第1話【霊界編】① 天使との出会い

 再び時は遡り、二年前。


 天才鍼灸師・鬼龍院茂三と、天才プロレスラーである妻・虎子の葬儀が『ある場所』で厳かに執り行われた。


 これは生前、虎子とジョニーの間で『万が一の場合』を考慮して決められていたことであり、葬儀場所も、葬儀費用も、そして墓までジョニーが用意した。

 ただし、墓は象徴的な物で、中身はなく、遺骨は一部のみを天匠が仏壇で管理し、残りはジョニーとその一族が管理するという特別な内容だった。

 これは墓荒らしに対する予防策であり、天匠も了承していた。

 

 寅子たちの死後、ジョニーは可及的速やかに葬儀の準備を行い、都心からほど近いある場所にて、葬儀が執り行われた。

 表の世界では虎子のことを知る者は少なく、マスコミなどには一切報道されなかった。

 にもかかわらず、葬儀には世界中の格闘家や、様々な世界の人間が参列した。


 喪主は天匠が行い、ジョニーが見届け人となった。

 その際、ジョニーは友人代表の言葉として、葬儀でこの様に言った。


「心からの親友、シゲゾーとトラコ。二人の死を心から悲しく思っている。お前たちは残されたテンショウのことが心配かもしれない。だが、安心して欲しい。テンショウはこの俺とファミリーが守ると誓う。テンショウの身の安全と生活は、お前たちにもらったこの命に代えても守る。また、今後テンショウに対しては何者であろうと不可侵であることをここに宣言する。この宣言は俺がお前たちの所に行っても、変更されることはない。だからゆっくり休め」

 と。


 天匠はその言葉を聞いた時、ジョニーが守ってくれるという言葉が嬉しく、頼りがいを感じた。

 だが一瞬だけ、ジョニーから強い殺気が放たれたのを感じた。

 それは天匠にではなく、周囲の誰かに向けられたものであり、わずか一瞬の出来事だった。

 そしてその直後から、天匠が葬儀の初めから感じていた不快なプレッシャーは消え去った。

 


 虎子と茂三は、高い所から自分達が眠る棺を見ていた。

 参列者に見守られ、花を添えられ、ジョニーの言葉と、喪主としての天匠の挨拶を聞いた。

 漆黒の車に乗せられて、火葬場で涙を流す天匠と、教え子たちを見た。


 その様子を見た虎子は、高いところから大声で檄を飛ばす。


『しっかりしな! 胸を張るんだよ!』


 聞こえることなどないはずなのに。

 しかし・・・・・・。

 その時、二人だけが同時に顔をあげて同じ方向を見た。

 愛する孫・天匠と、虎子の一番弟子のプロレスラー『獣王・ライザー』である。


 その様子を満足げに見守ると、『よし』と呟く。

 そして、二人は顔を見合わせると、高い空へと吸い上げられるように消えた。


 ※ ※ ※


「で、爺様。ここはどこかねぇ?」


「さてのう。ワシにも分からん」

 

 眩い光に吸い込まれ――。

 気付いた時には、二人は見たことない空間に立っていた。


 一面真っ白な大理石のような床、等間隔で立っているギリシャの神殿のような柱。

 屋根は天井がなく、漆黒の空の中に無数の星が輝いていた。雲はどこにも見えない。

 空に太陽は見えないものの、床と柱、そして遠く離れた場所にある壁が淡く輝いている。

 明らかに光量不足に見えるにもかかわらず、なぜかフロアは明るかった。


 周囲の人間は人種も様々で、皆一様にいくつもの列を作って並んでいる。その中には、見たことのない髪の色・目の色をした者もいる。

 言葉を聞けばどこの国の者か分かりそうな感じもするが、その必要はなさそうだった。

 

 ・・・・・・体が透けていたのだ。

 自分たちの状況から予想できることは、皆生きた人間ではないということである。

 だが、仮に死者だとすると、高齢者が多そうなものだが、不思議と皆二十歳~三十歳くらいの若者たちばかりに見えた。幼い子供も全くいない。

 

 列の先には白い衣を着て、彼らに一人ずつ何かの指示を出している者たちがいる。

 その他にも、白い衣を着た無数の人たちが、静かに、それでいて忙しそうに働いていた。

 更に目を凝らすと、大きな部屋の中で何やら教えを人々に説いているような場所があり、それが茂三には興味深く感じられた。


「婆様、やっぱりここは・・・・・・うおっ!」

 寅子の方を振り向いた茂三が驚きの声をあげる。

「爺様、何をそんなに驚いて・・・・・・はぁっ!?」

 虎子と茂三は互いの顔を見るなり、驚いた表情で固まってしまった。


 そのまま数秒間無言で、じっと見つめ合う。

 髪の色こそ銀に近い真っ白だが、互いの目に若い頃の二人が映っていた。


(ありゃぁ・・・・・・? これはどういうことかいのぉ? ば、婆様が若い頃の別嬪さんに戻っとる・・・・・・)

