ひまりアウェイキング-001


 生まれながらにして主人公。

 世界は自分が活躍する為に用意された舞台。


 単なる思い込みや妄想ではなく、純然たる事実として、リオン・ディ・ライズという少年は、それをある日突然理解した。

 予兆や前兆は全くなかった。とある日の朝、まるで稲妻にでも打たれたような衝撃と共に、リオンはそれを、脳を超えた魂レベルで理解した。


 無論、唐突に気が狂った訳ではない。過剰なストレスによって激しい思い違いをしている訳でもなく、何らかの呪術、あるいは魔法魔術によって錯乱させられた訳でもない。

 客観的な事実として、リオンはそれを知ったのである。 

 きっかけは何かと言われれば、間違いなく、この世界に二人の転生者が放り込まれたことだろう。


 二人の転生者──とりわけ、その片割れは悉く原作を破壊しているが、そういった行為とは関係なく、ただ転生者が二人放り込まれ、世界が歪んでしまった。

 その影響が、『蒼天に咲く徒花2(仮称)』の主人公である、リオンには諸に出てしまったという話であった。


 つまり、どういうことなのかと言えば。


「ここはゲームの世界で、俺が主人公? ハハッ、冗談だろ……」


 リオンは正確に、別次元の視点──分かりやすく言えば、転生前の甘楽に近い視点で、その事実を理解・把握した。

 そして同時にこれが、否定したくとも出来ない事実である、ということも。


 物証はなくとも、脳に焼き刻まれたかのように主張する、この世界についての知識……あるいは、”『蒼天に咲く徒花』という概念”がそれを肯定していた。

 それを頭ごなしに否定するほどリオンは愚かではなく、それを事実として受け入れる方に舵を切れる程度には、賢しい少年だった。


 それが今から約三年前のこと。即ち、日之守甘楽という少年が、転生者として覚醒した日のことである。


 原作知識を持たない転生者くうじょうりつか

 原作知識を持つ転生者ひのもりかんら


 この二人に加え、この世界には『原作知識を持つ現地主人公』という存在すら生まれていたという訳だ。

 そりゃ世界も壊れるというものである──あるいは、彼こそが最も、世界が壊れた被害を分かりやすく受けた、最初の一人とも出来るだろうが。


 ただ、少なくともリオンからしてみれば、これは被害と言うよりは、恩恵と言った方が近かったのは、確かなことであった。


 リオンはそれから、ひたすらに”理想の主人公像”を体現することに注力するようになった。

 その”理想”は客観的なものであり、同時に主観的なものでもあったと言うべきだろう。


 自身の思う主人公と、誰かが『リオン・ディ・ライズ』というキャラクターに求める主人公性を掛け合わせたものを理想と呼び、かくあるべしと積み上げてきた。

 何故ならリオンは主人公であるのだから。

 ただの思い込みや妄想ではなく、純然たる事実としてそうなのだから、それに応えるべきだとリオンは考えた──と言うのは、装飾するにしても殊勝すぎるか。

 リオン・ディ・ライズは特別な存在であり、それは主人公であるからこそであると、リオンはそう理解したと言った方が正しい。


「なにせ俺は、主人公だからな」


 だから、そんな言葉がリオンの口癖になるのに、幾許もかからなかった。

 見ず知らずの後輩を助けた時も、謎の転入生とコンビを組むことになった時も、突然の決闘に応じることになった時も、大きな事件に巻き込まれた時も。


 リオンはその言葉一つで全てを受け容れ、全てを解決に導いた。

 当たり前だ、知っているのだから。備えてきたのだから。研鑽してきたのだから。先手を打ってきたのだから。


 時を重ね、交友を重ね、事件を重ね、その度に称賛を浴びた。

 実に主人公らしく、実に物語らしく、実に、

 誰もが偽物に見えた。何もかもが偽物に見えた。自分一人だけが、本物なのだと思った。


 そう考えるようになった時、既にリオンの目には、世界は作り物に見えていた。

 それでも折れることがなかったのは、狂ってしまうことがなかったのは、やはり彼が『主人公』であったからに他ならない。

 あるいは、『主人公であろうとした者』だから、とも言えるだろうが。


 何にせよ、原作との乖離はなかった。これからも無いはずだった──あの日、一発の砲撃が校舎に降ってくるまでは。


「おいおい……マジかよ、何だ? 何が起こってる!?」


 幸い、破壊されたのは誰も使っていない旧校舎であった為、怪我人の一人も出なかったが、それはそれとしてリオンは驚いた。

 いやもうマジでビックリしすぎてリオンは腰を抜かした。

 彼はこの世界で唯一、『蒼天に咲く徒花2(仮称)』のシナリオを知っている人間である。


 だからこそ全てを予定調和に導けた。

 それが当たり前だった。

 それが日常で、だからこそ嘘くさかった日常が、その一撃で滅茶苦茶に消し飛ばされた。


 その日から、リオンの日常は非日常と化した──嬉しかった。

 初めに胸に去来した感情は、喜びだった。

 自分の知らないことが起こることを。

 自身の知らない物語をがあることを。


 この世界は作り物では無いことを教えてくれたようなそれに、リオンは心の底から感謝した。


 けれども、次いで訪れたのは絶望だった。

 知らないということは、主人公ではないということだ。

 知らないということは、自分の物語ではないということだ。


 この世界が作り物ではないということは、この世界はリオン・ディ・ライズの世界ではないということだ。

 いつからか、リオンは主人公であることを嫌悪しながらも、主人公であること自体がアイデンティティとなっていた。


 自身の存在価値を主人公であることとしていたリオンにとって、日之守甘楽という存在そのものが、福音でありながら、凶報だった。


 愛おしくも憎たらしい。

 そこにいて欲しくもあれば、今すぐ消えて欲しくもある。

 生きていて欲しいし、死んでほしい。

 もっと物語を紡いで欲しい反面、その座を寄越せと叫びたくもなる。


 だからリオンは、主人公が好ききらいだった。

 だからリオンは、日之守甘楽しゅじんこう大嫌いだいすきだった。










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