ひまりアウェイキング-002



「──だから! だからさぁ! お前が、甘楽が! 俺の前で、主人公らしくするなよ!」

「しっ、らねーよ! 何の話してんだ!」


 砲撃と砲撃がぶつかり合う。その間隙に数多の射撃が行われ、その全てが途中で道を阻まれる。

 一度地に叩きつけてから、改めて再開したリオンとの戦闘は、一進一退の攻防に陥っていた。


 互いのベストが同地点にある。故にこそ、中々勝負が決まらない。

 アルティス魔法魔術学園の遥か上空を高速飛行しながら、それでも手を止めることはなかった。


「……このままでは埒が明かんぞ、お前様よ」

「分かってる……けど、打開策がない。一応、さっきから全力だからね? 俺」

「分かっとる分かっとる。じゃがな、長期戦になればお前様の方が不利じゃということは、しっかり理解しておけよ」


 魔王からの忠告に、僅かに顔を顰める。全く以てその通りだから、反論の一つもしようがない。

 呪術騎士の戦闘は基本的に呪物を介したものであり、だからこそ、戦闘のが良い。


 自身の呪力のみならず、呪物に籠った呪力も使えるのだから当然である。

 それに比べて俺は、魔力は全て自前だし、演算だって多少は杖に任せられるようになったとは言え、ほとんど自身の脳みそでやっている。


 このまま戦っていれば、先に限界が来るのはどちらなのかは目に見えていた。

 その前に、この状況を打破しなければならない。


「いざとなったら、余も手を貸すからな」

「勘弁してくれよ……大丈夫。何とかするのが、俺の役目だから」


 それに、全くの無策って訳じゃない。リオンは初見の敵じゃない。

 初対面時にも襲われていて、対破滅戦ではコンビを組んだ。


 それならば当然、動きは読める、思考は読める。

 俺の思考を先読みしているだろうリオンの思考くらい、更に読むことくらいは可能であるはずだ。


『Ragione trascendentale:ver.di lancia』

「ハ、ハハッ、呪術騎士相手に近接戦闘か!? 大きく出たな、甘楽ァ!」


 杖を槍状に魔導でコーティングすれば、リオンはビームサーベルを抜き放つ。

 一瞬にも満たない睨み合いの末に、中央で互いの獲物はぶつかり合──わない。嘗めんなよ。


 それは先日見た。耐久性も記憶している。であれば、それをぶった切れるくらいにまで瞬間的に出力を上げるくらい、造作もねぇんだよ。


「おいおい、嘘だろ!?」

「お前、俺を嘗めすぎ」


 リオンの驚愕を聞き流しながら、穂先をリオンの肩に叩き込んだ。装備している軽装にぶつかり合って、火花を上げながらも叩き斬る。

 超上空から大地へと、一直線に空間を断ち切るように、リオンを叩き落とした。

 派手な衝撃と爆風。


『Ragione trascendentale:ver.del bombardamento』


 それでも構うことはなかった。あの程度じゃ気絶すらしないことは分かっている。

 やるなら徹底的に。

 開いた数十の、砲撃魔導の砲門が墜落したリオンをターゲットして撃ち放たれた。

 それと並行するように、トップスピードで接近する。


「お、おお、おおああああああ! 嘗めてるのは、そっちだろ!?」


 砲撃が大盾に防がれる。間を縫うように飛ぶ俺に、数多のビットからの光線が追い縋ってくる。

 すべてを夢纏で受けていたら、こっちが先にガス欠を起こす。

 されども、回避に時間をかけすぎていたら先手を取られる。


「だから、トップスピードで突っ込む! 受け止めてみせろぉ!」

「あぁ!? クッソ、馬鹿なんじゃねぇのか!? 戦ってる時だけ威勢が良いのは、何なんだよ……ッ!」


 渾身の一撃。上乗せさせられるだけの加速をした状態で、槍をただ突き出した。

 数多の光線が身体の端を掠めるように貫いていく。だが致命傷じゃない。掠り傷の範疇。それなら、止まる理由にはなり得ない。


 一枚、三枚、五枚、十枚。

 道を阻む盾状のビットを斬り裂いて、リオンと再びぶつかり合った。


