れあコネクター-002



「さて、おはよう、一号プリーモ。調子はどうかのう?」


 今から数えてきっかり六年前。ミラ=キュリオ・プリーモは、カイウス・ラウレストと、それに協力する技術者たちの手によって、この世に生まれ落ちた。

 一般的な生み出され方ではなく、技術を駆使した末に作り上げられた、人工生命体。

 彼女の名に『一番プリーモ』が与えられたのは、偏にミラが、一番最初に作り出された人工生命体であり、数多に生み出された人工生命体の中でも、最も成功作に近かったからである──そう、成功に近かった。

 端的に言って、ミラ=キュリオ・プリーモはだ。

 転身体製造計画──Project-Eternitàと名付けられていたそれの目的は、文字通り『人工的に転身体を生み出すこと』である。

 人の手による『不老不死』を実現する為に、カイウス・ラウレストとそれに協力した呪術騎士・研究者が、いつか見た夢のお話。

 その過程で生み出されたのが──カイウス・ラウレストの転身体として造られたのが、ミラ=キュリオ・プリーモだ。


 作り上げられた肉体に欠損はなく、不具合はなく、脳は正常に稼働し、内臓も問題なく、魔力は保有せず、戦闘センスに恵まれ、そして何より、ラウレストの呪力に適合した、ほとんど完璧な人工生命体。

 けれども、決定的に誰かの魂を受け容れることは出来ない、誰かの次の器になり得ない、致命的な欠陥品であった。

 ミラは、普通の手段で生み出されなかったが、しかし、その在り方は通常の人間と遜色なさすぎた。

 故にこそ失敗作。けれどもそれ以降、ミラほど完璧な肉体は、一つたりとも生まれなかった。


「……潮時じゃな。転身体を人の手で作り上げるのは、現時点では不可能と考えるべきじゃろう。これ以上を追求するには、また果てしない時間がかかる……儂にはもう、そこまでの時間は残されておらん」


 ラウレストが溜息交じりにそう断じたのは、ミラが生み出されてから約二年後のことである。

 この時、ミラの肉体年齢は六歳──飽くまで実験体であるミラの肉体成長速度は、常人の三倍に設定されていた。

 一年の内に、ミラは三つ歳をとる。

 とはいえ、ラウレストを含む研究員に、徹底された教育を受けていたミラの頭脳は肉体相応であった──精神年齢は別であったが。


「のう、プリーモ。儂のことは好きか?」

「んー? ま、そうだな! じじいのことは嫌いじゃねぇぜ!」

「うむ、うむ。であれば、プリーモ。儂の剣になってくれんかのう?」


 いつも通りの優しげな声で、そう告げられた日のことを、ミラは良く覚えている。

 ほんの、三年ほど前のことだ。

 これを快諾したミラはその日から、呪術騎士としての鍛錬が一日の大半を占めるようになった。


 狂ったように武器を振るった。

 寝る間も惜しんで呪力を使い込んだ。

 血反吐を吐いても鍛錬は終わらなかった。


「いや? やめたいとかは思わねーよ。じじいに毎日毎日半殺しシバかれんのは辛いツレーけどさ、オレはじじいの為に戦うって、約束しちまったしな!」


 いつか、誰かに「もうやめたいとは思わないのか」と聞かれた時、ミラは屈託のない笑顔と共に、そう返したことを覚えている。

 それほどまでに、ミラにとってラウレストは本当に、親であり、祖父であり、家族であった。

 ラウレストはとうの昔に道徳に背いた人間ではあったが、かといって、何もかもが破綻している人間ではなかった。

 計画を進めるにあたり、多くの命を身勝手に費やしてきたが、それでもラウレストを裏切った人間が一人もいなかったことが、その証左だろう。

 自身が特別な出自であることを理解した上で、それでもラウレストに付き従ったミラのように。

 ラウレストの周りにいた誰しもが、ラウレストを嫌悪することはなかった。

 カイウス・ラウレストは、度し難い人格者であった。

 もしくは人の心を容易く手懐けることが出来てしまう、狂人だったのかもしれないが────いや、いいや。

 事実、狂人ではあったのだろう。あるいは悪人か。

 どちらにせよ、ただならぬ人間であり、罪を重ねた人間であり、許されてはならない人間であるのは間違いないことだった。


 ──それでも、ミラにとって、カイウス・ラウレストという男は、これ以上のない、ただ一人の家族であったのだ。

 悪人であろうと、狂人であろうと、罪人であろうとも、子供が親を信じたいという気持ちは、間違っているだろうか?

