第二章 ダンジョン・ブレイキング

リスタート・ドリーム

「甘楽くんが……甘楽くんが、悪いんだよ? 私はこんなにもきみのことを想ってるのに、きみは私だけを見てくれないから……!」


 美しい白の長髪を、俺の真っ赤な血で汚しながら、彼女は言う。


 いつも年上の余裕で満たされていた紫紺の瞳は、今や妖しい色を伴い、俺だけを映していた。


 熱に浮かされたように、恍惚な笑みを浮かべている。


「ううん、違う、違う違う。本当は私だって、こんなことをしたくてした訳じゃ無くて────ああ! でも、それでも! これで甘楽くんが、私だけを見てくれるのなら、こうして良かった!」


 手足を魔法で拘束した俺を抱きしめながら、彼女は錯乱したように捲し立てる。

 その様子を、珍しい……とは思わない。彼女がそういう人間であることは分かっていた。


 いや、分かっていた。その程度の理解だった。だからきっと、こうなったんだろう。


「あ、あはは……取り乱しちゃってごめんね。でも、うん、その目で見られたかったんだ。きみの瞳が、私のことだけを映してくれることを、何時からか、私は望むようになっていたんだから」


 きみは底抜けに優しくて、だからこそ、余所見ばかりしちゃうから、と彼女は言う。


 またそれか、と思う。彼女はいつも、俺のことを優しいと評する────実際のところ、そんなことは無いと思うのだが。


 基本的に、自分のことばっかり考えていたつもりだったから……けれども、彼女がそう言うのなら、きっと、ほんの少しくらいは、そうではあったのだろう。


 何とか気の利いたことを言おうと思ったけれど、穴の空いた喉は仕事をしなかった。

 掠れた呼気が、抜けていくだけ。


「大丈夫、大丈夫だよ。甘楽くんはもう、何もしなくて良いから……だから、もう眠ろう? 私もすぐに追いかけるから────そうしたら、ずっと一緒にいようね」


 そう言って彼女……月ヶ瀬ひかりは、ゆっくりと俺に口づけをする。

 それが、冷たくなっていく俺に残された、最後の熱だった。








「いや、俺死んでね!!!?」


 なに諦めてんだ馬鹿!! 生きろ俺!!!

 絶叫と共に、起床した。


 息を切らしながら、恐る恐る首へと手を当てる────穴が空いているどころか、傷一つ無い。

 それからじわじわと、今見たものは、月ヶ瀬ひかりルートBADENDの一つ。その夢であることに気が付いた。


 ヤンデレちゃった彼女を、三日ほど放置することで、即座に入るトラップじみたルートの一つである。


 怖ろしいほどにリアルであり、何故か主人公ではなく、甘楽おれの名前を呼んでいたが、まあ、そういうこともあるだろう。

 もうゲームじゃなくて、直接会話する仲だからな……。


 普通に仲が良い、と言っても良いくらいの付き合いにはなってきたので、解像度が上がった結果、こういう夢になったのだろう。


「まあ、それにしても最悪なんだけど……」


 本気でカス極まる寝覚めの悪さだった。


 前の人生含めて、明らかにトップを取れる悪夢である。

 俺は死んで最悪だし、月ヶ瀬先輩にも失礼過ぎであった────いや、それは違うのか。


 今の俺にとって、月ヶ瀬先輩はそういった行為が似合わない、優しい年上のお姉さんであるのだが、それだけではない。


 気軽にヤンデレちゃう感じのヒロインなのだ。それは常に、念頭に置いておくべきだろう。


 それが主人公相手にのみ、発揮されるものだとしても。

 そういう不安定さを持つ人であるということは、忘れてはいけない。


 世界が滅茶苦茶なことになり、原作もクソも無い状態ではあるのだが、そこら辺が変わっているということも無いだろう。


 見る限り、人柄自体が変わっているようには見えないのだし。


「むしろ、思い出せてよかった……って言うべきなのかな、これは」


 親密度の調整なんてもういらないんだ! と思っていたが、これでうっかり立華くんが死にでもしたら、それはそれでである。


 自動的に月ヶ瀬先輩もいなくなるわけだしな……。

 それは困る。普通に困る。超困る。


 戦力は落ちるし、テンションは下がるし、雰囲気は最悪になるだろう。

 まあ、流石に原作よりかはヒロイン達も慎重に動くだろうが……それでも結局、感情ってコントロール出来るもんじゃないからな。


 ここらは心機一転、もう一度関係性を見直していくのはありかもしれない、なんてことを思う。

 そう、心機一転。


 時期的にも、ちょうど良い訳だしな────何せ、今日は入学式なのだ。

 つまり、今日から俺は、アルティス魔法魔術学園の二年生になるのである。



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