りおんバディ-001


 何かこれ、もしかしたらミスって死んだのかもしれないな。


 ふと、そんなことを思った。

 思うと同時に、どかーんっ! と勢いのあるキックが俺の頭を捉える。


「おっまっえっさまはーッ! いつまで寝とるんじゃ! 起きんかい、ほれ! ほれぇ!」

「いっってぇ……え? なに? なに!?」


 あまりにもクリティカルヒットしてしまったのか、グワングワンと揺れる頭を押さえると、最近聞き慣れた声が響いた。


 魔王である。

 いつも通り、「完全!」と書かれた白ティーシャツ一枚だけという低防御力な格好で、魔王が仁王立ちしていた。


 場所は……分からない。

 真っ白な空間だった。さっきとは真逆だな。やっぱり死んだか?


「死んどらん、死んどらん。ここは……そうさのう、お前様の精神世界とでも呼ぶのが、一番適してるじゃろうな」

「また精神世界かよ……」

「あるいは夢の世界と言っても良いかもしれんがの。ま、要するにお前様は今、寝ておるっちゅーことじゃ。はよ起きんか」

「無茶言うなって。いや、言いたいことは分かるけど……」


 だいたい、夢の世界とか言われてもこれ、明晰夢とかですらないんだろ?

 どうしろってんだよ、マジで。


 定番的なことを言えば、頬を抓るとかすれば良いのかもしれないが、先程魔王にかなり良い蹴りを貰ったばかりである。


 痛みで起きないことは実証済みだった。


「そこはこう……気合で何とかならんか?」

「むしろそれで、どうして何とかなると思ったんだよ。っつーか、入って来れるなら、出て行くことも出来んだろ。連れてけよ」

「…………!!」


 その手があったか! みたいな顔をする魔王だった。何なのこいつ……。

 と言っても、これが完全な他人であれば出来ないのだとは思うが。


 俺と魔王は、ほとんど文字通り一心同体である。そうでもなければ、このような無茶は出来ない。


「ふむ、それじゃあ行くからの。気を引き締めるんじゃぞ」

「起きたら、気を引き締めないといけないことがあるのか……」

「当たり前じゃろ……」


 心底呆れたような目をした魔王は、時間が惜しいとばかりに俺の手を握った。


 客観的見たらこれ、幼女な妹と散歩する中高生の図だな……と思えば、トントンと魔王が足元を叩く。

 瞬間、地の感触を失った。


 途端に襲ってくるのは、不安になるほどの浮遊感。当然魔法も魔導も使えない。

 急激に落下する中、バッと目を合わせれば、魔王が悪戯を成功させたように笑った。





「うおーーーーーーッ! 死んだーーーッ!!」

喧しいうるせぇーッ! 死なせてねェよ! 侮辱なめンな!」


 絶叫しながら起床すれば、絶叫で返されてしまった。


 うおっうるさっ……とかなり失礼なことを思いながら体を起こし、そこでようやく状況を理解する。

 戦闘が開始されている──誰と? 考えるまでもない。


 第四の破滅と、だ。

 少し離れたところで、激しい戦闘を繰り広げる九尾とリオン達の姿が見える。


 また、破滅が降臨したせいか、あるいは九尾の復活に反応したのか、謎の化物──恐らくは呪霊──が群れを成して混戦を作り出していた。


 立華くんや日鞠が、それぞれ大暴れしているのが見える。

 で、俺はと言えば、そのど真ん中ですやすや寝ていたらしい。


 細かい傷に塗れたミラが、ジト目で俺を見た。


英雄ヒーローは遅れてくるっつーけどよぉ、トロすぎんぜ、日之守ヒノクン」

「……悪い、どんくらい寝てた?」

「二十分か、三十分ってとこだな。急に倒れるから、マジ愕然ビビったぜ。本当に逝ったんじゃねぇかって、騒ぎになった瞬間アレが目覚めて、呪霊が湧いてきた」

「おっけ。じゃあ俺は九尾──じゃなくて、破滅担当ってことで良いか?」

「そーだな、任せたぜ?」

「んっ、ありがとな」


 互いの拳を打ち合わせてから飛翔する。


 九尾の狐の半死体に憑依した第四の破滅は、姿形自体はそこまで大きく変わっていないようだった。

 ただひたすらに巨大かつ、黄金の毛並みを靡かせる、九本の尾がある狐。


 唯一、その眼が純粋な青に染まっているくらいで、想像通りの九尾と思って良いだろう。

 いや、まあ、何かビームとか出してんだけど……それはそれ。


『Magia dei guardiani:Distribuzione duplicata』


 狙い撃ちにされていたアイラを横抱きにして、守護魔法を重複展開させる。


