入学編

第1話

「坊ちゃま。今日はまた遅いお帰りで」


「すまないね、バーグ。お前には苦労をかける」


「いえいえ、そんなことをありませんよ」


 白いヒゲと白い髪の毛の老人がサルドのことを出迎える。


 いや、ここでは執行官という名は適切ではない。


 アルゼノン王国第四皇子、アルゼノン・リーズ・クリストフというのが適切だ。



 クリストフはクリスにサルドのときの服装を収納魔法の中に直し、皇子にふさわしい服装に変える。


 クリストフはこの服装が大嫌いだ。


 堅苦しくて、嫌になってくる。


「どこかしおれてたりしないか?」


「大丈夫です。それでよろしいかと」


 バーグがクリストフのためにコーヒーを入れ、それを持ってき、クリストフの前に座る。


「それで、今回はどのようなことを」


「王国の裏社会を牛耳っている組織の一つを殲滅してきた。これでしばらく大人しくしてくれると思う」


「ほう、これはまた大胆なことを」


「父上がほったらかしているせいで俺が処理しないといけなくなるのはそろそろ辞めてほしいんだがな」


 クリストフの父親、バーゲルトは優しくて慈悲深い。


 だがそれが仇となり、あまり強いことを言うことができないのだ。


 それによって、王国に裏社会が形成され、国民の生活に影響を少しずつ与え始めているのだ。


 その悪影響を与えている本山を叩く潰し、再起不能にするのが執行官の仕事。


 そのサポート、具体的にはアジトの大凡の位置、そして構成員の数、どんなことをしているのかの確認を取るのがクリストフの仕事だ。


「ところで坊ちゃま。明日はなんの日かわかってますか?」


「明日?なにか予定があったか?」


 バーグが頭を抱え、ため息をつく。


「明日は入試ですよ。筆記、実技の試験です」


「明日?明後日じゃなかったか?」


「明日ですよ。私も同行するので、しっかりしてくださいよ。仮にも貴族なのですから」


「貴族ね。そんなにも血が大事か?」


「そこは私に聞かれても困りますよ」


 バーグは苦笑いしながら答えた。


 ★


 翌日。


 クリストフは朝早くに起き、部屋でサルドのときに使う武器と装備の整備をしていた。


 そんなことをしていると、ドアが三回ノックされる。


「坊ちゃま。起きていますか?」


「起きている。どうした?まだ家をでなくても間に合うだろ」


「そうですが、お父様から渡してほしいものがあると渡されたので持ってきました」


「わかった。少し待ってくれ」


 クリストフは部屋に出している武器と装備を影の中にしまう。


 その後、バーグに部屋に入ってくるように言う。


「坊ちゃま。お父様からのものはこれです」


 バーグが大きな鞘に入った武器を渡してくる。


「それは何なんだ?」


「入試の際に武器がいるだろうと聖剣をわたされました」


「俺は聖剣と相性が悪いのを知らないのか?」


「主様にはそういったのですがね・・・」


 クリストフは昔、剣の鍛錬をしていたときに、聖剣を渡されたことがあった。


 そしてそれを使って鍛錬をしようと掴んだ瞬間、クリストフの手が弾かれたのだ。


 その後、病院で検査してもらった結果、「聖なる力との相性が悪い」ということがわかった。


 その原因は恐らく、執行官の血族だから。


 執行官は代々、闇の仕事をするといった理由からなのか、誰一人として聖剣に好かれたことはなく、代わりなのか、魔剣には好かれていたため、執行官は魔剣を主に使ってきたのだ。


「まあいい。無理矢理にでも従わして使うとするさ」


 クリストフが執行官の血族であるため、得意とするのは闇を媒体とする能力。


 そしてその能力は執行官の歴史を見てもいないほどの達人の領域に達しているため、大概のことをすることができるのだ。


 今回は聖なる力を闇の力で飲み干し、周りから見ると聖剣を使っているように見えるようにしようとしている。


「それでバーグ。何時ここを出るつもりでいる?」


 クリストフはバーグも今日の会場で用事があるようなので一緒に行こうと思っている。


「あと一時間ほどしたらですかね」


「ならその時にまだ呼びに来てくれ」


「わかりました。それでは、また一時間後」


 そう言ってバーグは部屋を出ていった。


 そしてクリストフは武器と防具の整備を再開した。


 ★


 一時間後、バーグがクリストフのことを呼びに来た。


 その後、一緒に会場へと向かった。


 そしてしばらく歩いていると大きな白い城が見えてきた。


「坊ちゃま。会場はあそこです」


 バーグが見えた城を指を指して教えてくれる。


「あれか・・・。かなりでかいな」


「王都では王城に次ぐ大きさですので、かなり大きいですね」


 王立第一学園。


 ひと学年五百人、全生徒数千五百人を持つ王国イチの学園。


 王立学園の毎年の受験者数は数万を超えており、入学できるだけでエリートと言われ、卒業するとあらゆるところに推薦をもらうこと、いや、うちに入ってくれと言われるようになる。


