第83話

「流石にやり過ぎじゃないか」


 3人を容赦なく叩き潰しているバーグを見てクリストフは言う。


「坊っちゃん。これくらいしなければここでの鍛錬には勿体ないですよ。それよりももう終わったのですか」


「ああ。要件が終わった後は王都に出かけていった。それが終わったら戻って来るようには伝えている」


「そうですか。ではそろそろ私は戻ります」


 バーグは出口にそのまま向かわずに、その前に倒れているロアネス、リア、そしてルアのもとに向かう。


「貴方たちは何時まで寝ているんですか。殺されたいんですか?」


 バーグの発言を聞いた3人はとんでもない速さで起き上がった。


「よろしい。では坊っちゃんには失礼のないように」


「「はい」」


 3人を起こしたバーグは出口に向かい、【夢幻】からでていった。


「リア。バーグとは何時間戦ったんだ」


「5時間くらい。3人同時に戦っているのにかすり傷1つつけられなかったよ」


 リアは腰を上げながら言う。

 ルアはまだ大丈夫そうだがロアネスは既に限界を迎えており、身体は起こしているが意識がほとんどない。


「なら休憩しよう。3人とも一時間くらい休んでおいていいぞ」


 クリストフは3人に休むように言い、1人で鍛錬を始めた。


 ★


 クリストフが行う鍛錬は地味なものだ。

 それはただ座禅を組むというもの。


 周りから見ると何をしているのかが一切わからないがクリストフの体内では魔力を常に増加させる古代魔法を行使している。

 増加、と聞くとそれを利用することで魔法師の弱点である魔力量を無視して永遠に魔力が尽きない魔法師になれるのではないかと考えるものもいるだろう。


 だがそれは難しい。


 増加するのはいいのだが、その増えた魔力量が自分の持つ魔力の器から溢れ出てしまうと魔力は途端に体を蝕む毒となり、死に至る。

 そういった経緯があるためこの魔法を使うものはいない。


 では何故クリストフはそのような魔法を体内で行使し続けているのか。

 それはある実験を行うためだ。

 その実験は自分の体内で常に時間遡行魔法を行使し続けるというもの。


 時間遡行魔法は名の通り時を戻す魔法だ。

 その魔法を常に身体に行使することで身体の時間を戻した続け、いつまでも肉体の全盛期を保つことが出来る。

 さらにあらゆるダメージを瞬時に修復する。

 もしもこれが実現すればクリストフは真の最強に至ることが出来るのだ。


 だがこれを実現するのは非常に難しい。

 常に身体の中で2つの魔法を行使し続け、さらに2つの魔法の力を常に一定にしなければならないのだ。

 どちらか片方のバランスが崩れるだけで身体の毒になったり、魔力がなくなってしまったり、さらには肉体が若くなりすぎたりしてしまったりする。

 今は座禅を組み、精神が安定しているためそれらを実行できているが、戦闘中に出来るのかは別問題だ。


 今はそれを実行に移すよりも先に長時間2つの魔法を行使し続ける実験のほうが大事だ。


(大体30分は超えたか……)

(取り敢えず前回の記録は超えそうだな)


 クリストフが前回時間遡行魔法と魔力増加魔法を同時に行使することができていた時間は40分間。

 その時間を超えてからは同じことをしているのにも関わらず、何故か2つの魔法を行使するのが難しくなるのだ。


 そしてそれを続けること1時間。

 40分という峠を越えたあとはまた最初のような感覚で魔法の制御ができるようになった。

 クリストフは予想として魔法の継続的な使用には定期的にこういった事象が起こるのではないかと考えた。  


 ★


「3人とも。休憩は終わりだ」


 結局クリストフが座禅を組んでいた時間は1時間半。

 そのため3人の休憩時間も1時間半になっていた。

 声をかけられた3人はすぐに立上がり、クリストフの前に並んだ。


「リアとルアは家に戻って食事の準備をしてくれ。でき次第呼びに来ること」


「了解」


「わかった」


 指示が出た二人はすぐ【夢幻】から出ていく。


「ロアネスにはその間、レクタの使い方を見せようと思う。出してくれ」


 ロアネスは収納からレクタを出し、クリストフに渡した。


「ロアネスはレクタの強みを知っているのか?」


「……無尽蔵に同性能の槍を生み出せることじゃないの?」


「そうだ。だが何故同性能の槍を作り出せると言うだけで最強と言われるのかはわかるか?」


「……う〜ん、わかんない」


「では実演してみようか」


 クリストフはそう言ってロアネスから少し離れた。

 そして一つの魔法を使う。

 その魔法は【影分身】

 生まれてくる影は自分と全く同じ形をしているが真っ黒であり、身体能力、耐久ともに劣っている。

 耐久に関しては本気で殴られれば壊れるほどで、その魔法の用途は情報収集くらいで戦闘では一切使い物にならない。


「これは知っているだろう」


「うん。【影分身】でしょ」


「そうだ。使い物にならないことで知られている。だがな……」


 クリストフが自分の影分身にレクタを渡す。

 すると真っ黒だった身体がクリストフ本人と全く同じ姿になった。

 そしてクリストフが顔面を殴っても消えることはない。

 それどころか殴られた場所を痛そうに押されているのだ。


 その光景を見たロアネスは目を見開いて驚いていた。

 まるで全く同じ人物がそこにいるように見えたからだ。


 そしてクリストフがその分身からレクタを取り上げると先程までのような真っ黒の分身になった。


「これがレクタの本当の強さ。【複製コピー】だ」

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