れあコネクター-001


「あらあら、日之守様方はド派手にやり始めましたわね。でしたら、こちらも始めましょうか。ね、ミラ様」

「……そこを退け、リスタリア。オレの標的は日之守ヒノクンだけだ。テメェと戦う理由はねぇ」

「残念ですが、それがもう、わたくしにとっては、戦う最大の理由になるんですのよ」


 目には見えない、けれども確かにそこにある魔力と呪力がせめぎ合う。

 ミラ=キュリオ・プリーモは、接近戦を主体とした、実に模範的かつスタンダードな呪術騎士だ。

 そして、それは同時に、魔術師にとっては相性の悪い敵ということも意味する。

 魔術師の本領は基本的に、中~遠距離。

 徹底して近づかせないレアと、半歩ずつでも近寄るミラの熾烈な攻防が幕を開けた。


「呪怨武装:code003────ぶっ破壊こわせ! 超級SSR美少女百連ガチャスラッシュ!」

陽炎の道foschia di calore 果ての泉はfontana finale 真か偽かquanto sia vero o falso


 呪力を解放した一撃が捉えたレアが、ブワリと解けて消えていく。

 超高精度の幻覚──それでいて、ただの目くらましだけではなく、揺らめく炎が掠めるように、ミラの肌に火傷を残して消えた。


(クソッ、視界が嫌に歪みやがる。炎の影響か、あるいは精神干渉系か……!?)


 軽く舌打ちをしたミラが、戦斧を床に突き立てる。

 中~遠距離に徹するレアに、ただ愚直に接近するのは悪手でしかない。

 ガチャリとレバーを入れて、コマンドを叩いて叫べば、それは巨大な銃の形へと変形した。


「呪怨武装:code002────蜂の巣にしろぶちまけろ! クソリプ炎上マシンガンッ!」

「貴女様、それ本当に口に出してて辛くなったりしませんの!?」

「なるから! 強ぇんだろうがよぉッ!」


 呪力の弾丸が、増え続ける幻覚を根こそぎ消し飛ばす。

 呪怨武装──カイウス・ラウレストが作成した呪物の一つでありながら、ミラの専用ワンオフ武装。

 一から十までの形態が存在するそれを、ミラはコンマ数秒も要せずに切り替え、巧みに手繰る。


 オーソドックスな呪術騎士でありながら、最も新しい形の呪術騎士。

 それが、ミラ=キュリオ・プリーモと名付けられた女である──それを相手するレアは、稀代の天才魔術師でもあるが。


狙い過たずnon rimuovere ろうそくの火をluce della vita 吹き消さんspegnere

「っね! チッ、精度ねらいが良すぎンだろ……躱しきれねぇ」


 焔で編まれた弾丸が、さながら雨粒のように降り注ぐ中をミラは駆け抜ける。

 呪怨武装はcode005。剣に近い形になったそれを、片手に踊るように舞う。


 じりじりと、互いの距離は縮まっていた。

 厚くなる弾幕を前に、それでもミラは止まらない。


(……速すぎますわね、止められない──ミラ様には、止まる気が無い……? いえ、いいえ。ミラ様にもと見た方が、良さそうですわね)


 レアは既に、《神焔》の魔装を展開している。操る炎は一万度を優に超えている。太陽の表面温度が約六千度であることを考えれば、ほぼ必殺であると考えても問題ないだろう。

 直撃すれば火傷程度では済まない──一撃一撃が致命に繋がる。

 その中を怯むことなく、防御に徹することもなく、ただ駆け抜けるミラは、明らかに異様だった。


 これほどの熱を浴びながら、回避しきれずに焼けて行きながらも、止まるどころか、足を鈍らせすらしない。

 悠々と突き進むその様子は、痛みを知らない獣のようですらあった。

 常人では有り得ない──異常者代表の日之守やリオンとは別ベクトルで、ミラはおかしい。おかしくなっている。


(ハッ、何も感じねー。壊れる前にるか、る前に壊れるかの二択しかねーってか。益々道具らしい──あーあ、オレは何やってんだかな)