 そのため、権力者たちの一部では入学するためにコネ、賄賂などを使い、無理矢理子どもを入学させようとするものもいる。


 だが王立学園は完全実力制のため、そんなことをしても入ることはできない。


 更にいうと、処罰の対象にもなる。


 補足だが今、王立学園は第三まで存在する。


「それでは坊ちゃま。私は職員室に用があるので、試験会場に行ってください」


「わかった。また後でな」


「はい。また」


 そうして二人は別れた。


 試験会場につくと、開始三十分前にも関わらず、多くの受験生でごった返していた。


『受験生の皆様。順番に案内していますので少々お待ち下さい。』


 アナウンスで受験生の案内をしているが、とても間に合いそうになかった。


 とりあえず列に並んでアナウンスに従ってするようにしていると、後ろの方で争っている声が聞こえる。


「すみません。ちょっとここから離れたいんですが、場所を取っておいてくれませんか?」


 クリストフは後ろの受験生の女性に話しかける。


「あ、はい。わかりました」


「ありがとうございます」


 後ろに行くと騎士達がなにか困っているようだった。


 知っている騎士がたまたまいたので声をかけてみる。


「バージス。なにかトラブルか?」


 名前を呼ばれた男は慌てて振り返る。


 その男はクリストフの稽古によく付き合ってくれていた人であり、クリストフの母、サティラ直属の部隊の隊長だ。


 今回は人手がほしいということでここに来ている。


「これはクリストフ殿。どうしてここに?」


「俺はここの入学するように父上に言われてな」


「クリストフ殿なら間違いなく合格するでしょうな」


「今は別に家族がいないからいつもどおりに呼んでくれていいぞ」


「なら、お言葉に甘えて。クリス。今は貴族が俺は貴族だから並ばなくていいと言って並ぼうとしないやつがいてな。そいつの対応に困っているんだ」


「この学園は地位は関係ない完全実力主義だ。そんなやつには入学してもトラブルしか起こさないだろう」


「そんなんだがな。一応貴族だから強制退去もさせにくいんだ」


「なら俺が行こう。俺なら問題ないだろう」


「助かるよ。後でなんか奢らせてくれ」


「なら合格祝いにどこか食べに行こう」


「わかった。こっちで店は予約しとこう」


 この男二人はすでに合格前提で話を進めていた。


 話が終わった直後、クリストフはバージスを後ろに連れて厄介事を起こしている貴族のもとに向かった。


 そこでは騎士達が腕をつかんで連れて行こうとしているのを振りほどいて叫んでいる者がいる。


「俺は貴族のナガル一族の者だぞ。そんな俺様がなんで並ばないといけないんだ」


「おい、貴様。一体何をしている」


 クリストフが威厳のある声で言う。


「俺様に貴様とはなんていう無礼者!父上に言いつけて死刑にするぞ」


「そういう態度を取るんだな。確かナガル家といったな」


「そうだ!今更謝っても遅いぞ!」


「そっくりそのままその言葉を返そう。騎士団、バージス。この者をつまみ出せ。こんなやつはここに相応しくない」


「了解しました」


 その合図でクリストフの後ろにいたバージスが騒いでいる男の腕をつかんでつまみ出そうと動き出す。


「無礼者!どうなっても知らんぞ!」


「ああ、そういえば名をまだ言っていなかったな。俺はアーノルド・リーズ・クリストフ。馬鹿なお前でも聞いたことがあるんじゃないか?」


 クリストフが名乗ると急に顔を青くし、口をパクパクし始める。


 後に抵抗する気力もなくなったのか、バージスに大人しく連れて行かれた。


「クリストフ殿。助かりました」


 さっきまであの男の対応をしていた騎士が声をかけてくる。


「そんなことない。厄介事の対応、お疲れさま」


 クリストフは労いの言葉を残してその場を去る。


 そこにいた三人の騎士は敬礼してクリストフのことを見送った。


 ★


 クリストフが元の場所に戻るとすぐに会場に入ることができた。


 そこから一時間ほど時間を潰すと、実技試験が始まるとアナウンスがあり、その会場へと向かった。


 会場は円形闘技場。


 試験官と一対一で戦い、試験官が良いと思ったものをピックアップしていく。


 会場に入ると周りの人たちが騒いでおり、何事かと中を見ると、見知った老人が受験生と戦っている。


(バーグの用事ってこれのことか・・・)


