【霊界編】透ける二人
再び時は遡り、二年前に戻る。
鍼灸師・鬼龍院茂三と、元プロレスラーである妻・虎子の葬儀が『ある場所』で厳かに執り行われた。
葬儀に関しては生前、虎子とジョニーの間で『万が一の場合』を考慮して取り決められていた.。
無論、本当にその万が一が来るなどとは誰も予想していなかったのだが。
取り決め内容はともかくとして、結果として葬儀場所も、葬儀費用も、そして墓までジョニーが用意した。
ただし、墓は『象徴的な物』であり、二人の遺骨は一部を天匠が仏壇で管理して、残りはジョニーとその一族が特別な場所で管理するという特別なものだった。
これは墓荒らしに対する予防策であり、唯一の身内である天匠も了承していた。
虎子たちの死後、ジョニーは速やかに葬儀の準備を行い、都心からほど近いある場所にて執り行った。
虎子たちの愛した茂三の治療院は、瀬戸内海に面した地方にある。
地元の人々に愛された場所での葬儀も検討されていたが、敢えて都心近くにしたのは、虎子がかつて所属していたプロレス団体の本部が都心にあったことや、少しでも天匠を危険要素から遠ざけたいという虎子の生前の希望でもあった。
裏の世界では知らぬものの居ない茂三と虎子だが、表の世界ではその存在を知る者は少ない。
かつて所属し、時々後進の指導に当たっていたプロレス団体は別として、マスコミなどには一切報道されなかった。
にもかかわらず、葬儀には情報を掴んだ世界中の格闘家や、様々な世界の人間が参列した。
そのため、葬儀会場は恐ろしく強い『気』が溢れかえる場所となった。
葬儀の喪主は孫である天匠が行い、ジョニーが見届け人となった。
そして、ジョニーは友人代表の言葉として、葬儀でこの様に挨拶した。
「心からの親友、シゲゾーとトラコ。二人の死を心から悲しく思っている。お前たちは残されたテンショウのことが心配かもしれない。だが、安心して欲しい。テンショウはこの俺とファミリーが守ると誓う。テンショウの身の安全と生活は、お前たちにもらったこの命に代えても守る。また、今後テンショウに対しては何者であろうと不可侵であることをここに宣言する。この宣言は俺がお前たちの所に行っても、変更されることはない。だからゆっくり休め」
天匠はその言葉を聞いた時、幼いころから面倒を見てくれたジョニーが守ってくれるという言葉が嬉しく、頼りがいを感じていた。
しかし、ジョニーがスピーチを終えた直後の一瞬だけ、彼から強い殺気が放たれたのを感じた。
それは天匠自身にではなく、周囲の誰かに向けられたものだった。
参列者の多くもその気を感じ、目を見開く。
中にはその気が向けられた方向を流し見る者もいた。
天匠は葬儀の初めから不快なプレッシャーを感じていたが、ジョニーの威圧の後、その感覚は消えた。
一方、虎子と茂三は、
宙に浮く二人は、自分の体が参列者に見守られ、花を添えられ、ジョニーの言葉と喪主としての天匠の挨拶を聞いた。
棺が漆黒の車に乗せられて、火葬場に送られる。
そこで涙をぼろぼろと流す天匠と、静かに涙する教え子たちを見た。
その様子を見た虎子は、大声で檄を飛ばす。
『しっかりしな! 胸を張るんだよ!』
実体を持たぬものの声が、聞こえることなどないはずなのに。
しかし。
その時、二人だけが同時に顔をあげて同じ方向を見た。
愛する孫・天匠と、虎子の一番弟子のプロレスラー『獣王・ライザー』である。
2人は天を向いたまま立ち直り、強い瞳で胸を張った。
その様子を満足げに見守り、虎子は『よし』と呟く。
そして茂三と顔を見合わせると、光に吸い上げられるように高い空の中へと消えた。
※ ※ ※
「で、爺様。ここはどこかねぇ?」
「さてのう。ワシにも分からん」
眩い光に吸い込まれ――。
気付いた時には、二人は見たことのない空間に立っていた。
