じゅじゅつビトレイアー-003

「……は? なんやそれ、聞いてへんで」

「えっ?」


 アルティス魔法魔術学園、校長室。

 あれから無事帰って来た俺は、たっぷり三日ほどの休息をとってから、報告を兼ねた愚痴を叩きに来たところ、本当に意味不明なんだけど? みたいな顔を向けられていた。


「そやさかい、そないな話聞いてへんって。そもそも、第三の破滅の報告かて来てへんし。その上、第四の破滅? いやいやいやいや、情報共有がされてなさ過ぎやろ」

「えぇ……? いやでも、ラウレストおじいちゃん先生の方で話は通してるって」

「知らへんな。だいたい、仮に話来とったとしても、許可出す訳あらへんやろ。修学旅行云々以前に、甘楽にそないなリスキーなことはさせられんし、させるならもっと時間をかけるのが道理や。

 ついでに言うたら、戦うにしたって、こっちからも援軍出して、もっと盤石の態勢を敷くやろ、普通。その一件、なんもかもが性急すぎる──甘楽、あんた気付かんかったんか?」

「や、流石に違和感はあるなと思いましたけど、疑うほどではないかなって……」


 ──そう、違和感はあった。

 何もかもが都合良く事が運んでいたことにも、あの戦場に、魔法魔術組が俺たちしかいなかったことも。


 おかしくはあったが、しかし、自己解釈で呑み込める程度のことではあった。

 それに、そもそも疑うこと自体するべきではないと、そう思っていたというのもある。


「えぇ、じゃあこれって……」

「一杯食わされたな。チッ、そやさかい、あのジジイとはつるみとうなかったんや。ガキンチョの頃から、ずぅぅっと小狡い奴なんや、あいつ」

「ガキンチョって、アンタの方が歳下だろ……」

「はぁ? うちの方が上やで。気付いてへんかったんか? 良う見ぃ、この耳。うちはエルフや。基本的に公式年齢×10がうちの歳やで」

「は!!??!?」


 突然明かされた衝撃の事実に絶叫してしまう。は!? エルフ!? 知らん知らん! デザイン上、ちょっと区別付けるために耳を尖らせてたとかじゃないんだ!?

 そんな設定出てきたことないだろ! いい加減にしろ!


 謎多きキャラなのはそうだが、こんなところでポロっとそういうことを言うのはやめて欲しかった。

 真面目な話題と衝撃が混ざり合うんだよ。


 今俺、どんな顔すれば良いのか分かってないからね?


「ガキンチョの頃のジジイと会うて、暫く遊び相手やってから、魔法魔術を学んで今に至るって経緯なんや。秘密やで? エルフはもう、うちの他にほとんどおらへんのやし」

「おぉ、少年の初恋とか人生とか滅茶苦茶にするタイプの人外仕草だ……」

「喧しいわ。っちゅーか、今の話がほんまなら──」


 拙いかもな、という一言と。

 校長室が爆炎に呑まれたのは、全く同時のことだった。


 刹那に展開された守護魔法が無ければ、今頃丸焦げになっていただろう。


「よっ、遊びに来たぜ」


 頑強に造られた上に、魔力でコーティングされた一室は綺麗に消し飛んでいて、開かれた空には見慣れた灰髪の男が不敵に笑っていた。

 片腕は真っ白なまま、もう片腕は見慣れない、奇妙な黒色に染まっている。


 数秒、思考が止まった。次いで、意図的に回し始める。

 あー、そっか。そうなるのか。そうなっちゃうのかー。


 ……何だよ、それ。バッカみてぇ。


「ふむ、流石にこれで仕留めるのは不可能じゃったか。やはり小僧も、良い腕しておるの──いや、むしろ小僧に助けられたか? ナタリア」

「人ん家訪ねる時はまずアポを取れって、大昔に教えてやったはずやけどなあ。もう忘れたか? ガキンチョ」

「もうガキと言うほどの歳でもないわい──じゃが、夢はまだ見れたらしい。ここで死ね、ナタリア。世界と共に」


 言葉と共に、呪術騎士が軒並み現れる。先日、戦場で見た数とは桁違いだ。

 校舎のあちこちで爆音が響き渡っている。


 そして、何よりも──。


「何で九尾がまだいるんだよ……」


 第四の破滅として殺したはずの九尾の狐が、明らかに完全な状態へと復旧した姿で、こちらを睨んでいた。

 この前見た時より、数倍はデカいんだけど……。あれ、第四の破滅が取り憑いてた時より強いだろ。


 じわりと嫌な汗が流れ落ちる。

 逃げるにしたって、ここは学園だ。下手に逃げ回ればその分だけ被害は拡大し続ける。


 尤も、アルティス魔法魔術学園の教員は優秀だから、既に生徒を退避させつつも臨戦態勢に入っているだろうが。


「おい、ジジイ。何だ、これは……? 返答次第じゃ、ぶった斬るぞ」


 さてどうするか、という思考を回していれば、呆然としたようにミラが姿を現した。傍にはいなくとも、近くにはいたのだろう。


 これだけの騒ぎだ、駆け付けてくるのはおかしくない。

 少なくともミラは、リオン側ではないらしいのが、その反応から良く分かった。


「そういえば、まだ命令中だったのぅ。良いぞ、一号プリーモ。第一命令は終了じゃ、第二命令に移れ」

「あん? 何言ってんだって、オレは聞いて──」

「お前様ッ!」

「えっ?」


 実に間抜けな一音を発してしまったのは、やはり俺だった。

 若干の怒りを滲ませたミラが、カツカツと歩いて来て、そのまま当たり前のように、ごく自然に俺を刺したのだから、それも仕方のないことだろう。


 確実に急所だった。完全に油断していた、背後からの一撃。

 せり上がった血が、勢いよく吐き出される。


 いち早く気付いた魔王が、舌打ちと共にミラの手を蹴り飛ばせば、カランと小刀が落ちた。

 見て取れる程の呪力が込められている、上級の呪物。


「うむ、うむ。全く、我ながら都合の良い、良く出来た道具じゃよ、一号は。文字通り、使い勝手が良い。儂の呪力も良く馴染む」

「──は? どう、ぐ? 何、で、オレ。ちがっ、身体が、勝手に!」

「は、ぁ? 何言って、あぁ、くそっ、一番怠い、やつ……」


 ガクンと身体が崩れ落ちる。刺されただけならまだ良かったが、全身を異物が駆け巡っている様な不快感が、四肢から力を奪っていた。


 これ、呪力が入ってきてるのか? 全身の魔力と喧嘩して、魔力神経が暴走してる。

 あー、やばい、無理。立てない。目が回る、吐き気がする、思考が、緩やかになっていく。


『Magia della schiavitù:Distribuzione quintuplicata』


 瞬間、ミラの全身が束縛魔法で拘束された。橙色の魔法色は、校長のものだ。


「ごめんなあ、うちも動揺してるみたいや。止められへんかった……一先ずこれ、飲んどき」


 取り出した小瓶から液体を流し込まれる。味は最悪だったが、それだけで身体の不快感がマシになっていくのを感じられた。

 それでも万全とは言い難いが、自分で息は出来るようになる。


「魔王、甘楽を医務室へ。それから本部の方にいるアテナ、呼んで来い──全面戦争や。身の程っちゅーもんも教えたるわ」


 魔力が跳ね上がる。橙色の魔力が噴き出るようにして、場を支配せんとしていた呪力を押し返した。

 ナタリア・ステラスオーノ。名実ともに、魔法魔術界最強の女が、静かに吼える。


「まとめてかかってこいや、田舎もん共が。ここでテメェらの血筋、全部途絶えさせたる」


 爆発的に膨れ上がっていた魔力が、不意に存在感を失う。

 しかし、ただ消えた訳ではない。この場で渦巻いていた呪力ごと消えていて、圧がさっぱりと消えていた。


 凪のように、静かな空間が出来上がる。

 その中で、静かにナタリア校長は口を開いた。


「根源魔装五重展開───《五塵の相》」


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