じゅじゅつビトレイアー-002

 恒例の気絶タイムが発生するかと思ったが、意外とそんなことはなかった。

 もちろん、限界まで引っ張り出した全力全開だったので、身体はフラフラとしているのだが。


 魔導の代償を魔王に肩代わりしてもらっていたり、今回は杖を使ってみたりと、色々と試行錯誤した結果が出たということだろう。

 とはいえ、一番の理由はやはり、リオンの存在なのだろうが。


 あまりにもサポートが完璧すぎて、俺がもう一人いるのか? って感じの快適感だったもんな。

 初めて戦った時もそうであるが、リオンとは相当息が合うらしい──あるいは、リオンが合わせてくれているだけなのかもしれないが。


 そうだったとしても、酷く新鮮な気分だった。

 振り返ってみれば、初めて戦った時ですら、リオンには思うところがあった。


 自身の限界に、ちょうど同じくらいのステージに立っている人間。

 実力が拮抗していることに対する高揚、読み合いも含めて、同じ位置に視線があることへの期待感。


 隣に立っていて欲しくなる。これから先も、共に歩んで欲しくなる。

 これまでの人生で──転生する前も含めて──こんな感情を抱いたのは、初めてかもしれなかった。


 だからこそ、フラつきながらもリオンと顔を合わせた時、自然と笑みが零れ落ちた。

 歩み寄ろうとして躓いたが、転ぶことはなく支えられた。


「おいおい、大丈夫か? 無理はしないで、寝転がってても良いんだぜ?」

「平気だ……これまでは問答無用で気絶してたからな。それと比べれば、随分調子は良い方だよ」

「それは比較対象に問題があるんじゃないか……?」


 疑問符を浮かべながら、苦笑したリオンに肩を貸してもらう。正直なところリオンの方が背が高いので、若干歩きづらかった。


 まあ、文句を言うほどではないのだが……、

 俺も成長した方ではあると思うんだけど、やっぱり低い寄りの普通なんだよな。


 ま、まあ? 甘楽はここからが成長期だし?


