虎子流食事訓練
「ぐがっ……虎子……様っ……‼」
フェネルが胸やのどを押さえながらもがき苦しむ。
体は痙攣を起こし、強く噛み締め耐える口の端からは唾液混じりの泡が溢れていた。
虎子は厳しい表情で檄を飛ばす。
「甘ったれんじゃないよ! そんなことで強くなれると思ってんのかい!? あと三杯は喰いな!」
芋虫のように地でのたうっているのは、フェネルだけではなかった。
他の隊員たちも同様に、のどを掻きむしり、胸や腹を押さえ、苦しみを必死に耐えている。
虎子の圧の前に、リータやライネルは涙を流しつつも口を押えて逆流したものを再び飲み込んだ。
しかし更に追い打ちは続く。
「まだ器の中に残ってるじゃないか! もし吐いたら……倍量食わすからね」
虎子の冷めた鬼の形相は、既に瀕死の隊員たちの体をさらに冷たく震え上がらせる。
「――――ッ‼」
声にならぬ叫びを心の中で上げ、一同は涙目で虎子を見る。
虎子は冷徹な鬼教官となって、のたうち回る隊員たちを見下ろしている。
どこから出したのか、額には『闘魂』と書かれたハチマキを巻いていた。
ファウンテンは虎子の気迫に息を飲んだ。
隊員とは少し離れた場所で火を囲みつつ、茂三のよそった鍋を受け取る。
アリアはのたうち苦しむ隊員を見ると、その地獄絵図に震えながら、そそくさと茂三のそばに座る。
「茂三様、大丈夫なんでしょうか? もし死んだりしたら・・・・・・」
耳元で囁くアリアは、まごうことなき美少女。
茂三はその可愛さにうんうんと頷きながら、心配そうにするアリアに温かい鍋を器によそって手渡した。
「大丈夫じゃて。レマちゃんも頑張っとるでの」
そういって神官レマに目をやる。
「解毒魔法! 解毒魔法! あーもう解毒魔法ー‼」
魔力を回復する聖水をがぶ飲みしながら、必死に解毒魔法をかけまくるレマ。
それでもなかなか隊員たちは回復せず、顔の血の気は引くばかりだ。
レマは涙目になりつつも、瀕死の仲間を見捨てず解毒魔法を唱え続ける。
虎子はそんなレマにも檄を飛ばす。
「レマ! 気合入れな! あんたがショボい仕事してたら、仲間が死んじまうよ! あたしゃ助けないからね!」
「――ッ‼‼」
自分がこの事態を招いた原因でありながら、虎子は上から目線でサファイア部隊をシゴキ抜く。
事の始まりは、わずか十分前のことだった。
※ ※ ※
「それじゃ、鍋を作ろうかの」
茂三は自分のもんぺに手を突っ込むと、大きめの鍋を2つ取り出した。
続いてまな板、包丁も取り出す。
「どっから出してんだい?」
「ワシの次元収納袋じゃよ」
虎子の鋭いツッコミも、隊員たちの冷たい視線も華麗にスルーし、茂三は続いて虎子の次元収納袋に手を突っ込んで何かを探し始めた。
こちらはオーラでも使用可能な、魔力も要らないシルヴィ特製である。
フェネルは茂三の傍に近寄り声をかける。
「茂三先生、何をお探しですか?」
「ほっほっほっ、『先生』ときたか。いつの時代もええ響きじゃのう。今探しておるのは『食料』よ」
あれでもない、これでもないと、茂三はサンドバッグに手を突っ込みかき回す。
「このバッグは探しにくいわい」
フェネルはしかめっ面の茂三に優しく声をかける。
「先生、次元収納袋はイメージで探しやすくなるんです。今、先生が探しておられるものの名前が分からなければ、イメージして掴みますと取り出しやすくなるかと」
「おお、なるほどの。ふむ。しからば・・・・・・」
これじゃっ! と茂三がバッグから引きずり出したもの。
それは核(コア)ごと頭を潰されたキラーアナコンダの死骸だった。
空中に引きずり出されたアナコンダは、地に落下すると巨大な地響きを起こして道を塞いだ。
「ええぇ~っ!?」
突如現れた巨大な蛇にフェネルも目が飛び出るほど驚いている。
アリアにいたっては「きゃーーーーっ!」と悲鳴をあげて気絶してしまった。
仕留めたキラーアナコンダは二匹。
一匹はしっかりと血抜きをし、まだバッグの中に入っているが、こちらの大蛇は同属の血に引き寄せられて現れ、虎子のヘッドバッドで頭を潰されたものである。
そのため、血抜きもまだで、狩りたてほやほやの状態だ。
「それじゃあ飯にするかの」
そう言って茂三はもんぺから取り出した包丁で、アナコンダの鱗の一部を切り裂き、肉をこそぐ。
切り出した肉の量は、二十人前はあろうかという大きさである。
切り口からあふれ出した血は、容器で受け止め、グラスに注いだ。
何も迷いなく肉を切り分けている茂三に、フェネルは慌てて駆け寄った。
「ちょっ! ちょちょちょちょっ! お待ちください先生! ひょっとしてこのキラーアナコンダの肉が朝食の鍋になるんですか!?」
