主役は表に 脇役は影に

「皆の者、よくぞ集まった。ここは太陽と月に守られた社。町の要となるそなたらを迎えてにぎわうことで、民の暮らしのますますの繁栄を祝おうぞ!」


 ツクヨミの澄んだ声は、大勢のざわめきをねじ伏せて社のなかに響く。

 その声を受けて、集まった人々は「おお!」と歓喜の声をあげた。


 大地を煌々と照らすは待宵月。

 

 満月を明日に控えた夜、前宮の広間に人がひしめいていた。

 集う面々は町の有力者ばかり。いずれもきらびやかな衣装に身を包み、集うそのさまはいっそ祭りのよう。


 ―――ツクヨミさまが有力者を労うための宴を開くとか、ちょっと無理があると思いましたけど。案外いけるもんですね。


 男たちの集う部屋の入り口という入り口には見張りが立ち、宮の入り口にはいつになく大きなかがり火が焚かれている。


 マシラが狙いそうな者をどこかにまとめて確保したいという脇谷の願いを聞いて、ツクヨミが動いた結果であった。


 身を守るため、という理由を伏せて召集をかけたのはツクヨミの案だ。


 有力者たちに知らせを出したのは日が落ちてからだというのに、呼び集めた者は残らずそろっているあたり「真の理由を告げたとて、己の身は己で守れるなどと吠える愚か者が出るだけよ」と吐き捨てたツクヨミの弁は正しかったのだろう。


 ―――ここは発案者にお任せして、自分はお仕事お仕事!


 にぎやかな室内をこっそり天井裏からのぞいていた脇谷は、頭を引っ込める。

 ツクヨミの顔にはやくも浮かんでいたうんざり感は見ないふりをして移動をはじめる。


 天井裏に脇谷はひとり。

 クナイもまたマシラが執着する可能性があるとして、ツクヨミのそばに置いてきた。


 今ごろは宴会場と化した室内で忙しく立ち働いていることだろう。


 ―――動いている方が気が紛れる、と言ってましたし。


 うんうん、とひとり頷いて脇谷は目的地に向け暗がりをするすると進む。


 その途中。


「ああ、ここにいたのか」


 ふと聞こえたスザクの声に、脇谷は足を止めた。


 ―――おや? この部屋は確か。


 何となく気になって天井板の隙間からのぞけば、火の焚かれている室内に三つの繭が見える。


 そして、その前に並ぶのはふたりの人影。


「くそっ!」


 悪態とともに、がん、と叩きつける音を響かせたのはヒガだ。


 声をかけたスザクはびくりと肩を震わせている。

 

「あのアマテラスってやつもうさんくせえ。どうにかする、どうにかするって言いながら帰り着いたあとは姿を見せやがらねえ。本当にどうにかする気があるのか!?」

「ヒガさん、アマテラスさんだってきっと色々考えてくれてるはずだから……」

「色々ってなんだよ!」


 ―――あらー、アマテラスさまは縮んじゃってるから出てこられないんでしょうねえ。そしてあの方々はご自分が一度お亡くなりになってることに気づいて無い、と。


 こじれている様子を見て取りながらも、脇谷にできることはない。


 実はあなた方、日本では死んでるんですよ。と耳元でささやくことは可能だが、きっと余計に混乱させるだけだろう。

 そっとしとこう、と立ち去りかけた脇谷の耳に、ヒガの怒声が届く。

 

「リーチェが、俺たちが何したっていうんだ! なあ、なんで俺らがこんな危ない場所にいなくちゃいけない。あんな、ひとが死ぬようなことになんで俺たちが対処しなきゃいけないんだ!」