「それにしても、本当に一撃で仕留めちまうとはな。正直、目を疑ったぜ」

「俺も、あんなに上手くいくとは思ってなかったけどな。リオンのお陰で全部込められたから、実質リオンの手柄だ」

「何だそりゃ。そんなこと言ったら、手柄は二人で等分だろ」


 ニヤリと笑ったリオンが、握り拳を見せる。その意図を遅まきながら理解して、拳を出した。

 コツンとぶつけ合えば、途端に力が抜けたように二人で座り込んだ。


 いや、ね。やっぱ無理。

 気絶しなかったのは大きな成果ではあるが、言ってしまえばそれは、ギリギリそうならなかっただけだ。


 第四の破滅を引っ張ってきた、いわば精神的疲労も残っている気がするし。

 それに、リオンだって相当無理をしたことだろう。


 俺より先に戦っていただけのみならず、触媒はリオンの片腕でもあったのである。負担が無い訳ない。

 むしろ座り込みたかったのは、俺よりもリオンの方かもしれなかった。


「いや、圧倒的に甘楽の方が疲れ切ってるだろ。座り込むと同時に寝転びやがって……」

「仕方ないだろ……何かもう、口以外まともに動かせないんだよ……!」

「ハハッ、意外と体力ないよな、甘楽は」

「これでも体力は付いてきた方なんだが……」


 肉体の成長と共に自動的に、とも言えるが。まあ、頻繁に戦う羽目にはなっているので、同年代と比べればそこそこ飛び抜けている自覚はある。


 それでも足りないのだから、やはり魔導は色んな意味でリスクが高い。

 そしてそれに頼らないと、決め手に欠ける現状はシンプルにヤバかった。


 もっと魔導を改良するか、さっさと成長するしかない。

 第四の破滅は討伐できたが、あと三つも残っていることを思えば大分憂鬱だった。


 というか、今回は本当の本当に根回しが完璧だったからこそ、ある意味あっさりとも言える勝利を手に出来た訳だしな。

 次からはそうはいかないだろう。


「ま、それよりだ。約束は覚えてるか? 甘楽」

「約束? ……あぁ、相棒がどうとかいうやつ」

「そうそう。俺は、合格点だったか?」


 珍しく、少々不安げに瞳を揺らすリオンだった。それがあんまりにも面白くて、思わず声を出して笑ってしまった。


 あんまりにも今更過ぎる。ていうか、不安になる要素無いし。

 結果が全てだと言うのなら、正しくこの結果こそが、全てを表していた。


「合格点も何も、戦ってて分からなかったか? 俺はリオンに、途中から全幅の信頼を置いてたんだけどな」

「──ハハッ、だよな。そうだよな! いやぁ、俺の勘違いじゃなくて良かったぜ……っつっても、それが分かったからこそ、余計に緊張したんだけどな、俺は」

「何でだよ、リオンが望んだことだろ……」

「ばっかお前、いきなり命をポンと預けられて動揺せずにいられるか! そのせいで最後の最後でミスって、わざわざ飛び込む羽目になったんだからな!」


 お陰で全身が未だに痺れてんだぞ……と死んだ目をするリオン。テンション上がり過ぎて突っ込んできたのかと思ったのだが、もっと切実な理由だったらしい。


 まあ、あそこで守ってもらってなかったら、俺の全身ぐちゃぐちゃになってたからな。

 全リソースを魔導に注ぎ込んでいたせいで、回避も防御もまともに出来なかったこと間違いなしである。


「でも、完璧だった。助かったよ、

「おぉ……随分とあっさりデレてくれるな、甘楽」

「喧しいな……良いんだよ。それくらい、嬉しかったから」


 全く同じ次元で、肩を並べて、背中を預けて、戦えたことが。

 酷く傲慢な考えであることは承知で、そう思う。


 その余韻が、今も俺の心を綺麗に頭の先まで浸らせていた。


「そんなリオンより強いらしい、寝取られ先輩とも会っておきたいところだな……」

「ばっ、だからっ! あれは不意を打たれただけで! 俺の方が強いんだっての!」

「勝ち星拾ってから言えよな、そういうことは」

「くっ、クソッ……!! 俺の相棒の座が、取られる……!? これが寝取られ……!?」

「連想の仕方が気持ち悪いなお前……」


 寝取られ先輩が寝取り先輩になることを危惧してんじゃないよ。というか、俺が寝取られるみたいな言い方をするのはやめろ!


 まるで俺があちこちで寝てる不埒なやつだと思われちゃうだろうが。

 誰とも付き合ってすらいない、ピュアピュアな少年だというのに……。


「でも甘楽、婚約者はいるし、いっつも女の子に囲まれてるよな?」

「お前どこからそんな情報得て……あっ、ミラか!?」

「御名答。あいつからの報告書は俺も目を通してるからな」

「何で一生徒のリオンが見てんだよ……」


 情報管理がガバガバじゃねぇかと思ったものの、そう言えばリオンも第七秘匿機関の一員であった。

 そりゃ見るわな……いや、見るか? まあ良い。


 しかし、冷静に考えてもみれば、ミラは俺のことを調べ過ぎである。

 探偵もかくやって感じの調査力なんだけど?


 あいつ、マジで何なんだよ……。


「ああ見えて、真面目なやつなんだ。護衛の件についてだって、かなり前向きだったろ?」

「前向きすぎて暴走してたも同然だったけどな……」


 恋人とか言い出すものだから、最悪の修羅場が発生するところだった。後輩の教育はちゃんとしておいて欲しいものである。


 いや、まあ、俺からすればミラは先輩であるのだが……。

 ただそれはそれとして、何だかんだと助けられた場面は多い。流石に忍者みたいに出てきた時はドン引きしてしまったが。


「おいおい、何だ? オレの悪口大会か?」

「いや、甘楽にミラが滅茶苦茶美人で困るって相談をされてただけだ」

「!!?」

「なぁっ!?」


 息をするように嘘を吐くな! と叫びそうになったが、頬を赤く染めたミラによって声を呑み込んでしまった。


 何でそんな真っ当な反応をするんだ……。

 俺まで恥ずかしくなってくるからやめて欲しかった。


「面白いだろ? 意外とピュアなんだよ、ミラは。こうやって褒められると、すぐ真っ赤になっちゃうくらいにはな」

「っうぅ、おい、先輩アニキ!」

「悪かった悪かった、そう怒るな。で、もう撤収か?」

「ああ。あの死体はジジイの方で片付けておくから、さっさと帰って休めだと。特に、アルティス組はな」


 くたびれた様子でミラが言う。ただ戦っただけではなく、俺が爆睡してる間、守っていてくれたのだから、他と比べても一段と疲労が溜まっているのだろう。


 申し訳なさと有難さが入り混じる。

 けれども流石に気が抜けたのか、ぐったりとすることしか出来なかった。


「ンだよ情けねぇな……ってのは違うか。ご苦労さん、日之守ヒノくん」

「そっちもな……悪いんだけど、負ぶってくれない? もう身体を起こすことすら出来ないんだよね」

満身創痍ガッタガタかよ、見たとおりだな。っつーかオレも疲れてんだけどな……」


 とか何とか、文句を言いつつも負ぶってくれるミラだった。その隣で、軽くふらつきながらリオンも立ち上がる。


 いや、すげーな。もう立てるのかよ。


「じゃあ、またな。俺もすぐ近い内にそっちに行くから、その時はよろしく」

「その時は、今度は俺の方から襲撃してやるよ」

「なっ、根に持つなぁ……悪かったって。勘弁してくれ」


 困ったように笑ったリオンと別れを告げて、ミラの背に身体を預ける。

 特段窮地に陥ることはなく、珍しく万事上手くいったお陰か、達成感に満ち満ちていた。


 珍しいというか、初めての気分だ──初めて、戦闘が楽しいと思えた。

 これを収穫と言って良いのかは分からないが、悪い気分ではない。


 ただそれはそれとして、修学旅行中にこんなイベントぶち込んできてんじゃねぇよ、と校長には愚痴ってやろうと思った。

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