まおうオマージュ-003
「お前様が嫌だと言うのであれば余は強制しないが、どうじゃ?」
「俺は特に文句はないけど……さっきの通りの条件なら、ちょっとお前が不利すぎないか? 俺だけ得してる気がするんだけど」
契約内容を簡潔に言ってしまえば、俺に降りかかる魔導の代償を魔王が引き受ける代わりに、俺と魔王は行動を共にしなければならない、というものである。
ちょっと俺に課せられた条件が緩すぎるだろ。
ただでさえ魔導の代償は記憶を失うことなのだ。釣り合っていないにもほどがある。
せめてこういうのは対等であるべきなんじゃないだろうか。
「クカカッ、そうでもあるまいよ。余はこのままでは、未来永劫ここに閉じ込められかねんしのう。そう考えれば、お前様の元にいた方が余としては都合が良い」
「いやでもお前、アレだよ? 下手したら……というか確実に魔導は使いまくるから、記憶ゴリゴリなくなってくよ?」
誰にだって、失くしたくない記憶はあるものだ。そこに例外はない──あってはいけない。それが人ではない、魔獣魔族であっても。
だというのに魔王は目を細め、諦めたように、
「長生きしすぎるとのう、忘れてしまいたい記憶も増えてしまうもんじゃ。つまりこれはWin-Winって訳じゃな」
なんて言うものだから、条件を付け足さなければならなくなった。
やれやれ、仕方のない魔王様だな。
「じゃあ、お前が俺と契約している間の記憶は、絶対に忘れたくない最高の記憶にすることを俺は誓うよ」
「……お前様、そんなんだから誑しと言われるんじゃぞ」
「あれ!? 悪口が返ってきちゃったぞ!?」
今のは素直に感謝されるところなんじゃないのか!? と思ったが、返ってきたのはただのジト目であった。
何か悪いことしたかなあ……と反省したくなるような目である。
でも、これくらいじゃないと個人的に釣り合わないというか、これでも全然足りないくらいなんだよな。
「じゃが、悪くない。よろしく頼むぞ? お前様よ」
「ん、任せとけ」
差し出された小さな手を握る。瞬間、ナイフをドスッ! と鋭い勢いでぶっ刺された。背中にではない、握手した手にだ。
刃は俺と魔王の手を貫通していたし、そうしたのはアテナ先生──ではなく魔王だった。
「うおっ、攻撃態勢に入るのはやめんか!? どうどう、落ち着けお前様! 契約、契約じゃからこれ! 血と魔力が必要と言うたじゃろがい!」
「だからっていきなりぶっ刺す馬鹿が何処にいるんだよ……!」
ダラダラと互いの血が混じり合いながら落ちて小さな血だまりを作っていく。
やっべー、超痛いわ。
普通に泣きそうになってきた。
「二度も死にかけておいて、今更この程度でうだうだ言うな。みっともないじゃろうが」
「いや痛いもんは痛いに決まってんだろ。お婆ちゃん魔王と違って、俺の神経は若々しく活き活きしてんだよ……!」
「さらっとディスるのはやめんか! 余は慣れてるだけだっつーの」
全く……と小言を零しながら魔王は、もう片方の手で血だまりをなぞる。
早くナイフ抜いてくんねぇかな……と思いながら見つめていれば、血は少しずつ色を変え始めた。
というか多分、発光し始めた。ゲーミング血液かよ。
絶対に輸血されたくない……。
「問答無用で半分こじゃがな。ほれ、多少痛むが我慢じゃぞ。我慢じゃからな? 良いか、気合で耐えるんじゃぞ? 男の子じゃろ? な?」
「なになになになになに、何なのその熱心な確認は。怖すぎるんだけど、えっ、なに? そんなに痛いの?」
「……昔のことじゃがな。お前様の倍ほどの体躯の大男が、痛みで失神しおったよ」
「いっ、嫌だー! そんなものを俺の中に入れるなーッ!」
「時すでに遅しじゃのう」
ズルリとナイフが抜かれ、代わりと言わんばかりにゲーミング血液は入り込んできた──瞬間、視界がバッと白くなる。
ガクンと身体が崩れかけて、反射的に腕で支えた。
やっべー、今一瞬気絶したわ。
しかも気合で起きたとかではなく、あまりの痛みに気絶した瞬間、その痛みでまた起こされたと言った方が正しい。
これもう拷問だろ。
流行らなかった理由と廃れた理由をいっぺんに理解した瞬間だった。
馬鹿なんじゃねーの?
内心で悪態をつきまくっていれば遂に血の注入は終わり、代わりにブレスレットのような文様が手首に刻み付けられた。
魔王の方にもそれは表れていて、満足そうに笑う。
「うむ、うむ、よく耐えたのう。これで契約は完了じゃ、どうじゃ? 気分の方は」
「はぁっ、はぁっ……最悪以外にあると思うか?」
こういうことは先に言えよ、ハッ倒すぞ──とまで言いたかったのだが、疲労が先に来て口が閉じてしまう。
そんな俺を見ながらカラカラと笑う魔王を視界に収め、後で一発全力でぶん殴ると誓うのだった。
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