弓と銃

「いい朝日じゃの~」

「そうだねぇ。もうちょっと楽しみたかったけどねぇ」

「は……ははは……」


 この世界で初めて見る朝日に茂三は感激し、虎子は黙々と服についた汚れを払う。

 そしてミリアは、なぎ倒された木の根元で乾いた笑いを浮かべていた。



 茂三のことを『おじいちゃん』と呼んだあの後、キラーアナコンダの血の匂いに誘われた多くの魔物たちが、地響きと共に次々と姿を現した。


 昼間と同種のキラーアナコンダだけにとどまらず、ブラッドベアーの群れ、オーガエンペラー率いるヘルオーガの群れ、更にはヘルオークの集団も現れた。

 その他にも巨大な猪や赤い目の巨大猿も現れたが、虎子が『気』を解放するとその一部は怯えて逃げて行った。

 動物としての本能で『死』を直感したのだろう。

 逆に恐怖で混乱し、三人に突撃した魔物達は、虎子の手によって屠られた。


 虎子の闘いを見たミリアは、腰を抜かしていた。

 その蹴りは巨大な魔物を遥か彼方まで蹴り飛ばし、拳は一撃で地深くに叩き込んだ。

 キラーアナコンダの頭をヘッドバッドで叩き潰し、蛇の尻尾を脇に抱えてジャイアントスイングで振り回す。

 空中で振り回された蛇は、最終的に地に叩きつけられていた。

 その地響きにミリアは生きた心地がしなかった。


 その姿はまさに『修羅』。

『闘神』と呼ぶに相応しい女が其処に居た。

 

 一方、茂三もミリアの傍を離れること無く戦った。

 虎子ほどの豪快さはないが、十手と呼ばれる武器で、近寄るすべての魔物を叩き伏せていく。

 一振りで複数の魔物を斬り割き、時には目にも留まらぬ突きで魔物の急所『魔石』を的確に貫く。

 

 地中から迫る魔物でさえ、茂三から逃れることはできず、彼の射程距離に入った瞬間、絶命を免れなかった。


 その姿をこの世界で言えば『剣聖』、いや『剣神』というべきだろうか。

 抜く手も見せぬ超高速十手術は、その名にふさわしかった。

 

 次々と現れる見たこともない魔物の圧を受け、ミリアは言葉も出せなかった。

 しかし茂三は常に飄々としており、途中から鼻歌を歌いながら戦っていた。


 無数に現れ続ける魔物を倒し続け、夜明けが近づく頃には、虎子たちを襲う魔物はいなくなった。


 地を照らす朝日によって、より明確になる地獄絵図。

 ミリアの周囲は無数の魔物の死骸で埋め尽くされていた。


 襲ってくる魔物もいなくなり暇になった茂三は、次々と魔物の首を飛ばし、血を抜いていく。

 血抜きの終わった魔物をサンドバッグ型の次元収納袋に入れる様からは、疲労感も感じられない。

 むしろ『こんなのは当然の作業』と言わんばかりだった。

 

 ミリアは、この日『別格』という言葉の意味をよく理解した。



 ※ ※ ※


 魔物を回収し終わり、ミリアの案内でヘルメイズの森を下っていく。

 『解体』こそしなかったものの、同時に何十体もの血抜きを行い、かなりの時間を食ってしまった。

 

 最後には「めんどくさい」と虎子が言い出し、血抜きなしで魔物を次元収納袋に放り込んだ。

 といっても、血抜きなどの作業をやっていたのは茂三とミリアであり、虎子は向かってくる魔物がいなくなった時点で「後は頼んだよ。アタシはめんどくさいことは嫌いなんだ」とフカフカ毛皮の魔物の上で寝てしまったのだが。

 

 

「このペースならあと二時間ほどで道に出られると思います」

 ミリアは森の中を軽快に降っていく。

 ウサギのように軽く跳ねながら、枝を綺麗にかわしながら。

 

(へぇ……)

