第4話

 クリストフは影を移動して家に帰り、自室にすぐ入っていった。


 そして鍵を閉め、部屋の真ん中に立ち、両手を前に出して言う。


「【叡智の書】」


 そう言うと両手に一冊の表紙のない白い本が現れた。


「キーワードはエルフ、奴隷、そして辺境貴族」


 クリストフの声に呼応するようにその本は勝手に開き、そして何もなかったはずのページには文字が書かれていた。


 ページをめくり、目的の場所を探す。


 そして探し始めてから五分後、探していたものが見つかった。


「昨日、三日前、六日前に帝国の盗賊のふりをした兵士と会っているやつがいるな。これを詳しく見ていくか。」


 詳しく見ていくと、そいつがことの発端の人物だとわかった。


「犯人はナガル領領主の息子、ナガル・リスト・リーベイツ。目的は性奴隷か?確かに美形が多く、寿命が長いから老けることもないからな。だが、こいつは盟約を破り、しばらくしたら竜王国が介入してくるのを知らないのか?」


 クリストフはこの名前を何処かで聞いたような気がして考える。


 そして思い出した。


「そういえばこいつ、入試に来ていたやつか。とりあえず母さんに報告だな」


【叡智の書】は閉じるとその場から霧となって消えた。


 クリストフは一旦椅子に座り、名前を呼ぶ。


「【影狼カゲロウ】いるか?」


「いるぞ。どうかしたか?」


 クリストフの影から一匹の狼が出てくる。


「母さんを連れてきてくれるか?」


「わかった」


 そう言って【影狼】は影に消えていった。


 ちなみにサティラは【影狼】のことを知っている。


【影狼】は執行官の相棒なのだ。


 しばらくすると、影のなかから出てきた。


 その背中にはサティラが乗っていた。


「母さん。確かにエルフ奴隷は実際に起きているよ。だけどそれは領主ではなくその息子。さらに言えば領主はそれに気付いていない」


 サティラはそれを聞いて深刻な顔をする。


 この件には領主が関わっていると思っていたのに関わっていないのだ。


 領主であればそいつの首を持っていけば済む話なのだが、息子となると一旦領主に事実確認を要請しないといけない。


 そしてそれは領主が息子を守る可能性も出てくるということだ。


「クリストフ。この件には多分帝国が関わっているでしょ?」


「そうだね。目的はラート国と竜王国との戦争を起こすことだと思う」


「でしょうね。そしてその間に共和国との戦争を終わらせ、その後疲弊した王国を攻めようっていったとこかしら」


 サティラは世界情勢に詳しく、頭の回転が速いため、すぐにその結論に至る。


「とりあえずクリストフは今の状況を竜王とエルフ王に伝えてきて」


「わかったよ。でも、俺でいいの?」


「あなたが適任なの。とりあえず使い魔で連絡を取ってみて。それまでは休んでおいて」


「わかった。頼んだぞ」


 クリストフは鳥の使い魔を窓から森の方に飛ばした。


 その後、しばらくサティラと話し、彼女が部屋から出ていくと、クリストフはすぐにベットで寝た。


 ★


 明朝、使い魔が帰ってきて、向こうの伝言を伝えてくる。


「すぐに会いたい。ラート国で待っている」ということなので寝間着から着替えるとすぐにラート国に向かった。


 しばらく影を移動してラート国にクリストフは着いた。


 知識としてクリストフはモンスターから国を守るため、十数メートルの木の壁で囲まれているのは知っていたが、実際に見たのは初めてであり、その光景に圧倒されていた。


 中に入るためにクリストフは城門で門番がいないかを探したが、どれだけ探しても見つからず、どうしようか迷っていると門が突然開いた。


 そして中から一人の女性エルフが出てきた。


「貴方様はクリストフ様で間違いないでしょうか」


「はい。私は先の一件のことで話したいことがあったのでここに来ました」


「話は王から聞いています。私はクリストフ様の案内を王より任されたイリスです。それでは私についてきてください」


 クリストフは言われるがまま、そのエルフの後ろをついていく。


 街の風景は王都のように石造りの建物が等間隔に並んでいるのではなく、木造建築が中央にある巨大樹を囲むように円形に並んでいた。


 中には大きな木の中をエルフたちが使う魔法でくり抜き、それを家として使う『ツリーハウス』と呼ばれるものもあった。


 その光景が珍しかったクリストフはイリスの後ろに付きながら周りをキョロキョロ見ていたが、目を合わせた人は逃げていくか睨んでくるか、もしくは我が子をクリストフから隠そうとするものしかいなかった。


