ダンジョン・エンカウンター

 ここまで結構な頻度で戦闘は起こっていたのだが、傷一つないどころか、汚れ一つ見当たらない。


 白を基調とした制服だというのにこれなのだから、思わず感心してしまう。


「ふふ、随分と暇そうな顔をしているわね、日之守くん?」


 ピッタリと、身体をくっつけるようにして来たネフィリアムが、誘うような目つきを向けてくる。


 特別悪い気分でもないが、シンプルに暑苦しかったので距離を開ければ、若干のジト目に変化した。


「折角、お話し相手になってあげようと来てあげたのに、ちょっと冷たいんじゃないかしら?」

「それは有難いけど、お前今戦闘中じゃん……ほら見ろ、葛籠織がすげぇ顔でこっち見てるぞ」

「ふふっ、それならもっと見せつけてあげましょうか。ほら、ぎゅーって」

「いやしない、しないから。何で空気を積極的に悪くしようとするの、お前は……」


 パチーンと軽くデコピンしてやれば、「あうっ」と小さく悲鳴を上げて、額を抑えるネフィリアムであった。


 その仕草自体は可愛いんだけどな……。

 やってることは完全に肉食系のそれだった。


「もう、ケチな人ね。良いじゃない、このくらい。それに、ハグをするとストレスが三割も解消されるのよ? やり得だとは思わない?」

「いや別に、俺はストレス溜まってないからな……」

「安心なさい、私は溜まっているわ。それはもう、滅茶苦茶にね」

「嫌な告白だな! 良ければ話でも聞こうか? 相談相手くらいにはなるよ」

「いえ、私としては、抱きしめてくれればそれで良いのだけれども……」

「それはもう、ただハグしたいだけの人じゃん……」


 詭弁を弄しようとするんじゃないよ。


 断られてなお、愛人になろうという意欲が滲み出ていた。

 その心の強さをもうちょっと他に回せなかったのかな、と思うばかりである。


「何を言っているのかしら、私ほど心の弱い女の子は、探しても早々いないわよ?」

「お前がそれを言うと、ただならぬ闇を感じて不安になっちゃうんだけど……」

「出来れば耳元で、全肯定してくれる甘い言葉を囁いて欲しいくらいには弱々よ」

「大分強めの願望が出てきちゃったな……」


 というか、そんなことをする俺はシンプルに気持ち悪すぎであった。

 どう足掻いても似合わないだろ……。


「あら、そんなことは無いと思うけれど……ふふっ、それなら一度、試してみれば分かるかもしれないわよ?」

「何としてでもハグする方向に持って行こうとするのはやめろ、段々心が揺れてきちゃっただろ……」

「後もう一押し……いえ、二押しってところかしら」

「もしかしてお前、ここまで計算ずくで会話していたのか!?」


 だとしたら、何とも恐ろしい話であった。

 男を手玉に取る才能に満ち溢れすぎだろう……。


 どうにも知れば知るほど、ネフィリアムの強かな部分が発見されるようだった。


 その調子で他のことに対しても、色々と前向きになって欲しいな、と思えば、


「随分と良いご身分だな、僕たちにだけ戦わせて、雑談に興じるだなんて」


 と、立華くんが呆れたような眼差しでそう言った。


 見ればすっかり、迷宮内特有のモンスターとの戦闘は終わったようだった。


 死体の一つすら残らず、代わりに黒い霞のようなものが立ち上っている。ゲームでも結局説明が無かったのだが、このモンスターたちは一体何なんだろうな……。


 改めて考えてもみれば、死体が残らないというのは些か不気味である────いや、正確に言うのなら、残る時もあるのだが。


 ゲームチックに言えば、ドロップアイテムが落ちるのだ。

 薬の材料になったり、装備品に加工したりと、その用途はかなり豊富である。


 アルティス魔法魔術学園が、必ず迷宮攻略を授業に組み込んでいるのは、ここら辺も関係がしていると言って良い。


 ゲームでは二章以降、ちょっとしたプチ要素でしかないくせに、設定的な見方をすると、迷宮は魔法魔術界とかなり絡み合ってるんだよな……。


「あー、ほら。怒っちゃったじゃん、立華くん。謝っとけよ、ネフィリアム」

「ふぅ……仕方ないわね。男の嫉妬は見苦しいわよ? 空城くん」

「喧しすぎるぞ!? せめて形だけでも良いから謝罪しろ! 何で僕を煽るんだ!?」


 というか、そもそも嫉妬じゃないから……とため息交じりに言う立華くんだった。


 それはそれで、俺としてはどうかと思わないでも無いのだが……これでもネフィリアム、きみのヒロインだからね?


 現状をちょっとでも良いから憂いて欲しかった。

 この女を恋人として扱えるのは、原作主人公たる立華くんだけなのだから。


「あは~、結局くっつくことすら許されなかったくせに~、良く言うね~」

「うおっ……!? おい、葛籠織、降りろ……」

「えへへ~、いやで~す」


 突然背中に飛びついてきた葛籠織が、今度はネフィリアムを煽るような目をしながらそう言った。


 こいつら、何でチーム内で煽り合ってんの……?

 喧嘩するほど仲が良い、という言葉が微妙に適してないくらいには、空気がギスギスとしていた。


 頼むからもうちょっとこう、仲良くなれとはもう言わないからさ……せめて協力的な関係性を築いてくれないかな……。


 戦闘中は息が合っているとは言えども、そうでない時が大体これでは、主に俺の身が持たないというものであった。


「まあ、でも、お疲れ様。あの程度なら、二人でも充分って感じ?」

「ん、まあ、そうだな。というか……」

「全然一人でも楽勝~って感じかな~」


 立華くんの言葉を引き取って、葛籠織が言う。ネフィリアムも、それについて別意見は無いようだった。

 満場一致という訳である。


 ふぅん。

 それは重畳。


 というかむしろ、それ以外の答えが返ってきたら、ちょっとどうしようかと悩んでいたところなので、良かったとも思う。


 原作からは既に外れていると言えども、強くて損することは無いだろうからな。


 何もかもが順調なようで何よりである。

 この分だと、先輩たちとも出会え無さそうだし、サクッと終わらせて帰りたいな、という欲が沸々と湧いてくるのを感じた。

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