冒険者保険

 ヘルメイズの森を抜けた山道で、静かに時間だけが流れて行く。

 ミリアがキラーアナコンダに襲われてから、既に二十四時間以上が経っていた。


 山道を吹き抜けてきた風が、ミリアの頬を心地よくかすめていく。

 少女は二人に顔を向けて苦しそうに笑った。


「昨日、冒険者協会ってところがあるのはお話しましたよね」

 虎子と茂三は頷く。

「そこには、パーティー登録制度と、冒険者保険という制度があるんです」

「冒険者保険?」

 生命保険のようなモノだろうか。


「はい。昔、お二人と同じ地球からの転生者が持ち込んだ制度のようですが……。冒険者がこの冒険者保険に入ると、大きな怪我を負ったときや冒険者を引退するときには、ランクや実績に応じて本人や家族に給付金が出るんです。そしてもし、本人が死亡した時には・・・・・・」


 そこまで言って、茂三が口をはさんだ。

「パーティ登録制度によってパーティーとなっていた仲間が死亡した場合、当事者に家族がいない場合は、仲間にその金が支払われる……かのう?」

「……はい」

 ぐっと唇を噛み、下を向いたミリアの目から大粒の涙がこぼれた。

 つまり、自身は保険金のにされた。

 その悔しさが、ミリアの体を震わせた。

 

 虎子は静かにミリアのそばによると、その肩を抱いて頭を撫でる。

 この娘がどれだけ辛く、悔しいだろうか。それが痛いほど伝わってきた。

 

 裏世界を見てきた二人は、地球でもこのような状況を腐るほど見たことがあった。

 裏切りによる屈辱と孤独感は、ひどく心を傷つける。

 

 僅か十五やそこらの女の子が、金のために犠牲にされたのだ。

 虎子の心には言いようのない怒りが燃え始めていた。

 

 思わず手に力がこもりそうなのをぐっとこらえ、そのまま茂三に視線を向ける。

「アンタ、よくパーティ登録制度なんて知ってたね」

「ここに来る前、シルヴィちゃんからちょっとだけ話を聞いたじゃろ?」

「こっちの世界には、地球では無い能力を持った奴らがワンサカ居るっていうところまでは覚えてる」

「……説明開始十秒までじゃな」


 茂三はあきれ顔で深いため息を吐くと、虎子の脳筋から話を戻すようにミリアの方を向く。

 「ふむ。とりあえずミリアちゃんが何でのか、その理由がわかったわい」


(地球もこの世界にも、やはり同じような奴はおるんじゃのう)

 茂三もまた、ミリアを追い込んだ者たちに対し、激しい怒りを感じ始めていた。

 


「私のこと……聞いてもらっていいですか?」

 二人が自分のために怒ってくれている。

 その気持ちが本気であるのを感じ、ミリアはぽつりぽつりと事の次第を話し始めた。

 

 虎子と茂三は、静かに頷いて耳を傾けた。


 ※ ※ ※


 ミリアは幼少期に神殿で『狙撃』の賜物を知ったあと、すぐに己を鍛え始めた。

 孤児院には誰も『狙撃』について知っている人間が居なかったので、独自の方法で。

 

 唯一、自分のゆりかごに入っていたという『ノート』を頼りにしながら。

 

 そして5年前、10歳のときに孤児院を拠点にして、クルスト王国所属の冒険者になった。


 駆け出しの『Fランク』がもらえる仕事の種類には限りがある。

 昼間、身を粉にして働き、寝る時だけ孤児院に帰る。

 そして僅かな稼ぎの中から寄付金を孤児院に納める。

 

 もちろん孤児院が貧しく、助けたいという一面もあるが、孤児院に居れば当面の宿は確保できる。

 冒険者としてはまだ駆け出しの少女が、夜に身を守る方法としては当時考えうる最善の策でもあった。

 

 冒険者業界は実力の世界。

 力を示す者が多くのものを手にし、上に行く。

 

 しかしその影響で、力ある者が弱い者を力と金で支配するといった風潮が横行しているのもまた事実であり、まだ力の弱い新人女性冒険者が慰み者にされるケースは、報告されないだけでかなりの件数があるらしい。


 その影響もあって、ミリアの所属するクルスト王国では、婦女暴行や強姦は極めて厳しい沙汰が下され、特に未成年(※クルスト王国では16歳未満)への性的暴行や強姦は『一発極刑』である。

 もちろん年齢を問わず冒険者や一般人への暴行は、ギルド内でもかなりの重いペナルティを課している。

 

