まおうオマージュ-002

「しっかたないのぅ、そしたら余たち一つになっちゃう?」

「なになになになに、何の話?」


 改めて訪れた魔王の私室──というか、魔王を収容している第七秘匿機関の本部、地下一階。


 殺風景ながらも調度品は用意されており、その一つであるソファに寝転がった魔王が、頬を赤らめながらそう言った。


 不覚にも一瞬、色気に近い何かを感じてしまったが、『無敵!』と書かれたぶかぶかの白ティーシャツがそれを台無しにしてくれていた。


 あ、あっぶねー……。

 何千年生きているかは分からないにしろ、見た目十歳程度の幼女に見惚れるとかギリギリアウトなラインだからな。


 気を抜かずに接していこう。


「は? おいおい、聞き捨てならないな魔王。少年と一つになるのはせんせーの特権なんだが?」

「ちょっとアテナ先生は黙っててもらえますか? 話が進まないので」


 むんずと口を掴めば叱られた犬みたいな目で見て来るアテナ先生だった。おすわり! と命じればそこで一生座って待ってそうな雰囲気である。


 先日俺をボコボコに叩きのめした人間とは思えないし、原作におけるラスボスとも到底思えない体たらくだった。


 まあ、そのラスボスの片割れである魔王も今では謎の幼女と化しているのだが……。

 改めてそう認識するともう色々と滅茶苦茶だなと思った。


「何の話もなにも、魔導とその代償についての話じゃったろうが」

「いやっ、確かにそうなんだけど……え? なに? 本当に魔導の代償なの?」

「当ったり前じゃろうが……何事も、大いなる力には大いなる代償が付きものじゃろう。そういうことじゃ」


 ふあぁと欠伸交じりに魔王は、至極当然のように言う。

 ソファからぴょんっと跳ねるように降り、てちてちと歩み寄ってきた。


「大体のう、そのちっぽけな人の身の、これまたちっぽけな脳みそで魔導を演算すること自体が本来、不可能なんじゃ。それをお前様は成し遂げている。ノーリスクとはいくまいよ」

「えぇ……俺、頭はそんなに悪くない方だと思ってたんだけど……」

「良し悪しの話はしとらんわ! ちゅーかお前様は恐らく、人類史上最も効率よく脳を動かしてるじゃろうよ。でなきゃ魔導を使うのは不可能じゃ……じゃがな、そもそものスペックが足りておらんのじゃよ。

