アローザル・ヒーロー


「あら、眼が覚めましたのね、日之守様」

「あー……? あっ、えっ!? レア先輩!?」

「はい、わたくしでございます。おはようございます、ですわね」


 っぶねー、マジで誰かと思った。

 普通に「誰?」とか言っちゃうところだった。


 校長の時とは違い、どっからどう見ても俺の推しであり、なおかつこれ以上ないくらい、好きな先輩であるのだが……。


 空白に塗りつぶされたみたいに思い出せなかった。

 まあ、疲れてるのかな、と思う。


 死ぬような思いをした訳だし……と、周りを見渡せば、実に見覚えのある白い空間が飛び込んできた。


 う~ん、どう見ても我が校の医務室である。

 つまり、去年と全く同じシチュエーションであった。


 やれやれ、天丼しちまうところだったぜ。


「因みに、眠っていたのはほんの三日ですわよ。前回とは比べ物にならないくらい、早いお目覚めでしたわね」

「おぉ、俺、成長してる……いや違う! 身体の方は大丈夫ですか!? 傷とか、あれ以来調子が悪いとか、それでなくとも、何かしらの後遺症が残ったとか……!」

「きゃっ、わ、わたくしは大丈夫ですわ。ええ、頭のてっぺんから、つまさきまで。問題一つありません」


 ですから、落ち着いてくださいまし。とベッドから乗り出した俺を、優しく戻してくれるレア先輩だった。


 思わずほっと息を吐く。いや本当、マジでよかった……。

 言うまでもなく、今回の脱出方法は滅茶苦茶だったし、そうでなくともレア先輩は、あの第二の破滅に身体を使われていたのである。


 その上、最後はかなり容赦なくボコしちゃったのだ。

 何かしらの後遺症……そうでなくとも、それに近い何かが起こる可能性は、十二分に考えられた。


 それが無いのならもう文句が無い、万々歳である。


「というより、怪我の度合いで言えば、日之守様の方がよっぽどですわよ。迷宮脱出直後だと言うのに気絶いたしますし、魔力神経はズタズタだったという話です」

「えぇ……」


 道理で最後、ありったけを放った後の記憶が、イマイチ定かでない訳である。

 普通に迷宮を脱出したことで回復するのだから、ある程度の無茶は許容だと思ったんだけど……。


 半壊……というか、九割五分壊状態からのダメージは、迷宮内のダメージとされなかったようである。

 判定厳しいな……と思いながらも、魔導の反動がヤバすぎることに冷や汗を流した。


 何なんだろうな、使っている間は万能感に満たされるのに、使い切った途端全部持ってかれるんだけど。


 普段はしない脳の使い方だったり、良く分からんもんを視たりしていることが、思ってる以上に負担になっている、ということなのだろうが……。


 だからと言って、毎度毎度こんなに消耗していたら、次はもう敗北するビジョンしか見えなかった。

 どう考えても長期戦に持ち込まれたら、負けるしかない訳だからな……。


 マジな改善点すぎる。


「ふふ、ダメですわよ、日之守様。そう難しい顔をしないでくださいませ。今は、休息の時間なのですから」

「あうあうあうあう、何ひゅる、んですか」

「少し解して差し上げようかと思いまして」


 華やかな笑みを浮かべたレア先輩に、ぐにぐにと頬を揉まれ倒す。


 ご褒美なのか遊ばれているのか、微妙に分からないところではあるのだが、レア先輩が楽しそうだから良いことにした。


 いや……本当、レア先輩無事で良かったよ。

 じわじわと実感してきたそのことに、普通に涙腺が緩んだ。


「くっ、うぅ……」

「あら、あらあら、日之守様は本当に、良く泣くお方ですわね」


 よしよしと、甘やかされるように抱きしめられる。ビビるくらい情けないのだが、一度出始めた涙は止まることを知らず、ポロポロと際限なく溢れ出てきた。


 え? うわマジやばい。

 気を抜くと本当にわんわんと声を上げて泣いてしまう。


 流石にそれは遠慮したいところだったのだが、どうしても肩が震えてしまった。

 感情ってコントロールできるもんじゃないな、と頭のどこかでそう思う。


「っ……う、ごめん、なさい。ちょっと、止まらな……」

「良いんですわよ、むしろ、いっぱいお泣きになって? わたくし、日之守様のそういう、人間らしいところも好きなんですの」

「ぐぅ、人誑しすぎる……」

「それ、そのままお返しいたしますわよ……」


 言って、目一杯抱きしめてくれるレア先輩だった。俺、今死んでも悔いないな……。

 全身が浄化されそうな気分である。


 これだけでもう、たくさん頑張った甲斐があったというものであった────いや、実際その通りみたいなもんなんだけど……。

 世界の滅亡とか二の次でしかなかった。


 レア先輩が戻ってくれればそれで良かった、という思考があったのは確かである。


「……ごめんなさい。日之守様がそんなに傷ついたのも、苦しんだのも、全て、わたくしの責任ですわよね」

「えっ? あ~……いやでも、俺のはほとんど自己責任ですよ。まあ、多少は他の要因もあったでしょうが」

「そう、ですわよね……本当に、申し訳──」

「──でも、丸く収まりました。第二の破滅は消滅し、レア先輩は元気に元通りになって、俺達は誰一人として欠けてない。それならほら、別に謝ることはないでしょ」


