ダブル・パーティ


 第二迷宮シークレットフロアの攻略は、俺達と月ヶ瀬先輩の、二パーティ合同によって進めることとなった。


 難易度が、これまでと比べても跳ね上がるということや、月ヶ瀬先輩のパーティメンバーが結構疲弊していた、というのもあるが、単純に、何かしらのイレギュラーが起こっていた場合、傍にいてもらった方が守れるからである。


 手の届く範囲にいてくれれば、まあ、命の保証くらいはしてあげられる……はずだから。


 あと俺が月ヶ瀬先輩と行動したかった。

 人として好きというものあるが、これもシンプルに、戦力として多大な期待が出来るからである。


 この人、魔装使ったレア先輩とも互角に渡り合うからな……。

 充分以上に頼りになる人であった。


 流石の原作ヒロインと言ったところである────いや、そんなことを言ってしまえば、どいつもこいつも流石を超えて、お前は本当に何なの? と聞きたくなるレベルであるのだが。


 葛籠織は言うまでもなく、ネフィリアムは見ての通りだし、立華くんと言えば今や立華ちゃんである。


 何なんだ? この面子は……。

 異常者しかいないじゃん、と思っていれば、


「ね、ねぇ、甘楽くん……」


 と、月ヶ瀬先輩が俺の肩をつついた。


 細い洞窟のような道を通っており、光源と言えば天井や壁に張り付いている、薄っすらと発光する苔のみなので、表情はしっかりとは見えないのだが、その声音は若干震えている。


 どうしたのだろう。まさか、ちょっと暗いだけで、怖くなっちゃったのだろうか。


 それはそれでちょっと可愛いな。


「いや、確かにちょっとは怖いけど……そうじゃなくって。その……彼女は誰、なの? というか、空城くんはどこ行っちゃったの……?」


 こしょこしょと、耳打ちでもするかのように言いながら、月ヶ瀬先輩が立華くん(そろそろ「ちゃん」で良い気がしてきた)を見る。


 そういえば碌な説明してなかったな……。

 ワンチャン、このまま何も話すことなく迷宮脱出まで行けないかな、とか思ってはいたのだが、当然ながらそんな訳にもいかないようだった。


 仕方ないな、と思いつつ立華くんの手を引けば、彼女は「ひゃっ」と実に女性らしい声を上げる。


 何で時間が経てば経つほど、見違えるかの如き勢いで女性らしくなっていくんだよ。

 前世は女性だったりしたのか?


 板についてるとかってレベルじゃないんだよな、と心臓を微妙に早くしながら、俺達のいるところ……つまり、パーティの最後方まで来てもらう。


「ちょっ、何だ? いきなり……」

「いやほら、月ヶ瀬先輩に事情説明してなかったから」

「あー……」


 なるほどね、と頷いた立華くんが、少しだけ考える素振りをしてから、月ヶ瀬先輩へと微笑んだ。


 何故か俺の腕を掴み、引き寄せて。

 具体的に言うならば、右腕に抱き着いてくる感じで。


「日之守の彼女です♡」

「!!?」

「あれ!? 何言ってんの!?」

「先日迷宮で拾われて、その流れで付き合うことになりましたっ」

「!!?!?!?」

「滅茶苦茶な嘘に滅茶苦茶な嘘を重ねるのはやめろーッ!」


 何一つ求めていた情報開示がされていないんだが!?


 葛籠織とネフィリアムはもうどうしようもないにしても、立華くんまで暴走を始めたら、収拾がつかなくなっちゃうだろうが……!


