ヒーロー・ヒロイン


「────え?」


 間の抜けた声が、ネフィリアムの口から零れ落ちた。

 そう、ネフィリアムは天才だ。加えて、努力を怠ることの無い勤勉な生徒でもある。


 だが、足りない。

 それだけでは葛籠織日鞠には届かない。


 彼女が見るは、遥か先の未来。英雄となった少年の隣に立つ、最高の自分。

 そこに至る道を、最短距離で進んできた彼女は既に、立っている次元ステージが違う。


 敢えて痛みを許容することで、進んで窮地に立つことで、これまで開けなかった扉を、葛籠織日鞠は今、力ずくでこじ開けていた。


光のGocce 雫はdi luce 全てをPerdona 赦すだろうtutto


 肉体から魂までをも満たす、猛々しい想いのみが、日鞠を支配する。

 一つに収束された、少年に対するあらゆる感情がまた一つ、彼女を新しい段階へと引き上げる。


 視える世界が変化する。感じる世界が変化する。


我が身にLa luce 宿りche abitaし光は in me天光Aurora》」


 それは魔術の深奥、その一端。

 極めし者のみが到達しうる、世界の真理。その一つ。


 場を支配し、自らを高める『魔装』とは別の極致。

 。魔術の秘奥───根源魔術・・・・


天の意La volontà思は此 del 処にcielo 在りè qui


 遍く総てを呑み下し、浄化し、完全に消滅させる極光が絡み合って一つとなる。

 存在ごと灼き消すことの出来る、理外の一撃が、空から落ちて来る。


 さながら神の裁きね、と。

 ネフィリアムはまるで他人事のように思う。その手が、杖を振るうことは無かった。


 否、振るえなかった、と言った方が正しいだろう。

 日鞠は今、ここら一帯の魔力を完全にコントロール下に置き、その総てを根源魔術に注ぎ込んでいる。


 即ち、ネフィリアムは負ける……いや、いいや。


(これは、流石に、死んだかしら)


 待ち受けるのは死のみだろう。

 救護班がいようがいまいが、最早関係はない。肉体の一片すら残らないことは、間違いないのだから。


 それを意識すると同時に、全身が竦んだ。身体は震え、ペタリと座り込んでしまい。

 抱擁するように極光が────


「砲撃魔法:重複拡大展開!!」

『Magia del bombardamento:Espansione di Distribuzione duplicata』


 ────届かなかった。

 一人の少年が、背を向け魔法を行使していた。


 オプションをスキップし、即座に撃ち放たれた計百の砲撃魔法が、光を押し留めて道を阻む。

 根源魔術とは、この世界における究極の一撃必殺だ。


 それに魔装で、あるいは同じ根源魔術以外で、打ち克つのは不可能である────普通であれば。

 だからこれは、夢であるのだろう。ネフィリアムはそう思う。


 そう、だって、有り得ないはずなのだ。

 磨り潰されるどころか、砲撃魔法が根源魔術を打ち破るなんて。


 消し飛ばされた極光の残滓が、パラパラと降り注ぐ。

 百を超えてなお、増え続けていた砲撃魔法は霞のように消え去った。


 そして、


「平気か? ネフィリアム」


 何でも無いように、少年は笑いながら手を差し出すものだから、ネフィリアムは。


「は、ひゃい……」


 顔を真っ赤にさせながら、その手を取りながら気絶するのだった。





 し、しししし死んだと思ったァーーーーッ!


 葛籠織、もしかして史上最大の馬鹿なのか!? 殺す気満々だったじゃねぇか今の!


 根源魔術を使ってるだとか、お前が習得するのは魔装じゃなかった? とかいう疑問全部ぶち抜くレベルの衝撃だったんだけど!?

 マジで間に入らなかったらネフィリアム、消し飛んでたからね?


 何があったらそこまでやろうと思えちゃうんだよ……いや、単純に初めて発動したから、加減が効かなかっただけな気はするけれど……。

 いや、本当、マジで焦った……。


 途中でかなり押し込まれた時、かなり終わったと思った……。

 杖も脳もフル回転させてなかったら、本当に死んでいた。

 クソッ、今になって足が震えてきやがった。


 勝つとは思っていたが、まさかこんな形になるとは思わなかった……。流石にちょっと反省して欲しい、と葛籠織を見れば。

 フラフラッとした後に、彼女はその場に頽れた────ので受け止めた。


 お陰で左手にネフィリアム、右手に葛籠織である。


 何か本当に、最悪な両手の花になってしまった……と思いながら、巻き起こる歓声から目を逸らすのだった。

 

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