ディスタービング・サイン


 さて、立華ボケナスが性転換し、馬鹿どもが大騒ぎしていた頃。


 レア・ヴァナルガンド・リスタリアは、順調に攻略していく自らのパーティメンバーである、三人の後ろ姿を眺めながら歩を進めていた。


 ここまで一つも苦戦することなく、迷宮ダンジョン特有のイレギュラーな罠にも冷静に対処する後輩達に、彼女は内心拍手を送っていた。


(とはいえ、こうして目の当たりにしますと、日之守様はともかく、日鞠や空城様の異常さが良く分かりますわね……)


 目の前の三人の戦いは、実に堅実だ。前に出た二人を、一人が援護する形のスリーマンセル。そこに付けられるような文句は無く、されどもレアは、物足りなさを感じてはいた。


 しかし、それも当然だろう。

 彼女が親しくする二年生は、全員規格外であるのだから。


(いえ、いいえ、比べるのは良くありませんわね。彼らだって、二年生としては充分すぎるほどですわ。当時のわたくしより、優秀に見えるほどですもの)


 何せ、レア自身の迷宮攻略と言えば、罠を起動しては大騒ぎして、逃げ惑い、挙句の果てには迷子になったという記憶が強いのだ。


 戦闘の方は問題なかったが、多種多様な罠への耐性が低かったのである────具体的に言えば、大量の虫が落ちてきた時点で、レアはちょっと意識をすっ飛ばした。


 で、気付けばパーティから離れ、完全に迷子となったのである。


 合流するのに丸一日かけたほどだ……だから、彼らの冷静さを、レアはほんの少しだけ羨ましく思う。


(……いえ、羨ましいと思うのは、そこだけでは無いのかもしれませんわね)


 根本的に、彼らが現在二年生であるということを、レアは純粋に羨ましいと思っている。


 あるいは、もっと直截的に、日之守達と同学年であるということを、羨ましく思っていると言っても良いかもしれないが。


 学年が離れている以上、共に過ごせる時間というのは、どうしても少なくなってしまうものだ。


 それに、出来るのならば、彼らとはもっと早く出会えていたら良かったのに、という気持ちが無いとは言えなかったから。


(ああ、でもそうだとしたら、ひかりと会えなくなってしまいますわね。それは困りますわ……)


 月ヶ瀬ひかり。彼女はレアにとって、これ以上ない親友だ。


 ひかりがいなければ、レアはきっと、日之守と出会う前に屈してしまっていただろうと、確信できるほどには、心の支えとなってくれた友人である。


 多大な恩と友情を感じる彼女と出会えないのは、非常に困る。


 そう考えるのならば、やはり今の形がベストなのかもしれない、とレアは少しだけ微笑んだ。


(しかし、妙ですわね……)


 思考を切り替え、周囲を見渡しながら、レアは迷宮に入ってから、長らく感じていた違和感へと目を向ける。


 というのも、迷宮攻略がスタートしてからレアは、一度も他のパーティを見かけていないのである。

 既に攻略が始まってから、三日が経とうとしているのにも関わらず。


 無論、それは有り得ないという訳では無い。迷宮内部は酷く広大であり、進み方というのはそれぞれなのだから、そういうこともあるだろう。

 しかし、である。


 アルティス魔法魔術学園の生徒と言えども、しょせんは二年生。迷宮攻略については素人であり、別のパーティであっても、同じような思考で、似たようなルートを選ぶことは多い。


 実際、レアの時もそうだった。一日につき、二、三パーティと遭遇した覚えがある。


(もしや、他と比べて遅れている……? いえ、有り得ませんわね。むしろ、ペースとしては早すぎるくらいですわ……であれば、トップを独走している、とか?)


 有り得なくはない。


 レアの加入しているパーティは、それこそ意欲のあるメンバーのみで構成されており、真面目に一番に迷宮を抜けることを、目的としているパーティだ。


 睡眠や食事にかける時間も必要最低限として、粛々と迷宮主の下へと邁進している。


 日之守バグ太郎とかいう、当然のように寝すぎたり、隙あらばイチャついたり、まったりとした食事タイムをとっているやつらとは、丸っきり意識が違うのだ。


 それに、レア自身にその自覚はまだないが、彼女は学園内でも既に有名である────以前とは真逆に、人気である、という意味合いで。


 良いところを見せたい、お近づきになりたい。そういう思考が、彼らに無いと言えば嘘になる。


(ですが、そうだとしても、おかしくはありますわよね……通例でいけば、迷宮主にはあと三日は必要でしょうし……)


 ランクBダンジョンは基本的に、一週間程度で攻略される程度の規模だ。長くても十日かかるかどうか、と言ったところである。


 しかも、レアが感じている通り、このパーティの進行速度は早く、もしかすれば今日中にでも迷宮主には辿り着くかもしれない。


(近道のような道は幾つか通りましたが……いえ、流石に考えすぎですわね。ここはシンプルに、後輩の優秀さを称賛するといたしましょう)


 レアはそう結論付ける。本当に、特段おかしな事態に陥っている訳では無いのだ。


 ただ、少しばかり珍しい状況にあるというだけで、それ以上も以下も無い。


 それに、トップを独走しているというのなら、これから追いつかれることもあるだろう。


 うんうん、とレアが一人頷いていれば、


「あの……レア先輩?」


 と、パーティの内の一人。後衛担当の少年に声をかけられた。


 ハッとして前を見れば、彼以外の二人も不思議そうな目でレアを見ていた。


「あ、あら、申し訳ありません、少し考え事をしておりまして……何かございましたか?」

「いや、えっと、多分もう、迷宮主前まで来ちゃったと思うんで、一応準備が出来てるかを聞きたくて」

「えっっっ」


 思わずまろび出てしまった一音を隠しながら見れば、言葉通り、眼前には重厚な扉が佇んでいた。

 石造りと思われる、両開きの巨大な扉。


 その奥から感じられる、濃厚な魔力と殺気。間違いなく迷宮主だ。

 え、早すぎませんこと!? という驚愕を、かなり頑張ってレアは押し込んだ。


「ええ、わたくしは問題ありませんわ。皆様がよろしいのなら、そのまま突入するのも構いません」


 言って、レアは軽く魔力神経を励起させる。

 いつでも魔術と魔法を発動できるように準備して、緊張した面持ちで、扉を開く彼らの後を追った。

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