 剣を振るいながら、ミラはどこか冷めた様子でレアを追い回す──ミラにも止まれないという、レアの予測は的を射ていた。

 今、ミラの身体を突き動かしているのは、ミラ本人の強い意思ではない。


 全身の血管を走っているかのように感じる呪力──ミラの呪力ではなく、ラウレストの呪力が、ミラの一挙手一投足をコントロールしていた。

 日之守を後ろから刺したその瞬間から、ミラは自由を奪われている。

 痛みも感じず、恐怖すら感じず。

 ただ、の意思に従い、命令をこなす人形。


 それが、ミラ=キュリオ・プリーモという、呪術騎士だった。


「──ええ、ええ! 知っています。分かっておりますわ。だからこそ! わたくしが此処にいるのです!」


 されども、レアが焦ることはない。このような事態は、レアにとって、想定内であって欲しくなかった、想定内であった。

 少なくとも、ミラがこうして敵対することを、ミラがこのように戦うであろうことを、レアは最初から予想できていた。


 正確に言うのであれば、レアの他にも、もう一人いるが。

 故にこそ、準備は出来ていた。恐らくは、誰よりも。


「少しだけ、ギャンブルになりますわよ。覚悟してくださいませ……!」


 散らしていた魔力を、炎を自身に集中させる。

 イメージするのは、一年前の自分自身────正確に言うのであれば、第二の破滅。

 レアを器とした第二の破滅の戦い方は、魔法魔術師のものではなかった。

 けれどもそれが、それこそが、レアの意識に革命を起こす切っ掛けとなったと言って良いだろう。

 中~遠距離戦以外は避けるべきという、魔法魔術師にとっての前提を破壊する為の。


 苦手意識は気合で乗り越えるのが、レア・ヴァナルガンド・リスタリアという少女のモットーだ。

 収斂された炎と、限界を超えて一体化する。

 ドレスは近接に向いた、より動きやすいものへ。

 露出した肌は、薄く伸ばしながらも硬質な焔で覆い。


 懐まで踏み込みながら放たれたミラの一閃を、レアは一点集中させた焔を纏う拳で受け止めた。


「く、ぅぅ……流石に重たいですわね……!?」

「……は? ウッソだろ、ありえねぇ……!」

「ふふ、有り得ないなんてことは、有り得ませんのよ? ミラ様」


 誰もが知る由も無いが、レアはかの黒帝──ノエル・ヴァルトリク・リスタリアの遺伝子を、もっと言えば才能を、最も色濃く受け継いだ、ただ一人の魔法魔術師である。

 しかし、これまでレアは、理論を突き詰めるタイプのノエルとは違い、感覚で魔術を手繰ってきた。


 それが第二の破滅に憑依され、器となったことで、第二の破滅が持ちうる理論が強制的に共有された。

 レアがこれまで積み上げてきた努力と、感性だけで魔装へと至った才能。

 そこに突き詰められた理論を、ポイと渡されればどうなるか。


 当然、それらは相乗する。

 これ以上ないほどに、それらは噛み合う。

 魔術を超え、魔法を超え、


「焼き尽くしなさい────審判の焔スルト


 その魔導ほのおが顕現したのは、ほんの瞬きにも劣る刹那の間だけだった。

 媒体を一つも使用しない、レア自身の脳だけでは、それが限界であった──けれども、それだけで十分でもあった。

 あらゆるものを焼き尽くし、絶無へと還す焔は、しかし手繰り手の意思に従い、邪なるもののみを焼き焦がす。


「────ッ!?」


 故に、再び振るわれていたミラの剣は一瞬にして焦げ落ちた。跡形も無く舐め尽くす焔は、ミラの全身すら絡めとる。

 煌々と燃ゆる焔は、しかしミラに傷を残すことはなく、呪いだけは焼き祓った。

 呆然と立ち尽くしたミラの額に指を当てたレアが、小さく笑う。


「勝負あり、ですわね。ミラ様」

「なっ……オレは、まだ──」

「いいえ、終わりです。武器を失った呪術騎士は、正直言って怖くありませんわ──それに、戦う理由はもう、無くなったでしょう?」

「──嘘だろ、ジジイの呪力を、焼き切ったのかよ」


 有り得ない──と、再び零しそうにあなった言葉を、ミラは呑み込んだ。

 いかに認めずとも、事実ミラの身体は自由を得ている。抑え込まれていた痛覚も仕事をし始めたようで、あちこちが訴えてくる痛みに、ミラは顔を顰めた。


「ミラ様に一つ、聞きたいことがございます」

「……良いぜ。勝者の特権だ、それは」

「もしかしたら、話しづらいことかもしれませんが……転身体の製造計画について、と聞けば、ミラ様には分かるでしょうか?」

「──っ、な、んで、それを、知ってる!?」


 展開していた魔装を解きながら、レアは小さく息を吐く。

 ミラがこの学校にやってきてから、レアがアテナに依頼されていた調

 それは、呪術騎士学校校長:カイウス・ラウレストについてであった。


『根拠とかはないんだけど、あのお爺ちゃん、どーにもきな臭いんだよねぇ……そういう訳で、せんせー的にはちょっと調べて欲しいって訳。頼んだよ、レア』


 そのような、実に軽い口調によるお願いであったが、これも第七秘匿機関の任務としてレアは承諾し、ありとあらゆる手段でこれに迫った。

 結果的にレアは、ラウレストの思惑には辿り着くことは出来なかったが、代わりに、かつてラウレストが極秘裏に行っていた、『転身体の製造計画』という実験の存在を知った。


「まだ、触り程度しか調べられていませんが……ミラ様は、その実験で作られた。そうですわね?」

「……良く調べてンな。隠しても仕方ねぇ──ああ、大正解だぜ」


 はったりでも何でもないことを確信したミラが、パタリと仰向けに倒れる。

 戦う意志はなかった。いいや、元よりそんなもの、ミラには無かったと言って良いだろう。

 この場において、ミラだけが、自身の裡から生まれた戦う理由が存在しなかった──あるいは、失くしてしまった。


「良いぜ、教える──ジジイの思想と、オレの存在は切っても切り離せねぇだろうしな」


 それからミラは、訥々と語り始める。

 自身の出自を含めた、カイウス・ラウレストのことを。




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