鏡に映る 記憶に残る
アマテラスが颯爽を部屋を出て行くのにそれぞれがついていく。
最後に部屋のなかに残ったのは、スザクだ。
銅鏡の前にひとり立ったスザクは、鏡に映る自身の顔を見つめ唇を噛み締めている。
―――おや、なにやら思うところがおありのようですが。
天井裏からのぞく脇谷にもわかるほどの、思いつめた顔だ。
けれど部屋の入口に背を向けているため、気付く者はいない。
「俺がこんな、かっこいいわけないのに……」
ちいさなちいさなつぶやきは、けれど確かに脇谷の耳に届いた。
―――顔が違っている、ということでしょうか? しかしスザク氏は先ほど、そんなに姿が変わっていないようだと言っていたような。
「あの、皆さま移動をはじめておられますが」
物思いに沈むスザクの背に声をかけたのは、戸口で控えていた屋敷の者。
弾かれたように振り向いたスザクは、照れ笑いを浮かべながら部屋を出て行く。
「あ、すみません! いま行きます」
颯爽と去って行ったアマテラスを追って、スザクもまた部屋を後にした。
―――何やら訳ありのようですね。爽やかで人の良さそうな青年に隠された顔がある、実に浪漫あふれる展開です。
廊下で控えていた屋敷の者が室内の火を消して退室し、すうっと引き戸を閉めたあと、音もなく部屋の中央に降り立ったのは脇谷だ。
―――着地も問題なし、ですね。本当に忍者向きの身体だ。
光りの届かない暗がりであるにも関わらず、脇谷の目には問題なく確認できる。
指の数どころか、手のひらのしわまで見える。
そもそも部屋のなかと違って屋根裏に明かりなどないのに、脇谷の眼は暗闇をものともせず視界を確保していた。
それだけではない。天井から難なく降り立つ身体能力も、音を立てずに屋根裏に潜んで難なく移動するバランス感覚も、かつての脇谷にはなかったものだ。
「……これが、自分の望んだ姿、なんですかね」
銅鏡に
容姿は確認していないけれど、この身が持つ能力は間違いなく脇谷が夢見ていたものに匹敵する。
いや、それ以上かもしれない。
「おっと、置いてかれる」
格別変わったとは思えない手をにぎにぎと動かしていた脇谷は、床のうえをすべる衣の音がゆったりと止まるのを耳にして意識を切り替えた。
この耳の良さも、変わったことのひとつだろう。耳をそばだてなくとも、廊下を歩く彼らの声が容易に拾える。
「こちらのお部屋が空いてございます。五部屋で足りなければ、他を案内いたしますが」
控えめに告げるのは、彼らを案内していた者の声だろう。
「ということだが、さてどうするか。女子を一番奥にするとして」
「お隣はスザクさんか風魔さんがいいなあ」
アマテラスの声に応えたのはリーチェだろう、と脇谷は当りをつける。
優れた聴覚がなくとも、落ち着いたアマテラスの声と若々しいリーチェの声は聞き間違えようがない。
すこし前から足音が途切れているため、部屋の前で立ち止まっているようだ、と天井裏伝いに彼らを追った脇谷は階下の様子を想像する。
想像と、生まれ変わった脇谷の身体が持つ気配察知能力をすり合わせれば見えずとも問題はない。
「お前、面食いか」
「顔はかっこいいほうがいいでしょ! でも、それよりもヒガさんいびきかきそうだからヤダ」
あきれたようなヒガのひと言に、リーチェはさらりと失礼なことを言う。
その歯に衣着せぬ物言いに「この子こわい」と脇谷は声に出さずにぼやいた。
「お前ほんと、ずばずば言うな……」
「はは、リーチェらしい」
怒りもせずに返すヒガも、笑うスザクも彼女の発言の遠慮のなさに慣れた様子を見せる。
彼女はゲームのなかでも同じような振る舞いをしていたのだろう、と思われた。
「僕はどこでも構わないよ。部屋なんて、寝られればいいからね」
そう言った風魔は、ことば通り部屋にこだわりがないのかそれとも意識して感情を読めないようにしているのか、脇谷には声から考えを読むことができなかった。
(さすが風魔の方です)
本人は忍者と何ら関係ないと言っていたが、脇谷にとってはすでに風魔は風魔忍者の風魔だと確定されていた。
彼の名字は、脇谷の心を揺さぶる良い名前だ。
(忍者の家系でないというのは大変に残念ですが、その発言自体がフェイクという可能性もありますし。いやむしろ、正体を隠して民衆に紛れることこそ忍者としてあるべき姿なのでは?)
