じゅじゅつビトレイアー-001


 ──真昼の空を、一条の蒼い彗星が切り裂き落ちる。


 九尾の狐に第四の破滅が乗り移り、覚醒してから約数十分。誰も決定打の一つも入れられないままであったそれを、ただその一撃が穿ち貫いた。

 そうしたのが誰なのかは、考えずとも分かる。


 日鞠は、第四の破滅によって召喚された呪霊が自壊していくのを横目に、ただその光景を眺めていた。

 かつてないほどに、安定した破滅戦だった。それは良い、彼が──甘楽が傷つかないのならば、それに越したことはない。


 けれども、ああ、何故だ?


 何故、あそこに自分はいない?

 何故、甘楽の戦いを援護したのが自分ではない?

 何故、甘楽の隣に立つことが出来ていない?

 何故、全力を出し切った甘楽に肩を貸しているのが、自分ではない?

 何故、甘楽のあの眼が、自身と同じ者を見る目が向けられているのが、自分ではない?


 何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。


 答えは決まっている。

 日鞠が弱いからだ。


 彼らと同じステージに立てるほどの、実力が無いからだ。

 それは単純明快な答えであり、同時に残酷な真実であった。


 無論、甘楽と出会ってからの日鞠は、一瞬たりとも驕ったことはない。慢心したことすらない。

 日々を丁寧に、出来る限りの努力を以て、積み上げてきた。


 けれどもそこに、『甘楽は特別だから』という思いがなかったのかと言われれば、否定できない自分自身がいた。

 それは、甘えだったのではないだろうか。


 日鞠は自身に問いかける。問いかけ続ける。


 甘楽は確かに、「ゆっくりと成長すれば良い」と、そんなことを言ってくれた。

 その一言は間違いなく日鞠の精神に安定を齎したし、余裕を持たせてくれた──けれどもそれは、それこそが大間違いだったのだ。

 本当であれば、そんなことを言わせてはならなかった。甘楽を、待たせてはいけなかった。待たせてしまうことに安心してしまうのは、それ自体がもう、甘えでしかない。


 甘えは自分を弱くする。甘えは自身を弛ませる。甘えは己をなまけさせる。その結果が、これなのだろう。

 甘楽は特別ではない──いや、いいや。違う、特別にしてはいけなかった。誰よりも隔絶した力を持つ人間は、往々にして孤独になるということを、日鞠は知っているのだから。


 そういった意味では、救われたと言っても良い日鞠には、誰よりもそれが分かっていのだから。

 だから、本当は、足踏みしている暇なんてなかったはずなのに。


 そこの差が、リオン・ディ・ライズという男の登場によって、ハッキリと視覚化されてしまった。

 彼はきっと、恐ろしいほどの研鑽を積んできたのだろう。


 戦闘中のリオンは、甘楽をサポートするリオンは、徹底的に甘楽に合わせることに注力していた。

 ともすれば、校長やアテナですら付いて行けない時のある甘楽の思考速度にピッタリと合わせ、求められているアクションを、求められた形で、求められた以上の精度で出し続けていた。


 言葉にすることは容易い。けれども行うにあたって、これほど難易度の高いことを、日鞠は知らない。

 ──そして、それを一番初めに行うのは、やはり自分であると、日鞠は考えていた。


 だからこれは、眼前に焼き付けられている光景は、日鞠にとって初めての敗北であった。


「────ッ」


 握りしめた両拳から、血がポツリと落ちる。

 声を上げることはなく、静かに日鞠は涙を流していた。


 とめどなく溢れてくるそれを、しかし拭うことはしない。

 これは嫉妬であり、後悔であり、羨望であり、そして、決意だ。


 二度とこのような思いはしないという、日鞠の決意。

 そこは、甘楽の隣は、必ず自分のものにしてみせるという、日鞠の覚悟。


 熱を失いかけていた日鞠の奥底で、再びそれが燃え上がる。

 憧憬によって潰されていた瞳が光を取り戻す。


 日鞠は天才だ。

 この世界に生まれた誰よりも、才能に愛されて生まれてきた少女である。


 歩み続ければ、どこまでも辿り着くことが出来る、天性の女。

 遠すぎる頂を見据えてしまったことで、迷いそうになっていた彼女は、ようやく自身の道を見定めた。


 もう迷うことはない、減速することはない、下を見ることも、上を見過ぎることも無い。

 ただ駆ける、駆け抜ける。最短の距離を、最大の速度で。揺れることのない意思と決意を携えて。


 そして、それを彼女の持つすべての才能は、歓迎するだろう。

 日鞠の意思が、決意が、全て噛み合うことを待っていた才能たちが、日鞠にこれ以上ないほどの祝福を授けるだろう。


 葛籠織日鞠という少女が、この世界の産んだ最大の天才であることが証明されるまで、幾許も無い。


 世界は待っている。

 星々は待っている。

 極光は待っている。


 光の果てへと進むべき、ただ一人の少女のことを。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る