第3話【霊界編】③ 肉体の『全盛期』
「それでは、鬼龍院茂三様、虎子様、お二人には極悪霊の『予備裁判官』をしていただきます」
茂三が天使になると言った直後、シルヴィは何も迷うことなく、手元の資料を見て言った。
「あのー、質問良いですかの?」
「何でしょうか?」
「ワシらが天使になるのを決めたのは『今』なんじゃけど、もう『役職』まで決まっとるわけ?」
「はい」
「早すぎん?」
「いいえ?」
矢継ぎ早の質問にも、淡々と笑顔で応えるシルヴィ。虎子はその様子を見てため息をつき、一呼吸おいて言った。
「爺様・・・・・・ここは神様の管理する所さね。爺様の考えや選択を、神様が読み切れんとでも思っとるんね?」
え? と一瞬目をぱちくりさせる茂三。
「そしたら・・・・・・念のために聞くけど、シルヴィ殿」
「はい、何でしょう?」
「ワシらが『天に行く場合』の案内は準備されとったんかの?」
「いいえ? そのような物は特に何も・・・・・・。茂三様が天使を選ぶ事しか『預言』されていませんでしたので」
茂三は豆鉄砲を喰らった鳩のような表情で固まった。
「やっぱりねぇ」
虎子は何かを悟ったように目を閉じて笑う。
茂三もまた、頭に手をのせて苦笑いした。
「ははっ。こりゃあ参ったのぉ。完全に掌の上じゃわい」
この時、茂三は今まで会ったことのない『神』という存在が、自分を理解している事を知った。
そして、この時に少しだけ『神様』に対して畏敬の念を持ち始めた。
「で、ワシらのその『予備裁判官』ちゅうのはなんじゃ?」
気持ちを落ち着け、もう何が来ても驚かんといった表情で茂三はシルヴィに問いかける。
シルヴィもまた、茂三に応えるように笑うと、霊たちの並ぶ列の方を再び掌でさした。
「はい。あちらをご覧ください」
「あれは・・・・・・死者の霊たちじゃろ?」
「はい、その通りです。お二人にはあの霊たちを管理・裁判していただきます」
「霊たちを管理? 裁判? どういうことじゃ?」
シルヴィに問いながら茂三は閻魔大王のイメージを思い浮かべる。
「あの霊たちは、地上でも悪人と呼ばれる霊たちです。先程もお伝えしましたが、彼らは強姦、殺人、強盗などを好み、それを悔い改めることもなく死んだ者たちです」
「ふむ」
「彼らは死んだ時点で地獄へ向かうことが決定していますが、その人数は非常に多く、極悪人であることから、彼らに今後の状況について説明・案内する天使たちが困ることも多いのです」
シルヴィは困った表情で軽いため息をつく。
「ほう。例えば?」
「まず、彼らは死者ですが、ここが地上ではないことは彼らにも分かります」
シルヴィの言葉に頷く二人。自分達もそうだったため、疑う余地もない。
「そして、彼らの多くは信仰心などがないため、ここが霊界であること、神の管理下にある場所だと言っても聞く耳を持ちません。そのため、裁きの場に連れて行こうとしても、言うことをききません」
「なるほど」
そうだろうな、と揃って二人とも考えた。
「彼らの中でも私たちの言葉を意外とすんなり受け入れる者もいるのですが、大半の者は受け入れず、反発し、大声で叫んだりします」
シルヴィは再び軽く疲れたようなため息をつく。天使といえどやはりストレスは感じるようである。
しかし、ここまでの説明を聞いても虎子にはシルヴィの悩みの原因が理解できなかった。
「では、彼らをどうやって裁きに
シルヴィは虎子を見ると軽く頷く。
「そこであなた方の出番です。お二人はあの者たちに『仮の肉体』を与える権限を後に受けます。彼らが肉体を持ったら、力づくで屈服させてください」
「仮の肉体?」
次から次に出てくる新しいフレーズに、茂三は頑張ってついていこうとする。
