刃物 刃物 刃物
「ひどいなあ」
頬を垂れる血を指でぬぐい、風魔はぺろりと舐めた。
「そっちがその気なら、遠慮しないよ! 『大鎌』!」
瞬く間に現れた大鎌を手に、風魔が飛びかかる。
向かう先には立ち尽くすスザクととアマテラス。
まとめて切り払おうと、横薙ぎにされた刃がふたりに迫る。
『身代わりの術!』
すっぱりと、両断されたのはまたしてもふたつの丸太だった。
ごろんと転がる丸太を見届けた脇谷は、マシラとツクヨミを抱えて屋根のうえ。
ふうと肩の力を抜いた。
「それ、ずるいなあ」
鎌を抱え直した風魔が丸太を見て苦笑する。
「こっちに来られたのはちょうどよかったけど、こういう不思議な力が僕以外にもあるのは厄介だなあ」
何でもない話をするように言った風魔は『カッター、彫刻刀、ナイフ』とつぶやいた。
その声に合わせて、彼の周囲にそれぞれの刃物が出現する。
中空に浮かぶ凶器の先端は、それぞれスザク、アマテラスそして脇谷に向けられている。
「……お主、何が目的じゃ」
いまにも飛んできそうな刃物をにらみつけるアマテラスの低い声に、風魔は目を丸くした。
意外なことを聞かれた、と言わんばかりの顔だ。
「スザクを嬲ろうと言うわりに命を狙うなどと。言動が伴っておらぬ」
「あっは、わからない? 想像力が貧困だねえ」
「狂人の言葉などわかりとうもないわ」
屋根のうえでツクヨミが言えば、風魔はにこりと笑う。
「おもちゃを手に入れたときはわくわくするだろう? どうやって遊ぼうか、って。だけどおもちゃが期待はずれだったなら、捨てるしかないじゃない」
風魔が言い切った瞬間、周囲に浮いていた刃物が一斉に宙をすべった。
―――速い。
あまりの速さに脇谷は身近に迫るものをはじくので精いっぱい。
スザクは反応することすら難しく、あちらこちらが浅く切り裂かれるよう身じろぐことしかできずにいる。
「ぐうっ」
「アマテラスさん!」
襲い来る種々の刃物に目を向けていたスザクは、押し殺した叫びに振り向いて目を見開いた。
アマテラスの肩に深々と刺さる彫刻刀。
彼女のまとう真っ白い装束が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「あはっ、いい顔してくれるね!」
心底うれしそうに笑った風魔が手のひらを向けると、アマテラスに刺さった彫刻刀が怨嗟をまとって黒く染まる。
相容れぬ力に焼かれたアマテラスの肩がじゅう、と音をたてた。
「くぅ! 怨嗟を操るとは、お主、すでに人の魂を捨てておるな!?」
痛みにうなりながらもアマテラスは彫刻刀をつかんで引き抜こうとするが、その手さえも怨嗟に焼けて酷い音をたてる。
「そこな落人! アマテラスの身を穢す怨嗟を祓ってやれ!」
『大地に住まう精霊よ。大気に生きる精霊よ。癒し給え、救い給え。我が身に巡る力に依りて、我が願いを聞き届け給え。
ツクヨミの声に、スザクが弾かれたように呪文を唱えた。
途端に、アマテラスを苛む黒い刃がぼろりと解けて消え失せた。
衣を赤く染めたアマテラスは額に汗をにじませてはいるものの、その表情はいくぶんか和らいでいる。
「すまん、スザク!助かった!」
「はぁ、はぁ、良かった……」
「もう、僕ひとりに相手は三人。それだけでも不公平なのに、助言までするなんてむかついちゃうなあ」
言って、風魔は指を一本ずつ立てていく。
『錐、錐、錐、錐、錐』
ほっとする間もなどない。
風魔の声と指を立てるしぐさに合わせて、新たな凶器が宙に現れる。
「くっ、『大地の精霊よ、大気の精霊よ―――」
「ふふ、呪文が長いと大変だねえ?」
スザクが防御壁を展開する魔法を唱える前に、風魔の指先が錐をなでた。
錐は四方八方へと飛んでいく。
それぞれがそれぞれの身を守ることで精いっぱい。
そのうえ、スザクと脇谷は背後に守る人がいるため身動きが取れない。
飛んでくる錐の先端が瞬く間に迫り、スザクは呪文が間に合わないことを悟って身構えた。
アマテラスだけでも守り抜こう、というのだろう。
『火遁の術』
ほほえましい気持ちになりながら、脇谷が唱えた言葉が術を発動させる。
ふう、と脇谷が吐いた息がぼうっと燃え上がり、噴きつけた炎が無数の錐を飲み込んだ。
炎に包まれた錐は一瞬で黒い灰になり、熱風とともに崩れ散る。
「それはひどいなあ。忍術は卑怯だね」
むくれて見せた風魔が視線を向けた屋根のうえには、脇谷の姿はすでにない。