「あー、流石に出力足りないか……」

「随分力任せな戦いだな、らしくないんじゃねぇか?」

「でも、やりづらいだろ?」


 返答は舌打ちだった。次いで鍔迫り合っていた槍が弾かれ、高速で放たれた刺突の群れが眼前を支配する。


 や、やっべー。

 やっぱり接近戦で呪術騎士に敵う道理はないわ。単純にスキルが、テクニックが違う。


 まともに打ち合うことすら許さない、洗練された動きだ。付いて行ける訳が無い。

 だから、


『Ragione trascendentale:ver.di tiro』


 槍状に圧し固めていた部分をそのまま弾丸へと変化することで、射撃魔導の高速展開を可能とさせる。

 リオンの刺突は、甘く見積もっても秒間十発は放たれている。おまけに呪力を残しているのか、刺突が衝撃となって向かってきていた。


 けれども、コンマ数秒すらかからずに展開できたのは計八十四の魔法陣。

 刺突の中で、目を見開いたリオンが見えた。


「悪いな、俺は合いより合いが専門なんだ」

『Sparare!』


 刺突の群れを、射撃の群れが喰い破る。

 ビームサーベルは鋭く弾かれ宙を舞い、身に着けた軽装は加速度的に剥がれ、ついにはリオンを嵐の如く巻き込む。


 質と量。どちらも上回った自信があるそれは、過たずリオンの全身を穿った。

 弾丸と弾丸がぶつかり合い、呪力と魔導がぶつかり合って、爆風が巻き起こる。

 ……これ、俺演算速度上がってるな。魔王の介入は感じないし、魔導が身体に……脳に馴染んできたか?


 いつもより良く視えてきたし、今ならもっと戦えそうだ。


「だから、早く出て来いよ。見えてるって、無事なのは」

「ハハッ、厄介だなあ……本当に。主人公は伊達じゃないってか」

「お前の主人公定義、どうなってんの……?」


 こんな如何にも踏み台ですみたいな面の、実際に踏み台だった甘楽おれに何を見出してるんだよ。

 初対面の時からそうだったが、俺に何らかの期待をし過ぎなんだよな……。


 あんまり得意じゃないんだよ、期待されるのとか。

 勘弁してほしい限りである。


「大体、今は主人公がどうとか関係ないだろ……どういうスケールで物語ってんだよ」

「そりゃあ、世界スケールでだろ? この世界はお前の……いや、俺の為に……そうだよ、俺の、俺の為に! 用意された舞台なんだからさぁ!」


 錯乱したかのような絶叫と共に、リオンは盾を地に叩きつけた。大盾は見慣れたビットへと変わり、同時にリオンは右手を天高く掲げた。

 その掌の中にあるのは、板……スマホ? のようなもの。

 え? 何あれ? 急にどうした?


「着・装!」

「おあ!? え!? 何!? 何なの!?」


 ピカーン! と推定スマホは眩い輝きを放ち、リオンとその周囲を明るく包み込んだ。


 パッと見ふざけた光景であるのだが、俺の本能が全力で「やばい」と叫んでいる。

 反射的に、残していた射撃魔導を発射して、その全てが弾かれる──リオンの振り払いによって。

 その様相は、先程とはガラリと変わっていた。


 まず制服姿ではない。ボロボロにした軽装もすっかり姿を消して、リオンの全身を包むのは純白の装甲だった。

 かといって、中世の鎧のようなものではない。もっと機械的な──近未来的な。

 言わばパワードスーツとも言えるような、あるいは小さなロボットとも言えるような。


 ゴテゴテとはしておらず、スマートでありながらも強固さを感じる装甲。

 その背には翼……のようなものが取り付けられている。呪力をそのまま推力としているのか、翼状に呪力が広がっている。

 両手には、見たことのないライフルが二挺。

 ガチャリと音を立てながら、頭部の装甲を被ったリオンが、鋭く俺を見た。 


「────最終決戦武装・厭世」

「かっ、かっこいいーーーーーッ!!!!」


 思わず絶叫してしまった。おいおい、こんなのあって良いのか!? と状況にそぐわない興奮に全身を包まれてしまう。


 いや、だって……パワードスーツ!? ズルだろそんなの!

