ひまりガール-001


 修学旅行は飛空戦艦で行くとのことであった。ただの飛行機ではなく飛空戦艦な辺り、ゲームっぽくてワクワクしてしまうのだが、それはそれとして戦艦はおかしくないか?


 明らかに襲撃される前提の乗り物じゃねぇか。

 俺が知らなかっただけで、アルティス魔法魔術学園は目の敵にされがちなのかもしれないと思ったが、魔王は無力化しても魔獣魔族そのものは未だ健在である。


 この世界は基本的に魔獣vs人間という構図が描かれているからな。

 お空をふわふわ飛んでいたら、魔獣に襲われるのも止む無しというものだった。


 最近だと授業で『呪霊』とかいう存在も昔からいるんだよ~ということを習い、目ん玉が飛び出そうになったところであるのだが、呪術騎士とかいうのが存在するのだから有り得なくもない話である。


 まあ、そうは言っても、その呪霊も今ではめっきり少なくなってしまったらしいのだが。

 魔獣の方も呪霊よろしく駆逐されて欲しいもんである。


 ただのファンタジーとは違い、科学が発展してるのが特徴の一つとも言える『蒼天に咲く徒花』ではあるが、それを以てしてやっと拮抗……どちらかと言えば人類有利かな、程度のラインを保っているのが現状だ。


 魔獣は繁殖スピードが人間とはダンチなくせに、生まれたその瞬間から一定以上の知能と強さを保持してるのがズルいんだよな。


 上位の魔獣……魔族ともなれば、普通に言葉を交わせるほどである。

 スペックだけ見れば、人類より上位の生命体だった。


 そうだと言うのに話し合いの一つも行われないのは、この敵対関係が連綿と続きすぎたからなのだろう。


 あるいは、一度和解のタイミングを逃してしまったからか。

 人も魔獣も互いの家族を殺し過ぎた。それはもう今更止まらないし、止められない。


 仮に魔王が間に入ったとしても不可能だろう──そう考えさせられるほどのストーリーが原作ではあったんだけどな。

 どこ行っちゃったんだろうねぇ……いや、誰のせいかと言われれば、半分くらい俺のせいである気はするのだが。


 それにしたって、三年生になったというのに、魔獣や魔族が全然絡んで来ないのは少しだけ不穏だった。 

 いわゆる幹部ポジにいた魔族たちは今頃何やってんだろう……魔王が死んだと思ってお葬式とかやってんのかな。


 遺体が無いお墓と言うのも可哀想だし、その内遺体にして持って行ってあげても良いかもしれない。


「おっ、おおおおおお前様はどうしてそんな残酷なことが言えるのじゃ!? 余、頑張ってるじゃろう!?」

「あれ? 起きてたんだ。おはよ」

「ずーっと起きとったわい! 余は朝六時には目覚めて夜八時には寝るタイプじゃぞ!?」

「幼女ちゃんかよ」


 飛行機ともヘリとも違う、実に快適な空の旅。早朝に出航した艦の外。


 ビュッフェ形式だった朝食会場から抜けてきたら、魔王がぬるりと生えて睨みつけてきた。

 ビックリするくらい怖くなく、むしろ可愛らしさまで備えている。


 実年齢を加味すればお婆ちゃんという言葉すら足りないほどだというのに、見た目は完璧な幼女なんだよな。


「つーかお前、俺の思考が読める訳?」

「読もうと思えば多少は、といった程度じゃがな。今や一心同体のようなものじゃし、当然じゃろ」

「全然当然ではないが……」


 そういうことは先に言えよ。えっ? 全然そういう話は昨晩してくれなかったよね?

 本当の本当に重要なこと以外の情報全部カットしてるじゃねぇか。


 一発ひっぱたいても許される気がしてきたな……。


「まあまあ、そう殺気立つでない。この辺の権限は共有しとるからのう、その気になれば読ませんようにすることもできる」

「……つまり、俺もお前の思考を読んだりってことが出来る?」

「そういうことじゃな、余とお前様は契約上においては対等であるからの──まあ、行動の自由はお前様に縛られておるし、精神的な意味合いでも屈しておるから、実質主従関係ではあるのじゃが」

