サイン・アンレスト


「んー……あー? これ、先行ってるパーティがいるな?」


 立華くん(やはり「ちゃん」と呼ぶべきかもしれない)をお姫様抱っこしながら言えば、葛籠織とネフィリアムが怪訝そうな顔で俺を見た。


 まあ、怪訝そうな顔をしているのは元からであるのだが……具体的には、立華くんを抱っこし始めた辺りから。


 いや違う! 別にあまりにも見た目が好み過ぎて、こうしている訳ではない!


 ただ、攻略中に立華くんが突然気絶したのである。

 軽く調べたところ、特に外傷も無ければ、魔力の循環も滞っている訳では無いので、肉体が変化した反動が出たのだろう、と結論付けたのだ。


 で、まさか置いていくわけにもいかないし、起きるのを待つのは時間の無駄すぎる、ということで俺が彼(彼女?)を運ぶことになったのだった。


 もうマジで良い匂いがしててヤバい。でも二人の向けてくる目もかなりヤバイ。


 何で俺は迷宮でこんな目に遭わなければならないんだろうな。


「それは少し……考えづらくないかしら? 空城くんの件でごたつきはしたけれど、それでも私たちのペースは、はっきり言って相当よ」

「うん、まあ、それはその通りだし、だからこそ気になったんだけどな……」

「あは~、確かに大気中の魔力薄~い。戦闘した後だね~」

「ん、やっぱそうだよな」

「貴方たちには何が見えているのかしら……」


 何が、と言われると、文字通り魔力の流れが見えてます……としか言いようが無かった。


 どうにも、魔導だったり、魔装だったり、根源魔術が使えるようになれば、見えるっぽいんだよな────いや、逆か。


 見えるからこそ、使えるのか。

 まあ、とにかくそういうことだった。


 意識して見れば、大気中の魔力の流れがちょっと普通じゃない。

 明らかに、戦闘後特有の乱れ具合である。


「んぅ~……でもこれ、ちょっと変~?」

「ちょっとっていうか、かなり変だ。どう見ても、戦闘後から半日は経過してる」

「……嘘でしょう?」

「俺も嘘だとは思いたいんだけどな……」


 ぶっちぎりでトップを独走していると思っていただけに、かなり驚いてしまう。


 いや、というかこんな事態は、正直言って有り得ない。

 というのも、迷宮内の敵なんて相手ではない俺達は、片手間に戦闘しながら進んできたようなものなのである。


 立華くんの件で少々時間はロスしたものの、全体的に見ればそれは微々たるものだ。

 ほとんどの罠は意味を為さなかったし、ルートの選択だって迷うことは無かった。


 つまり、独走状態であって然るべきなのである、俺達は。それは当然、長めに入れていた休息を加味してもだ。


 だから、これは何かがおかしい。予期していない何かが、起きている可能性がある。


「いや、まあ、単純に他のパーティが、幸運にも近道を発見しまくった可能性もあるんだけど……」

「一度や二度ならまだしも、両の手で数えられないくらい発見しないと、このペースは無理じゃないかしら」

「そうなんだよなぁ……」


 現実的ではない可能性を排除すればするほど、第二の破滅が脳裏を過って眉を顰めてしまう。


 とはいえ、その可能性はあまり無いとも思うのだが……何せ現状、俺達より先に進んでる生徒がいる、ということしか判明していないのだ。


 これがもう、迷宮が滅茶苦茶! 阿鼻叫喚の地獄絵図! とかだったら、最早その可能性しか無かったのだが。


 この場合、単純に俺が見逃していただけで、滅茶苦茶強い人がいたのかしれないし────ああ、そうでなくとも、月ヶ瀬先輩やレア先輩がいるパーティであれば、有り得るんじゃないか?


「無いと思うな~、ひかり先輩も、レア先輩も、積極的に手は出さないと思うし~」

「そうね。日之守くんもそうだけれど、貴方たちは基本的に攻略にはノータッチでしょう?」

「えぇ……じゃあ、他にもう考えられる可能性、なくないか?」


 それこそ、後はもう、迷宮主までの道順を最初から知っていたとか。


 あるいは都市伝説じみたような話だが、迷宮に誘われて案内されたとか、そういった可能性しか無くなってくる。


 どちらも当然ながら、眉唾物だ。ゲーム内設定で明かされた訳でも無く、単純に学園内でそういう噂がある、というだけだしな。


「さあ……ただ、これ以上考えていても仕方がないでしょう。というより、考えるより先に進んだ方が、早くないかしら?」

「ネフィリアムのくせに、珍しく正論言い始めたな……」

「嫌ね、私は常に正しいことしか言ってないでしょう?」

「寝言はね~寝ていうものなんだよ~」

「なっ……!」


 ド辛辣な葛籠織に、絶句させられるネフィリアムであった。即座に二人の間で視線がバチリ始め、こいつらマジで秒で沸騰するな……と思うばかりである。


 いや、着火したのは俺のようなもんなんだけど……。

 とはいえ、ネフィリアムの言ったことは、今回ばかりはかなり正しい。


 何せ、迷宮主はもうすぐそこなのである。ていうかもう目の前。かなり遠めだけど、扉見えてる。


 正直、結構不安要素が出てきたので、ちょっと慎重に探りたいところではあるのだが……。


 何かしらのイレギュラーが起こっているんだとすれば、まごまごとしている訳にもいかない。

 だが、まあ、その前に。


「立華くん……立華くん、起きれるか? おーい」

「ん……んにゅ……」


 小動物的な声を出しながら、パチパチと立華くんが目を覚ます。


 ふぁ、と小さくあくびをし、ふにゃりと笑う。


「おはよう……って、何だこれ!? 何で君が、僕を……!?」

「おっとと、暴れるな暴れるな! 今降ろすから……」

「いやっ……このままで大丈夫。ずっとこうでも良いよ?」

「うわっ、急に女口調になるな! ビックリするだろ!」


 あと露骨に顔を近づけるな! 俺の胸で涙を拭くんじゃない! 頭でもぶつけたのか!? 心臓出てきちゃうからやめろ!


 一悶着どころか、二、三悶着の末に、ようやく立華くんを下ろして、状況を説明する。


 何だかだらしない顔つきになっていた彼女も、流石に事の重大さを理解してくれたようだった。


「ふぅん……そういうことなら、仕方ないね。君を揶揄うのは、その後にしてあげよう」

「こいつマジで何なの?」


 性転換してから大分エグイキャラ変してない? 大丈夫?


 何かこう……身体の方に精神が引っ張られたりしてるのだろうか。


 ちょっと有り得そうだな……と思いつつも、考察していても仕方がないし、さっさと進むことにした。

 迷宮主のいる部屋特有の、巨大な扉へと葛籠織が触れ、


「うん~、やっぱり開いてるね~」

 

 という言葉と共に、勢いよく押し開く。


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