一方脳筋の虎子は、難しい言葉は置いといて、茂三とは異なる点に着目していた。
「力づく・・・・・・いい言葉だねぇ。そういうの嫌いじゃないよ。アタシは」
(むしろ大好きじゃろ)
拳を握りしめる虎子を見て、茂三はあきれたように小さく呟く。
「その肉体は、先程話しました『復活』の過程で与えられるものです。復活の後には二度と『死』を経験することはないのですが、痛みも感じますし、苦しみも受けます。ただ、死ぬことだけがもうありません。傷は徐々に治ります」
「ほう。あの世では鍼灸師は仕事があがったりじゃな」
小さく肩をすくめる茂三を見て、シルヴィはクスリと笑った。
「そうですね。お医者さんや医療職の方は、霊界に来ると仕事がもうありません」
あっさりと言うシルヴィに、茂三も困ったように笑う。
「世知辛い所じゃのお」
「しかしその知識や経験は無駄にはなりません。その分、他の方々よりも神様に近い所から『来世』での成長が始まります。大工の方はその知識や技術、料理人もまた然りといった具合です。ふさわしい天使たちは、長い年月をかけて将来神のようになることを目指して来世を生きていくのです」
「なるほどねぇ。『全ての経験はその者の益となる』とはこういう意味だったか」
「そうとも言えますね。来世だけでなく地上においても同様のことが言えます。で、本題に戻りますが・・・・・・」
「ああ、すまん」
「お二人はあの者たちに説諭して言うことを聞かせるか、仮の肉体を与えてKOし、強制的に地獄に送り込んでください。方法はお任せします。いずれにしろ地獄行きの方々なので・・・・・・あ、お二人は『悪いこと』は天使としてできませんのであしからず」
軽くKOという言葉を使うシルヴィに茂三は苦笑いするが、それ以上に目を爛々と輝かせている妻を見て、茂三は思った。
(まあ、大半はKOじゃろうな)
案の定、虎子は拳を握りしめ、気持ちを高ぶらせている。
「面白いね。つまり、アイツら相手に毎日大暴れしていいって訳だ」
(やっぱりな)
茂三は思った通りの妻の反応に呆れながら苦笑する。
少し困った様子で微笑んだシルヴィは、説明を続ける。
「はい。ですが『返り討ち』にされないでくださいね。そうなりますとイロイロ大変なので」
「返り討ちがあるんかの?」
「ええ。死ぬことはありませんが、天使もケガをします。特に『仮の肉体』は天使の物とほぼ同じです。彼らの方が強ければ、天使が倒されることもあり得ます。実際、ここには決闘するために天使の肉体を傷つけることの出来る武器も存在します。といっても、地球の武器と似たようなモノですが・・・・・・」
「問題なんかあるもんかね。ああ、でも、
虎子は自身に満ち溢れた顔つきで言った。
「『正しく』と、言いますと?」
シルヴィは少し首を傾げる。
虎子は腰に手を当て、仁王立ちで不敵な笑みを浮かべる。
「さっきのシルヴィ様の話じゃ、アタシ達も『天使』として肉体を受けるんですよね。だが、それだけじゃだめ。アタシとアイツらじゃ生前の経験も体も違うんだ。戦うってんなら、最低でも『生前の肉体』をそのままのレベルで与えてくれなきゃ不公平だろ? アタシ達も、アイツらもね」
そういって虎子はニヤリと笑う。もう待ちきれないといった表情で。
「はい。もちろんその予定です。予備裁判官といえど、贔屓された肉体を与えられることは公平ではありませんから」
「いいねえ。楽しみになってきたよ」
虎子が笑い、トレードマークである牙のような八重歯がその迫力を示す。
(うわあ。婆様が現役の頃の目をしちょる。可哀そうにのお・・・・・・)
茂三は哀愁漂う視線で極悪霊たちを見た。
そんな茂三の心配を気にすることもなく、虎子は言った。
