常識知らずの異世界人
脇谷とクナイは町の外れへと歩いて戻っていた。
まともな家屋が姿を消し、まばらに居た人の影もなくなるころ。
「おい、クナイ!」
通りの横から、乱暴な声が投げられた。
続いて家のすき間から飛び出したのは灰まだらの髪をした少年だ。
「マシラ」
それはさきほど、幼児を怯えさせていた少年だった。
先ほどと同様、吊り上がった目で脇谷をにらむ彼は苛立っているようだ。
「お前、また変なの拾ったのか」
「またってなんだい。マシラこそ、子どもを拾ってきちゃ面倒見てるだろう」
ふたりの会話を聞いて、自分は拾われたのだったろうかと脇谷が思い返していると、マシラが「そんなことはいい」と打ち切った。
「それより、うちのチビを見なかったか。どうも様子がおかしいのがひとりいてよ、話を聞こうと思ったら見当たらねえんだ」
ぎ、とにらみつけるように聞いてきたマシラに、脇谷とクナイは顔を見合わせた。思い当たるふしがあった。
「ああ、見た。社に連れていかれてた」
「なんだとっ」
答えたクナイの胸倉をつかんで今にも噛みつかんばかりに歯を剥きだすマシラだが、クナイは怯える様子もなく続ける。
「おいらたちが見たときには、剣士の剣を奪って暴れまわってたよ。誰が見たってあいつはおかしかったから、仕方ないさ」
「仕方ねえ、だと!? 権力者どもに連れて行かれた仲間がどうなるか、知ってて言ってるのか! まともに帰ってきたやつなんかいねえんだぞ。物みたいにこき使われたりおもちゃにされて、みんな死んじまってんだ!」
マシラの叫びにクナイは否定するでもなくわずかに辛そうな顔をして、けれど感情は抑えたままマシラを見返している。
ふたりの様子を見て、そのことばに嘘も誇張もないのだろうと脇谷は理解した。
「でも、連れて行ったのは業突く張りの金持ちじじいじゃない。アマテラスさまだよ。あの方が町を治めはじめてから、お前のとこのチビたちがお社にさらわれたことあったかい?」
クナイのことばにマシラはぎりと歯を食いしばり、胸倉をつかんでいた手を離した。
突き飛ばすようにしてクナイに背を向けた彼は唸る。
「だとしても、あいつは俺の子分だ。取り返す」
「取り返すって言ったって、どうする気だい。社は見張りが多いよ」
呆れたようなクナイの声に、脇谷はそうだったかな、と記憶を振り返った。
クナイたちが社と呼ぶ屋敷から脇谷がから抜け出したのは昨日のこと。
天井裏にもぐり屋根の上を伝って出る間、見張りには会わなかったが、言われてみればところどころに立ちどまっているひとの気配を感じはした。
あれが見張りだったのだろう
「……俺は夜目が効く。夜半に忍び込む」
「忍び!」
決意を込めたクナイのひとことに、脇谷はつい反応してしまった。
これまでクナイの後ろでひっそりと気配を殺して立っていた脇谷に、マシラは今気が付いたようにびくりと肩を震わせる。
そして、そんな自分を恥じるかのようにきっと脇谷をにらみつけた。
「そいつ、昨日お前がかばったやつだな」
「かばったわけじゃないけど。お前らが面倒を起こすと真っ当に働こうと思ってるおいらまで迷惑なんだよ」
「知らねえよ。俺たちは俺たちの力で生きてくだけだ。だから、アマテラスだろうがなんだろうが、俺の子分は俺のもんだ!」
―――やだ、ジャイアニズム! はじめて生で見ました!
