ネクスト・ステージ
と、まあ。
そんな感じに、それっぽく俺の二年生編は終わるのかと思っていたのだが。
どうにもそこまで上手く、平和な感じで幕が引ける感じではないらしい──ということを、死んだ目をしながら俺は理解した。
「そやさかいさぁ、かんにんって言うてるやん。なんべん説明させるんやで、今回の件は不可抗力なんやって」
「それは分かっておる! 分かっておるが、互いの立場上の問題もあるじゃろうが!」
「その辺はこう……そっちで上手う擦り合わしてくれたらええやん」
「そういう訳にもいかんから、こうして儂自ら足を運んできたんじゃい……!」
アルティス魔法魔術学園、校長室。
中々の近寄りがたさを誇っているそこに連行された俺は、そこそこ激しく言葉を交わ合う、二人の男女を眺めていた。
片方は我が校の校長であり、もう片方は知らない爺さんである。
まあ、口振り的に相当偉い人なのだろうが……。
マジで知らない人だな。
ゲームにも出て来てないんじゃないか?
「お主のところの生徒──つまりそこの小僧が破壊した我が校舎の分、それなりの要求をこっちも吞ませないと、上が面倒じゃ」
「かぁ~、まーたそれか。勘弁してほしいわ、上の顔色ばっかり窺うて」
「お主が顔色を見なさすぎなんじゃ……! 何回儂がお主を擁護したと思っとる!?」
「はいはい、いつも助かってますぅ、おおきに~」
「こっ、このクソガキ……ッ!」
白髪とたっぷりの白髭を蓄えたお爺ちゃんが、顔を真っ赤にして台パンしていた。
何でも良いのだが、わざわざ俺を呼んでおいて喧嘩するのはやめてくれないかな、と思った。
これ俺、もう帰って良いだろ。
「いや小僧! お主もお主で帰ろうするのはやめい! 中心人物だっつーことが分かっとらんのか!?」
「えっ、俺!? もしかして俺の話してたんですか!?」
「逆にそうじゃなかったら呼ばんじゃろうが……!」
いや、まあ、それはそうなんだけど……。
生憎、校舎を破戒したような記憶はなかった。
流石にそんな、テロリストじみた罪を犯した記憶はない。
もしかして……濡れ衣を着させられようとしてるのか……!?
「自身の潔白を信じすぎじゃろ……流石に言い逃れ出来んからね?」
「えっ……ごめんなさい。本当に身に覚えが無いので、マジな動揺をしてるんですが……」
「えっ」
「えっ?」
何言ってんだこいつ? みたいな視線が交わり合って、かなり微妙な間が出来上がった。
お爺ちゃんと校長が数秒視線を合わせ、それから校長が「あっ」と理解したような声を上げた。
「甘楽、もしかして記憶飛んどる?」
「飛んでるって言うか、最後に攻撃し終えた後、即気絶したらしいので……」
「あ~、そっかそっか、そうやったな。ほな、まずはサクッと説明しよか」
校長が杖を振るって、画像を二つ、空中に投影した。
一つは崩れ落ちていく……多分、迷宮。
もう一つは明らかに攻撃を受けたね、みたいなぶっ壊れ方をしている、全く見覚えのない学校の校舎だった。
……えっ、これもしかして、俺がやったとでも言うのか?
「ん、ご明察やな。どっちもきみの大手柄やで」
「つまり……報酬がある?」
「罪状なら、出そうと思えばたっぷり出せるぞい」
ボケ共が、さっさと話を進めろ。という目で見て来るお爺ちゃんであった。
お爺ちゃんだから無駄話とか長話が好きかなって思ったんだけどな。
それともお爺ちゃんだから、あんまり話が長くなると疲れて眠たくなっちゃうのかもしれない。
「失礼なガキ過ぎるじゃろ、儂今めっちゃびっくりしたよ」
「面白い子やろ~? それでな、まあ、何でこうなったかっちゅーと、一言に纏めるのなら、迷宮を破壊して脱出したから、やね」
「えぇ……何か、そこまで怒られるような問題でしたか?」
「いや、それ自体は別にええんよ。むしろ良うやったって、後でいっぱい褒める予定があるくらいや」
だから、問題はその後にある……というか、出来た。と校長は言った。
二枚目の、かなり凄惨に破壊された校舎の写真が大きく表示される。
「迷宮っちゅうんは、真の意味での異世界って言うてもええ。出入り口は見つけられるけど、実際にその迷宮自体、この世界のどこにあるのかは分からん訳やな」
「ん、まあ、そうですね。脱出したら、出入り口に強制的に戻されますし」
「そうそう、そうなんよ。そやけど、今回は違うた────きみらが力ずくで破壊したさかい、強制送還機能が……というよりは、迷宮に備わっている機能全般が働かへんかったんやね。つまり、一時的に迷宮そのものが、この世界自体に顕現した」
「? …………あっ」
何言いたいんだろうこの人? と頭を回した瞬間、点と点が線で結ばれた。
要するに、九割五分ほどぶっ壊した時点で、迷宮はこの世界に現れてしまったのだ……具体的に言うのなら、その謎の校舎の真上とかに。
で、ダメ押しとばかりに放たれた俺の魔導が、迷宮ごと校舎をぶち抜いてしまったのだろう。
「……えっ、やば」
「そうそうそうそう、普通はそういう反応になるんじゃよ。真顔で『うちらは悪くないし?』みたいな顔できる訳ないんじゃ。
あと謎の校舎じゃないからの、一応儂が校長やっとる学校じゃから。《ヴァルキュリア呪術騎士学校》って知らんかの?」
「おぉ……全然知らないです」
「マジで!?」
いや、マジで知らない。
え!? 本当に知らないんだけど!?