「イリスさん。やはり人間の印象はかなり悪くなっていますよね?」


 街から抜け、人がいなくなったときにクリストフは聞いた。


「そうですね。昔、人が来たときはこんなにもひどくはなかったです。こうなったのは先の奴隷売買の影響です」


 イリスは前を向いたまま淡々とそれに答え、その後立ち止まった。


「クリストフ様。目的の場所に着いたので、あとは王にでも聞いてください」


 中央に見えていた樹は近づくとその大きさを改めて実感する。


 横幅は王城ほどではないが、高さは王城の何十倍もある。


 雲を突き抜けていてもおかしくない高さだ。


 その大きさに驚いていると後ろから突然声をかけられた。


「どうも、アルゼノン王国の使者、アーノルド・リーズ・クリストフ殿。私はここの長をしているクローゼだ。遠路はるばるお疲れ様」


 クリストフはすぐに声のした方を向き、返事をする。


「すみません、おまたせしてしまいました」


「いや、大丈夫だよ。まだ一人来ていないしね」


 そう言いながらクローゼは空を見ていた。


「そんなことを言っていたら、最後の一人が来たよ」


 突然あたりが影に覆われ、それを見てみるとそこには巨大な竜がいた。


 そしてクローゼの横に着地すると、突然ひかりだし、中から胸の大きな角の生えた女性が出てきた。


「これが【人化】か・・・」


 それを見たクリストフは思わず声に出してしまった。


「ふむ、お主【人化】は初めてなのか」


「はい。そうです」


 クリストフはそれに答える。


「そうか。我は竜王国第一席次、リース・カタストロフ。人間からはかつて『終焉の創造主』やら『ジエンド』とも呼ばれたことがあるものだ。よろしく頼む」


「・・・よろしくお願いします」


(『終焉の創造主』は子供でも知っている絵本の中に確かに出てくる)


(破壊の象徴、破滅の暴君など他にも色々な言われ方をしているが、もしも本物ならば千歳を超えている。)


 クリストフは冷や汗をかきそうになるがなんとか耐えた。


「立ち話はそろそろやめて、中で話そうか」


 クローゼはそう言って、巨大樹の中に入っていき、その後ろにはリースをついていく。


 そしてその後ろを遅れないように、クリストフはついていった。


 ★


 案内された部屋の中央には円形の大きな木製テーブル、そしてその周りには座るための堀があり、そこには座布団が十数枚並べられていた。


 クローゼとリースが奥に座り、好きな場所に座るように言われたので二人の正面にクリストフは座る。


 そして、クリストフが座ると話が始まった。


「それで、今日は件の件で報告があるんだよね?」


「はい。そのことなのですが、既に犯人はわかっているため、今そこに騎士団を向かわて、立ち入り検査をさせます」


「それはいつになりそうなんだい」


「少なくとも現地に向かうのに半日はかかるので、早くて二日で母に調査結果が報告されます」


「何も出なかったら?」


「それはまだわかりません」


「主としてはどうするつもりなんじゃ」


「最悪、師匠に動いてもらうしかないかと」


「師匠といえば『竜殺し』、先々代執行官の弟じゃな」


「・・・そうです。師匠ならなにか問題が起きても大丈夫でしょう」


(俺に適任ということだったから薄々わかっていたが、やはり執行官のことを知っているのか)