 虎子の目から見ても、ミリアの身体能力は高く、スピードも中々のものを持っている。

 だが、今回は恐怖で身体が委縮したところをキラーアナコンダに狙われてしまった。

 緊張により硬直した筋肉は、驚くほど能力を発揮できない。

 時には自分の体ではないと思わせるほどに言う事をきかなくなる場合もある。

 

 虎子はミリアと付かず離れずの距離を保ち、茂三はミリアの背を追って走る。

 魔物が出れば虎子が前に飛び出して捻り、それを茂三が生のまま次元収納袋に回収する。

 もう血抜きは一切していない。

 

 茂三と虎子の強さに最初は驚いていたミリアも、一晩中見続けた後では、さすがに驚かなくなっていた。

 時折、ミリアは何かを我慢するように自身の右腰を見ていたが、それについて二人は何も聞かなかった。

 

 

 昨夜の『魔物祭り』が始まる前に、茂三は虎子に『ある報告』を行っていた。

 キラーアナコンダにミリアが襲われた周辺一キロ周辺を、気の残滓をたよりに捜索したが、発見できたのは折れた弓と矢、そして木の枝に引っかかり破れた衣服の一部のみ。

 ミリアは傷薬も薬草も、次元収納袋も、お金すら持っていなかった。


 あとで聞く所によると『冒険者証』というものも、失ったという。地球で言うところの身分証明書である。

 どう見てもここは、簡易な木製の武器で、しかも彼女独りで狩りに来るような場所ではない。

 そして当然、それを知らぬミリアではないはずだ。

 にも関わらず、彼女は弓矢を除けばシャツとズボン、革靴のみという恐ろしく軽装備だった。

 

 他にも疑問に感じることは多く存在したが、虎子はあえて問い詰めるようなことはしなかった。

 いずれ、必要になったら話してくれると信じていたからだった。

 

「北を目指していけば街道に出られるはずです」というミリアの言葉通り、日が森を紅く染める頃、一行は街道に出た。

 

 街道と言っても、地球のアスファルトのような舗装はなく、山道が広めに削られただけのもの。

 それでも、馬車の行き交った跡や、複数の人間の足跡がうっすらと残っている。


「やっと出られました……!」

 ミリアは大きく安堵の息を吐く。

 その理由として、ヘルメイズの魔物のほとんどは「森から出ようとしない」というものがあった。

 理由はわからないが、『挑んで来るものは拒まず』の姿勢のようである。

 ただ、森の中で発見した獲物を追いかけて出てくることはあるので油断はできない。

 

 腕で汗を拭うミリアを見て、虎子は感心した。

 先程述べた運動能力もさることながら、特筆すべきはこれ程走ってもほとんど息が乱れていない事、そしてまっすぐにこの街道へ出たことである。


「ほっほっほっ。ミリアちゃんは自分をよう鍛えとるのう」

 茂三も目を細めて感心する。

 あれだけ走って汗一滴かいてない爺も怪物だが、ミリアはまさか褒められるとは思っていなかったようで、少しだけ照れ笑いした。


「いえ、まだ全然なんですけど・・・・・・幼い時に神殿で私の賜物が『狙撃』だって聞いてから、ずっと鍛えてたんです。将来冒険者になると思って」

 そう言うと、右腰をそっと触りながら力なく笑った。

 

「ほう、『狙撃』か。なかなか面白い賜物じゃのう」

「それで『弓』を使ってたのかい?」

 虎子は茂三から受け取った弓と矢を、ミリアに見せた。

 ミリアは『どうしてそれを……』と言いたげだったが、悟ったように静かに下を向いて目を閉じる。


 そして、ゆっくりと顔を上げると言った。

「……はい。この世界ではあまり『銃』は有効だと思われていないので、それで『弓』を」

「ほう、地球では弓よりも銃の方が殺傷能力の高い武器とされとるが……その辺りの違いが面白いのぉ」


 片手銃、ライフル、マシンガン……人が使える銃は無数にある。

 地球人としては、対魔物戦でも効果がないとは思えないが……。

 

