馬車襲撃戦
ヘルメイズの森を脇に見る山道で、青い鎧を着た騎士団は、文字通り戦火に身を投じていた。
「敵襲!」
強盗団の存在に気付いた騎士の声が上がると同時に、馬車を護る護衛騎士団の一人が馬車の前に立った。
同時に魔法を展開する。
「
風の壁が馬車を包み、直後、着弾した魔法の火と矢から馬車と兵士を一時的に遮った。
火の中に矢が隠されていることを見抜くその反応の速さは、日頃の訓練の賜物である。
それでも魔法着弾の衝撃と余波が、馬車を細かく揺らす。
障壁を維持すべく両腕を伸ばす女性神官が懸命に魔力を放出し、次々と撃ち込まれる魔法を防いでいく。
しかし、魔法が防がれたと判断した途端、草むらや木陰から武器を手にした無数の山賊が姿を表した。
ざっと見ただけでもその数40人超、実に騎士たちの4倍以上。
騎士団の警戒レベルが最高潮に達し、リーダーと思われる剣士が声を上げた。
「何としてもファウンテン様はお守りしろ! 怯むな!」
剣戟の音が馬車を守るかたちで鳴り響く。
馬車目掛けて再び放たれた火炎魔法と、それを風魔法で防ぐ騎士の魔法戦の衝突も、馬車を再び揺らした。
「『雷凰』はあの中だ! 野郎ども、奪い取れ!」
高台から頭目らしき男が放った一声は、山賊の指揮を上げ、一斉におぞましい怒声が周一帯に響き渡った。
虎子たちが街道に姿を表す少し前――。
ソドゴラム王国近隣の街で重要な取引を終えた侯爵・ファウンテンは、クルスト王国目指して帰路についていた。
白く絢爛豪華な馬車は側面に大きな家紋を入れ、二頭の巨馬が引いており、ファウンテン私兵騎士団・通称蒼の騎士『サファイア』部隊がファウンテンを護衛していた。
ソドゴラムからクルストへ向かう際、必ず通過する『ヘルメイズ』は元々世界一の危険地域であり、そこに住まう魔物はAランクのパーティ全員で仕留められるかどうか、Sランクの冒険者でも命を落とすことがあるという強さを持つ。
森の中から魔物が街道に姿を現すことは少ないが、それでもゼロではない。
そのため、メンバーの大半がAランク以上の強さを持つ騎士10名が、
しかし、屋敷にはファウンテンの妻が待っている。
そのため、今回は副団長を含む半分の10名を屋敷の警護に置き、対魔物用の重装備を施した騎士をメインに馬車の周囲に配置した。
ヘルメイズを通過する際には必須だと思われたが、今回はその作戦が裏目に出た形になった。
襲撃してきたのは魔物ではなく『人間』だったからである。
海賊、山賊、盗賊、そして世界中に拡がる悪党を束ねる秘密結社『ガディ一家』。
彼らはまさかのヘルメイズで襲撃を仕掛けてきたのだ。
凶悪な魔物が多数潜むこの地域で、ガディ一家の襲撃の可能性は低いと考えていた。
護衛騎士団は、魔物気配にのみ集中したために完全に不意を突かれ、あっという間におよそ四十〜五十名の盗賊に包囲される格好となった。
だが、当然対策をしなかったわけではない。
騎士団はスキル「
ガディ一家はクルスト王国に潜む仲間から、ファウンテンがソドゴラムに向かうという情報を既につかんでいた。
山中に数名の仲間を潜ませ、往路の道中で護衛の戦力を分析、ファウンテンの馬車を
そして、ファウンテンがソドゴラムから帰ってくるまでに必要な戦力を整え、復路にて奇襲をかけたのである。
ガディ一家が奇襲を仕掛けた場所は、虎子たちが街道に降り立った場所よりも遙かにソドゴラム側になる。
護衛が『サファイア』というクルスト王国でもかなり強力な部隊が守っていることから、ガディ一家もそれなりの戦力を準備した。
元Aランク冒険者、アリナミ王国闘技場やウェルズ王国闘技場の元上位ランカー、金のためなら何でもする傭兵に至るまで、あらゆる猛者を揃え、数日で馬車襲撃の準備を整えたのである。
無論、短時間の移動に必要な移動手段や、高額の報酬が必要となるため、それなりの金が動いたことだろう。
山賊たちは、一人ひとりの戦力は騎士団に劣るとしても、人数に大きく差が出ればこの構図は書き換えられる。
そしてその戦力差は、わずか十名で構成された護衛騎士団をあっという間に壊滅させようとしていた。
白き馬車は魔力を帯びた構成素材により魔法防御性能、対物理攻撃性能に優れてはいる。
しかし、当然のことながら、Aランク冒険者の攻撃や魔法に何度も耐えられるような代物ではない。
