最速の部隊と魔法銃

 ファウンテン侯爵の馬車馬だけが国に戻った――。

 

 これはファウンテンが何者かに襲われたことを意味するものであり、最悪の状況も想定される。

 この事件はファウンテン一族のみならず、クルスト王国の重鎮たちに大きな衝撃を与えた。

 

 ファウンテンはこの国の『元宰相』であり、押しも押されもせぬ『国の重要人物』である。

 現在の宰相『エドワード・フォレスト』は、ファウンテンの腹心ともいえる部下だった男だ。

 

 ファウンテンは先代国王の時代に宰相を務め、現在のクルスト王国の政治基盤を作り上げた男である。

 引退後は部下の育成及び、各国との太いパイプ役として『侯爵』の爵位を授かり、クルスト王国の経済を支える大黒柱とも言うべき人物になった。


 今回、ファウンテンはヘルメイズの向こう側に存在する隣国、旧ソドゴラム帝国に調と取引のために向かっていた。

 だが、そのファウンテンの馬車は帰らず、馬だけが帰ってきてしまった。


 帰巣本能で戻った馬には飛散した血液が付いており、これがおそらくは御者であった者の血であることは容易に想像がつく。

 原因は魔物との総遇か、はたまた野党の襲撃か?

 何れにせよ馬が無くては『馬車』は動かない。

 もしその場所がヘルメイズである場合、どんな凶悪な魔物に襲われていてもおかしくない。

 馬車を引かぬ馬の速度と、到着時刻から計算すると、馬車の位置はそれこそヘルメイズのど真ん中辺りになる。

 

『万が一、ファウンテン侯爵が殺されたともなれば――‼』

 

 この緊急事態に国の中枢は揺れた。

 即刻、この事件には箝口令が敷かれ、一時間以内に調査・魔物討伐隊が出発した。


 調査・魔物討伐を命じられたのはクルスト王国の騎馬部隊、『赤鎧・ガーネット部隊』である。

 そのガーネット部隊の隊長こそ、ファウンテン侯爵の息子、『レイク・ファウンテン』であった。

 

 クルスト城は国の中心にある。

 そのため、通常騎士団の遠征は街の中央を通ることになるのだが、部隊は城下町を抜けるまでは優雅に、『赤鎧が遠征に行く』という姿を国の者に示す。

 これは、国の中に不要な疑惑や混乱を招かないための通過儀礼でもある。

 更にもし、近隣に魔物が出現した場合は、王城から緊急避難警報が発動され、民を避難させる事になっていた。

 

 ただ、この度は違った。

 一刻を争う緊急事態。

 魔物の急襲時に使われる、城の地下からまっすぐ国の城壁の外へ繋がる通路を駆け抜ける。

 タイミングに合わせて門が開かれ、騎馬隊がヘルメイズめがけて飛び出す。

 馬車馬よりも早く、そして強く駆け抜ける30頭の鎧騎馬たち。

 

 

 ファウンテンは現国王イリアス・クルストの着任と同時に引退を決意。

 今後は一国民として国を支えたいという希望を申し出た。

 

 彼は魔王軍との戦いでは各国との強い絆を作りあげ、世界最強の戦士を集めた『魔王討伐部隊』の支援も全力で行った。

 彼らのために『最強の武器』を準備し、『聖剣』の材料を手に入れようと東西奔走した。

 その人柄が『伝説』と言われる鍛冶職人の心をつかみ、五人分の聖剣や魔導具を入手できた。

 そして部隊は魔王の討伐に成功した。

 彼らを支えたファウンテンの努力は、世界に一時の平和をもたらす一助になったと言っても過言ではない。


 ファウンテンは民のために尽力し、頭も下げた。

 家族のために愛を注いだ。

 国のために私財も投げ売った。


 そんな『男の中の漢』の勇退を記念して組織されたのが『ガーネット部隊』である。

 ガーネット部隊30名の隊長を努めるファウンテンの長男『レイク・ファウンテン』は、『パラディン』としての賜物を持ち、幼少期より馬上の戦闘を得意とした。

 彼の選抜により組織されたガーネット部隊は、研鑽を重ね、今や『世界最速の騎馬隊』と呼ばれるまでになっている。

 彼らはその名に恥じぬ速さで、ヘルメイズに向けて風のように地を駆け抜けていく。



 一方、当のファウンテン達は――。


 虎子が引く馬車のペースで、ゆっくりと帰路についていた。

 騎士団は馬車を護衛しつつ、食事の度に毒鍋で己を追い込んでいく。

 最初のうちは悲惨だった部隊の地獄絵図食事時間も、次第に体が毒に慣れ、二日後には多少の苦しみで済むまでになった。


 中でも驚くべきはミリアの成長で、数回の毒味でキラーアナコンダ、ブラッドベアー、ヘルオーガの血に耐性を得てしまった。

 これにはサファイア部隊の面々も、その状態異常耐性能力の高さに驚きを隠せなかった。

 だが、虎子の真似をしてキラーアナコンダの血をグラスで一気飲みした時には、流石に中毒を起こしてしまった。

 ファウンテンとアリアはさすがに毒鍋に手を出すことはなかったが、『新しい訓練法』として国に提案することを計画した。


 さて、ミリアは道中、基本的に馬車の上から魔物の狙撃訓練に集中した。

 魔物の動きが活発になる夜間は、ほぼ一睡もすること無く銃を撃ち続ける。

 茂三が定期的に指示を出し、ミリアがそれを忠実に実行する。

『目隠しをして撃て』などの茂三が出す内容は、不思議とミリアの能力を向上させた。

 

 先の戦いの後、ミリアは茂三にこの銃のことを尋ねた。

 失われたはずの『伝説の魔法銃』。

 それがなぜここに在るのか――?