「銃も殺傷能力が無い訳ではないんですが、どちらかと言うと魔物よりも『対人』で有効な武器なので」

 どうやら、この世界では銃より弓を退魔武器として考える傾向があるようだ。

 

「ふむ。じゃが、射速とか威力を考えれば、銃は弓よりも有効ではないのか?」

「たしかにそうです。でも、では、銃より弓の方が『魔法』を付与して攻撃しやすいんです。矢を直接持つことで、矢に魔力を簡単に付与できるので。モノによっては弦を引くだけで魔法を付与できるものもあります。この世界の魔道具というか、『魔弓』のなかには、魔法そのものを弓のように撃てるものも存在しますし、魔力の弓を連発できるものもあるんですよ」

 ミリアの説明は、ある意味わかりやすい物だった。


「なるほど。銃は握るのが銃本体じゃから、弾丸に付与するためにはもっと複雑な付与機構が必要なんじゃな」

 少しだけ意気揚々と語るようになった娘を前に、茂三はうんうんと頷く。


「魔導具にはそういった銃は無いのかい?」

 虎子は脳裏でジェームズのことを思い出していた。


 ジェームズ・シルヴェスタ。

 恐らくこの『ノア』で超一流の傭兵・スイーパーとして活躍していた天使である。

 霊界では虎子の特訓相手となり、殴り合いの相手にもなっていた。

 銃の腕は超一流。

 正確無比な射撃と無尽蔵のスタミナは茂三も舌を巻く程だった。

 

 彼は銃を二丁使用していた。

 もし彼がこの世界で生きていたものならば、この世界でも銃は有効という事になる。

「魔法の銃ですか? あるにはあるんですが……、いえ、というか、『幻の武器』といわれています」

「幻?」

「はい。十五年くらい前に実弾を使用しない『魔法銃』の開発に成功した人がいたらしいのですが……開発者はその銃の暴発で一緒に亡くなったそうです」

 そう言ったミリアは少し寂しげだった。

 

 自分も魔法銃を使ってみたかったのか、その魔法銃に憧れていたのか。

 それは本人にしか分からないが、虎子はその言葉を聞いて何かがふと腑に落ちたような気がした。


 それは茂三も同様で、一瞬だけ虎子と目が合うと、静かに、虎子だけにわかるように頷く。


「で、ミリアちゃんは銃を使ったことがあるんじゃろう?」

 茂三のその言葉に、一瞬だけミリアの表情が固まる。


「えっ? どうしてですか?」

「ほっほっほっ。簡単じゃよ。両手の掌と指にできたタコ、それは弓を引く時にできるものではない。そして体に染みついた魔物の血と硝煙の匂い。それは簡単には落ちんからのう。それに聞いてもないのに『銃』の話を持ってきたしな」


 驚いたように茂三を見るミリア。

 しかし、すぐに表情は緩み、ちょっとだけ微笑む。


「おじいちゃんには隠せないですね。うん……持ってました。冒険者になる前から、色々頑張ってお金を貯めて、やっと手に入れて・・・・・・。それからは弓よりも銃を使ってたんです。でも、この森に来るまでは持ってたんですが、どこかに落としちゃいました」

「落とした?」

 茂三の眉間がピクリと動く。

 

「大切な銃なんだろう? なんで今まで黙ってたんだい?」

「それは・・・・・・」

 明らかに言い方に含みのあるミリア。

 虎子は黙っていられなくなり、思わず声を上げた。

 ミリアの『本心』を聞くのは今しかない、と。


「私……仲間に見捨てられたんです。だから、もういいんです」

 ぐっと拳に力を込め、それでも笑顔を作りつつ、ミリアは言った。


「どういうことだい?」

 虎子の眼光が鋭くなる。

 茂三の表情からも笑顔が消える。


 日の落ちかけた山道で、ミリアは静かに話しはじめた。

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