必殺技名

 白馬車を襲ったガディ一家は、突然現れた謎の三人を前に動きを止めていた。しかし味方でないとわかった途端、再び雄たけびを上げ、武器を構える。

 

「ジジイとババアが増えたくらいで怖気づくな! やっちまえ!」

 頭目らしき男が声を上げると、賊が一斉に雄たけびを上げる。

 そして虎子と茂三を目掛けて一斉に襲い掛かった。

 

 虎子は声を上げた頭目をちらりと見た後、フェネルに向かって言った。

「先に行くよ! 援護しな!」


 フェネルに合図すると、虎子は高台目掛けて一気に駆けだす。


「行け! 馬車はおぬしの部下とワシらで守る!」

 続けて茂三に言われ、フェネルが頷く。


「リータ! ライネル!この方々と馬車を!」

 指示を出すと同時に、虎子の背中を追うフェネル。

 彼は自らに更なる身体強化魔法をかけ、重い鎧を着けているとは思えぬほどの瞬発力を見せる。

 

 今までの戦闘は完全に守りのカタチ。

 放射状に取り囲む敵の攻撃を防ぐのが精一杯だった。

 だが、今だけは違う。

 攻撃に打って出れば戦況は変えられる。

 

 無論、『馬車さえ絶対的に護れるならば』という条件の下でのみ可能な作戦ではあるが。

 そしてあの老人には、なぜかそれが可能であるとフェネルは直感的に確信していた。

 

 フェネルの指示に残った二人が「はっ!」と声を上げる。

 瞬時に、茂三の左右に立つリータとライネルの判断も早い。

 茂三の意図を一瞬で汲み取り、扇形に陣を取った。


「ほっほっほっ。楽しゅうなってきたのう」

 茂三は十手を腰から抜くと、キセルを加えたまま新しい仲間と馬車の前で構えた。

 

 

退きな!」

 武器を手にした山賊が次々と虎子の進路に現れる。

 しかし、巨木の如き虎子の剛腕ラリアットは、賊の武器ごとなぎ倒していく。

 振りかぶった拳は賊の盾を叩き折り、そのまま打ち込まれる。

 高速の鉄球が顔面に衝突したような音が響き渡り、賊は吹き飛ばされると回転しながら地に落下した。


 返り血を浴びながら笑うその姿は、まさに『修羅』。

 山賊たちは突然現れた『白き悪魔』に死を予感した。

 

(こ、この女性は何者だ⁉)

 フェネルは見たこともないファイトスタイルと圧倒的な破壊力に目を見張った。

 その姿はまるで巨大な鉄の馬車。

 近づいたものは轢き殺されるのみ。

 

(自分は彼女の背中を離れず守らなければならない!)

 フェネルは一瞬目を見開くと、後ろを振り返りながら右腕に魔力を込めた。

炎嵐魔法ファイアストーム!」

 虎子に後方から近づこうとする輩をフェネルが巨大な炎で焼き尽くす。

 虎子も一瞬足を止める。この世界で見る初めての『攻撃魔法』。

 その威力にニヤリと口元を歪ませると、虎子は再び駆け出した。



 虎子たちが頭目目掛けて突き進む中、茂三とミリアは馬車を守るように、リータ、ライネルと共に戦闘態勢に入る。


「武器はないけど、私も少しなら魔法でっ・・・・・・」

 迫る山賊を前に、両手に魔力を込めるミリア。

 正直通用する気はしないが、一矢報いることぐらいはしてみせると気合を入れる。


 ミリアが小さな炎魔法を放とうとした瞬間。

「ミリアちゃん、これを使え!」

 もんぺの中から取り出したものを、茂三は後ろのミリアに放った。


 慌てて両手の魔法を解除し、ミリアはそれを片手で受け取ると、目を見開く。


(銃!?)