 だが、冒険者の中にはこの世界でしか生きていく術が無い者も多く、仮に辱められても、食べていくために泣き寝入りするケースが後を絶たないという。

 そしてそれが、後の『復讐』につながるというケースも……。


 10歳で冒険者になったミリアは、駆け出し冒険者であるFランクの頃、薬草集めから各地の掃除、弓やスリングショットによる簡単なモンスター討伐などを行うことで生計を立てていた。


 およそ一年、休む間もなく働き続け、冒険者になる前から貯めていたお金と合わせて、ようやく武器屋で一丁の銃と大量の弾丸を購入した。(新人冒険者が最初に購入する武器は、冒険者ギルドを通して購入すると格安で買うことができる)

 鍛冶師にお願いして、銃には名前も刻んでもらった。


 しかし、先の説明にもあった通り、銃は魔法を付与できない。

 対大型魔物の場合は急所を適切に捕らえない限り、ダメージで仕留めるのは難しい。

 加えて鋼鉄の鎧や分厚い皮膚に対し、弾丸の有効性が低いことも、銃の不人気理由の1つだった。

 

 そんな中、ミリアは魔物の研究を怠らず、図鑑や資料で魔物の急所や弱点、核の位置を脳内に叩き込んでいく。

 そこからミリアは更に経験を積み、少しレベルの高い魔物とも戦えるまでに成長した。

 

 そしてある時、ソロで『ダンジョン』と呼ばれる地下迷宮に潜った。

 その際、低階層の魔狼三匹の群れによって、壊滅寸前に陥ったFランクのパーティーを発見する。

 

 ミリアは駆けつけると、彼らよりも前に出て、パーティーが逃げるのを銃で援護した。

 しかしその時、彼らはとんでもない行動に出た。

 

 彼らはしんがりとなって魔物の前に立つミリアを、後ろから斬りつけ、さらに蹴り飛ばし、魔物に囮として突き出したのだ。

 狼が最も近いミリアに集中している際に、自分たちが助かろうとしたのである。

 

 だが、彼らの思惑は外れた。

 1匹がミリアに向かって駆け出したが、残り2匹はパーティーを襲って全滅させたのだ。


 斬りつけられた際に体勢を崩し、銃を手から落としてしまったミリアは、瀕死になりながらも腰のナイフでこれを撃破した。

 しかしその代償は大きく、魔狼の牙と爪によって顔から胸、足に至るまで、全身に傷を負ってしまい、失血のため意識を失った。


 帰宅予定の時間を大幅に過ぎてもミリアが帰ってこなかったため、孤児院からギルドに捜索願が出された。

 緊急の調査隊によって、ミリアは出血多量で瀕死の状態で発見された。


 そして、ミリアは現場で緊急の応急治療を受けた。

 しかし回復魔法で命こそ取り留めたものの、治療者が高位の神官等ではなかったため、全身に多くの傷が残ってしまった。

 後日神殿に運ばれ内臓の治療を受けたものの、外傷に関しては、一度魔法で塞がれた傷は消えることがなかった。

 古い傷や回復魔法のレベルが低位の場合、このような事はよく起こるらしい。もし損傷直後に受ける回復魔法が高位の神官や大魔導師レベルの魔法であれば、斬り落とした腕でさえ復活するという。


 体が回復すると、ミリアは再び魔物の討伐に出て、腕を磨いた。

 魔狼との闘いで顔や背中に大きな傷が残り、胸は狼の爪で抉られたため、一部の心無い男性冒険者からは女性として見られないような差別的発言もあった。

 体中には引きつるような痛みが常時残り、以前のような柔軟な動きが困難なこともある。

 しかし、ミリアがめげることはなかった。


 依頼をこなして稼いだ金は、孤児院への寄付と弾丸の購入、そして銃のメンテナンス代に消えて行く。

 そんな日が続いた。


 気が付くと、ミリアはDランクまで昇っていた。

 だが、ミリアは周囲の冒険者を信じられなくなっており、誰ともパーティーを組もうとはしなかった。

 いや、誰もミリアとパーティーを組もうとはしなかった。


 理由は大きく分けて2つ。

 1つは、ミリアの容姿が傷だらけであり、ほとんどの男性冒険者から敬遠されていたこと。

 もう1つは、ミリアが銃にこだわった事である。


 この世界では魔法を多用することで、魔物との戦力差を埋めることが多い。

 弓使いは矢に魔法を込めることで、大きな破壊力や属性を付与し、魔物を討伐する。

 だが、実弾しかない『銃』は魔物に対し致命打になりにくい場合が多い。

 急所への一発が決まれば高い威力を見せるものの、急所を外せば魔物が手負いになり危険度が増す。

 銃の威力を上げようとすれば、その分本体も大きくなり重量が増すのも忌避の理由。

 