 クリストフはそう思ったが、決して顔には出さなかった。


「なるべく早くこの件は終わらせるべきじゃぞ。妾の国の若いもんがさっさと王国に攻めるべきと息を巻いておるからの」


「そうだね。ここでも人間なんかとは仲良くするべきじゃなかったと言っている者が増えてきているよ」


「わかりました。次は吉報を持ってこれるように努力します」


「そうか・・・。今代の『執行官』は主だな?」


「そうです」


 クリストフは素直に答える。


「僕たちは代々の『執行官』と良好な関係を続けてきたんだ。だから失望させないでね」


「わかりました。精進します」


「じゃあ、今日はこんなところで終わろうか。次来るときは直接この大樹に来て、僕を呼んでくれればいいよ」


「わかりました。次からはそうさせてもらいます」


「ねえ、クリストフはお腹減ってない?朝何も食べてないでしょ」


「はい。少しだけ」


「ならここで食べていきなよ。口に合うかはわからないけど、ここの食堂はこの国イチなんだ」


「そうじゃな。我もここで食べていくとするか」


「なら私もいただきます」


「よし。じゃあ食堂に行こうか」


 話し合いが終わった三人はそのまま食堂に行き、食事を一緒に食べた。


 言っていた通り、ここの食事は大変美味しく、王宮の食事よりここの食事のほうが美味しいとクリストフは思った。


 ★


 クローゼとリースの二人はクリストフが帰るとクローゼの書斎で二人きりで話していた。


「主はクリストフのことはどう思った」


「あの年で冷静沈着でなかなかの人材だと感じたよ。今代の『執行官』はどうなることかと思っていたけど、安心できそうだ」


「【影狼】が認めただけのことはあったな。だがサティラの判断は認められんぞ」


「それはそうだね。あのときはヒヤヒヤしたもんだよ」


 アーノルド・ナナ・サティラ。


 旧姓、ボルザーク・ナナ・サティラ。


 ボルザーク家は執行官を代々輩出しており、それは王国の歴史よりも長い。


 陰に潜む家系であっため、地方貴族というのが理想的であった。


 だがそれを壊したのが先々代執行官の一人娘であり、先代執行官の妹のサティラ。


 ボルザーク家では男が執行官、それと同時に女を孕ませること。女は執行官の補佐、そして次代の執行官を産むこと。


 そして執行官の長女がその役目を負わされ、長男は執行官になり、その弟や妹は代理でその役目を負う。


 もしも寮舎ともに子宝に恵まれなかった場合は従兄弟や再従兄弟がその役目を負うこととなる。


 そしてその兄妹で一番に産まれた男が次代の執行官になる。


 結果、サティラは国王の第四夫人となり、兄妹で一番に子を産んだ。


 それにより執行官の直系は王族になってしまい、今までのようには動けなくなってしまったのだ。


「今更言っても仕方ない。今度こそ帰る。また会おうぞ」


「じゃあね」


 リースはクローゼの書斎の窓から飛び降り、そのまま飛んで帰っていった。


 ★


 クリストフは家に帰るとすぐにサティラに今日のことを報告した。


「そう。なら早めにこの件を終わらせましょう。私のことはなにか言ってなかった?」


「いや、何も行ってなかったよ」


「ならいいけど・・・。クリストフ。明日からは学校に行きなさいよ」


「どうして?この件を早く終わらせるべきじゃないか」


「それは今晩、騎士団が調査に入るから大丈夫よ。それに叔父様もついていっているから」


「わかった。明日からは学校にいくよ」


「今日は体調不良っていうことにしておいたから」


「わかったよ。それじゃ部屋に戻るね」


「そう。また後で」


 クリストフは報告に来ていたサティラの部屋から出ていき、自室に帰った。


 ★


 翌日、学校に登校するとアリスがすぐにクリストフのもとに来て、もう大丈夫なのか確認していた。


 大丈夫だ、と言ってもしばらくは心配そうにしていたが、元気だとわかると安心していた。


 決闘に負けたリードはというと、一族の恥晒しだと言われ、めちゃくちゃ父親に怒鳴られ、その後はずっと魔法の訓練を家でさせられているらしく、しばらくは学校には来れないらしい。


 そして、今日の授業は森の奥の山までの到達時間を測る、というものだ。


 中心部に山があり、それを囲むように森林がある。


 その森林の中にはクラス1から3のモンスターとハルトお手制の罠があり、それらを越えて中心の山に行く必要がある。


 一番に着いたものにはハルトができる範囲でなんでも言うことを聞いてもらうことができ、逆に最下位には教室の掃除、備品の交換、ゴミ捨てなどの色々な雑用を任されることになる。


 スタートの合図は山頂にいるハルトの信号弾。


 それが破裂した瞬間スタートだ。


 生徒は山を囲むようにバラバラに配置されており、生徒同士が会うのは山についてからになる。


 クリストフは軽く準備運動をして開始の合図を待っていた。


 そんなときにサティラから【メッセージ】がきた。


「どうしたの?母さん」


「クリストフ。緊急事態よ。調査の結果、捕まえられていたエルフたちの居場所はわかったからすぐそこに行って無事は確認できた。でも肝心のナガル・リスト・リーベイツがいなかった。それで本人の部屋を調べていたらわかったことがあったの。犯人の目的はエルフの件で王都から騎士団を減らし、王城や学園の警備を減らすこと。そしてクリストフ、あなたを殺すことよ」


「でもそれならありがたいな。こっちから探す手間が省けるじゃないか」


「今一人じゃない?もし一人なら早く誰かと合流しなさい!」


「どうして?一人のほうが動きやす・・・」


 クリストフは殺気に反応して体を下げる。


 すると元いた場所の首あたりに刃物があった。


 切りかかってきた相手にしゃがんだ状態から後ろ蹴りをして、吹き飛んだのを確認して立ち上がる。


「どうやら本人が来たみたいだな」


 クリストフは吹き飛んだ人の顔を見て言い、それと同時に緊急事のために携帯していた赤の信号弾を空に打った。


 その人物の顔は入試のときに見た人物と同じだった。


「クソッ。お前のせいで全部めちゃくちゃだ」


 リストはそう言いながら立ち上がった。


 その目は赤く充血しており、とても正気を保っているようには見えなかった。


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