フライング・リスタート


 第一の破滅を退けてから、色々なことはあったが、しかし、特段語るべきようなことも無かった。


 というのも、第二第三の破滅が続けてくるのだろう……という予想に反して、今日に至るまで、すこぶる平和だったからである。


 何なら黒帝と魔王の脅威が去ったので、原作で起こるはずだった諸々の事件まで無くなってしまい、ビビるくらい平穏な学生生活が形成されたのだった。

 無論、それが悪いということではなく、むしろ望ましいものであったのは間違いないのだが……。


 どうにも肩透かしな一年だった、という訳である。

 まあ、ゲームでもかなりテンポ良く年月経つしな。基本、一章一年構成ならではって感じだ。


「わわっ、くっ……うあっ!?」


 とはいえ、こうも平和が続くと、どうしても気が抜けてしまうのは仕方がないと言えるだろう。


 第一の破滅の件についても、かなり急なことであった上に、明確な被害がほとんど出なかったこともあり、本当に次が来るのだろうか? と思ってしまう俺がいるのも、また事実であった。


 そしてこれはきっと、俺に限った話では無いと思うし、悪いことでも無いのだと思う。


 喉元過ぎれば熱さを忘れる。大体の人間は、そういうものだ。


「ちょっ、んんっ、たすっ、たすけっ!」


 もちろん、こんなことを考えているだなんて、校長やアテナ先生に知られでもしたら、ポカリと一発、気合を入れられてしまうのだろうが……。


 下手をすれば、みっちり三日三晩ほど、個人レッスンされそうなものである。

 そんなことになってしまえば、生きて帰るのは難しいだろう────全力で挑んでもあの二人に俺は、全く敵わないのだ。


 まあ、基本的に生徒が教師に勝つなんて無理にもほどがある、という話ではあるのだが。

 ちょっと高くなり始めていた鼻はもう、ボキボキに折られまくっていた。


 ついでに言えば、各寮対抗戦のメンバーも同様である。普通に五人揃って転がされた。


 そんな、その内の一人である立華くんが、


「あーっ! もう無理! 無理無理無理無理! 助けてくれーッ!」


 と、地上にいる俺たちへと叫ぶ。


 空城立華。『蒼天に咲く徒花』における主人公であり、勇者の血を引く少年。


 現在、そのアドバンテージは失われたものの、バリバリと才能を覚醒させ始めていた彼は現在、飛行魔法の個人訓練中であり、俺と葛籠織、それから月ヶ瀬先輩は、それに付き合っているのだった。


 一人を好む彼が、珍しい……と思われるかもしれないが、これは飛行魔法の訓練は必ず、飛行魔法を習得している者とするよう定められているからだ。


 一人で訓練して一人で落ちて、一人で怪我されて手遅れに……とかなられたら困る、という訳である。


「いや、まだいけるまだいける、落ちては無いから。落ち着いて」

「お、おお、落ち着けるわけないだろう!? 見ろ、さっきから全然安定していない!」

「じゃあ~安定させれば良いと思う~」

「それが! 出来たら! 苦労してないぃぃぃん……!?」


 文句を言おうとして、飛行魔法に振り回される立華くんであった。


 ふぉぉぉぉん! と勢いよく全身を回転させている。


 アレはアレでどうやっているんだよ……と聞きたいところではあるのだが、こんな動きを見られるのは今だけだろうから、取り敢えず微笑んで見守っておくことにした。


 飛行魔法は、多くの魔法使いに愛用される魔法ではあるのだが、コツを掴むまでが難しい魔法でもある。

 逆を言えば、コツさえ掴めば、すぐに使いこなせる便利な魔法だ。


 まあ、基本的に人間って、地に足つけて生きる生き物だからな。

 空中で自由自在に動く、なんてことをすぐに出来る人間はそう多くない。


 例外と言えば、


「ん~……あっ、おっけ~」


 とか言って、一発で習得した葛籠織くらいである。

 習って二分で教師に「完璧」と言わせた辺り、本当に才能の塊であることを分からされてしまった。


 もちろん、フラフラしてるとは言え、ああして空中にいるのを保っている辺り、立華くんもかなりのセンスがあるのだが。


「あはは……まだ地面にいる時の感覚抜けてないじゃないかな? 空中に不可視の足場があるんじゃなくて、文字通り浮いてるって考えようか」

「それっは、分かっているんだが……」

「いっつも教室で無になろうとしてるでしょ、あのくらい自然体になって」

「君は僕にハッ倒されたいのか!?」


 そうなんだな!? と立華くんが叫びに涙声を滲ませる。


 普通に申し訳ない気持ちにはなってくるのだが、何だかんだ言って、彼は追い込まれれば追い込まれるほど、成長する類の人間だ。


 レア先輩の魔力として使われた時でさえ、ただそれだけで大幅にレベルアップしたほどである。

 流石の主人公、と言うべきだろう。


「あは~、かんかんってば、教えるの下手くそ~」

「葛籠織にだけは言われたくはないんだけど……」

「私からしたら、どっちもどっちだよ……」


 俺の右隣に座る、月ヶ瀬先輩が呆れたような目で俺達を見る。

 対して、俺の左隣に座る葛籠織はドヤ! といった様子で俺を見ていた。何でだよ。


 どっちも高評価されてるんじゃなくて、どっちも低評価されてるって話だからね? これ……。


「へへ~、かんかんと~一緒なのが嬉しいんだよ~」

「そうやってストレートに好意を示すのやめない? 好きになっちゃうかもだろ」

「もしそうなったら~、ちゃんと振ってあげるよ~?」

「振っちゃダメだろそれは……いや、個人の自由ではあるんだが……」


 期待させといて振るのは犯罪だろ……。

 この年頃の男女と言えば、特に勘違いしやすいんだから……。


 俺が転生者じゃなかったら、既に惚れてる自信があるほどである。本当に気を付けて欲しい。

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