 じゃからこそ、魔導を使った後は意識を落としとるんじゃ。身体だけでなく、脳もズタボロに酷使していたという訳じゃな。どうせ以前から、身に覚えはあったんじゃろう?」

「むっ……」


 言われてもみれば……というか、言われるまでもなくそうである。


 初めて魔導を使った際は校長の存在が記憶から吹っ飛んでいたし、第二の破滅戦後はレア先輩の存在が頭から消えていた。


 多分、あの瞬間はレア先輩以外のことも忘れていたのだと思う。

 どちらも強制的とも見れる意識の落ち方をした直後のことだ。


 修学旅行の件にしたって、その前に魔導を用いた模擬戦をしたばかりでもあるし、理には適っていた。


「つまり俺は毎回、ガラケーで原神を無理矢理起動してたから、ガラケーが耐えきれなくて落ちてたってことになるのか……」

「何言っとるのかさっぱり分からんが、つまりはそういうことじゃな」


 理解を完全に諦めた魔王だった。ただ納得したことは理解してくれたらしい。

 理解のあるまおピッピで助かるな。


「今恐ろしく不快な呼び方をされた気がするんじゃが?」

「気のせいだよ」

「気のせいかあ、それなら仕方ないのう」


 バシィ! と俺の足を蹴りながら魔王が言う。全然仕方ないで済ませてくれないじゃん。


 見た目相応の威力しかないので全く痛くはないのだが、取り敢えず魔王の気は晴れたらしい。

 肩で息をしながら俺を睨む。


「そこでじゃ、余から一つ提案があるという訳じゃよ」

「……さっきの、一つになるとかどうこうとかいう?」

「うむ、それじゃ。まあもっと具体的に言うならば、余と契約して欲しいという話になるんじゃがの」

「契約……? 魔王が、少年とかい?」


 怪訝そうに言葉を漏らしたのはアテナ先生だった。俺を引き寄せ、代わりに前に出る。

 構図だけ見ると生徒を守ろうとする先生に見えなくもなかった。


 問題は相手が力を失った幼女であり、アテナ先生も真っ当な先生とはギリギリ呼べるか呼べないかのラインにいることくらいだな。致命傷だろ。


「そう悪い話でもなかろう──代償は余が引き受けてやると言っているんじゃ」

「へぇ……それじゃあ、その引き換えに何を要求するんだい?」

「それも言うた通りじゃ。余を負かした主様と共におることよ……まあ、言い換えるのならば一定の自由じゃな」

「随分謙虚だなあ、とてもじゃないが悪逆非道の限りを尽くした魔王様とは思えないや」

「そんなもん今更じゃろうが……!」

「ふふっ、確かに。さて少年、せんせーは美味い話だと思ってるんだけど、どうだい?」

「いや、どうも何も話が全然見えないんですが……」


 完全に俺だけ置いてけぼりな会話だったからね、今の。


 そもそも契約って何? と言うところから始めなければならない。

 習った覚えもなければ、ゲーム内に出てきた記憶もない。


 完全に新出情報なんだよな。

 いい加減、全く知らん情報を叩きつけられることには慣れてきたが、それはそれとして意味不明だった。


「文字通り、互いの合意を以って契りを交わすことじゃよ。ただ、用いるものが書類や口頭ではなく、血と魔力というだけじゃ」

「えぇ……何か急に怪しい術感出てきた……」

「まあ、システム的には魔術的と言うよりは呪術的なものじゃからな。とうに廃れた古い術じゃし、それも仕方なかろう」


 曰く、契約とは今からもう何百年も前にに編み出されたものらしい。


 今となってはもう、互いの存在を認知した瞬間殺し合いに発展するような仲──いわば覆ることのない敵同士であるのだが、昔はそうでなかった時代があったということだ。


 長い歴史から見れば瞬き一回分にも劣る、刹那的な時代であったらしいが。

 それでも互いが手を取り合い、上手く共存しようとする動きが大きかった時代があったのだという。


 とはいえそうなる以前も当然殺し合っていた仲であり、ある日を境に「はい! 今日からみんな友達! 仲良くしようね~!」と言われて「はい、分かりました」が出来るようなら、そもそも敵対なんてしていない。


 魔獣魔族も人類も、剣は収めたが常に柄は握っている状態であった。

 書面や口頭で幾ら約束を交わそうとも破られる可能性は常にあり、仮に破られた際の制裁を設けられようとも多発しては意味がないし、互いの不信は強まるばかりだ。


 そしてそれは魔王にとっても、当時の人類のトップにとっても望ましいものではなかった──故にこそ、契約というシステムが確立されたのだという。


 契約者同士の血と魔力に契約を染み込ませ、互いの身体に互いの血と魔力を分け合い馴染ませる。


 これによって契約を破ろうと考えただけで、血と魔力は契約を果たそうと自動的に動き出す──例えば、身体の自由が利かなくなったり、意識を強制的に落とされたり、果てには自死したりといったように。


 少々過激ではあるが、このくらいでちょうど良かったのだという。

 お陰で数年ほどは平和を保てたというのだから、効果自体はあったのだ。


「とはいえ、恨みや憎しみといった感情は個人それぞれに宿るものじゃし、制御できるものじゃないからのう。小さな火種があちこちに飛び火して、結局今の時代に繋がった訳じゃな」

「ふぅん、だから契約システムは廃れたんだ。契約の存在自体が、魔獣魔族と人類が共存する象徴だったから」

「ま、そういうことになるの。結構頑張って作ったんじゃがなあ」


 今や使えるのは余だけじゃ、と半笑いで言う魔王だった。その瞳には特段これといった感情は映されていない。


 残念だとは思っているが、割り切ってもいるのだろう。

 伊達に長生きしているという訳じゃないということだ。


 あるいは時間がありすぎたが故に、諦めることが出来てしまった……なのかもしれないが。

 そこまで踏み込む勇気は俺に無かった。


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