敵にも何か目的があるのだろう。
一撃の強大魔法ではなく騎士団の魔力をじわじわと削るような魔法を連発している。
絶え間ない魔法の衝撃が馬車を揺らし、次第に嫌な軋みが馬車の中に現れ始める。
多数に無勢――。
劣勢の中、上がるガディ一家の雄たけびと、騎士団の断末魔の叫び。
マジックミラーとなっている窓から、恐る恐る外の状況を確認したファウンテンの娘のアリアは、顔を紅く染めたガディ一家の山賊の恐ろしい姿と、既に騎士団の数名が地に倒れているのを見て、恐怖のあまり「ひぃっ!」と声をあげて尻もちをついた。
体中が震え、歯がカチカチと鳴る。
ファウンテンは怯える娘を「大丈夫だ」と力強く抱きしめた。
「お父様・・・・・・‼」と娘も父を力の限りで抱き返す。
恐怖のあまりどうにかなってしまいそうだったが、父への絶対の信頼が、かろうじてアリアの心を支えていた。
だが、ドンっという衝撃と共に血しぶきが窓に飛散すると、再び悲鳴をあげてアリアは恐怖のあまり強く目を閉じた。
「神様・・・・・・っ‼」
アリアは心から神に懇願する。
目に焼き付いた地獄絵図、飛散した護衛者の血しぶき。
そして隊が全滅したあと殺される父と、蹂躙される自分の姿を考えるだけで、絶望が心を支配しかけていた。
「ファウンテンはあの馬車の中だ! 娘も一緒だ! 護衛を全滅させたら殺さず連れてこい!」
頭目と思われる男の恐ろしい声が聞こえ、アリアのイメージはより鮮明な死への恐怖に変わる。
血が冷え、恐怖が体を支配する。もう何も考えられない。
ファウンテンは意識を懐に仕込んだナイフへと向ける。
(もはや……これまでか……‼)
娘が賊の手に墜ちるくらいなら、もういっそこのまま貴族としての矜持を・・・・・・そう考えた瞬間だった。
「げあっ!」
「ぐべぇっ!」
謎の悲鳴が次々と外で上がった。
そして一時的に戦闘が止み、静かになる。
「何事だ……!」
突然沸いた異常な静けさに、ファウンテンは窓の外を見る。
そこには、白い服を着た高齢者が二人、馬車を守るように立っていた。
その内の一人、もんぺ姿の高齢者は冒険者らしき少女を担いでいる。
「こ、この方々は・・・・・・っ!?」
ファウンテンは老夫婦と思われる二人の背中を見た瞬間、
かつては王国の宰相として国王に仕え、クルスト王国最強とも言われる親衛隊・白騎士の強さも知っている。
各国の闘技場で優勝していた者達とも面会したこともある。
だが、この二人から感じるものは、彼らとは全く異次元のオーラ。
あまりの衝撃に山賊のことが一瞬頭から消え、ファウンテンは心の底から『何があってもこの二人を敵に回してはならない』と言葉にならぬ確信を強く抱いた。
虎子の足元には2名の賊が顔を潰され転がっている。
彼らを前にした賊は、まるで猛獣を前にした一般人のように動きを止めていた。
いや、それぞれが歴戦の猛者であるがゆえに、この二人の恐ろしさが直感的に感じられたのだ。
「ほっほっほっ。こりゃまたエライことになっとるのう。婆様」
「豪華な馬車とそれを守る騎士、山賊の如き身なりの男達・・・・・・分かりやすいねぇ」
ポキポキッと拳を鳴らす虎子。
「よいしょ」とミリアを降ろした茂三は、ニコニコしながらキセルに何かを詰めると、マッチで火を着け、プカァと静かに煙を吐いた。
茂三は火を指先で握りつぶし、マッチを燃えカスごともんぺの中に放り込む。
「虎子おばあちゃん! こいつらはおそらく『ガディ一家』です!」
男達を睨みつけながら、ミリアは2人に聞こえる声で言った。
「ああ……件の悪党どもかい。ふん、だったら遠慮は要らないねえ・・・・・・そこの兄ちゃん、勝手に加勢するけど、いいかい?」
鋭い視線のまま、虎子は騎士団のリーダーと思われる男に目配せする。
蒼騎士リーダーのフェネルは、虎子の視線を正面から受ける。
得体のしれない老夫婦。信用していいか分からない。
だが……強い!
生き残っている味方は3人。
もし彼らが味方になってくれるなら……!
「お願いします!」
答えると同時に、強く立ってフェネルは剣を構える。
突然現れた希望。
たとえそれが悪魔でも、『主を守れるならそれでいい!』という、死をも覚悟した騎士の瞳がそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます