虎車と目隠し

 ガイゼル一味を討伐した騎士団は、倒した賊の亡骸を次々に専用の次元収納袋に詰め込んでいく。

 賊と言えど、同じ人間。

 決して心地よいものではない。

 袋に入れていく作業の間、皆の表情は硬かった。


 次元収納袋。

 生き物を入れることができない代わりに、使用者の魔力に応じて容量を拡張できる。中に入れた物が袋の中で接触せず、壊れることも無いとあって、冒険者や騎士団の移動に不可欠なものとなっていた。

 魔導具には血や魔力による『固有登録』がある。しかし、これを行うと登録した人物が亡くなった後は使い物にならなくなるため、特別な武器や防具以外でそれを行うものは少ない。中には例外もあるものの、次元収納袋に関しては、固有登録を行うことは少なかった。

 

 戦闘後、周囲に残党の気配がないことを確認し、騎士団員は落ち着きを取り戻した。

 虎子と茂三、そしてミリアの三人は、フェネル付き添いの下、馬車の中にいたファウンテンとアリアに面会することとなった。


 今回の恩人とも言える老人二人と、その孫娘(?)であるミリアに、安全を確認し馬車を降りたファウンテンとアリアは、深く頭を下げた。


「この度は私共を助けていただき、心より感謝いたします」

 ファウンテンは茂三の右手を両手で握り、深く感謝の意を示す。

 そして、徐ろに質問を投げかけた。

「不躾で申し訳ありませんが、皆様は、どのような件でこの道を歩まれていたのですか?」

 まるでヒーローが登場するかのようなタイミングで現れた三人。

 偶然とも思えないが、このヘルメイズの周辺で、散歩するような状況はありえない。

 

「なになに。ワシはしがないちりめん問屋のジジイでしてな。ちょっとだけ『武』に自信があったのですわい」

 カッカッカッと高笑いする茂三。

 ファウンテンは『ちりめん問屋』というものが分らなかったが、敢えて何も聞かなかった。


 続けてアリアは挨拶をすると、虎子に深いハグをする。

 いまだに震える少女の手。

 虎子はアリアが死線のうちにいたことを思い図り、優しく抱きしめるとその頭を撫でた。

 虎子に抱きしめられると、不思議と震えは止まり、アリアの心には平安が満ちた。


 そしてファウンテンとアリアは、ミリアにも感謝を述べた。

 そして、ミリアの説明で彼女が虎子たちの本当の孫ではないこと、そして数時間前に『孫』になったことも理解した。


 さて、アリアは魔導師の卵であり、虎子の強さと茂三の回復魔法に深い関心を寄せた。

 顔立ちは老婆。しかし、その体はこれまでに見てきたどんな女性よりも屈強であり、実際に強かった。

 茂三に至っては、見た目が高齢者でありながら、戦闘中は魔法を杖のようなもので切り裂き、的確な指示でこの馬車を完璧に守っていた。

 そしてあの回復魔法である。

 魔道師としての血が騒ぐのを抑えるのは難しい。

 アリアは心の中で、クルスト王国までの旅路で弟子にしてもらおうと考えていた。


「おんや?」

 すべての隊員の体調に異常がないことを確認し終わったころ、茂三はあることに気付く。

 いや、誰もが戦闘中から気付いていたが、今まで忘れていたことだ。


「この馬車、ただの『箱車』になっとるのぅ・・・・・・」


 先頭で箱型の馬車を引いていた二頭の馬たちは、戦闘中に逃げてしまっていた。

 戦闘中、魔法が御者席を直撃した際に、手綱などは全て切れてしまっていたのである。


 そのため、中で8人がゆとりをもって乗る事の出来るこの巨大な馬車は、大きな車輪のついたただの箱と化し、身動きが取れなくなっていた。

 幸い、車輪の方に破損はなく、箱の方に多少の傷があった程度で済んでいた。


 さて、ここで問題となるのが安否の確認である。

 話によるとファウンテンはどうやら国でも相当の地位に居る人物のようで、当初の予定より到着が遅れたとなれば大問題である。

 しかし、この世界での通信魔導具はというと、地球のようなコンパクトなものは未だ存在せず、各王城や屋敷に接地する必要のある大掛かりな『通信装置』である。

 一部の魔導士間で小型化に成功したという噂があるが、一般的に表にはまだ出ていなかった。

 そのため、この馬車には積んでおらず、無事に帰還するしか安否の確認はできない。


 王国まで馬車の速度で約二日。徒歩だと四日というところか。

 だが、肝心の馬がいなくなってしまった。


 「これは困りました・・・・・・」

 フェネルは難しい顔をする。

「フム。どうしたものか……」

 ファウンテンもまた、目を細めて破損した馬車を見つめている。


「馬車に綱を繋いで、引っ張ればええんじゃないか?」

 茂三はこともなげにフェネルに言った。

 フェネルは茂三にまっすぐな視線を向けると馬車の先頭を指差す。


「茂三殿、あちらをご覧ください。この馬車はファウンテン様をお守りするため、特殊な合金で作られています。そのため、御者のいた席は壊れていますが、馬車本体は少々傷ついた程度で済んでいます」