 おまけに、体表が鎧や固い鱗などで覆われているような魔物にはダメージを与えるのが難しく、銃にこだわるという事はある意味『強敵相手には役に立たない』ということでもあった。


 だが、ミリアは銃の可能性を諦めなかった。

 こだわる理由は自分でも分からない。

 ただ、『銃を諦めてはいけない』という信念があった。

 

 魔物を可能な限り一発で仕留めるために、更に多くの魔物の資料を買って研究し、各地の地図を買って地形を頭に叩き込んだ。

 あらゆる魔物を想定し、訓練にも励んだ。


 どんな過酷な課題にも取り組んで、己を鍛え続けた。


 すべては『ある真実』に辿り着くために。


 

 そして現在。

 ミリアは、『傷だらけの銃姫』などという嬉しくもない二つ名で呼ばれるようになった。

 

 

 そして数日前、あるパーティーから声がかかる。

 ミリアから見れば雲の上の存在、Bランクパーティ『風雲の刃』である。

 構成は魔法剣士(男)、タンク(盾役・男)、魔法使い(女)、僧侶(女)、シーフ(女)の五人組。

 彼らはとある遠征に向かうため、臨時の遠距離攻撃メンバーとしてミリアに声をかけてきた。


 ミリアはもっと良い人材がいるはずだと断ったが、彼らは「今、周囲にはソロのメンバーがほとんどいない。その中で中・遠距離攻撃タイプのソロは君だけ。ぜひ力になってほしい」と懇願してきた。

 遠征費や食費なども全て自分達が出すという好条件だった。


 そして、ミリアはしぶしぶ承諾した。

 理由はただ、孤児院への寄付金を少しでも多く稼ぎたかったから。

 まだ幼い子供たちに、服をたくさん買ってあげたかったからだった。

 

 初めのうちは『風雲の刃』のメンバーは、男女分け隔てなく優しく接してきた。

 そしてすぐに、この中に恋仲の者がいることも彼らの態度で理解した。

 

 ミリアは他人の恋愛など正直どうでも良かったが、この依頼を早く終わらせて帰りたいと思うぐらいに彼らは明け透けだった。

 クルスト王国を出発した移動馬車の中で、見たくもないイチャツキを嫌というほど見せられた。

 その時から既に、メンバーの誰からも女としては見られていないことが、その視線と態度から分かっていた。

 

 ミリアは、出発前に行先を確認した。

 彼らは遠方の地『ソドゴラム王国』のダンジョンに潜ると言っていた。

 ソドゴラムまではヘルメイズの横を抜けて、ここから馬車で片道4日はかかる距離である。


 そこは『ランクレベルB』のダンジョン。

 ミリアには少し荷が重い気もしていたが、「自分たちがいれば大丈夫だ」と言われて押し切られた。


 クルスト王国を出立し、12時間が経った頃、急にミリアの意識が暗転した。


 そして、気が付くとあの森『ヘルメイズ』に弓だけ持たされて転がされていたという。

 

 その時には、冒険者証も愛銃も、旅に必須の次元収納袋も無くなっていた。

 しかし、服ははぎ取られず、弓だけは持たされていた。

 おそらく王国騎士団による死亡調査が入った時に備え、『遺物』として残す為だろう。


 状況に絶望したその直後、キラーアナコンダと遭遇した。

 手元の弓で応戦するも、その鱗に木や鉄の弓など刺さるはずもなく。


 尻尾ではたかれ、木に叩きつけられ、全身から砕けるような音が脳に伝わり、死を予感した。

 意識が遠のく中、虎子と茂三に救われたというのだった。



「これが、私の知る全てです」

 そう言って苦しそうに顔をあげたミリアは、目の前の光景に驚く。


 そこには、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった茂三と、仁王立ちで上を向き、顔の横から涙をぼたぼたとこぼす虎子の姿があった。


「え!? なんでそんなにお二人が泣いてるんですか?」

 逆に慌てるミリア。

 

 虎子は茂三の服の袖でぐいっと涙をふきあげ、鼻をかむと、ミリアに近づいて抱きしめた。

「辛かったねぇ。本当になんて娘だい。こんないい娘見たことないよ!」

「そうじゃぁ。ミリアちゃんは万国一の女の子じゃぁ!」

 茂三も水という水を顔から流し続けている。


 動揺するミリアの体を力強く引き寄せると、虎子は自身の胸にミリアを抱きしめた。

「辛かったねえ。アタシゃあんたを誇りに思うよ」

 虎子の胸に顔を沈められ、少々苦しかったが、ミリアは虎子の言葉が嬉しくて、少しだけ笑いながら泣いた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る