 というか、元よりレア先輩が謝ることなんて、一つたりともないのだが。

 全部第二の破滅のせいじゃん……。


 強いて言うのなら、全滅寸前に追い込まれるまで、まごまごと悩んでいた俺が、二番目に悪いと言ったところだろうか。


 いや、今思い返してみても、うだうだしすぎなんだよな。

 冗談でもレア先輩の命を天秤に乗せるなよ、馬鹿か俺は……。

 本当に多方面に向けて、ごめんなさいしたい気分だった。


「むしろ、謝罪なんて聞きたくないくらいです────だから、そうですね。それでも何か言いたいと言うのなら、ありがとうって、言って欲しいです」

「────本当、日之守様は。わたくしをそう、甘やかしても良いことはありませんわよ?」

「いや、それ言ったら俺が一番、甘やかされてるような気がするんですけどね……」

「そうかしら? でも……ふふっ、そうですわね。ありがとう……ありがとうございます、日之守様」


 レア先輩の腕に再度力が籠められる。


 今度はレア先輩の肩が震えていて、そりゃそうだよな、と思った。

 俺がレア先輩を傷つけるのを躊躇ったように、レア先輩だって、みんなを傷つけるのは嫌だったはずなのだ。


 何もできないのに、半端に意識を残されていた分、その後悔は推し量ることすら出来ないだろう。

 今回の事件で、一番傷ついたのは彼女であると、そう言っても良いほどに。


 だから、その背中をポンポンと叩いた。


「はい、どういたしまして。と言っても、俺だけじゃなくて、皆の頑張りなんですけどね」

「ええ、ええ、分かっておりますわ……けれども、わたくしは日之守様に、重荷を背負わせてしまいましたから」

「ん、それはそうですね……マジでその一点についてだけは、本気で反省して欲しいです」


 今回の件ではっきりと分かったが、俺は殺せと言われて素直に分かった! と言える人間ではない。


 それが親しい人間であればあるほど顕著になるのだろうし、それらの感情を無理やり押し込むと、ビックリするくらい動きが鈍くなる。


 頭の回転も、魔力の扱いも、何もかもがダメになる。

 この辺、サクッと割り切れる人間である方が、強くはあるんだろうけれども、俺は多分、一生そうはなれないのだろうな、と思った。


「だから、二度と殺してくださいなんて、言わないでください。代わりに、良い言葉を教えてあげますから」

「代わり……ですか?」

「ええ、はい……ただ、助けてって、そう言ってください。そうとさえ言ってくれれば、俺は道理だって蹴っ飛ばしますよ」

「────っ」


 自ら名乗るのは、正直今でもかなり気が重いし、分不相応だとは思うけれど。


 あまりにも似合わなさすぎて、失笑してしまうくらいなのだけれども。


 彼女を安心させるためならば。

 彼女の心を守るためならば。

 無理だとしても、認めないでもない。


 その重さに耐えられるように、いつかは似合う日が来るように、研鑽を積み重ねようと、そう思うから。

 

「だって、俺はレア先輩のらしいですからね。殺すことは出来ませんけど、助けることはできます。それが、どこからであっても、何からであっても」

「~~~~っ! 日之守様は本当に、人誑しですわね……」

「あれ!? そこに話が接続されるんですか!?」

「されるんですわよ、お馬鹿さん」


 優しく言ったレア先輩が、おかしそうに笑う。

 呆けた俺の頬を撫でて、翡翠色の瞳に真っ直ぐ見つめられた。


「そんなことを言われると、勘違いしてしまいますわよ?」

「? 別に、勘違いじゃないと思いますけど……」


 むしろ、間違いようが無いくらい、真っ直ぐな言葉であった自信があるのだが……。


 窮地に陥った時、ただ頼ってくれさえすれば、絶対に何とかしてみせる。


 言ってしまえば、これだけのことである。

 いや、まあ、俺に出来る範囲の話になっちゃいはするのだが……。


 それでも、全力を尽くそうとは思う。


「そういうところですわよ────ええ、本当に。日之守様のそういうところも、わたくし好きですわ」

「それは」


 光栄ですね、なんて言おうとした。


 言ってる意味は良く分からなかったけれど、取り敢えず、好ましくは思われているらしかったから。


 それに越したことはない、と笑みを浮かべれば、ふわりとレア先輩の香りがして、頬に柔らかい感触がした。


「……えっ」


 自分でもビックリするくらい淡泊な声が出て、けれども言葉を続ける前に、ピタリと指先を口に当てられた。


「好きですわよ、日之守様」

「それ、は……どういう、意味で?」

「ふふっ、さて────どういう意味でしょうね?」


 頬を赤らめたレア先輩が、恥ずかしそうに笑って身を翻す。

 その手を掴もうとしたけれど、するりと躱されて、


「たくさん悩んでくれて、良いんですわよ?」


 と、レア先輩は医務室から出て行ってしまった。

 ……えっ。

 えぇ~……。


「勘違い誘発爆弾じゃんこんなの……」


 マジな人誑しはどっちだよ、と窓の向こうを見上げれば、見慣れた晴天がどこまでも広がっていた。


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