「本体が無事なら運べるじゃろ?」

「それがそう簡単には行かず・・・・・・問題は重量なのです。正確な重量は分かりませんが、内装込みで十トンはあると思います。ウチの隊員が魔法で身体強化を使えば、数名で引くことが可能ですが、交代しなければ体力、魔力共にもちません。加えて、その分護衛が手薄になってしまいます。万が一、体力と魔力が消耗した時に、先程のような襲撃がもう一度あったら、今度は防ぎきれるかどうか・・・・・・」


「確かに……」

 ファウンテンも顎のひげを触りながら難しい顔で目を閉じる。

 できるだけ早く国へ戻らなければ、さらに危険度は増すばかりであり、今度の襲撃ではこの馬車が無事である保障はない。

 

「なら、あたしが引くさね」

「え?」

 突如後ろから聞こえた女性の声に、フェネルは一瞬耳を疑った。


「引くってまさか……おひとりで?」

 フェネル、そしてファウンテン親子も、虎子と馬車を交互に見る。


「そうさ。それじゃファウンテン殿たちは馬車に乗っとくれ。今度は切れない鎖で引っ張るからね、じゃらじゃら音がするのは勘弁しておくれよ。ミリアは屋根から狙撃の準備をしな。魔物が現れたら即仕留めるんだ。二発目は無いと思いな!」

 そう言ってミリアに強い瞳で頷いた。

 

 求めている内容は一撃必殺のヘッドショット。

 言葉で言うほどそんなに容易なことではない。

 だが、ミリアは先の戦いで、この銃ならそれが可能であることを感じ取っていた。

 

「うん。おばあちゃん!」

 虎子の指示に従い、屋根の上に跳ぶミリア。

 銃を手に、戦いに勝利したその瞳には、自信が溢れている。

 ミリアが頷くその表情を見て、虎子は嬉しそうに目を細める。

 

「ほい、婆様鎖じゃ!」

 そう言って腹巻きの中から鎖を取り出す茂三。受け取って太い鎖を自らの腰に巻いていく虎子。

 その端を馬車に固定し、ギャリギャリと音をたてながら歩み出す。

「それじゃ行くよ! あんたたち! しっかり護りな!」

 虎子が何事もないように歩を進めると、緩んでいた鎖が伸び切り、馬車に力が係る。

 ファウンテンたちを乗せた馬車は、まるで指で押すミニカーのようにスムーズに動き始めた。


「凄い・・・・・・」

 フェネルは虎子の身体能力に目を見張る。

 虎子は歩きはじめると呆然と立ち尽くすフェネルに厳しい口調で言った。


「何をぼさっとしてんだい! さっさと部隊に指示をお出し! アンタたちの任務はファウンテン殿の護衛だろ? 馬車は動き出したんだ!」


 フェネルはハッと我に返ると大声で指示を出す。


「総員馬車の周囲で警戒! レマは馬車の上でミリア殿をサポートしろ!」

「はいっ!」


 レマと呼ばれた金髪の美女は屋根の上に跳ね上がると、静かに着地した。

 先程まで下にいた茂三も、レマより早くミリアのそばに座っていた。


 フェネル自身は虎子の横で周囲を警戒しつつ、彼女の『動き』に注目していた。


 自分も身体強化を施せば、この真似事はできるだろう。

 ただし、最大の魔力出力で最小限の時間であれば・・・・・・だ。

 身体強化は、その名の通り魔力で身体能力を増幅させる事ができる。高い身体能力を持ち合わせ、強力な身体強化魔法をかければ、それに見合った力は出せる。

 しかし、強力な身体強化を一気にかければ体が悲鳴をあげ、長時間は続かない。逆に少々の強化ではこの馬車は動かないだろう。

 下は土、しかも緩やかな上り坂なのだ。

 それを難なく引き続ける老婆。はっきり言って怪物だ。


 だが、しばらくしてフェネルは恐るべき事に気がついた。

 虎子は使。魔力を使用した形跡もない。

 オーラでの身体強化かとも思ったが、そうでもないようだ。


 つまり、純粋な『筋力』だけで引っ張っているのだ。

 十トンを超える馬車を、舗装もされていない山道、『上り坂』を、汗もかかずに・・・・・・である。


 この異常な身体能力については、他の隊員たちも気づいており同様に目を見張った。


 先ほどまで虎子や茂三についてわずかに懐疑的だった者も、今となっては何も言うものはいない。


 圧倒的な自らの力を誇らず、過信せず、困った者には率先して手を差し伸べる。

 そして、力の劣る者達を決して卑下しない。

 