謎の感動を覚えながらも、脇谷の頭はさきほどマシラが発言した「忍び込む」ということばに占められていた。
今にも社に向かって駆け出しそうなマシラがふたたび背中を向けたのを見てクナイが「待てよ!」と叫ぶのを聞きながら脇谷はとっさに声をあげた。
「あのっ! 自分もお供してよろしいでしょうか!」
はいはいっと手をあげて発言する脇谷に、マシラとクナイの視線が集まった。
ふたりそろって眉を寄せているあたり、似てはいないが兄弟のようだと思いながら、脇谷は背すじを伸ばす。
「もちろん邪魔はしません! それに、自分は昨日、アマテラスさまの社から出て来たばかりです。もしかしたら、道案内できるかもしれませんし!」
今の脇谷を家族が見たならば、その積極性がいつも発揮されていれば、と嘆いただろう。
だが仕方がなかった。
現代日本では脇谷の心を躍らせてくれる事象が少なすぎた。
潜むところも無いほどきっちりと作り上げられた建物たちに、夜間でも変わらぬ明るさを保つ街では、忍者を探すことも難しい。
忍者村や忍者屋敷でアルバイトできたなら毎日がお祭り騒ぎのような心持でいられたかもしれないが、残念ながら脇谷の居住区から通えるところにそんなすてきな施設はなかった。
たいへん嘆かわしいことである。
それに引き換えこの葦原は、忍者こそ遭遇していないものの脇谷に忍びの能力を与えてくれ、夜はきちんと真っ暗で、一階建てばかりの町中は屋根のうえを移動するのに最適だ。
―――そのうえ、夜間の潜入体験までできるなんて!
ここは楽園に違いない、と脇谷は胸を躍らせる。
「……おい、こいつ何なんだ」
「いや、わかんない。たまたま連れて帰ったんだけど、なんかおいらの家に銭貨払うから泊めてくれとかすぐ大金出すし、ほんと、なんだかわかんない」
ひそひそと交わされるマシラとクナイのことばは、脇谷の耳にしっかりと届いている。この耳の良さも、葦原に来て手に入れたものだ。
―――そうだ。今度、追っ手の足音を聞くために地面に耳をつけてみよう。そのためにはまず追っ手を用意しなければ。マシラくんとの潜入で追っ手に追われるのは危険が大きいから、改めて単独で忍び込む先を探さなければ……。
「おい、そこの変な黒いの」
うきうきと素敵な計画を立てている脇谷をマシラが呼ぶ。
黒いのと言えば、脇谷が被りっぱなしのフードはまさに黒い。
「はい。黒いのです。でも黒って目立ちますよね。あの、服ってどこで手に入りますか。目立たない、あなたがたが着ているような落ち着いた色の服を買いたいのですが」
片眉をあげたマシラは、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「布は市で買うもんだろ、市が立つ日は決まってる。そんなことも知らねえのか。お前、どこの権力者の家のもんだ。俺たちを馬鹿にしてるなら、さっさと帰れよ」
「家はありません」
―――ここが日本でないなら、どころか家族もどこを探してもいないだろうなあ。
すこし寂しくもあり、けれど忍者になれた今が楽しすぎて脇谷は内心にこにこだ。
そんなこととは知らないマシラは、眉間に寄せたしわを少しだけゆるめる。
「……お前も、家がないのか。そんないい服着てるくせに」
「服はなんというか。おまけでもらった、んでしょうか。自分にもよくわからないんですけど」
葦原で気が付いたときには、脇谷はすでにこのパーカーをまとっていた。
全裸でなかったのは大変ありがたいことだ、と見も知らぬ神に感謝する。
脇谷がしみじみと感謝の念を抱いているうちに、マシラは何か考えていたらしい。
ぐ、と視線に力を込めると、顎をあげて威圧的に脇谷を見る。いや、睨みつけている。
―――おや、何か試されているような。
視線を逸らしてはいけない、と察した脇谷はマシラの目を見返した。
すると、少年の眼差しはますますきつくなる。
唐突な睨み合いが発生するのか、と思われたが。
「やめなよ、マシラ」
するりとふたりの間に割り込んだクナイが、ため息交じりに絡まる視線を遮った。
「そんな調子で忍び込もうなんて、危なっかしくていけないよ。社にはおいらが行く」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます