セカンド・ルイン
「日鞠たちに敵の処理を押し付けて~イチャイチャするのは楽しかった~?」
「いや言い方、言い方に悪意がありすぎるでしょう? 別にイチャついてないから……」
「立華くんに抱き着かれて~喜んでたじゃん~!」
「あれはちょっと別枠だろうが……!」
イチャつきに換算するんじゃない! 益々女性として認識しちまうだろ……! と叫びそうになるのを堪え、コホンと咳払いする。
今はこんなことで言い争っている場合ではない
ていうか、ここの観点であまり言い争いたくない。滅茶苦茶にボロが出そうだ。
「それはもう、自白しているようなものじゃない……」
「ふー……気のせいってことにしとかないか? それより──」
「それより、先を急ぎたい、という話でしょう? 残念だけれども、それに従うことはできないわね」
「えぇー……」
ここに来て嫌がらせとかするなよぅ……という顔をすれば、ネフィリアムは呆れたようにため息を吐き、それからピッと指をさす。
とは言っても、俺に向けてではないのだが。
示された方向は、ちょうど前方だった──あっ。
「もうゴールじゃん」
「そういうこと……珍しいわね。日之守くんがあまり、周りを見れていないだなんて」
「大体いつも、こんな感じだと思うけど……」
「ふふっ、そうかしら」
またまた謙遜しちゃって、みたいな顔をするネフィリアムだった。
これはこれで腹は立つのだが、正直なところ、焦っているのは事実なので、何も言い返すことが出来ない。
というのも、先程から散見される戦闘痕のほとんどが、焦げ付いた跡なのである……つまり、炎系の魔術ないしは、魔法が使用されたということに他ならない。
そして俺には、炎の魔術を得意とする、親しい人がいる訳で……。
そこがどうしても気になってしまうのは、もう仕方がないと言えるだろう。
「レア先輩だったとしたら~、こんなところに入れさせないと思うけどな~」
「そりゃ俺だって、そう信じてはいるんだけどな……」
何事にも、イレギュラーというのはつきものである。
どんな小さな可能性であっても、最後まで捨てる訳にはいかないだろう。
それに、どうせもう、答え合わせの時間なのだ。
全員にそれとなく目配せをしてから、きっかり十秒。
石造りの扉をゆっくりと押し開けば、広がったのは、炎の海だった。
「────ッ!」
全員が、即座に臨戦態勢へと入る。
いつ、どのタイミングであっても各々が魔法、あるいは魔術を行使できる状態へと入り、しかし、何も起こらない。
迷宮主の咆哮は響かないし、かといって、戦闘音が鳴り響いている訳でも無かった。
ただ、ひたすらに静寂。
巨大な一室に広がる炎が揺らめく音だけが、耳朶を叩いていた。
けれども
確かに強大な何かが、中央に。
────嫌な予感がした。胃の底に、急に重いもの落ちてきたかのような不快感。
薄っすらと感じた吐き気を振り払い、眼前の炎を打ち消せば。
「レア先輩……?」
そこにいたのは、ある意味今、一番会いたかった女性だった。
見慣れた美しい紅い長髪は、それだけで彼女であると理解させてくれる……それなのに、疑問形になってしまったのは。
一本の黒い槍のようなものが、彼女を地面に縫い留めていたからだろう。
彼女の髪色と同じ紅色の、大きな水溜りの真ん中に彼女はただ横たわっていて。
その全身には、黒い焔とでも呼べる何かが絡みついていた。
声は出なかった。否、出せなかった。
何よりも良く視える眼が、現実を受け容れようとしていなかった。
先程までは良く回っていた頭が、急に停止していくのを感じる。
誰かが悲鳴を上げた。そのお陰で、少しだけ正気が戻った。
何が起こっているのか、何をすべきなのか、思考を力ずくで回転させる。
そう、そうだ。
良く見ろ、考えろ。アレは何だ?
その黒焔は、ただ見ているだけで悪寒がした。
その黒焔は、ただ近づこうとするだけで指先が震えた。
あれは、レア先輩の焔ではない────だと言うのに、それらはまるで、彼女の一部であるかのように絡みついていた。
レア先輩を覆うように、あるいは、レア先輩を侵食するかのように。
黒い焔は、ただ蠢いていた。
地から湧き出ているかの如く、増殖し続けるそれは、絶え間なくレア先輩を包み上げていく。
魔法とも魔術とも呼べないであろうそれは、命があるかのように微細な振動を繰り返していた。
それを見ていることしかできなかったのは、俺が彼女の生死を確認したくなかったからなのかもしれないし。
ただ純粋に、その光景に圧倒されていただけかもしれない。
何にせよ、ただ呆然としている内に、変化は起こった。
レア先輩の身体がドクン! と跳ねて、宙に浮く。されども落ちることは無く、中空に浮かび上がり、己を貫く槍を引き抜いた。
同時に槍は黒の焔へと融けて、レア先輩の内側へと吸い込まれるようにして消えた。
覚えのある感覚がし始めたのは、その瞬間からだった。
悪寒が全身を駆け抜ける。
冷や汗が止まることなく流れ抜ける。
広がっていた焔が、彼女の内側へと、吸い込まれていくように消えていく。
あらゆる熱が、彼女に奪われていく。
焔が彼女の中へと混ざり合っていく。
焔が彼女を新しく象っていく。
焔が彼女を破滅へと誘っていく。
吐き気がした。
同時に全てを理解して、「最悪だ」と吐き捨てた。
長らく求めていた
気高く美しく、何より強かった彼女を、しかし手に入れるのは容易かった。
ここまでの案内に使った三つの命を天秤に載せてやれば、彼女はその身を差し出したのだから。
どれもこちらが用意した、手駒に過ぎなかったと言うのに。
かくして、それはついに此処に成った。
「────滅亡の時だ、人の子らよ」
静かにそう告げながら、それは緩やかに地に降り立った。
「わたくしは……いや、いいや。俺様は、第二の破滅。それそのもの」
ふわりと焔が舞う。
彼女の着ていた制服が、黒々と染め上げられていく。
肌には黒い模様が走り、瞳が闇色に染まっていく。
「破滅を此処に────星の生命は、これにて決したぜ」
それは、既に彼女がレア・ヴァナルガンド・リスタリアではないという証左。
あらゆる生命を無と帰す、星の自滅機構。その一つの、依り代を用いた完全顕現。
されども塵の如く残った、彼女の名残が最後に声を上げた。
誰よりも美しく生きた、焔の女は、一人の英雄へと。
たった一言、最後の願いを託す。
ああ────日之守様。わたくしを、殺してください。
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