庭の端の草むらから頭だけを出した脇谷は、けほりと黒煙を吐いてにひ、と笑う。
「卑怯でけっこう。忍者は目的を達成できればそれで良いんです」
堂々と草むらに隠れている脇谷は「それより」と続ける。
「こちらは子どもを隠す時間をいただきましたからね。ここからは本気でお相手させていただきますよ」
脇谷の言葉どおり、マシラの姿は見当たらない。
ツクヨミも共に非難させようとしたのだが、本人が「敵前逃亡などできぬ」と言うため、脇谷の背後にかくまっている。
「ふうん? じゃあ、僕も本気でいこうかな」
笑った風魔の足元で、影がごぼりと沸騰した。
―――いや、ちがう。
本能的に感じ取ったのは、脇谷だけではない。
「それほどの怨嗟をその身に負うておったとは!」
風魔の足元でごぼごぼと湧いた影から、怨嗟が噴きあがる。
ごぼごぼと溢れる黒色のなかに、どぼりと何かの塊が見えた。
「なんだ、あれ……」
目を凝らしたスザクは、それが黒く汚れたシャボン玉のような球体であることに気が付いた。
禍々しい色にぬらりと光るその球体はひとの背丈ほどもある。
そのなかに見えた人影を捉えて、スザクは息を飲んだ。
「……リーチェ?」
「あやつ、繭ごと取り込みおったか!」
アマテラスが驚愕の声をあげるのに、風魔はうれしそうな顔をする。
「この繭、すごくしぶといんだよ。僕はやさしいから、ほんとうはヒガくんといっしょに飲み込んであげようと思ってたんだけど、彼女があまりにも頑固でねえ」
ひとの背丈ほどもある鎌を持って笑うその姿は、まるで死神だ。
「怨嗟のなかでゆっくり溶かしたんだけど、そろそろいい感じなんじゃないかな?」
言って、風魔は「えい」と鎌の先で繭を小突く。
パキャ。
軽い音をたててひび割れたシャボン玉のなかに、風魔が怨嗟を流し込んでいく。
どろり、おぞましい怨嗟を浴びたリーチェは、繭のなかで絶叫した。
「ああぁああああああああ!」
「リーチェ!」
苦しいのか、痛いのか。
流し込まれた怨嗟に蝕まれたリーチェが身もだえている。
華奢な身体がずぶずぶと怨嗟のなかに溶けるように呑まれていき、リーチェを守るはずの繭もじわりじわりと黒く染まって端からぼろぼろと崩れていた。
「やめろ、やめろよ!」
「どうして?」
悲痛な絶叫を聞きたくなくてスザクが叫ぶけれど、風魔は不思議そうに首をかしげるだけで怨嗟を流し込む手を止めようとはしない。
むしろ、目を見開いたリーチェの苦し身もだえる顔を眺める風魔の顔には、愉悦さえ浮かんでいる。
「君だって、いまよりも力が手に入るのならそうするでしょう? 敵を倒してレベル上げするように、彼らを食って力が手に入るなら、そうするでしょう」
「下種がっ『手裏剣』!」
ふしぎでたまらない、と言いたげな顔をする風魔に、短いつぶやきと同時に銀の光が飛んだ。
大鎌にはじかれ落ちたのは、手裏剣だ。
「忍者らしいね。でも、こんなのじゃ」
『火遁の術!』
風魔の足元に落ちた手裏剣がかっと光を放ったかと思えば、爆発する。
「やったか!?」
アマテラスが爆風に髪をなびかせ喜色のこもった声をあげたのは、爆炎の向こうに燃え盛る黒い塊が見えたため。
けれど脇谷は攻撃の手を緩めない。
「まだです『鎖鎌』」
油断なく唱えた脇谷の手に長い鎖のついた鎌が現れる。
風魔を包み込んで膨れ上がった炎は、いまだ崩れていない。その内で焼かれているはずの風魔の影は、微動だにしない。
「来るぞ、構えておれ」
ツクヨミの声に、スザクもまた手を広げた。
『我に力を! エッケザックス!』
呼びかけに応じて生まれたのはまばゆい赤の光。
広げたスザクの手のひらに光が収束し、姿を見せたのは金の鞘に収まる大剣だ。
「伝説の武器ですか。良いですね」
「うん、ゲームで何度も使っていたんだ。本当に握るのは初めてだけど、不思議だな。そんな気がしない」
ひどくしっくりくる、と不思議そうに鞘を抜いたスザクは、大きな剣を軽々と構える。
「では、ここからはお互い全力でいきましょう」
「うん、もうためらわない。あの人は敵だ。俺、戦うよ。もう誰も傷つけさせない!」
決意を秘めたスザクと、油断なく構えた脇谷の眼前では、風魔を焼く炎がじわじわと怨嗟の黒に染まりはじめていた。
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