 ミリアのこの問いに対して「この銃は友人から餞別でもらったもんじゃ。ワシは使わんから、孫娘になってくれたミリアちゃんにあげようと思っての」と茂三は微笑んだ。


 ミリアは「じゃあ、ご友人のお名前は?」と続けて問うも、茂三には「秘密じゃよ」と意味有りげに返されてしまった。

 その代わり、茂三は別の秘密を教えてあげようと言った。


 この銃のことで知っている事は2つ。

 ①この銃は持ち主の『魔力』を利用して弾丸たまを撃ち出す魔法銃であること。

 ②魔法の秘密は薬莢にあるらしいこと。

 それ以外は何も知らんと言っていた。


 茂三が『らしい』と発言したのは、茂三自身がこの銃で撃ったことがないからだと語った。

 ある男が餞別としてくれるまで、触ったことも無かったうえに、手渡しで受け取った時、この銃は茂三の魔力に何の反応も示さなかったらしい。


 そのため、『飾り物』として記念に持っておこうと思い、自身の次元収納袋に投げ込んでいたそうだ。


 そんな大切な銃をなぜ自分ミリアに渡したのか?と聞くと、「使える気がしたからじゃ」と笑った。


 ミリアがこの銃のリボルバーを開けると、そこには見たことのない6発の薬莢が入っていた。

 それは『黒い薬莢』で、側面に細かい文字が彫ってある。

 リボルバーの底面には魔法陣が刻まれていた。

 その他、表向きは一見変哲のない銃だが、リボルバー内部や、外から見えない部分にとびっしりと紋が彫られていることがわかった。


 どうやらこの薬莢が銃に装填されると、持ち主の魔力が銃に仕込まれた『装置』に反応し、自動で弾丸を作り出す仕組みのようだ。

 この薬莢は鋼鉄生成の魔法らしく、風魔法で撃ち出す機構のようだった。


 ミリアはこの薬莢をまじまじと観察し、何かをブツブツと呟いていた。

 その眼と表情は、茂三にとっては懐かしい『ガンスミス』のそれであった。


 魔法銃の登場だけでも全身鳥肌モノだったが、ミリアの驚きはそれで終わらなかった。

 理由は茂三がもんぺから取り出した『もう1つ』の銃。


 こちらは完全に実弾専用銃で、地球のコルトパイソン357マグナムによく似たモデルである。

 茂三はこの銃も同じ悪友にもらったと言った。

 そしてこの銃も、茂三はミリアに譲ると言いだした。


 さすがに2つは貰えないとミリアは断ったが、その言葉を遮るように虎子が馬車を引きながら言った。

「ミリア。あんたにはその銃を受け取る『資格』があるのさ。いや、『義務』さね。受け取りな。そしてアンタは、その銃で生き抜くんだよ」


 虎子の言葉には不思議な『重さ』があった。

 その言葉を聞いた時、頭では遠慮しようと思いつつも、心が拒否できなかった。

 ミリアはその銃を手に取ると、自然と涙が出てきたことに気づく。


「あ、あれ……?」

 慌てて涙を拭うミリア。それを見て茂三はミリアの頭を撫でる。


「あんたの細胞は知ってるのさ。この銃がなんなのかをね……」

 虎子はそう言って優しく笑った。


 

 その後、ミリアはリボルバーから弾丸を取り出してあることに気付いた。

 思わず無言で目を見開く。

 装填された弾丸は、サイズが自分の知るそれと全く異なるものだったのだ。

 

 ミリアが使っていた弾丸よりも径が大きく、長さも長い。

 もし自分の知識が間違っていなければ、この弾は王宮スナイパー専用モデル、通称『エスティ規格』のサイズだった。

 しかし、薬莢に『エスティ』の刻印がないことから、『オリジナル』もしくは『独自に制作』したものである可能性が高い。

 このエスティ規格の弾丸は、通常の弾よりも遥かに威力が高く、値段もそれ相応のものだった。


 茂三はミリアのために、二丁拳銃用のホルスターを魔物の皮で作ってくれた。

 どうやって加工したのかは秘密らしいが、キラーアナコンダの皮を加工・研磨し、黒い艶も出していた。

 更に、ホルスターには左右に六発ずつ、銀の弾丸が収まっている。


 茂三はミリアに完成したホルスターを、ミリアの腰に巻きながら言った。

「魔法銃のことは、部隊の者達とファウンテン親子には秘密にしてくれと伝えておいた。いずればれることじゃが、それには時と場所が必要じゃ。クルスト王国に戻ったら、まず小型の次元収納袋と、の弾丸をありったけ買わんといかんの。それまでは魔法銃で練習しなさい」


 十五年前、世に出ると同時に、持ち主と共に消失した伝説の『魔法銃』。それがなぜか、今ここにある。

 しかし、もし銃の存在がすぐに知られれば、ミリアの力でその銃を狙う者達と戦わなければならない――。

 そういうことなのだ。

 そして当然、その中にはガディ一家の猛者たちも含まれるだろう。

 

 しかし今の自分はまだ弱い。

 だから鍛えなければならない。

 ミリアは『その時』までに、人としてもスナイパーとしても、もっと強くなることを密かに決意した。

 

 そして、その戦いの先に、『自分が探す真実』が在ると信じて。

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