(な、何かねこれは!? じ、爺様が若い頃の『黒騎士様』の風貌に戻っとる・・・・・・)

 そしてまた一瞬の沈黙ののち、二人は同時に照れる。


「べ、別嬪なんてやだよぉ。爺様」

「黒騎士じゃとか・・・・・・なんか照れるのぉ」

「え?」

「あら?」

 ここで再び沈黙する。

 そう、お互い心の声が筒抜けだったのだ。


「ありゃぁ。こりゃたまげたわい。ワシの心の声が漏れとったんか」

「え……まったくもう。恥ずかしいねぇ」

 そう言って、恥ずかしさのあまり虎子は茂三の肩を叩く・・・・・・はずだった。

 振り出された左掌は、茂三の体をすり抜けてしまったのだ。


「え・・・・・・」

 よく見ると、お互いの体がうっすらと透けて見える気がした。

 先ほど列を作っていた者達と同じように。

 

 互いに顔を合わせ、慌ててもう一度周囲をよく観察する。

 よく観察すると、2つの『異なる人』がそこにはあった。


 1つは、自分たちのように『透けている人々』。

 これは先程も述べた『列に並んでいる者たち』だ。

 そしてもう1つは、透けていない肉体を持ち、白い衣を着た者達だった。


「これは・・・・・・一体どういう事かのぉ?」

 つぶやく茂三の言葉に応えるかのように、真後ろから二人を呼ぶ声がした。


「鬼龍院茂三様、虎子様ですね?」

 突然の呼びかけに、二人は首がねじ切れんばかりの勢いで振り返る。


(いつの間に・・・・・・? このアタシが全く気配に気づかないなんて・・・・・・)

 虎子の全身に緊張が走ったが、声をかけた女性は優しく笑って言った。


「驚かせて申し訳ありません。私は『シルヴィ』と申しまして、この霊界に来られた皆様を案内している者です。皆様の知識で言うと、『天使』というものです」

「天使・・・・・・」

 茂三があっけに取られ棒立ちとなる横で、虎子は驚きの行動に出た。

 静かに片足で跪き、胸に手を当てて敬服したのだ。

「ば、婆様?」

(あの婆様が膝をついた?)

 普段見ることのない虎子の姿に、慌てる茂三。

 

 そんな夫をよそに、虎子は顔をあげることもなく言った。

「天使シルヴィ様。初めまして。鬼龍院虎子と申します。お会いできて光栄です」


 生前は『人食い虎』と呼ばれた虎子だが、その実、彼女はクリスチャンであった。

 

 戦いに明け暮れる人生の中で、虎子は聖書・聖典を読み、いつしか敬虔なクリスチャンとしての心を持っていた。

 もともと彼女は、人をむやみに傷つけることも、殺めることも好まなかった。

 彼女の生涯はひたすらに強さと強者を求めたが、それは闘いの中で生きていくため、家族を守るため、見る人々に勇気を与えるために、彼女は己を鍛え抜き、戦い続けたのである。


 さらに言えば、彼女は『リングの外で命を狙われた時』以外、他人を殺めた事はない。

 あの辛い『事故』が起きた時でさえも、虎子は故意に人を殺めることがなかった。


『リング上で、プロレスの技は人殺しの道具ではない』

 それが彼女の信念であり、矜持なのだ。

 

「婆様はこの『天使』さんを知っとるんか?」

「いや、初めてさ。だけど、『知ってる』のさ。この方は『神様の使者』さね」

 虎子は尊敬のまなざしでシルヴィを見上げる。


 「神様・・・・・・」

 茂三は驚いたように天使シルヴィを見つめた。

 

 若き日の虎子に負けず劣らずの容姿。そしてまさにという名がぴったりの雰囲気。

 昔の歌で『天国は良いとこで、オネエサンはみんな綺麗だ』という歌があったが、なるほど・・・・・・と感心していた。


「爺様、あとで話があるんだがね」

「ひいっ!」

 駄々漏れの心の声に、虎子は跪いた状態から茂三を睨む。

 鋭いプレッシャーと視線が茂三の心に突き刺さった。


 シルヴィは二人のやり取りを見てくすくすと笑う。

「お顔をあげてください、虎子さん。私は『神様』ではありません。私はあなたたちに選択肢を与えるために来た『使者』ですから」

 

 虎子はシルヴィの顔を見上げると、静かに頷き、立ち上がった。


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