 あと本当に身体をくっつけてくるのだけはやめてほしい。

 冗談だったとしても、俺の心臓は冗談抜きで早鐘打っちゃうんだよね。


 ついでに言えば、ビックリするくらい甘い声を出すのもやめて欲しい。

 このままではちゃんと好きになってしまう可能性があった。


 嫌だ……この歳でそんな特殊な性癖を獲得したくはない……。


「特殊も何も、今の僕は女性なんだから、問題ないんじゃないか?」

「問題しかないに決まってるだろ……! 大丈夫? 頭の中身詰まってる?」


 あー、もうほら、月ヶ瀬先輩が処理落ちしちゃったじゃん。


 意味不明な情報に翻弄されたせいか、目を回してその場に縫い付けられてしまっている。

 何なら頭からは湯気が出てそうなもんだ。


 滅多に見ることが出来なさそうな光景で、これはこれで写真とか撮っておきたいところではあるのだが、そうする訳にもいかない。


 ペチペチと頬を叩けば、二、三度の瞬きをしてから月ヶ瀬先輩は再起動した。


「え、えぇっと……ここはどこ? わたしは誰……?」

「記憶喪失!? 嘘だろ、こんなことで!?」

「あっ、そうじゃないそうじゃない。それで、甘楽くんの彼女、だっけ……?」

「よ、良かった……」


 いや、全然事実ではないので、全く良くはないのだが。


 それはそれとして、末代まで恥になりそうな仕方の記憶喪失だけは防ぐことが出来て、本当によかった……。

 最悪、色々とおしまいになるところだった……。


 おい、と肘でどつけば、流石にばつの悪そうな顔をした立華くんがペコリと頭を下げ、それからやっと経緯を話し始めた。


 と言っても、「空城立華です。性転換しました」という、実に大雑把な一言ではあったのだけれども。

 まあ、それ以上に言いようがないからな……。


 またしても動きを止めてしまった月ヶ瀬先輩であったが、十秒ほどしたところで苦笑いをした。


「あはは……ランクB迷宮なのに、性転換薬が落ちて来るなんてことあるんだねぇ」

「本当、ビックリしましたよ……。ただ、第二迷宮があるんだから、それも納得ものではあるんですけどね」

「そう、だね……実際のところ、どう? 甘楽くんはこの第二迷宮のランク、どのくらいか予想つく?」

「んー、まあ、ある程度は」


 少なくとも、ランクB以上であることは、設定上からも明確ではあるのだが、だからと言って、単純にランクAと決めつけることは出来ない。


 もちろん、俺だってこれが初の迷宮攻略であるのだから、正確なところまでは分からないが、それでも目に入る環境や様子、第二迷宮の最奥から感じられる圧、大気中の魔力の濃度や流れから、ある程度の予測は出来る。


 だから、はっきり言ってこの第二迷宮が、異常とは全然言えない程度の難易度であるということは、容易に理解できていた。


「ランクA以上ではあるけど、ランクSには全然届かない……まあ、精々中間。敢えて言うのなら、ランクA+ってところですかね」

「ん、わたしも同感。そこまで肩肘は張らなくて良いくらいだよね」

「ですね……」


 と言っても、普通の二年生からしたら、即死してもおかしくはない程度のランクではあるのだが。


 迷宮の難易度は、以前教えられたようにEからExまである訳だが、その一つ一つの間にある難易度の差は、隔絶的なものである。


 ランクS迷宮の推奨攻略レベルとか、ランクA迷宮の推奨攻略レベルより60も違うからな……。嘗めてんだろって感じだ。


 つまり、ランクA+みたいなものであるここも、かなりのものではあるのだ。

 単純に、原作と比べてみても、俺を含めて全員が強すぎる、というだけのことである。


 普通に原作通り進んでいたとしたら、ランクA迷宮でも、詰みの状況そのものだからな……。


 まあ、だからこそ・・・・・嫌な予感がするのだが。


「何で先に攻略した子たちは、ここ入っちゃったかなぁ」

「そこなんですよね……こういう時に待ったをかけるのが、助っ人枠の役目でもあるはずなんですが」


 まあ、俺だったら突っ込むんだけど……流石にこれは例外である。


 月ヶ瀬先輩やレア先輩のように、普通の二年生と組んでいる場合、第二迷宮を見つけたのならば、迷宮主ダンジョンボスの部屋で、他パーティを待つよう指示するのが正解だ。


 何せ助っ人枠の役目は、とにかく誰も死なせないということなのだから。

 危険であることが分かり切っている場所に、進んで踏み込むことを許可する訳がない。


 であるのならば、そうしなければならなかった理由があると考えた方が、建設的だとは思うのだが……。


「悩んでいても仕方ないんじゃないか? さっきネフィリアムも言っていたが、どうせ進むしかないんだろう?」

「まあ、そうなんだけど……考えてないと落ち着かないんだよね。どうにも、嫌な予感がして」

「へぇ、日之守にも恐怖って感情はあったんだな」

「立華くんは俺を何だと思ってんの……!?」

「無敵の英雄様、だろ?」

「こ、こいつ……」

「ま、随分と女性には弱いみたいだが」


 ぐにぃーっと、俺の頬を指で突く立華くんであった。


 クソッ、性転換前は誰よりも女性に弱そうな面していたくせに……!


 むしろ女性の方がガッツリ性に合ってるんじゃないの? と思わせられるくらい、何というか、女性らしい立華くんである。


 というか、別に俺は女性に弱いという訳ではないのだが……。

 葛籠織だから、ネフィリアムだから、月ヶ瀬先輩だから、レア先輩だから……まあ、それと、立華くんだから、どうにも緊張するだけである。


 アテナ先生? アレはちょっと例外だろう……。

 魔王は論外である。中身にしても、見た目にしても。


「あはは、ここは空城くんに、わたしも同意かな。でも、甘楽くんの懸念も分かるし、ちょっと急ぎたいね……」

「戦闘痕も新しいものばかりなってきましたしね……多分、通ったのはそんなに前じゃない。一時間とか、そのくらい前?」

「ということは、追いつけるのか?」

「運が良ければね……」


 まあ、悪かったとしても、遭遇出来そうなものではある────その場合、「死体と」という意味にすり替わることにはなるが。


 いや本当、悪趣味な冗談という訳では無く、真面目な話である。


 何なら入り口からちょっと進んだところに、四人分の死体が落ちていてもおかしくはないな、と思っていただけに、ここまで血痕の一つすら見当たらないことに、驚愕すら覚えていた。


 あるいはそれを、違和感と呼び変えても良いが。


「……ちょっと、先頭にいる葛籠織とネフィリアムとも話してきます」


 そう言って、スルスルと前に出れば、渋面の日鞠に出迎えられた。

 不満そうに唇を尖らせている。

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