 子供が親の為に力になりたいと、そう思う気持ちは間違っているだろうか?

 間違っている訳が無い。

 間違いであって良いはずがない──だからこそ、ミラの幼い心に傷は残った。

 ミラがラウレストのことを家族として見ていた一方、ラウレストは飽くまで、ミラのことを一号どうぐとしてしか見ていなかったのだから。


 だから、間違いだというのであれば。

 ミラ=キュリオ・プリーモという少女が、カイウス・ラウレストという男のことを、家族として愛してしまったこと。

 そこからがもう、間違いであったと、そう言うべきなのだろう。


「──なんてな。ま、勝手に家族だって勘違いした、玩具の戯言だ。悪ぃーな、大したこと知らなくてよ」

「いえ、いいえ。良くありませんわね。決めつけるのは、早計だと思いますわよ?」


 長く深くため息を吐いたミラは、そっと手を握ったレアに、力強く引っ張り起こされた。

 半ば抱きかかえられる形で、ミラは立ち上がる。

 ミラの震える背中を、レアが優しく叩いた。


「どれだけ親しい人であろうとも、人間である以上、齟齬無き相互理解は不可能ですもの。たった一つや二つの言葉で言い表せられるほど、誰かが誰かを思う気持ちは単純ではありませんわ。共に過ごした時が、積み重なれば積み重なるほど、想いというのは複雑になるものなんですから」


 だから、直接会って聞きましょう。問い質しましょう。話し合いましょう。腹を割りましょう──と、レアは言う。

 それは恐ろしい行為であると、ミラには分かる。いいや、レアにだって分かっている。

 それで本当に、改めて、心の底から否定されてしまったら?

 ミラにはどうすればいいのかも、あるいは自身がどうなってしまうのかすらも、分からない。

 けれども分からないまま、碌に言葉を交わすこともなく、ただ投げやりに放られた言葉だけを真に受けて終わることも、また恐ろしい。

 どちらを選ぼうとも恐怖しかなかった。

 どちらに進もうとも正解とは思えずに、ミラはレアにしがみつく。


「大丈夫。怖いのなら、わたくしも一緒に行きますわ。嘗めたことを言うようなら、わたくしがグーで分からせて差し上げましょう」

「……何だ、そりゃ。そもそも、何でリスタリアがオレに、そこまでするんだよ。オレ、一応敵だぜ?」

「敵も味方もありませんわよ──だって、ミラ様。貴女ずっと、泣いているんですのよ?」


 そう言われて初めてミラは、頬が濡れていることに気が付いた。

 歪む視界はレアの魔術によるものではなく、自身の涙であったことに、ようやく気付く。

 気付くと同時に、歯止めは利かなくなった。

 ボロボロと、嗚咽と共に涙は零れ落ちる。

 そんなミラを、レアは優しく抱きしめた。


「だから、力をお貸しします。わたくしが、ミラ様の助けになりますわ。わたくしがミラ様を救うことは出来ないかもしれませんが、ミラ様が一人で立てるまでの、お力添えくらいは出来るでしょうから」


 人は、人に繋がれたものを、次の誰かに繋げるものだ。

 かつてレアが、一人の少年に救われたように。

 次はレアが、一人の少女に救いの手を差し伸べる。

 繋げるもの次第で、世界は変わるものだから。

 繋がれたもの次第で、人は変わるものだから。

 それを知っているからこそ、この小さな少女を、レアはうんと強く抱きしめた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る