一面真っ白な大理石のような床、等間隔で立っているギリシャの神殿のような柱。
天井はなく、漆黒の空の中に無数の星が輝いていた。雲はどこにも見えない。
同じように太陽は見えないものの、床と柱、そして遠く離れた場所にある壁が淡く輝いている。
一見すると明らかに光量不足のようだが、なぜかその空間は明るかった。
「ふむ。一体ここは……?」
二人が見回すと、多くの人たちがその空間には居た。
一見して人種も様々であることがわかる。
だが、皆一様にいくつもの列を作って並んでいるのが不思議だった。
その中には、見たことのない髪の色・目の色をした者もいる。
言葉を聞けばどこの国の者か分かりそうな感じもするが、その必要はなさそうだった。
――体が透けていたのだ。
この状況から予想できることは、『皆、生きた人間ではない』ということである。
だが、仮に死者だとすると、高齢者が多そうなものだが、不思議と皆二十歳~三十歳くらいの若者たちばかりに見えた。
列の中には幼い子供も全くいない。
列の先には白い衣を着て、彼らに一人ずつ何かの指示を出している者たちがいる。
その他にも、白い衣を着た無数の人たちが、静かに、それでいて忙しそうに働いていた。
更に目を凝らすと、大きな部屋の中で何やら教えを人々に説いているような場所があり、それが茂三には興味深く感じられた。
「婆様、やっぱりここは・・・・・・うおっ!」
虎子の方を振り向いた茂三が驚きの声をあげる。
「爺様、何をそんなに驚いて・・・・・・はぁっ!?」
虎子も思わず声の調子が振り切れてしまう。
虎子と茂三は互いの顔を見るなり、驚いた表情で固まってしまった。
そのまま数秒間無言で、じっと見つめ合う。
髪の色こそ銀に近い真っ白だが、互いの目に若い頃の二人が映っていた。
(ありゃぁ・・・・・・? これはどういうことかいのぉ? ば、婆様が若い頃の別嬪さんに戻っとる・・・・・・)
(な、何かねこれは!? じ、爺様が若い頃の『黒騎士様』の風貌に戻っとる・・・・・・)
そしてまた一瞬の沈黙ののち、二人は同時に照れる。
「べ、別嬪なんてやだよぉ。爺様」
「黒騎士じゃとか・・・・・・なんか照れるのぉ」
・・・・・・・・・・・・。
「え?」
「あら?」
ここで再び沈黙する。
そう、お互い心の声が筒抜けだったのだ。
「ありゃぁ。こりゃたまげたわい。ワシの心の声が漏れとったんか」
「え……まったくもう。恥ずかしいねぇ」
そう言って、恥ずかしさのあまり虎子は茂三の肩を叩く・・・・・・はずだった。
振り出された左掌は、茂三の体をすり抜けてしまったのだ。
虎子は何度も茂三を叩こうと腕を振るが、その手は全て愛する夫の体をすり抜けた。
茂三も何が起こっているのか理解できず、虎子の肩を掴もうとするが、同様にすり抜け、触れることは叶わなかった。
見えており、触れることの出来る距離にいるのに触れない。
その事実が、二人を困惑させた。
だが、ここで二人は思い出す。
「まさか・・・・・・?」
よく見ると、お互いの体がうっすらと透けて見える気がした。
先ほど列を作っていた者達と同じように。
そこでようやく、自分たちが霊の状態であることを認識し始める。
他人事ではなく、自分のこととして、である。
互いに顔を合わせ、慌ててもう一度周囲をよく観察する。
よく観察すると、2つの『異なる人』がそこにはあった。
1つは、自分たちのように『透けている人々』。
これは先程も述べた『列に並んでいる者たち』だ。
そしてもう1つは、透けていない肉体を持ち、白い衣を着た者達だった。
「こりゃあ・・・・・・一体どういう事かのぉ?」
つぶやく茂三の言葉に応えるかのように、真後ろから二人の名を呼ぶ声がした。
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