勝手な妄想を繰り広げる脇谷の心に、風魔の存在が強く刻まれる。
(素敵すぎます、風魔さん。ぜひとも一度お話を伺いたい。けれどやすやすと正体を明かすわけにはいかないでしょうし、風魔さんも正体を露見させられるのはお嫌でしょうし。様子を見て、おひとりになったときにお会いできたら話しかけましょう、そうしましょう)
「……?」
脇谷がにやける顔をこらえながら決意をしたとき、ふと風魔の視線がこちらに向けられたのに気が付いた。
天井裏にいるため相手の姿が見えるわけではないが、視線を感じる。
今の脇谷には、感じ取れる。
(もしや、バレた?)
冷やりとする背中と、さすが風魔さんッ! と湧きたつ心が脇谷のなかでせめぎ合う。
許されるなら心のままに転げまわってしまいたい。むしろ色紙とペンを持って「忍者のファンです! 偽名で良いのでサインください!」と頼みたいところだが、なんとか耐えた。
屋根裏の暗がりのなか、天井に伏せて身体を丸め、目をつむる。
呼吸はごく浅く、音には出さず真言を唱えた。忍者の本が師匠である脇谷にとって、真言はひとりで練習できる数少ない忍者っぽいことなのだ。
はたから見ればまるで岩のように静かなものであるが「お城で敵の視線をやり過ごすなんて、めちゃくちゃ忍者っぽいです! 最高です!」と脇谷の胸中は大層やかましい。
「では我が決めてしまおう。リーチェの隣はひとつ空けてヒガ、スザク、風魔でどうじゃ」
「それなら、夜もぐっすり寝られそう!」
脇谷が悶えているうちにアマテラスが提案し、リーチェが勢いよく賛成する。
「あー、俺はどこでも構わねえ」
「うん、俺も」
ヒガとスザクが続々と賛同して、残るは風魔となった。
「僕は端の部屋だね。この廊下はどこに続いているのかな」
不満の混じらない声で聞くのは、純粋な疑問からだろうか。
風魔の問いかけに脇谷が首だけ起こして屋根裏を見渡せば、そう遠くまでいかないところで壁に遮られている。
―――さすがの忍者パワーでも壁は透けて見えませんね。
「廊下の向こうは前宮の裏口じゃな。とは言うても、宮の管理をする者たちの出入口は別にあるゆえ、通る者もそうおらんから騒がしくなることはなかろうが」
騒音が気になるのであれば部屋を替えるか、というアマテラスの申し出に、風魔は「いいや」とすぐ断った。
「裏口なら、出入りが簡単でむしろうれしいよ。この建物はどうにも、廊下が長いから移動も大変そうだしねえ」
風魔のことばに、脇谷は屋根裏で大きくうなずいた。
ここまでずっと屋根裏を移動してきたが、はじめの広い部屋のあとは長い廊下ばかりが続いている。
廊下の横に部屋があるのだから廊下が長くなるのは仕方ないのだろうが、住居とするにはあまり向かない造りであった。
「ならば、これで決まりじゃな。まだ太陽が下りはじめて間もない。夕餉までしばらくあるが、どうする。部屋で休むか?」
「うん、もう疲れちゃった。しばらく寝ててもいい?」
アマテラスの声に一番に返事をしたのはリーチェだ。
脇谷の見間違いでなければ、刃物を持った男に馬乗りになられてめった刺しにされていた少女だ。
本人の落ち着きようを見る限り殺されたときの記憶はないようだが、身体はダメージを残しているのかもしれない。
「構わんよ」
アマテラスの了承を得たリーチェは、疲れをにじませながらもうれしそうに「わーい」とはしゃいだ声をあげて部屋へと下がって行った。
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