 この世界では力の強い者が上に立つ。

 だが、この老人たちは上に行こうという気概すら見せない。


 初めて出会った存在でありながら、この時にはその場の全員が、虎子と茂三に対して尊敬と畏怖の念を心に抱きはじめていた。

 


 その日、夜通しで虎子は歩き続けた。


 途中、フェネルに虎子は言った。

「隊の半数を屋根の上で休ませな。全員が同時に疲れちゃ非常時に戦えないよ」

 フェネルはその言葉に驚きを隠せない。馬車を引いているのは虎子自身なのだ。そして当然、この質問になる。

「しかし、虎子殿は大丈夫なのですか?」


「アタシは問題ないさね。筋トレにもう少し重量が欲しいと思ってたところさ。このまま朝までに『この森』の横を抜けるよ」


 そう言って森を親指で指す。

 フェネルはその意味を悟り、静かに頷いて隊に指示を出した。


 リータとライネル以外の者は屋根に上がり、仮眠をとることにした。



 再び虎子が馬車を引きはじめ、ミリアは馬車の上から周囲の警戒を続ける。


 しばらくして、茂三は言った。

「ミリアちゃん、スキルの『索敵』を使うとるんじゃろ?」

「はい。これで百メートル先くらいまでなら魔物が現れればわかるんです」

 ふむ。と茂三はしばし考えて口を開く。

「ミリアちゃん、スキルを止めて、これからは『気配』を探りなさい」

「気配……」

「そうじゃ。これをつけなさい」

 そう言ってもんぺに手を突っ込んで取り出したのは一枚の白い布だった。

 茂三は布を投げてミリアはそれを受け取る。

「これは?」

「目隠しじゃ。それで目を覆いなさい」

「で、でもそんなことしたら何も見えないよ? 間違えて騎士の人を撃ったりでもしたら……!」

 素直に焦るミリアの表情が、茂三には可愛く見えた。

 自分も昔、同じようなことを言ったと、懐かしくさえ感じて思わず口元が緩む。


 茂三はミリアに優しく言った。

「ええかの、ミリアちゃん。気配というのは人や動物、その他の物が出す『オーラ』を感じることじゃ。『気』とは、『見えないけど確かに存在するもの』のこと。気にはいろいろある。空気、電気、水蒸気、殺気、覇気、邪気……その種類は多くある。そして、それらのほとんどは頭で考えるのではなく『心で感じ取るもの』なのじゃ。空気の流れから騎士団の放つ『オーラ』まで、その全てを感じ取りなさい。そして、殺気や邪気を感じたなら、一番強く感じるそこを、迷わず撃ちなさい。なぁに、万が一外してもワシが何とかしてやるでの」

 茂三はニヤリと歯を出して笑った。

 虎子は馬車を止めてミリアの方を見る。

 

 ミリアはしばらく布を握りしめて黙っていたが、馬車の屋根先端に立つと迷わずその白い布で眼前を覆った。

 そして銃をホルスターに入れ、神経を集中させた。


 馬車を引く虎子、足下のファウンテン親子、真後ろの団員達。左右を囲むリータとライネル。

 一人ずつの気配に全神経を集中していく。

 間違えて撃つわけにはいかない。

 そのプレッシャーは、少女の体を汗で覆い、震えさせた。


 時間をかけて気配を探り、イメージを頭に描いていく。

 ぼやけた時にはもう一度深呼吸して作り直す。


 呼吸が落ち着いたのを見て、虎子は静かに馬車を引き始めた。


 ガタン、と揺れる足下。しかしミリアはまるで読んでいたかのように倒れなかった。

 ミリアの鍛えられた軸を見て、ニヤリと笑う虎子。

 ミリアは馬車の音、頬を触れていく風、周囲の団員や魔物の気配に神経をとがらせる。


 そして、何かに気付いたようにピクッとミリアは一瞬硬直した。


 思い出したのだ。

 この白い布が茂三のもんぺの中から現れたことを。

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