 俺もそれ欲しい! と駄々をこねそうになった瞬間だった。


「おいおい、油断するなよな」

「──ぁ」


 反射すら出来ない速度だった。目は離していなかったし、集中だってしていた。

 全身は上手いことリラックスできていたし、胸を張って言える最高のコンディションではあった。

 だというのに、反応できなかった。

 気付けば銃口が胸に捻じ込まれていて、知らない輝きが視界を灼いた。


「…………がっ、ハァッ、ゴボッ。ぐっ、おぇ……」


 意識が数回、断続的に飛んだ。直撃した時と、吹っ飛んだ時、それから校舎に叩き込まれた時で、三回。

 痛すぎて飛んだ意識が無理矢理引き戻されるのを連続して行われ、今自分が生きてるのかすら、一瞬分からなくなる。


 大丈夫、生きてる、生きてる。死んでない。

 ワンチャン、全身が消し飛んだかと思ったが、運良く胸に風穴が空くだけで済んだらしい。


 不幸中の幸いだ。今ので決着がついてもおかしくはなかった。

 これならまだ、数分くらいは生きていられる。


「おっと、悪いな。これの加減、難しくってさぁ……次は、一撃で消してやる」

「はっ、ラッキーパンチでそんなに喜ぶな、よ!」

『Ragione trascendentale:ver.di tiro』


 数十の射撃魔導が一斉に放たれる。ほぼゼロ距離、回避は不可能。三百六十度全方位から迫るそれを、リオンは防ぐことすらしなかった。

 純白の装甲に、射撃魔導は弾かれていく。まるで雨粒みたいに軽々と。


 えー……いや、そうか、ノーダメか……。

 ショックを受けるより先に、そのギミックを理解する。


 これ、鎧に流してる呪力で射撃を一旦受け止めた後、片手に封じ込めてる破滅×2に演算させて魔導を無効化してるな……。

 ズルくね……? いや、それもリオンの武器の一つと言われてしまえば、それまでであるのだが。


 さっきと違って主導権を渡してる訳でもあるまいし。


 ちょっと勝てないかもな、と思った。

 弱気になった自分を、しかし叱咤できなかった。

 絶望したというか、冷静に勝ち目が見えない。


 かつてないほどに俺の思考は回っていて、その上でまともにやり合える可能性が絶無であると、俺の頭は至極冷静に判断していた。


「まさか、もう終わりじゃないだろ? なあ、主人公かんら。それとも、やっぱりこの世界は、俺のものか?」 

「……お前、さっきから、言ってること、滅茶苦茶だぞ……」


 自分が主人公だって言ったり、俺が主人公だって言ったり、どっちなのかハッキリしろよ──いや、あるいは、どちらであっても欲しくないのかもしれないが。

 リオンにとって主人公というのは、酷く大切な物でありながら、誰かに押し付けたいものであるのだろう。


 まあ、元々リオンのものでも無ければ、俺のものでもないんだが……。

 主人公は一人だけ。決まってる。


 でも、あー、まずい。目が霞んできてる。明らかに失血しすぎてる。ダメージがデカすぎて、思考が散発になってきてる。

 というか冷静に考えて、動ける怪我じゃない。流石に心臓からはズラしたけど、肺とか吹き飛んだろ。


 今、呼吸出来てるか? 分からない。

 ちゃんと立ち上がれてるか? 分からない。

 まだ戦えるか? 分からない……いや、無────


「……!!?」

『Ragione trascendentale:ver.del bombardamento』


 反射的に砲撃魔導を撃ち放っていた。標的はリオン──。その先に見えた、巨大な獣の掌。

 鋭く振るわれたそれを押し留めるように砲撃は空を駆け、そのままリオンをスルーして地を蹴った。


 空へと飛び出る。空を蹴る。

 砲撃魔導が減衰するのと同時、叩き潰されそうだった日鞠を抱きかかえた。

 反転、跳躍、飛翔。

 紙一重で九尾の一撃を躱し、一息吐いた。ついでにせり上がってきた血が意志に反して零れ落ちる。


「……へい、きか? 日鞠……怪我は、ない?」

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