逆走

 紅く染まった日が、ゆっくりと山脈に姿を沈め始めた頃には、茂三の涙も止まり、ミリアも笑顔を取り戻していた。


「それじゃあ、これからどうしようかねぇ」

 虎子は山道のど真ん中で、前後に続く道を見て言った。

 

「まずはこの道を進んで、クルスト王国に向かうのが良いかと思います。あそこでなら何でも揃いますし、私も失った冒険者証を再発行できるので。それに・・・・・・」

くだんのパーティーも、クルスト王国に戻っておる・・・・・・じゃろ?」

 茂三はゆっくりとミリアに問う。

 

「はい。おそらくは」

 ミリアも静かに頷いた。

 二人に全てを語ったその表情は落ち着きを取り戻し、ある種の強い決意も感じ取れた。


「たぶん今頃は冒険者ギルドに戻って、『私の死亡報告』を行っているころでしょう。そして冒険者保険の給付金を受け取ろうとしているはずです」

「やれやれ。本当に腐った輩はどこの星にもおるもんじゃのう。で、どうする婆様?」

「当然『クルスト王国そこ』に行くさね。そのふざけたガキどもを懲らしめてやらないとね! ついでにアタシらも冒険者登録して、冒険者になるよ!」

 虎子はぐっと腕を曲げ、拳を握り、力を込める。

「そういうと思っとったわい」

 茂三はカッカッカッと軽く笑った。


「そんで、ミリアちゃんをアタシたちの娘・・・・・・いや孫として正式に引き取るよ!」

 そういって腰に手を当てる虎子。

 ミリアは驚いて目を見開く。


「え!? 何言ってるんですか?」

 昨夜その話を聞いた時、ミリアにとっては冗談でも嬉しい話だった。

 しかし、『地獄の夜』を生き抜いたあとでも有効だとは思っていなかったのだ。

「『娘』の方が良いかい?」

「いえ、そうではなくて!」

 虎子の真面目なボケに思わずツッコむ。

 話が話だけに、うまく切り返すことができない。

 

「そりゃええのう。ワシも可愛い孫が欲しかったところじゃて」

「おじいちゃんまで!?」

 困惑と喜びが入り混じり、ミリアは動揺を隠しきれなくなっていた。

 

「なあに、無理強いはしないさね。だけどね、アタシ達はもうミリアちゃんのことを『孫娘』のように思ってるのさ。可愛くて仕方がないんだよ。どうだい? 本当に孫になってくれないかい? もし、ミリアちゃんがよければ・・・・・・だけどね」

 虎子は笑いながら、軽く片目を閉じた。


 ミリアは強引で優しい二人の心に触れ、再び溢れる涙を拭きもせず笑う。

「ありがとうございます。私は『一度死んでたはずの人間』だから……お二人の孫になれるのは本当に幸せです。よろしくお願いします。おばあちゃん、おじいちゃん」

 そう言って頭を下げると、そのまま両手で顔を覆った。

 虎子が優しく肩を撫で、茂三が背中をさする。

 二人の優しさが、ミリアの心を少しずつ、そして確実に癒していった。


 

 そして三人はクルスト王国に向けて歩み出した。


 クルスト王国までは馬車で約3日の距離。

 当初の目的地(?)だったソドゴラム王国は、逆方向に1日行くと辿り着くが、徒歩なら3日くらいか。

 

 仮にクルスト王国まで虎子と茂三が全力で走ったならば、一時間とかからない距離かもしれないが、それではミリアの体がもたないので、敢えてゆっくり歩きながら向かおうという話になった。


 焦る旅でもなし、この世界のことをゆっくりと感じながら、ミリアからも色々な話を聞きたいと二人は言った。


 クルスト王国方面へと歩き出して一時間ほどたった頃、完全に日が沈み、闇が周囲に拡がった。

 しかし、3つの大きな月が夜を照らし、星空が燦燦と輝いていたおかげで、自分たちの影がはっきりと見えるほどには明るかった。


 

「ところで、この世界はどんなところなんだい?」

 虎子はおもむろに話を切り出した。

 質問は漠然としているが、一番聞きたい質問なのも頷ける。


「そうですね。私の知る限り……ですけど」

 ミリアは歩きながら、虎子が少しずつ理解できるように、まず世界の構成を話し始めた。

 これから向かう国の名は『クルスト王国』。

 世界最大の経済力と軍事力を持っており、約20年前に魔王という存在を倒した『イリアス・クルスト』という王が統治している。

 

 その他、大きな王国がいくつか存在しているほか、小国や独立国家も存在しており、各国に特色がある。

 闘技場を持つ国、魔法を得意とする国、魔道具作りが盛んな国、東方にある独特の文化を持つ国など、様々である。

 各国には貴族も存在し、身分や功績に応じた爵位が存在する。


「そして、それら全ての国に『秘密結社』が存在しているらしいんです」

 ミリアは周囲を気にするように、少しその声は小さくなった。


「秘密結社?」

「はい。『ガディ一家』という組織で、元々は強盗団だったそうです。強盗、殺人、強姦から麻薬製造に至るまで、あらゆる悪を好み、密かに莫大な利益を得ているとか」

「ふむ」

「そしてその秘密結社は『各国の民』で組織されているらしいんです」

「ほう。つまり、組織の者たちは普段は良い国民の顔をしており、事あるごとに裏の顔を出して犯罪者集団になる、と」

「はい。そして素性が割れた者や、裏切り者には容赦ない制裁が加えられると聞いたことがあります」

「なるほどのお。『臭い物には蓋』というわけか。外には魔物もゴロゴロおるし、『行方知れず』にするのも簡単。魔物に殺されたと言えば『事故で処理』されるというわけか、くわばらくわばらじゃな」

 茂三は顎髭を触りながら、呆れた顔で空を仰いだ。

 

「あまり考えたくありませんけどね」

 ミリアも少し悲し気な表情になる。

 

「何にせよ、その『がでぃ一家』っちゅうのが悪党なのはわかったが、万が一出会でおうた場合はどうしたらええんかの?」

 聞いて当然の質問ではあるが、思い切りフラグを立てに行く茂三。

 ミリアは「うーん、そうですね」と少し考えた後、言った。

 

「世界的な法律で、盗賊や山賊、海賊などは殺しても罪にはなりません。むしろ、賞金が出ます。もし、相手が高名な犯罪者であった場合、高額の賞金が懸けられているので、倒せるなら倒した方が良いと思います。ですが、戦闘に出てくる盗賊団は強い人物も多いそうで、騎士団ですら返り討ちにあうこともあるそうです。私一人なら……逃げるか、殺されちゃうかな」

 ミリアは観念したような表情で苦笑いしながら首を振った。


 だがここで、ヤル気を出した者が一人。

「いいねえ。そいつら相手には思いっきり暴れていい訳だ」

 指をゴキゴキと動かし、口の端を軽く釣り上げた。

 強盗団もまさか自分たちが狙われているなど考えもしないだろう。


「まあでも、できるなら関わらないのが一番ですよ」

 ミリアはそう言って空を見上げた。

 夜が近づき、長時間何も食べていないことに気付く。

 最後に食べたのは茂三がもんぺの中から出してきた『謎の干し肉』だった。

 

「そろそろ晩御飯にしましょうか?」

 虎子が次元収納袋に無数の魔物を納めているので、その中の一部を食料にしようと出発前に話していた。

 

 しかし。

 

 ミリアがそう言ったところで、虎子と茂三がピタリと同時に足を止めた。

 二人の視線は背後、今歩いてきた道の方に向いている。

 

「あれ? おじいちゃん、おばあちゃん?」

「婆様」

「だね。急ぐよ!」


 ドン! という衝撃とともに、虎子が元来た道を駆けだす。

 突風の様なつむじ風が巻き起こり、砂埃が舞い上がる。


「おばあちゃん!?」

 慌てるミリア。一瞬で姿を消した虎子を目で追うことができない。

「抱えるぞい」

「えっ!?」

 茂三は軽々とミリアを抱きかかえると、こちらも猛烈な勢いで駆けだした。


「ひっ!」

 想像以上の速さに驚いたミリアは、思わず茂三にしがみつく。

 まるで新幹線の車窓のように流れる景色は、ミリアにとって衝撃的な光景だった。

 加速し、押しつぶされるような重力に、顔が歪む。


 未体験の速さと恐怖に、ミリアの悲鳴が森の中にこだました。


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