 見たことがないはずなのに、なぜか懐かしさを感じるマグナム式の六発装填銃。

 失った自身の銃よりも一回り大きいそれは、普通の銃と何かが違った。


「撃て!」

 茂三の声に素早く反応し、ミリアは銃を構え、引き金を引く。


 ドォン! という重い発射音と共に、山賊の断末魔の声が上がった。

 視界に捉える賊の額へ一瞬で照準を合わせ、次々と引き金を引く。


 三発、四発・・・・・・引き金を引くたびに賊も倒れていく。

 数十メートル先の『魔導士』や『スナイパー』の眉間を撃ち抜く見事なヘッドショット。

 更に胸当てを身に付けず戦う賊の心臓も次々に撃ち抜く。

 そして、あっというまに六発を撃ち切った。

 ホルスターの中の薬莢は6発。

 替えの弾丸は持っていない。


(弾切れ……どうする!?)

 ミリアに緊張が走った瞬間、二つの声が同時にあがる。


「奴は弾切れだ! 行け!」

 頭目の声に反応し、ミリアめがけて走る男達。


 「薬莢の装填は要らん! 引き金を引け!」

 そして同時に、茂三の声も上がる。


 ミリアは茂三の声にのみ反応し、迷わず引き金を引く。


「なっ!?」

 驚きの声をあげたのは頭目だった。

 銃口はさらに六発の火を噴き、六人の賊が倒れたのだ。


「バカな! 奴は弾を装填していないはずだ!」

 頭目は自身の目を疑った。

 

(な、何で……⁉)

 ミリア自身、驚きが止まらない。

 あまりの衝撃に、全身が粟立つ。


 六発撃った後も弾丸の射出が続く銃。

(まさか、これは……!!)

 そんな銃があることだけは、『とある記録』から知っていた。

 だが、本当になんて。


 ミリアは動揺する気持ちを押さえ、じんわりと手に汗を握りながら茂三の方を見る。

 茂三はニヤリと笑うと言った。


「心配要らん。その銃は『特注』じゃ! ミリアちゃんがぶっ倒れそうになったらワシがしてやる。何十発でも撃ち続けい!」


 その言葉に、ミリアは震えた。

 まさか……まさかこんな時に出会えるなんて。

 

 これが……『魔法銃』⁉


 ミリアは茂三が頷くのを見ると、「はいっ!」と大きく応え、再び賊の急所目掛けて引き金を引いた。

 

 射出されたのはただの弾丸ではなかった。

 は物理耐性強化の魔法障壁を、いとも簡単に貫く。

 魔導師やスナイパーだけでなく、近距離の戦士に至るまで次々と撃ち抜かれて倒れていった。

 

「なんじゃありゃあああっ!?」

 数十メートル離れたこの距離で、ミリアの銃が六発装填銃だと見抜く頭目の眼力は大したものだが、そこに捕らわれて肝心なことがおろそかになった。


「人の事なんか心配している場合かい?」

 

 頭目は声の方を振り返ると、虎子が手下の一人の顔を握りつぶし、地に転がしているところだった。

 虎子のその姿に、頭目の背中に強烈な悪寒が走り抜けた。

「バカなっ・・・・・・あの精鋭達をこの短時間で倒してのけたというのかっ・・・・・・!?」

 頭目は虎子たちの通ってきた道に目をやる。

 そこには首をひねられ、顔を潰され、胸を蹴りぬかれた賊たちの亡骸が無残に転がっていた。


 数体はフェネルの魔法と剣によるものだが、そんなことは問題ではない。


「元A級冒険者ガイゼル・・・・・・貴様がこの一団の長か!」

 フェネルは露わになった頭目の顔を確認すると、虎子の前に出て剣を構えた。


「フン、ファウンテン私兵騎士団『サファイア部隊』のフェネルか。お前如きがこの俺を倒せるか?」

 ガイゼルは強力な魔力を帯びた斧を背中から取り出すと、両手で構え、自身の魔力を解放した。



 一方、馬車周辺では、完全に形勢が逆転していた。


「槍の嬢ちゃん、左後方に潜んどるぞ! 剣の坊主ボンは正面に集中せぇ! ミリアちゃんは馬車の上から『狙撃』じゃ! 二人を援護せえ!」


 茂三の指示の下、ミリアの銃、リータの槍、ライネルの剣が次々に賊を地に転がしていく。

「魔法、来ます!」

 飛来する魔法を視認したリータが、茂三に向かって叫ぶ。

 

「はいやぁ!」

 茂三は馬車に飛んできた魔法や矢を、十手の一振りで薙ぎ払い、空中で四散させた。

 その瞬間、リータとライネルは茂三の技量に目を見張った。

 

 だが、茂三の本領はここからだった。

「ミリアちゃん、ワシの周りを守れ!」

「はいっ!」

 馬車正面をがら空きにして、近くで倒れるサファイア部隊の隊員に駆け寄る。

 

「ご老公!? 何を!」

 リータが茂三をガードするように横に立ち、声をあげる。

「黙って見とれい! 『眼鏡っ娘美少女天使ルミエル』ちゃんが一番弟子、鬼龍院茂三の本領発揮じゃぁ!」

 

 茂三の掌から放たれる眩い光は、倒れた隊員を一瞬で包み込む。


「これは・・・・・・まさか『治癒蘇生魔法リザレクション』!?」

 リータが驚きの声をあげる。

 茂三が放ったのは、直後であればどんな深い傷をも治し、死亡から間もない時間であれば蘇生すら可能といわれる『回復魔法』だった。

 このレベルの回復魔法ともなれば世界でも使える人間はわずか数人といわれており、クルスト王国でさえ、使える者は『親衛隊』のなかに一人だけしかいない。


「お……おおっ……!」

 ファウンテンは初めて目にする回復魔法に目を見張った。

 娘のアリアも驚きのあまり両手で口を覆っている。

 

 茂三の手から魔法が放たれるたびに、倒されていた隊員たちが何事も無かったかのように次々と起き上がっていく。

 その驚くべき光景は、ファウンテンとアリアにはとてつもなく大きな勇気を与えた。

 

「奇跡だ・・・・・・!」

 彼らは鎧こそ元には戻らぬものの、すぐに状況を判断すると立ち上がり、リータとライネルの加勢に入った。


 そして劣勢から一転、次々に賊を打倒していく。

 最後の一人が、リータの槍で果てた時、今度はサファイア部隊から勝ち鬨が上がった。


 その声にフェネルと激しい剣戟を繰り広げていたガイゼルが、目を見開き度肝を抜かれる。


「ば・・・・・・バカなっ! なぜアイツらが立っている!」


 それは一瞬の油断だった。

 死んだはずの騎士達が蘇り、声をあげた事により、ガイゼルの気が一瞬だけそれたのだ。


 次の瞬間、一発の銃声が轟き、ガイゼルの動きが揺らぐ。

 

 ミリアの放った銃弾がガイゼルのコメカミをかすめていた。

 脳への直撃を奇跡的に躱したが、脳震盪を起こしたガイゼルは、それでも倒れまいとぐらつく体を強引に立て直す。

 斧を杖代わりに地に刺し、足を踏ん張る。

 しかし、それを回復するまで見過ごすフェネルではなかった。


「終わりだっ! くらえ! 不死鳥の斬撃フェニックス・スラッシュ!」

 フェネルの剣に炎が宿り、袈裟懸けにガイゼルへ振り下ろされる。

 その剣は男と、それを支える斧までもを焼き斬った。

 血が燃え、ガイゼルの手が柄から離れる。断末魔の悲鳴を上げることもできぬまま、ガイゼルは地に倒れ、炎の中で絶命した。


「今回は天が我々に味方した。そうでなければ倒れていたのは我々の方だったな」

 賊を制圧し、剣を収める。

 フェネルの騎士としての冷静な表情。

 そこには騎士としての責務を果たす漢の姿があった。


 そんなクールなフェネルとは裏腹に、こみあげる恥ずかしさのなかで、虎子は違うことを考えていた。

 

(今まで考えたことなかったけど、必殺技のネーミングって大事かもねぇ・・・・・・)


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