 バーグ。


 元最高位ランク冒険者。


 龍殺しの二つ名で知られており、数多くの龍を屠ってきた。


 現役引退してからの行方は一部のものにしか知られておらず、その英雄が久方ぶりに表舞台に出てきて驚いているのだろう。


 バーグは休憩無しで受験生の相手をし、誰一人バーグとまともに戦えていなかった。


 ついにクリストフの番になり、闘技場内に入っていく。


「バーグ。お前じゃ誰も勝てないだろ」


 階段を上がりながら言う。


「そうですね、坊ちゃま。でも筋のいい子は何人かいますよ。」


 二人は互いに向かい合った。


「いつでもどうぞ」


「なら、行くぞ」


 クリストフはそう言って飛び出し、剣を振り下ろす。


 それをバーグは軽くいなし、脇腹を蹴ろうとする。


 クリストフはそれを察知して後ろに飛んで避けた。


「なあバーグ。質問があるんだが」


「何でしょう」


 二人は距離を開けて話し始める。


「どうやったら真ん中くらいのクラスで入れるんだ?」


「真ん中とはまた難しいことを。何故ですか?」


「俺の活動の事を考えたら学園では真ん中くらいでいたいんだ。ここでいつもみたいな訓練と同じことをしたら確実に上位層に入ってしまう」


「それなら私と五秒ちょっとでも戦ってくれれば裏で手をまわしときましょう」


「わかった。じゃあ行くぞ!」


 クリストフは言われた通り、五秒近く戦った後に盛大に吹き飛ばされて、実技試験が終わった。


 筆記試験は百分のテスト。


 内容はクリストフにすると難しくも簡単でもないといった評価だった。


 ★


 試験日から一週間が過ぎ、学園から合否判定が届いた。


 その判定を見たクリストフは廊下を走ってバーグがいる部屋に突撃した。


「おい、バーグ!これは一体どういうことだ!」


「なんですか。坊ちゃま」


「なんで特進クラスなんだ!話が違うじゃないか!」


「それに関しては私のせいじゃないですよ」


「どういうことだ!」


「まずはそこに座って落ち着いてください。」


 クリストフは言われたとおりに座ってバーグが話し始めるのを待った。


「まず、特進クラスとは。その年の成績上位三十人で構成されるクラスなのは知ってますよね」


「知っている。そのクラスに入れた時点で将来遊んで暮らせるとか言われているレベルだからな」


「そのクラスに坊ちゃまが入ったのには2つの理由があります。1つ目は私と五秒近く戦闘できたことです」


「それは話が違うじゃないか」


「これは申し訳ないことをしたと思っています。実技試験で私と五秒以上戦った受験生は百人ほどでした。この時点でかなり数が減ってしまいまして、これは私の予想外のことでして・・・」


 バーグは元最高位冒険者。


 引退して長い月日が経っていたとしても今もまだ十二分に強い。


 それと十秒という短い間戦える受験生が百人もいるとなると、この国の未来は明るい。


「あと1つは筆記試験の点数です」


「筆記試験?たいして難しくなかったから皆取れているんじゃないのか?」


 クリストフは首をかしげながら言う。


 その反応を見て、バーグはため息をついていた。


「坊ちゃま。あの試験の内容は覚えていますか?」


「ああ、覚えている。なぜか古代魔法があったな」


「そこですよ、坊ちゃま。普通の人は古代魔法について知らないので、その問題は平均を下げるための問題。ふるいにかけていたのですよ」


 クリストフの顔が青白くなっていく。


「坊ちゃまの実技の成績は普通の問題では上の下くらいでした。ですが、古代魔法についての問題は普段から使っているためか全問正解。そのせいで筆記試験の点数が周りに比べて飛び抜けているのです」


「つまりは古代魔法の問題のせいか?」


 クリストフは声を震わせながら聞く。


「そうです。古代魔法の問題の正答率はかなり低かったので、坊っちゃまの正答率が上の下、上の中くらいなら特進には入らなかったでしょうな。それでも坊ちゃまの要望よりは少し高いのですが・・・」


「結局無理なんじゃないか〜〜!!」


 クリストフの悲鳴は城中にこだました。


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