 繭を殴り続けながら、ヒガが叫ぶ。

 なだめる言葉を一蹴されたスザクは黙り込んでしまったらしい。


 重苦しい沈黙のなかにヒガの悲しい怒りが続くのかと思いきや。


「僕たちは死んでいるんじゃないかな」


 風魔が沈黙に石を投げた。


 ざわ、と室内の空気が変容する。

 肌を逆なでるその空気に、脇谷は思わず足を止めた。


「死……? あんた、なに言って」

「……俺も、そう思って、ました」


 怪訝そうなヒガを遮って、スザクが声を震わせる。


「は!? スザク、お前、何を!」

「この世界に来る前の記憶があいまいで、だから勘違いかもしれないって思ってたけど、でも。あのとき、オフ会に向かう途中で通り魔が出たってまわりが騒ぎ出して。それで、俺」


 スザクはがたがたと震える身体を抑えつけるように、自身の腕でかき抱いている。

 

 それでも一度、話し始めた言葉は止まれないのだろう。はく、と唇を震わせながら彼は続けた。


「俺、見たんです。通り魔に刺された女の子、助けたくて、夢中で走っていって、でも助けられなくて。あの女の子、リーチェに良く似てたんだ……」


 うつむき、息を詰まらせるスザクは泣いているのか。

 不規則な呼吸の音だけを繰り返し、それ以上には何も話さない。


「うそ、だろ……」 

 

 ヒガの手がずるりと力なく垂れさがる。

 呆然とつぶやく声はあまりに小さいが、脇谷の忍者の耳は「夢じゃ……俺も……」と漏れ聞こえる音を拾っていた。


 ―――あー、スザクさんは勘違いだと思っていたかったパターン。ヒガさんは夢だと思っていたパターンですか。とすると、風魔さんはどうやら自覚がおありだったようですが、なぜいままで触れなかったのでしょう?


 首をかしげる脇谷をよそに、ヒガとスザクはめいめい絶望を抱えている。


「……くそ」


 やがて、ヒガが悪態をひとつ。ふらりと部屋を出て行った。

 その顔には困惑が色濃く残っている。


 ―――気持ちの整理がつかないからひとりになりたい、というところでしょうね。わかります。


 一方、スザクはまだ立ち尽くしたままだ。


「僕も、もう部屋に戻るけど」


 風魔が声をかけると、スザクの肩がぴくりと揺れる。


「…………」


 何かを言いたくて、けれど言葉にならなかったのだろう。彼はゆるゆると首を横に振ると、ふたたびうつむいた。


「俺は……もうしばらく、ここに」

「そう?」


 言って、風魔はあっさりと部屋を出て行った。


 ―――んんー、何かしら会話してくれれば探れたんですけど、さすが風魔さん。余計な会話をしないことで情報をできる限りもらさない。やはりあの方、忍者の先輩なのでは!?


 あまりに隙のない、むしろ不審なほど腹のうちを感じ取らせない風魔の行動に、脇谷は興味を引かれっぱなしだ。


 ―――密着、風魔さん! をしたいところですけど、今夜の自分は忙しいのです。


 泣く泣く追跡を諦めて、脇谷は本日の隠密活動へと精を出すべく気持ちを切り替えた。


 脇谷のひそむ天井の下ではスザクは繭の前に腰を下ろしている。


 そっと伸ばした手で恐々と繭に触れた彼は、ゆるゆると繭を撫でながらちいさくつぶやく。


「このなかのどれかに、俺がなっていたのかもしれない」


 静かな独白。


「……せっかく、望む姿になったんだ。力も手に入れたんだ。だから、戦わなきゃ」


 ぐ、と拳をにぎり決意するスザクの声を聞く者はない、はずのところだが。


 ―――主人公氏が決意するシーン、感動的ぃ!


 天井裏で口に手を当ててぷるぷると震える者がひとり。

 もちろん物音は立てず、気配など微塵もない。


 けれど「ええもの見たわぁ」とばかりに微笑んだ脇谷は、フードを深くかぶり直してご機嫌だ。


 ―――どうぞ、あなたは王道主人公として進んでください。


 心なしか浮かれた足取りで、脇谷は天井裏の暗がりをすべるように進んで行く。


 ―――自分は忍者として影に生きますゆえ!


 

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