「だとすると、やっぱり生前の姿がいいねぇ」
「何を言うとるんじゃ? 婆様」
「だから、百歳の姿がいいって言うとるんよ」
「ああ、なるほど」
この会話はさしものシルヴィも予想していなかったらしく、キョトンとしている。
「え、あのぅ・・・・・・仰っている意味がよくわからないのですが、今お二人が見ている二十歳前後のお姿じゃだめなのですか? 気力・体力共に一番充実しているのでは?」
虎子はシルヴィに微笑みかけて言った。
「いえ、決してダメというわけではないですよ」
「では、なぜ?」
少々困惑気味のシルヴィに、茂三が言った。
「あの姿・・・・・・つまり、百歳の時の状態が、ワシらにとって今の自分の『完成形』なんじゃよ」
「完成形・・・・・・?」
「確かに十代、二十代という『若さ』はとてもええ。気力、体力どっちも溢れとるし、見た目も『若い』というだけで美しさや愛らしさもある。じゃが、三十代には三十代の魅力があり、五十代には五十代の、百歳には百歳の魅力があるんじゃ。ワシらはその全ての魅力を愛してきた。老いた見た目はその者の歴史であり、美しさであり、人生の集大成なんじゃよ」
「なるほど・・・・・・そうかもしれません」
静かに頷くシルヴィ。
二人の言葉には重みがあり、愛が感じられた。
「それにねぇ、シルヴィ様」
「なんでしょう?」
「アタシ達が百年鍛え続けた肉体は、顔の見た目以外、気力・体力どちらも一ミリたりとも衰えてなんかいませんでしたから。二十代の頃の『貧弱』な体に戻されたりしたら、たまったもんじゃないんですよ」
「まったくじゃ。婆様が先程いうとった『公平』っちゅうのはそういうことじゃろ。ワシらは百年間磨き上げた肉体で、同じく肉体を持った悪霊たちを迎え撃つ。 ああ、奴らは現役最強時代の肉体でええよ。でないと『不公平』じゃもんな!」
カッカッカッと高笑いする茂三。シルヴィは想像の斜め上をいく二人の考えに驚きを隠せなかった。
「それに何より・・・・・・」
虎子が茂三を見て言った。
「二十代の見た目に戻る事なんか、いつでもできますからねぇ・・・・・・」
「は?」
シルヴィは虎子がぽつりと言った意味を、この時は理解できなかった。
※ ※ ※
「では、こちらへどうぞ」
シルヴィに案内され、特別な部屋に入る。
そこには2つの椅子が用意され、もう一人、男性の天使が待っていた。
シルヴィは天使の前に立つと一礼し、その右側に立った。
『鬼龍院茂三どの、虎子どの、そこにお座りください』
天使が口を開くと、二人は霊の状態でありながら、非常に強い力をその身に感じた。
二人は「はい」と頷くと椅子に腰かける。視線は男に向いたままだ。
天使は言った。
「私はジョーゼフです。上の者から特別な権能を与えられて、天使を任命する。その様な職に就いています」
ジョーゼフと名乗った天使は金髪碧眼の好青年だった。身長は190cmくらい。白い衣が美しい顔立ちを更に神聖化しているように感じた。
しかし、穏やかで幼くもみえる表情からは想像できないほど、その言葉には力があり、威厳があった。
茂三はジョーゼフから感じる厳かな力、神聖な力を前に何かを悟った。
「鬼龍院茂三、虎子、これよりあなた方に肉体を与えます。この肉体は神聖なものであり、霊界においては特別な状況以外で死ぬことはありません。あなた方は天使として働き、後に然るべき場所に召されます。そこで働きを終えた時、あなた方は完全な肉体を得て、神の平安に入るでしょう」
ジョーゼフがそう言うと二人は光に包まれる。視界が真っ白になったかと思うと、そのまま意識を失った。
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