「そうじゃよ?」
慌てふためくフェネルに顔だけ向けて手を動かし続ける茂三。
「『そうじゃ』じゃないですよ! Sランクの魔物の肉はそのままじゃ食べられません!」
「なにを言うとる? 喰えるぞい」
ちょいちょい、と虎子の方を指さす。
虎子は待ってましたとばかりに蛇に歩みより、切り出した部分からさらに強引に肉を引きちぎり、生肉のままかぶりついて食べ始めた。
その姿は弱者を喰らう野獣のようだが、戦前戦後に山で暮らした経験のある虎子にとっては、至って普通のことだ。
この光景を見てフェネルは「あーっ!」と声をあげて驚く。
「虎子様! 何をしてるんですか! 死んじゃいます! レマ! 解毒魔法・・・・・・を?」
ここに来てフェネルは虎子に何の異常も起きていないことに気付く。
「え? あれ?」
「じゃから言ったじゃろ? 食えるんじゃよ。
茂三はキラーアナコンダの生の切り身をそのまま口に放り込む。
そして咀嚼すると、そのままのみ込んだ。
「え? えっ?」
レマは虎子と茂三に何も起こらないことを不思議に思い、(もう浄化されてるのかしら?)と考えると、自身の指でキラーアナコンダの血をすくって口に運んでみた。
「あっ! こりゃ!」
茂三がレマに注意したのも時すでに遅く。
「――――――っ‼」
レマの全身は一瞬で真っ青になり、のたうち苦しみ出す。
「ほれ。『解毒魔法』じゃ」
茂三の魔法でレマの体から毒が浄化されていく。
全身冷や汗でびっしょりになったレマは、呼吸を整えながら「死ぬかと思いました・・・・・・」と迂闊な自分の行動を恥じた。
フェネルは改めて『食事をするときには、魔物の肉は魔力と魔素を多く含む代わりに、その血には毒性が強く、生では食べられない。血抜きをし、毒を浄化してからでないと普通は食べられない』と説明する。
だが、この説明を虎子は一笑に付して言った。
「何言ってんだい、毒の『免疫』ってのはこうやってあげていくもんだろ」
うんうんと頷く茂三。
二人は既に同様の説明をミリアから聞いており、把握していた。
そのうえで、虎子と茂三は独自の理論で魔物の生肉を喰らい、血を飲み、毒への耐性を身に付けていた。
実際、嫌がるレマにもう一度血を舐めさせた。
今回は既に耐性がついており、先程ほどよりもゆっくりと毒が効いてきた。
それでも死にかけたことに変わりはなく、涙目で茂三にクレームを訴えた。
違ったのは、レマの体は回復すると、キラーアナコンダの持っていた魔力や魔素を吸収し、力が沸いてきたことだった。
これにはサファイア部隊も驚いたようで、自分達も挑戦してみたいと名乗り出たのである。
そして茂三謹製『キラーアナコンダの毒鍋』が完成したのである。
しかし生肉は、素人にはさすがに毒性が強すぎるため、火を通して鍋にした。
しかし、猛毒は薄めても所詮毒である。
そして冒頭の地獄絵図が完成した。
もちろん、ファウンテンとアリアには毒抜き処理を施し、『別の鍋』で完全に別料理として提供した。
その横ではサファイア部隊が虎子によって、否応なしに毒鍋を口に押し込まれ、地獄の苦しみを味わい、のたうち回っていたのである。
この後、クルスト王国到着までの期間、キラーアナコンダの毒料理が振舞われ続けるのだが、その甲斐あってかサファイア部隊は強靭な肉体と魔力を身に付け、出発前とは全く違う状態異常耐性を身に付けることとなる。
その頃――――。
クルスト王国では1つの騒ぎが起きていた。
「国王陛下! 大変です!」
一人の兵が王宮のドアを慌てて開けると、王の前に許可なく飛び込んできた。
「控えよ! 陛下の御前であるぞ!」
玉座の横に立つ宰相から叱責が飛び、兵士は慌てて跪く。
時は丁度隣国の貴族との謁見中であり、この様な場に飛び込む無礼は本来あり得ない。
「申し訳ありません!」
慌てふためく兵士、その様子に現国王イリアスは右手を挙げ、周囲の喧騒を沈める。
「何事だ。申してみよ」
イリアスは冷静に、かつ威厳をもって兵に接する。
「はっ! 恐れながら申し上げます! ファウンテン殿の馬車馬だけが戻って参りました! 手綱が斬られていたことから、馬車が襲撃されたと思われます!」
「何だと!?」
これにはイリアスも思わず立ち上がり、周囲も動揺を隠すことができない。
動物の帰巣本能と訓練により、馬は王宮に全力で戻ってきた。
だがそれは、クルスト王国内で始まる騒動の、始まりにすぎなかった。
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