第89話

(この魔力……。ティル姐か?)


夜、いつも通り王都の監視をしているとき、帝国方面からした巨大な魔力をクリストフは感じ取っていた。

その魔力は巨大でありながら完璧に制御されており、普通の人物ならば気付くことのできない魔力だった。



その魔力の余波には帝国や周辺国の主戦力を担うような人物たちは気付いていた。

帝国では「誰がこの国でそんな魔法を使ったのか」と。

王国では「帝国が戦争の準備をしている」と。

共和国、獣王国はともに王国と同じ反応を。

聖王国は関与しないつもりでいた。



翌日には学園対抗戦のトーナメント表がすでに完成しており、対戦相手がどのような武器や魔法を使うのかをわかっているため、その対策を中心とした模擬戦を行っていた。


「ねぇ、クリス」


「どうしたんだアリス」


クリストフは模擬戦の時間、暇だったのでウェルトから出された課題である七色鉱石の使い道を考えていると、アリスから声をかけられた。


「私の相手が槍使いなんだけど、このクラスに使える人いなくて。確か使えたよね」


「使えるぞ。小さいときに武器の使い方は全部教えられているからな。相手をすればいいのか?」


「そう。ありがとう。助かるよ」


アリスからの頼みならばクリストフは断る理由がない。

立ち上がったクリストフは模擬戦用の武器を取りに行くため、備品部に向かう。


「アリス。相手の資料ってあるか?」


「あるよ。これ」


クリストフは受け取ったボードでアリスの相手の経歴を見る。


(きちんとした槍使いだな)


経歴を見たクリストフはそんな印象を感じた。

クリストフは武芸というものには簡単に分けると二種類あると考えている。

一つは組み手やひたすら練習を続けて身につけたもの。

もう一つは実戦、それも組み手のようなものではなく、生命を賭けた戦闘の中で身につけたもの。

前者は多彩な技を決め、勝つことを是とし、後者はどんな技であろうと敵の息の根を止めることを是とする。


そして今回アリスの相手をする者は経歴を確認したところ、前者のようだ。


「よし。じゃあ始めようか」


槍を選び終わり、どのような戦闘スタイルでいけばよいかわかったクリストフはそうアリスに声をかけた。



クリストフが今回採用した戦闘スタイルは『待ち』だ。

槍の利点は間合いの広さ。

それを最大限利用するような形だ。


クリストフの相手のアリスは剣使い。

クリストフはただ自分が相手の間合いに入らないように調節をしている。

クリストフの行っていることは聞けば簡単なように聞こえるが、行うことは非常に難しい。

常に自分が優位な間合いを維持し、相手の攻撃をいなし続ける。

そしてそれは相手が強くなればなるほど難しい。

そのようなことは槍使いの中でも上位の者にしかできないことだ。


「あ〜っ、もうっ!一旦休憩!」


クリストフのことを自分の間合いに入れれず、ずっと一方的に攻撃を受けていたアリスは不機嫌になりながら模擬戦を中止するように言う。


「何なの!?槍使いってこんな嫌らしい戦いをするの?」


「まあ、今やったことは槍を習うときに教えられる基礎的なことだからやると思うぞ。ここまで精度がいいかはわからないが」


「じゃあさ、どうやって間合いを詰めたらいいの?」


「多少の怪我は無視して無理矢理間合いを詰めるか、相手の間合いのギリギリを保ちつつ、突きに合わせて相手の攻撃を反らして隙を作るか、の2択だろうな」


槍は間合いが長いが刃がついているのは先端だけ。

柄の持つ部分を調節することで全ての間合いで使うことができるものだ。

そのため急に間合いの内側に入られると持ち手の部分を調節することによるタイムラグが発生するため、攻撃が遅れてしまう。

さらにその間合いは剣の間合いであるため、よっぽど戦闘に慣れたものでも瞬時に対応することは難しい。

槍の攻略する方法はそこに詰まっている。


クリストフはその説明を休憩時間中にアリスに絵を書きながら説明をする。

その説明を理解したアリスは休憩時間を途中で切り上げ、再びクリストフと模擬戦を開始した。



クリストフはアリスとの二度目の模擬戦を通して、改めてアリスの素晴らしさを感じていた。

一度絵に書いて教えただけことを実践で取り入れ、先程まで槍に苦戦していたことが嘘のようだ。

今の状態でも多くの槍使いが苦戦する相手になるだろう。

クリストフはこのまま練習を続ければどこまでいくのかが気になっていた。


「どうクリス?いい感じかな?」


「学生相手なら勝てるとは思うぞ。不安ならまだ付き合うが」


「う〜ん。じゃあもう少しだけ付き合って」


「わかった」


クリストフはその後もアリスが満足するまで模擬戦の相手をした。



アリスとの模擬戦が終わったクリストフは闘技場を抜け、庭にあるベンチで横になって考え事をしていた。

それは七色鉱石の使い道だ。


(七色鉱石で創られたものには知能が宿る。姿の変化については創られたときの形を基本とし、自由にできる。だが元の形が基本となるため、基本形が剣のならばそれ以外には変化できない……。基本形は変えられないから慎重に考えないといけないな)


七色鉱石のことを考え始めると色々な迷いが生まれ、一向にどのような形にするのかが決まらない。

クリストフはこのことを考え出すと知らぬ間に時間が飛んでいるのだ。


「あ、クリス。ここにいたの」


「どうしたミシャ。なにか用か?」


クリストフは目をつぶっていたが声で誰かを当てる。


「もう昼休みだよ。御飯の時間、なくなるよ」


「ん、もうそんな時間か」


七色鉱石の構想に入ってからどうやら三時間ほどが過ぎているようだ。

クリストフは伸びをしたあと立ち上がり、食堂に向かった。

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