呪術って何だよ! おい!
ていうかそもそも、『蒼天に咲く徒花』で、アルティス魔法魔術学園以外の学校とか存在するんだ!?
いや、そりゃあ言われてみれば、あって然るべきだろうけれど……。
原作では影も形もない……よな?
ちょっと最近はこの辺、上手く思い出せないのだが、全くピンと来ないし、無いはずだ。
「で、今そのことについて、ちょっと揉めとるっちゅー訳や。この爺さんもうちらと同じように、事情は分かっとるから、不問になる予定やったんやけど……」
「今回の件があってなお、お偉いさんってのは認めないんじゃよ。七つの破滅、その存在をのう……いいや、あるいは、恐れているが故に、目を背けているだけかもしれんがの」
あとこいつが睨まれ過ぎとるんじゃ、と指をさされる校長だった。
……いや、軽く話している上に、俺は全く悪くないみたいな言い分であるのだが、滅茶苦茶大事件ではあると思うので、俺にしか責任がないと言って良いまであるだろ、これ。
参ったな、と腕を組む。
「いやいや、ほんまに甘楽は悪うあらへんって。悪いのんは、今回もまたなんもできひんかった、大人の方や」
「そうじゃのう……とはいえ、全くの無関係と言い張るのは無理じゃから、こうしてこの場に来てもらっとる」
「ま、そんなんやな。で? 結局どないすん? 弁償だけでええか?」
「いやそれ最低ラインじゃからな……もう一つ、儂の方から条件がある」
言って、お爺ちゃんは俺を見た。いやこれ、お爺ちゃんって呼び方かなり不敬か?
お爺ちゃん先生とかの方が良いかもしれない。
「……カイウス・ラウレストじゃ。ラウレスト先生と呼ぶが良い」
「ラウレストお爺ちゃん先生……」
「きみこだわり強いって言われない? もうちょっと折れる努力しようか……いやそうじゃなくての。お主、彼女とかはおるか?」
「うわっ、久し振りに会う、かなりうざい親戚がしてくるタイプの質問だ! 答えなきゃダメですか? これ」
「例えが最悪過ぎるじゃろ! 良いから答えんか!」
「えぇ……いるように、見えますか?」
「全然見えるから聞いとるんじゃけど……」
その感じならいないんじゃな、良かった良かった、問題ないの。と笑うラウレストお爺ちゃん先生だった。
何が良かったんだよ、マジで殴り倒すぞ。
「そこで拳を選ぶあたり、野蛮性を隠し切れて無さすぎるんじゃが……いや、なに、こちらの学校から一人、お主に監視を付けたいと思っての」
「……監視?」
「うむ、護衛と言っても良いが、まあ、監視じゃな。留学……のような形にはなるじゃろうが、儂のところの、とびっきり優秀な子を傍に付けさせ、常に目を光らせておきたい」
「そんな人を、ちょっと目を離したら大問題を起こすモンスターみたいな……」
「実際そんな感じじゃろうが」
「ぐう……」
ちょっと言い返すことができず、思わずぐうの音が出た。
大体の場合において、俺は悪くないんだけど、何か中心にいることが多いんだよな……。
決闘と言い、破滅と言い、危険なものに振り回されがちだった────いやっ、ていうか、えっ?
彼女がいるか聞いたのって、つまり。
「うむ、女子じゃ。お主より一つ上だったかの。元より彼女も、そっちの学園に興味あったようじゃし、winwinというやつじゃな。ナタリア、文句は無いか?」
「いや、うちは無いけど……」
ええの? という目線を送って来る校長だった。
これ、普通に嫌なんだけど、断れる感じじゃないよな……。
来年は今年より、ちょっと色々面倒なことになるとは思うのだが、もうここは諦めるしかあるまい。
死んだ目で頷いてみせれば、
「まあ、ほんの一年程度のもんじゃ。その間、今回ほどの大事が起こらなければ、お主に自由は戻る。悪いとは思うが、耐えてくれんかの?」
なんて、心にも思って無さそうな顔で言うラウレストお爺ちゃん先生だった。
やれやれ、とため息を一つ。
何事も諦めが肝心だ、と自分に言い聞かせながら、「来年は無事に過ごせますように」と願うのだった。
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