宣戦布告


 ──会場の空気は最悪だった。


 一年生はようやく学園に慣れ始め、二年生以上は胸を高鳴らし始めた頃合い──つまり、各寮対抗戦初日。


 アルティス魔法魔術学園が保有する、馬鹿デカい土地に建てられた、これまた全生徒収容してまだ余るほどのデカい会場で、各寮は毎年、最優とされる寮を決める戦いを行う。


 生徒どころか、教員から見ても超のつくビッグイベント。

 当然、そんな様子なのだから、代表となった生徒は闘志をギラギラと熱くさせ、絶対に優勝するという団結感を持って、入場をした。


 まずは昨年優勝寮である、黒の人魚姫寮。

 学生の身でありながら、突発的に現れた迷宮ダンジョンを単独踏破したという、『学園最強』と名高い女、ウィル・クラウネス率いる八年生五人。


 彼女らの登場と共に、割れんばかりの喝采が鳴り響き、応援の音が木霊する。

 それらに代表の彼らは、魔法による花火で応え、会場を熱気で満たした。


 次に入場となったのは、白の一角獣寮。

 昨年、黒の人魚姫寮に優勝を奪われるまでは、五年連続で優勝という快挙を成し遂げていた寮であり、今回は『学園最優』と謳われるアルティス魔法魔術学園生徒会会長、レミラ・フィルフラウスをメンバーに加えた、四~八年生の混合チーム。


 今年の優勝候補はこの寮であると噂されるほどに、リーダーを含めレミラ以外の生徒も有名かつ、優秀な生徒のみ。

 黒の人魚姫寮に、負けずとも劣らない華々しさを演出しながら、彼女らは姿を現した。


 そして、最後に現れたのは、赤の不死鳥寮。

 ここ数年、全く良いところ無しで終わっているものの、今年はあの・・月ヶ瀬ひかりが代表リーダーとして選ばれたことから、かなりの期待が寄せられていた──のであるのだが、彼女らが入場した際にかけられた声に、好意的なものはほぼ無かった。


 とはいえ、それも仕方がないと言えるだろう──今年の赤の不死鳥寮は、四年生二人、一年生三人という、明らかにやる気のないチーム構成であったからだ。


 しかも、その内の一人あの・・レア・ヴァナルガンド・リスタリアであるのだから、やむなしと言わざるを得ない。

 リスタリアの名は、魔法魔術界では既に、汚点そのものと言っても差し支えが無い。


 ゆえに、その家の長女もまた、この学園内では嫌われ者に位置している。

 その上チームの全員が、月ヶ瀬ひかりの友人であるというのだ────仲良しこよしやってんじゃねぇぞ、という声が上がるのも当然と言えるだろう。


 応援というか、むしろブーイングすら巻き起こっていたほどであり、赤の不死鳥寮の生徒は今や、黒の人魚姫寮派か、白の一角獣寮派に別れているほどであった。

 それほどまでに、赤の不死鳥寮は誰にも期待されていなかった。あるいは、興味の一つすら持たれていなかったと言っても良いだろう。


 好きの逆は無関心、という言葉がお似合いとも言えるほどに。


 だから、問題はその後だった。


『最強に、最優。随分と景気の良い二つ名と、それっぽい取り巻きですね』


 発動された拡声魔法が、彼の声を、否が応でも会場全体に響き渡らせる。


『噂しか聞いてなかったので、どんなものかと思ってたんですが……意外と弱そうで、安心しました』


 黒の短髪に、目を惹く赤と青のオッドアイの少年が、ふてぶてしく笑う。


『良かったです、これなら今年は、赤の不死鳥寮うちが優勝できそうだ──ああ、でも、つまらない戦いは楽しくないから』


 彼のことを、知っている者はそう多くない。

 決闘に勝利したとはいえ、そんなことはこの学園では日常茶飯事だ。


 勇者の末裔が弱かっただけ、という話すらあるほどで、高学年であればあるほど、気にも留めていなかった、ほとんど無名の一年生。


『俺の名は、日之守甘楽。精々足掻いてくださいね、先輩方』


 即ちそれは、あまりにも無謀な宣戦布告。けれどもその表情は、あまりにも自信に満ち満ちていて。

 会場にいた、ほとんどの生徒は押し黙り。


 『最強』は失笑し。

 『最優』は嗤った。



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