 黒色の光線が守護魔法と拮抗する──このくらいなら問題なさそうだと思えたのは、俺が成長したからなのか、あるいは第四の破滅が弱り切っているからなのか。


 無論、全力を出していないだけという可能性が高いのだが。


「選手交代だ。心配かけさせたな、ありがとう」

「……本当よ。本当に、死んじゃったかと思ったんだから」

「悪かったって。お詫びなら後で、幾らでもするから」


 ともすれば軽薄にも聞こえてしまう俺の言葉に、アイラがボロボロと涙をこぼす。

 意外と良く泣いちゃうやつなんだ、こいつ。


 良し良しと頭を撫でてやる。赤子にそうするように。


「約束よ、絶対に生きて戻って、私の言いなりになってもらうから」

「えぇ……俺に出来る範囲でな」


 そこはかとない不安はあったものの、グッと涙を拭ったアイラは、影に溶けるようにして消えた。


 ミラたちの加勢に行ったのだろう──それに倣うように、九尾を囲むようにしていた呪術騎士たちも散開していく。


 …………え? 何で!?


「邪魔になるからに決まってるだろ──待ってたぜ、相棒」

「誰が相棒だ、誰が」

「つれないねぇ……甘楽について行けるのは俺だけだし、俺についてこれるのも甘楽だけ。それなら俺達は、相棒って呼ぶしかなくないか?」

「だいぶ論理の飛躍があったぞ今の……」


 こいつ、ちょっと俺のことが好きすぎるだろ。男女問わず、距離を強引に縮めてくるやつばっかりな気がするな……という思考を振り払う。


 実際のところ、リオンと俺の実力が同程度であるというのは否定しようがない。

 もっと言えば、リオンは俺より強いかもしれないくらいなのだ。


 ほとんど同年代であることを考えれば、唯一と言っても良いだろう。


「じゃあ、こうしよう。俺たち二人でアレを仕留められたら、晴れて相棒ってことで!」

「……ま、倒せたらな」

「良しっ、言質取ったぜ!」


 第四の破滅が、再度放った一撃を弾き合うように躱し、杖を振るう。


 使うのは魔法──ではない。


 第二の破滅戦と言い、リオン戦と言い、流石の俺も考えるところがあった。

 というか、考えるまでもなく、俺は手札が少なすぎるんだよな。


 仕方なくはあるのだが、基本的に魔導は砲撃しか使えないのは致命傷すぎる。

 無焔も一応は使えるが、相性が悪いのか使ってると疲れやすいんだよな。出力も安定しないし。


 多分、なんだと思う──と、そこまで考えてから、俺は思った。


 そういや『魔法』も、元は『魔力』と『魔術』を解析し、分かった範囲だけを独自解釈して、新たにテンプレート化したものなんだよなあ、と。


 強力かつ純粋に魔力を業へと変換できる魔術に対し、魔法は魔力を多彩な形に変換することで対抗してみせた。

 ……その発想は、使えるよな。


 本質から変えるのではなく、形だけを整える。それだけで、十全に対応できることは魔法が示している。

 砲撃と言う形を、その場その場で自由自在に変換するだけの器用さや余裕さは、俺自身にはまだ備わっていないが、その機能自体は、杖に組み込まれている。


 ただその部分だけの演算であるのならば、杖は多少以上に機能するはずだ。


 まあ、なんだ。

 つまりはそういうことだよな。


 既に魔王に詠唱してもらっていた魔導を纏い、杖に通す。


『Ragione trascendentale:ver.di tiro』


 急造、粗雑にもほどがあるが、魔導に合わせて自ら手を加えた杖が、ノイズ交じりの声を吐き出す。


 長くは保たないだろう──けれども、それで良い。

 元よりこっちは短期決着しか考えていないんだ。


 魔法のそれよりずっと複雑な魔法陣(あるいは、魔導陣とでも呼んだ方が良いかもしれないが)が九つ展開されて、


『Sparare!』


 超圧縮されたことで生み出された、射撃魔導が空を裂く。

 音すら置き去りにした蒼色の閃光は、しかし、撃ち出された光線に迎撃された。


「僕を、嘗めるなぁ! 特異点ッ!」

「えぇーーーッ!? 声怖ぇーーーーッ!」


 やっと喋ったかと思ったら、如何にも妖怪ですよみたいな声で叫ぶ九尾……もとい第四の破滅だった。夜中に聞いたら普通に寝れなくなりそう。


 精神世界で会った時はよく耳に馴染むソプラノボイスだっただけに、何があったんだよと勘繰ってしまう。


 俺、こいつの声帯だけ引っ張ってこれなかったんかな……。

 今日一ごめんなさいな気分になってしまった。




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