顔にあたり、思わず鼻の下を伸ばす茂三。
しかし、直後、背中に硬いものが押し付けられ、一瞬で正気に戻る。
そこにはミリアが立っていた。
「おじいちゃん・・・・・・早く眼鏡を持って遊びに行かないとねぇ・・・・・・」
茂三の腎臓辺りで撃鉄を起こす音が背中で響く。
笑顔のミリアから、恐ろしい圧が放たれる。
茂三は、背筋に冷たいものを感じた。
「ほっほっほっ・・・・・・ワシの後ろを取るとは、ミリアちゃんも成長したのぉ・・・・・・」
孫娘の進化は嬉しいものの、今後は気をつけようと茂三は密かに思った。
「それじゃ、屋敷でお待ちしていますね」
「冒険者登録を終えられましたら、必ずお越しください。お渡ししたいものがございますので」
そう言ってファウンテン親子は城内に消えた。
サファイア、ガーネットの両部隊は虎子たちへ敬礼したあと、ファウンテンの左右を固め、共に中に入って行った。
そんな中、レイクだけは、分かりやすく意気消沈していた。
恩人を賊と決めつけてしまった上、愛馬に蹴られ、父に叱責された。
今後の事もあるが、心のダメージは相当のものである。
「あの坊主、大丈夫かのぉ・・・・・・」
「ま、気にしても仕方がないさ。アタシらは次に行くさね」
「そうですね。いよいよ・・・・・・」
いよいよ冒険者ギルドである。
ヘルメイズで落命したはずのミリアが現れたらどうなるだろうか?
不安を抱えるミリアをよそに、虎子と茂三は新しい人生の門出を楽しみにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます