りおんバディ-002


「ありゃ、九尾の身体だから、だっつーのぉ!」

「ギャンッ」


 迎撃することで生まれた隙に、すかさず赤と黒の一撃が捻じ込まれる。


 リオンの装備は初めて会った時とは少しだけ変わっていて、パワードスーツにも近い軽装甲を纏い、身の丈以上ある巨大な盾を背負っている他に、両手には剣の形をした呪力が噴き出る、灰色のグリップが握られていた。どう見ても完全にビームサーベルなんだよな。かっこよすぎる。


 しかしあれも全部、呪物であるらしい。もちろん、初見時に使っていた銃やビットも。

 リオンが身に着けている物は、全て呪物であるのだとか。


 呪術とかいう単語は古めかしいのに、やってることは近未来チックなんだよな。


 しかし、そうか。

 器がもう死にかけの狐だったんだもんな。そりゃ喉も上手く機能しないだろう。


「聞いてるだけで呪われそうな声してるし、出来れば二度と口開いて欲しくないな……」

「おっ、鋭いな。大正解、九尾はその声一つだけで、人を呪える。だからこいつの相手は、基本的に俺達呪術騎士だったっつー訳だ。あのお嬢ちゃんには、みんなの回避を頼んでいたんだよ」

「えぇ……じゃあもうお前らだけでやれよ……」

「馬鹿言うなよ、甘楽なら呪われないだろ?」

「どういう角度の信頼??」


 俺を化物か何かだと思っている節があるリオンだった。全然呪われるに決まってるだろ。

 というか、九尾の狐、下手すりゃ魔王よりずっと怖い類の化物なんだけど……。


 第四の破滅が取り憑いているとは言え、ちょっと押せば死んじゃいそうだった九尾が、今ではこれなのである。

 厄災として、障害としての、ポテンシャルが高すぎだった。


 人類を滅ぼす為に生まれてきました感じが強い──というか、喋るだけで呪われるというのなら。

 不快どうこうといった問題すら超えて、この先、一言も漏らさせるべきではないのだろう。


 まあ、こいつとはもう対話は済ませたしな……いや、対話とは言い難いところではあったが。


 言葉を聞く必要は、既に無い。

 言葉を伝える必要も、また同じだ。


「今すぐ、仕留める。出し惜しみはしない」

「良いね、賛成だ。トドメは甘楽で良いよな?」

「俺は、構わないけど……合わせてくれるのか?」

「ハッ、当然。全身全霊で援護してやるさ……そもそもは、お前の為に用意したものだしな!」


 リオンが威勢良くそう言って、ダンッ! と勢いよく盾を地面に打ち付ける。

 瞬間、それはバラリと二十の欠片ビットした。


 それぞれが意思を持つように、リオンの周りを巡る。


「これが俺のとっておき。あらゆる逆境を跳ね返す、。甘楽に傷は一つも付けさせやしねぇよ」

「リオンお前、そんなもんをあの時使おうとしてたのかよ……」

「このくらいしないと、渡り合えないと思った俺の判断を褒めて欲しいくらいだがな。さ、行けよ、主人公殿」

「主人公って何!?」


 脈絡もなく意味不明なことを言うな! と叫びながら宙を翔ける。


 背中を預けることに、自分でも信じられないくらいの不安を抱くが、それを気合で片隅に追いやり、第四の破滅に意識を向けた。


 傷は多いが、致命傷に至りそうなものは一つも確認できない。先ほどのやり取りで、耐久力がそれなりに高いのも理解した。

 それに比べて、攻撃の方は一つ一つが致命傷級だ。加えて、手数が異様に多い──あの尻尾、どう考えても独立して動いてんだよな……。


 全リソースを攻撃に振り切った一撃を、クリティカルヒットさせないと殺せない気がするのだが、単独ではどう足掻いても一撃を練り上げることが出来ないどころか、近寄ることすら出来なさそうだった。


 なので本当に怖い。リオンがミスれば、その瞬間俺は死ぬ──けれども、その上で、保険をかける必要はないと覚悟を決めた。


「無謀だな……そしてやはり、傲慢だ」

「マジで耳に悪いから二度と喋らないでくれない?」


 返答は攻撃で返ってきた。九つの尾から放たれる、幾条もの光が高速飛行する俺を完全に捉える──が、触れる直前で、ビットが弾く。弾く、弾く、弾く!


 縦横無尽に駆け巡る二十のビットが、その十倍は放たれている光線を全て防ぎ落す。


『Ragione trascendentale:ver.di lancia』


 俺の意思に応じて、杖が悲鳴にも近い声を上げる。無秩序に圧し固めていた砲撃魔導が、杖を通されることで槍状に形成されていく。


 その規模を、質を、俺の方で際限なく押し上げる。ただ、それだけを考える。

 眼前の化物を討つ為の一撃を練り上げることに全てを懸けて、それ以外の全て預ける。


 第四の破滅が叫ぶ。全身から弾け出たような何百条もの光線は、やはりこの身には届かなかった。


『attributo:penetrazione』


 射撃魔法のオプションを、そのまま槍に適用する。セットする弾種──属性は、最も使い慣れた『貫通』。


 頭のてっぺんから尾まで、一撃で抉り抜く巨大槍。

 鋭く膨れ上がっていく魔導の槍が、ついには俺の右腕を覆った。


 第四の破滅が、ガパリと顎を開く。魔力……あるいは呪力が渦巻き、一瞬のの後に、放たれた。


 それで傷つくどころか、衝撃すら伝わってこない。

 放出された呪力同士で繋がった盾が、俺の身を守る。


 カバーするように走った光線も、各ビットが放つ砲撃で迎撃された。


「はっ、ははっ。良いね、最高だ」


 それが、ひたすらに心地良くて、思わず笑みが零れた。


 欲しいところで、欲しい援護が決まる。

 自分だけであれば、自分でしていた最低限の対処が、考え得る限り最大の対処として、現実化されていく。


 拓かれた道に、リオンから受け取れる信頼がある。

 俺の動きの意図を、考えを、言葉にせずとも完璧に汲んだ連携が、夢のように当てはまっていく。

 誰かに任せること出来る、誰かに託すことが出来る。


 己が特別過ぎないことの証明が為されていく。

 ああ、それの何て、気持ちの良いことだろうか。


「ぐっ、がぁぁぁぁあああああ!」

「させねぇ……よっ!」


 苦し紛れにも近い、振り下ろされた第四の破滅の巨大な掌が、連結して元に戻った一つの盾を振るうリオンによって防がれる。


 眼前で生じた、数秒の拮抗。後に、互いが弾き合った──決定的な隙が、出来上がる。

 吹き飛ぶリオンとすれ違った際に、一瞬だけ目が合う。


 ニヤリと笑った彼に、俺は自然と笑みを返すことが出来た。










「いやはや参ったな……想像以上だ」


 呪術騎士とは、魔力を持って生まれなかったが故に、生まれながらにして、常人のそれより遥かに高い身体能力に恵まれた者たちの集りだ。


 その中でも──学園内とはいえ──最強に近い座にいるリオンの視力は、呪術騎士内でも群を抜いている。

 その彼が、目で追うのがやっとの速度で、日之守甘楽は飛翔していた。


 軽くのけぞった第四の破滅。その真正面で、甘楽は鋭く弓引いた。


「目標捕捉──3、2、1」

『assalto!』《/white》


 莫大な演算量、常識外の魔力、理外の理である魔導に限界を迎えた杖は、しかし最後に役目を果たす。

 解き放たれた魔導の槍は、あらゆる悪を、魔を、呪を穿ち貫く清浄の一撃。


 あるいは、この世の理を全否定する、間違いそのもの。

 世界をあるべき形に整え、全ての在り方を正すものへと向けられたそれは、容易く全てを穿ち抜いた。


「流石は主人公殿ってところだな。ハハッ、本当に、お見事としか言えない……。妬けるにしても一周回って、憧れちまいかねないほどだ」


 甘楽の光は眩しすぎる、とリオンは笑う。


 これで当の本人には自覚が無いのだから、全く恐ろしい──と、独り言ちたリオンは立ち上がった。

 その周りには、無茶をし過ぎたせいで完全に機能を停止した、リオンのとっておき──二十のビットで作成された大盾が散らばっていた。


 呪力を流し込むでことで作成される呪物のクオリティは、元の道具のスペックと、呪力を込めた年数、総量によって決まる。


 は、リオンが十年かけて製造した呪物だ。第四の破滅が、如何に強敵だったかが良く分かる。


 だからこそ、ここで倒せて良かった。

 ここで得られた全てが自身を高め、彼と──甘楽と同じステージに立つことに、繋がるのだから。


「必ず超えるぜ。何せ俺が、俺こそが、


 超えるべき壁を前にするようにして、リオンは一息吐く。

 それが、少しだけ間違っていることに、リオンはまだ気づかない。


 甘楽が唯一、意識してのものではないとしても、自身と同じ次元にいるのだと、心の底から認めた人間が、リオンであることに、リオンはまだ気付かない。


 ──それが、大いなる過ち。致命的な、最後の一歩であることにも、気付かずに。


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