「主従って……」


 別に従えたつもりはないんだけど……。


 見た目十歳程度の幼女を従えている中高生ほどの男子とかもう、字面からしてちょっときついだろ。

 もうちょい歳重ねたらかなり事案なんだけど。


 そう思いながら魔王を……正確に言えば、魔王の上半身が生えている床へと目を落とした。

 もちろん、飛空戦艦の床に穴が空いているという訳でも無いし、魔王が真っ二つにされてその上半身が床に置かれている訳でも無い。


 魔王は今、俺の影から生えてきているのだった。

 いや、なんか……俺と共にいるってこういうことだったらしいんだよな。


 要するにあの契約は、封印の側面も持ち合わせていたということだ。

 実質的に魔王は俺へと封じ込められ、互いの合意の下に、契約を破棄しなければ離れられなくなったという訳である。


 まあ、魔導の代償を肩代わりするというのだから、否が応でも傍にいなければならないとは思っていたのだが……。

 それでもまさか、こんな形になるとは思わなかった。


 原理的にはアイラの先天性魔術属性である《暗影》や《極夜》には近いのだろうが、イマイチ仕組みが分からない。


 何かこいつ、影の中にベッドとかテレビ置いてるっぽいんだよな……。

 完全に扱いがホテルのそれだった。

 ちょっとエンジョイしすぎだろ。


「クカカッ、中々快適じゃよ。お前様の中は」

「そいつは重畳、これで文句とか言われても困るからな」

「じゃが、これは良くないのう」


 言いながら魔王が俺の手を取る。ちょうど契約した際に紋様を刻み込まれた方の右手には今、銀色のブレスレットが巻かれていた。

 純銀で作られたそれは、紋様を隠すように手首で揺れている。


 無論、貰い物である。こんなお洒落な小物を俺が用意できる訳ないからな。

 では誰に貰ったのかと言えば、レア先輩にであった。


 本部から寮に戻る最中にバッタリ会ったのである。

 第二の破滅について形あるお礼をしたかったらしく、断るのも失礼だし素直に受け取った結果だった。


 最近は何だか忙しい……というか、アテナ先生に調べ物を頼まれているらしく、あんまり話す機会が無かったから、ちょっと以上に喜んでしまった。


「余だから良かったものの、仮に他の女子であったら一悶着起こること間違いなしじゃからね? マジで気を付けた方が良いぞ、お前様」

「えぇ、何かそんなに言われるようなことしたかな、俺……」

「今のお前様は余がつけたマーキングの上に、他の女子のマーキングを貼り付けたようなもんじゃからな? 無自覚怖すぎじゃろ……」

「マーキングとか怖いこと言うなよ……」


 お礼ってことで貰ったんだから、それ以上の意味はないだろ。ない……はずだよね?


 これが例えば日鞠や月ヶ瀬先輩であれば、何かしらの含みがあると考えても良さそうなものであるのだが、相手はあのレア先輩なのである。

 大丈夫だろ、ほぼ間違いなく。


「まあでも、ヤバいって言うなら外すか? 左手に巻けば良いと思うし」

「んおおおおおお! マジで分かっとらん! あのレアとか言う女子が手ずから! 意図的に! 契約紋を見てから右手に巻いたんじゃろうが! 絶対にそのままにしておくんじゃぞ!?」

「お、おぉ、圧が凄いな」


 かつてないほどの圧力を見せて来る魔王にたじろぎながら数回頷く。

 女心ってのは難しいもんだ、魔王がいてくれたのはそういう意味でも良かったのかもしれない。


「余もまさか、恋愛アドバイザーの真似事をするとは思っておらんかったがの……」

「別に俺も求めてないけどな」

「お前様の場合! 下手したら刺されて死ぬから必須なんじゃっつーの!」


 バシバシと足を蹴りながら叫ぶ魔王だった。

 まあ、下手したら刺されるというか、最早刺されるのは確定の未来を予知されているのだが……。


 何とか魔王パワーでどうにか出来ないだろうかと思った。無理だろうな。無理だね。

 それにしても、マーキングか……。


 人に何かを身につけさせたり、あるいは契約のように跡を付けるという意味合いでその言葉を使うのであれば、俺に一番マーキングしてるのは破滅と言えるだろう。


 もう全身傷跡塗れだからな。発展した科学の恩恵を全身に受けているお陰で五体満足ピンピンに生きてはいるが、どうしても深い傷は残る。

 歴戦の戦士っぽくてちょっとかっこいいと思っているのは秘密だ。


「……お前様、それを他の者に嬉し気に見せたりするなよ? 絶対じゃぞ?」

「どういう角度の念押しなんだよ、しねぇよ」


 嫌だろ、嬉し気に裸体を見せてくるやつ。老若男女問わずに普通にホラーだよ。

 露骨にホッとしてる魔王を見て、俺はこいつにどう思われているのか問いただしたくなった。


「あは~、かんかん見っけ~!」

「……日鞠、一々抱き着いてくるな。ビックリする」

「日鞠に探させた~、かんかんが悪いんだよ~?」

「そうなるのか……」


 責任転嫁の仕方が斜め上な日鞠だった。

 背中に飛びついてくるものだからワンチャン刺されるのかと思い焦ったが、特にそんなことは無かったらしい。


 よっこいせ、と背中にへばりついた日鞠を引き剥がして隣に並ぶ。


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